「影は、あなた自身になる」アントワープ発のジュリー ケーゲルスが、幾つもの女性像をかたちにする理由
Julie Kegels
photography: Lee Junseo
interview & text: Saki Shibata
グレーの街・アントワープ。聖母大聖堂やアントワープ中央駅をはじめとする、石造りの歴史的建造物があり、街全体は荘厳な空気に包まれている。日本では名作アニメ『フランダースの犬』の舞台として記憶している人も多いだろう。また、1980年後半から90年代にかけては、DRIES VAN NOTEN (ドリス・ヴァン・ノッテン)、ANN DEMEULEMEESTER (アン・ドゥムルメステール) ら6人のクリエイティブ集団「アントワープ・シックス」がファッション界に旋風を巻き起こし、独自のクリエイティブを確立した場所でもある。そんな街から生まれた新生デザイナー、Julie Kegels (ジュリー ケーゲルス) は2024年にブランドを立ち上げ、わずか2年で LVMH プライズのセミファイナリストに選出され、いま世界の視線を集めている。彼女のコレクションはシーズンごとにテーマや雰囲気が、がらりと変わる。その変容には訳がある。そこへ込められた彼女のメッセージには、女性たちを身も心も大きく包み込む、強くてやさしいものづくりの物語があった。
「影は、あなた自身になる」アントワープ発のジュリー ケーゲルスが、幾つもの女性像をかたちにする理由
Fashion Design
—まずは、ブランドについて少しお伺いしてもいいですか? Julie Kegels として大切にしている考えや価値観をお聞きしたいです。
女性が持つそれぞれ異なるアイデンティティを大切にしています。私にとって女性像は一つではなく、複数の側面を持つものだと思っているからです。例えば、日中は母親であり、仕事の場ではビジネスウーマン、そしてパーティでは自由に楽しむ女性になる、といったように。そうした柔軟性はとても重要であり、その考え方は私自身の経験から来ています。また、人には真面目な側面もあれば、少しルーズな一面もある。そのすべてが共存していると思っています。だからこそ、すべてのコレクションにおいて、それぞれ異なる女性像をイメージしています。その女性像を作り上げるために、本を読んでリサーチを重ねたり、さまざまな要素を調査しながら、少しずつ像を形にしていきます。
—そういうところも、女性らしさの一つなのかなと感じました。
そうですね。だからこそ、過去のコレクションを振り返って購入してほしいという思いもあります。それぞれ一点ずつ集めていくことで、そこにある情景やイメージを想像してもらいたい。そして、そのつながりを感じ取ってもらえたら嬉しいです。
—そして今年3月に発表された2026AWコレクションのテーマは「Face Value」。『The Philosophy of Andy Warhol (From A to B and Back Again)』に影響を受けたと伺いました。 「人は口を開くまではオーラをまとっている」という言葉を、どのように受け取り、今回のコレクションへと繋げていったのでしょうか?
現代においては、内面的な自分と公共的に見える自分との境界が、とても曖昧になっていると感じています。例えばソーシャルメディアでは、自分自身を発信しながらも、ある意味で演出することもできる。実際とは異なる自分像を見せることも可能ですよね。そうした曖昧な境界について考える中で、「話すこと」によって何かが露わになってしまう、その行為自体にも意識が向きました。だからこそ今回のコレクションでは、オーラをまといながらも、自分自身を守るということをテーマにしています。その中で重要な存在として考えたのが“影”です。輪郭として現れる影は、ある意味でその人そのものになるのでは?と思いました。
—ショーで後ろに影が現れる演出は、その考えに基づいているんですね。
はい。今回のショーで使用した影は、事前にアントワープで撮影したものです。最初はモデルの動きに沿って影の像も一致しているのですが、次第に形が変化し、違和感を帯びていきます。そうすることで、「像をコントロールする」という感覚を表現しました。
またブランドを2年続けてきて、「何を見せて、何を見せないのか」という瀬戸際に立っていると感じています。今回のコレクションでは、“自分を守りたい”という側面が強くありました。たとえば、ふと自分を隠したくなる瞬間や、人から話しかけられたときに「それは本当に私のことを知っているの?」と感じてしまうような感覚です。そこにはネガティブな感情ではなく、そう感じる自分自身の感情が、面白いですし興味深いなと思いました。
—そうした考えを、具体的にどのようにデザインへと落とし込んでいったのでしょうか。特に象徴的なルックがあれば教えてください。
ラストルックは箱を持った女性で、箱が彼女に内蔵されているデザイン。3段階で見た目が違うのを表現してみました。スリットや裾が丸くなっているデザインのルックは、彼女のオーラが出ているというのを表しています。影の形からインスパイアされたものもあります。スカートを太陽の下に置くと少し変形した影ができますよね。それをそのままデザインに取り込んだりしています。
—2024年にブランドをスタートし、今年 LVMH プライズでセミファイナリストに選出されました。そのタイミングでの選出を、ご自身ではどのように受け止めていましたか?
