Rebecca Zlotowski
Rebecca Zlotowski

「楽しいことをするのは勇気がいる」レベッカ・ズロトヴスキが不安の時代に差し出す、チャーミングな喜劇

Rebecca Zlotowski

photography: kai naito
interview & text: coco kanayama

Portraits/

「私はサンプリング世代なので、なにかひとつを挙げることはできません。それをしてしまうと、自分を形成してくれたものへの裏切りになってしまう気がして。」影響を受けた作品やアーティストを聞くと、このように真摯に答えてくれた。

『プライベート・ケース』は、Jodie Foster (ジョディ・フォスター) 演じる精神分析医リリアン・シュタイナーが、患者の死の真相を解明しようと奔走するサスペンス (ロマンティックコメディ) 映画。日本では2026年7月24日から公開される。3月、フランス映画祭のため来日していた Rebecca Zlotowski (レベッカ・ズロトヴスキ) 監督と話す機会をもらった。監督を、またこの映画を形成するいくつもの要素が、輪郭を持たずに立ち現れてくるような印象を受けた。「聞く」ことがテーマとも言える本作の構想やポイントとなる視点、また世界情勢のことまで、詳しく聞かせてもらった。

「楽しいことをするのは勇気がいる」レベッカ・ズロトヴスキが不安の時代に差し出す、チャーミングな喜劇

—脚本家 Anne Berest (アン・ベレスト) の脚本がベースとのことですが、映画にしようと思った一番のきっかけは?

ひとつは「精神分析医が泣く」という行為の冗談のようなおもしろさ、もうひとつはジョディ・フォスターという素晴らしい俳優との仕事、そしてタイトルにあります。10年来このタイトルで映画を作りたいと思っていたので、この脚本をもらったときは自分が呼ばれているように感じました。

—ジョディ・フォスターは完璧なフランス語を喋っていましたね。

アメリカの映画スターである彼女がフランス語で演技している様はスペクタクルショーを見ているみたいでした。Catherine Deneuve (カトリーヌ・ドヌーヴ) が全編日本語で演技してるのを想像してみてください (笑)。ほとんどそんな感じ。

—元夫役の Daniel Auteuil (ダニエル・オートゥイユ)、患者役の Virginie Efira (ヴィルジニー・エフィラ)、患者の夫役の Mathieu Amalric (マチュー・アマルリック) など、他のキャストもそれぞれ魅力的でした。

ジョディ・フォスターと対峙する役柄ですから、しっかりとした演技力があり、(ジョディに) 臆さず、圧倒されることのない俳優という観点からキャスティングを構築していきました。作家性の高い映画で至宝と呼ばれるような俳優ばかりです。ジョディ・フォスターはこれまで映画の中で妻役を演じることは少なかったので、元夫役のキャスティングには気を遣いました。彼女はダニエル・オートゥイユの作品をいろいろと観ていて、親近感も感じているということだったのでぴったりはまったと思います。

—主人公リリアンは精神分析医であり、理論に基づいた考え方をする人物のはずですが、前世の話をし出したり、非科学的な世界に真実を見出そうとしたりします。精神世界の柔らかさを描いているように思いましたが、自身の経験などからインスパイアされましたか?

いいえ。私はそういったものを全く信じません。脚本家のアン・ベレストは精神的なものを信じる人で、彼女は高校時代からの近しい友人ですが、その点では対極的ですね。この脚本を最初に読んだときに私はちょっと笑ってしまったけど、彼女に「これは真剣な話なの!」と言われました。でもそういった意見の相違こそが、パラレルな現実が存在するのだと思わせてくれて刺激的でした。私自身が経験し得ないことを、映画を通して経験できたのですから。

—この映画を見て催眠療法をやってみようと思いました。検索すると日本でも結構出てくるんですね。

私もこの映画を作るにあたって、催眠療法を受けてみました。セラピストが私の前世を探っていくんです。一日がかりのセラピーで、あれこれ質問を受けるうちに、ほとんどトランス状態に陥りました。よかったらパリのセラピストを紹介しますよ (笑)。幽霊とか妖怪とか、日本の精神世界はかなり奥が深いんじゃないですか?

—そう思います。ヨーロッパとはまた違った角度で重要ですね。

—リリアンが身につけるダークグリーンや青のマフラーやセーター、患者の娘ヴァレリーが着る赤いコートやマニキュアなど、衣装の色味が目を引きました。一部は監督のワードローブから服を持ってきたと聞きましたが、衣装になにかを象徴させたりとか、意図はあったのでしょうか?

衣装や色について言及してくれてありがとう。すごく気を遣った部分だから。物語の季節は秋という設定なので、秋っぽい雰囲気があって、ジョディ・フォスターの栗色の髪に合うようなものを集めました。色調パレットを使って色を組み合わせたりもしたし、キャラクター同士のコントラストも意識しました。ヴァレリーという登場人物は、観客に「ちょっと常軌を逸してるんじゃないか…」と思わせるキャラクターで、赤のような派手な色は、不穏さを象徴させるのに役立ったと思います。映画監督 Arnaud Desplechin (アルノー・デプレシャン) の作品の中で、白い襟を赤いコートから覗かせるスタイリングがありましたが、ああいったものは廃れないですね。クラシックなスタイルを用いるのは重要だと思っているので、ヴァレリーにはそういう出で立ちになってもらいました。私のワードローブから服を引っ張り出すのは今作で3回目くらい。人物像がうまくできあがると、私の服を着てもらって、自分の分身のように感じることもあります。もはや服を買うときは次の作品のキャラクターに着てもらうことを念頭に置いています。夫には「買いすぎなんじゃない?」と言われるけど、これから映画で使えるから、と言い訳しています!