そこについてはあまり考えないですね。コレクションにおける創作を一番大切にしています。
—2026SSコレクションから、アイウェアブランド、theo (テオ) とのコラボレーションも発表しました。デザインする上でこだわった点を教えてください。
服をイメージしてから、アイウェアをどうデザインするかを考えました。その中で、レンズを外したときのフォルムがジュエリーに見えたんです。theo もアントワープのブランドで、幼少期から父が愛用していた記憶もあり、個人的なつながりもありました。ヴィンテージのフレームを採用しているのも、20年にわたる歴史と品格がある部分を打ち出したかった。それが今回選んだ理由です。
—アントワープはどんな街ですか?
考え方が似ている人が多く、とても作りやすい環境だと感じています。「とりあえずやってみよう」というカルチャーが根付いていて、それは強く感じますね。アントワープの人たちはシャイではないです。
—ものづくりの環境としては?
博物館や図書館など、歴史に触れられる場所が多くあります。古いアートピースに触れる機会もありますし、知らなければ出会えないものも多いです。街自体はとてもグレーで、天気も含めて静かな雰囲気があります。その中で部屋にこもって制作に没頭するような感覚があって、結果的に温かみのあるものづくりにつながっているのだと思います。
—今のクリエーションのベースには、ご自身の生い立ちやご両親の影響も大きいのでしょうか?
アントワープからの影響は大きいですし、幼い頃から両親がさまざまな経験をさせてくれたことも大きいと思います。「アントワープ・シックス」についても、強い衝撃を受けて学んでいくうちに、気づけばここにいました。そういった衝撃はとても人にとって必要で、大切なものだったと思っています。その影響もあり、最初からアントワープ王立芸術アカデミーに入りたいという気持ちは強くありましたが、両親には「すべてを捧げる覚悟が必要」と言われました。一度はそれに反発して高校では科学を学びましたが、最終的には美術の道に進み、合格することができました。当時24歳で、学内でも若い方だったのでその分柔軟に物事を受け入れることができたと思います。否定されても「そうなんだ」と吸収できたのは、若さゆえの強みでしたし、その経験が今につながっています。科学で学んだことも、結果的に生きています。
—今回、昨年に続いての来日ですが、日本のどのような点に面白さやインスピレーションを感じていますか?
エレガンスで柔らかく優しい面と、真面目で厳しい面が共存しているところに魅力を感じます。そうした感覚はアートや仕事の姿勢にも表れていると思いますし、どこかリアリスティックな側面もありますよね。実は今回で5回目の来日なんです。これまでに箱根、長崎、川崎、神戸、京都にも行きました。今回は東京だけですけどね。
—今回お話を伺って、自分のイメージをコントロールするという行為が、面白さであると同時に、自分を守る手段でもあるのだと改めて実感しました。
そうですね。私は、自分のイメージをコントロールできることに、とても興味深さと面白さを感じています。たとえば自撮りもそうで、自分で撮ることで、見せたい自分を選ぶことができますよね。ただ、それをあまりに真面目にやりすぎるのは良くないとも思っています。
—SNSで見せたい自分と、見せたくない自分はありますか?
とても面白い話があって。私のパートナーはSNSをまったく使っていないんです。以前、雑誌の企画でアパートメントの撮影を相談したときも「ありえない」と言われて(笑)。彼からは「すべてをコントロールできるわけではない」と言われて、それもひとつの考え方だなと思いました。
—すべてをコントロールできない部分も含めて、自分自身だと。
はい。むしろコントロールできない部分こそが、その人を形づくっているのかもしれません。だからこそ、“影”のように、意図しないかたちで現れるものにも惹かれるのだと思います。
