—私もいろんな言い訳をして毎シーズン服を買っていますからご安心を (笑)。The Fashion Post はファッションメディアで、私自身もファッションの仕事をしているのでお聞きしますが、映画においてファッション、衣装はどれほど重要だと考えていますか?

一番重要なものです。ひとつの言語と言っていいでしょう。空間や美術セットももちろん大事ですが、それと同じように登場人物の性格や社会的地位を表し、そしてその映画が持つ美学を決定するものです。個人的には60年代のイタリア映画がとても好きで、当時の女優たちの衣装のシルエットやメイクアップに影響を受けました。私はわりと小さい頃に母親を亡くし、身近に手本となる女性がいなかったこともあり、映画から装いを学びました。

—Talking Heads (トーキングヘッズ) の「Psycho Killer」がとても強烈でしたね。あれはどういう意図での選曲ですか?

タイトルからして映画にぴったりですよね。歌詞をよく聞くとユーモアがあって、英語とフランス語が混ざって、ポップなリズムのある曲です。私は、インテリっぽい知的な題材を扱う映画監督だと思われがちだし、ジョディ・フォスターもコメディーのイメージはないはずです。だからこそこの曲が、ちょっと自分たちのことをからかっているような感じがあっておもしろかったんです。

—それに付随して、今作は監督の過去作と比べるとかなりコメディー寄りで、キュートな映画だと思いました。何か心境の変化などはあったのでしょうか。

私が変わったのではなく、世界が変わったのです。今世界がこれほどまでに悲惨な状況にあるからこそ、私は楽しいことを提案したかった。監督としての責任だと感じました。私の作品は知的な感じでユーモアがないと思われがちですが、私自身はとても軽やかな人間です。

—話していてとてもよく分かりますよ。映画の印象から、もっとシリアスな人かと思っていました。

こういう時代だからこそ、自分のお茶目な部分を加味してもいいかなと思いました。楽しいことをするのは勇気が要りますよね。自分にそれを許可するには自信がないとできないし、私自身がそういう時期に来ているのだと思います。

—今作も、過去作もそうですが、監督の作品ではよくユダヤ人社会の慣習が描かれます。今日の世界情勢のなかで、現在のフランスやヨーロッパでユダヤ人であるということはどのような意味を持ちますか?あるいは持ちませんか?

私自身はユダヤ教の信者ではなく無神論者です。でもユダヤ教の文化はユーモラスですごく好きなんです。自分がそこに接点があることは肯定的に捉えています。ユダヤの慣習を映画に登場させる意味は全くないですが、2023年10月7日以降起きていることはあまりにも辛い現実ですよね。苦しいところだけでなく良いところもあるのだというアピールを無意識にしているかもしれません。

—少し似た質問を。リリアンは精神分析医でありながら、患者と十分に向き合ってこなかったことに自分で気がつきます。私も今作を見たあと、職業的だったり人道的な責任を果たせているか自分に問いかけました。この作品を通して伝えたい倫理的なメッセージはありますか?

そう考えてくれて嬉しいです。私は人間として、信念、信じているものが揺るぎないものというよりは、それが本当に正しいかどうか、常に自問自答することが大事だと思っています。それはひょっとしたらユダヤ文化の影響かも。ここは本当に私の居場所なのだろうかとか、世界をどう見るか、絶えず関心を持つべきだと思っています。ちょうど今、自分の仕事に対して疑問を持っている時期です。シリーズものを終えたばかりなので疲れてるところもあるのかもしれません。リリアンは優秀な医師とは言えないかもしれないけど、最終的には成長しますよね。リリアンに自分を重ね合わせて、この作品は私がこれから経験しようとしていることの予兆、暗示なのではと思いました。実は、前作は子供を持つことを待ち望んでいる女性の話でしたが、その撮影中に私は妊娠したんです。その前はなかなか子供ができなかったのに。映画が予兆になることを考えると、次何を作るかは慎重にならないとね!宝くじに当たる作品を作ろうかな (笑)。

—作中、MD (ミニディスク) がアイコニックに出てきます。MD は私が10代の頃、iPod が出てくるまでは命と等しく大事なものでした!青春の象徴です。MD をプレーヤーに入れる映像などは懐かしくて笑ってしまいました。リリアンは古い MD に固執していますが、このメディアを今回取り上げた理由を教えてください。例えばカセットテープや CD などではなくなぜ MD なのでしょうか?

私が監督としてフェティシズムのように古いものに固執している部分もありますが、リリアンがそもそもオールドスクールで時代錯誤的な人物なんですね。アナクロニズムを更新すべきときじゃないかと問いかけるようでもありますよね。さらに、MD を用いることで、観客に「聞く」ということの重要性を喚起したかったというのもあります。

—監督個人の気に入っているシーンやポイントがあったら教えてください。

リリアンがいろいろなことを経てようやく孫を抱いたとき、息子に「私にあまり執着しないよう、あなたが赤ん坊のときみんなにあなたを抱かせた。私なしでも生きられるように」と告げるシーンがあります。私を一番よく表現していると思います。力強いシーンですね。