「変えないことが強み」アイウェアデザイナー、アーレム・マナイ・プラットが貫く不変のデザイン哲学
Ahlem Manai Platt
photography: masato kawamura
interview & text: saki shibata
「常に変わっていかなければ」「新しいことを始めなければ」と、焦りにも似た感情に駆られることはないだろうか。そういうときは大抵、自分と周りを比べ、正体のわからない不安を打ち消そうとするあまり、本来の気持ちを見失ってしまっている。「12年前にブランドを立ち上げてから今に至るまで、アイウェアもアトリエもスタッフも、自分自身も何も変わっていないし、これからも変えない」と Ahlem Manai Platt (アーレム・マナイ・プラット) は語る。その根底にあるのは、時代やトレンドに左右されない “不変的な価値” への強い意志だ。AHLEM (アーレム) のアイウェアは約100型におよび、すべてフランスの職人による手作業で製作され、性別や国籍を問わず、あらゆる人にフィットする一本を追求し続けている。変わらないという選択は、ときに変わり続けることよりも難しい。彼女の言葉から、自分と周りを大事にし続けるヒントを探る。
「変えないことが強み」アイウェアデザイナー、アーレム・マナイ・プラットが貫く不変のデザイン哲学
Fashion Design
—幼い頃からアイウェアに興味をお持ちだったと伺いましたが、その原点となるようなエピソードがあれば教えてください。
幼い頃から家族で旅行する機会が多く、そのたびに母に「カメラやメガネ、腕時計を持っていきたい」とお願いしていました。そういった日常的に持ち歩けるプロダクトに、自然と惹かれていたんです。
—2014年にアイウェアブランド、 AHLEM を立ち上げてから12年。デザインするうえで変わらず大切にしていることと、続けるなかでの変化はありますか。
AHLEM は “何も変えない” ことが強みだと思っています。12年前と今を比べても、ブランドの本質はまったく変わっていない。もちろんチームとしての成長はありますが、クラフトマンもアトリエも同じですし、一緒に働くスタッフも大きくは変わっていません。
—変えないことは、ときに難しさも伴うと思いますが、その点についてはどう考えていますか?
まず、私たちは人の “オーラ” をとても大切にしています。お客様から「AHLEM のメガネをかけるとハッピーな気持ちになる」と言っていただくことが多いんです。そのハッピーはどこから来ているかというと、単にデザインだけではなく、私たちが大切にしている価値から生まれているものだと思っています。オーラや価値は、人のエネルギーのようなもの。ブランドには多くの人が関わり、さまざまなクライアントがいますが、そのなかでも「何を大切にするか」という価値は変えていない。12年間同じ思いで作り続けています。
—その大切にしている価値について詳しくお聞きしたいです。
一緒に働く人やクラフトマンシップも大切ですが、ものづくりにおいて常に意識しているのは、大きく変えるのではなく、目には見えない細部を少しずつアップデートしていくことです。私たちが言わなければ気づかないほどの違いを積み重ねて、新しくしていく。そして、いかに快適であるかです。例えば足が痛くなる靴を履いているときは、その間ずっと足のことを気にしていますよね。もしパンツがタイトだったらそのことをずっと考えてしまう、それは良くない。一番は心地良さなので、 AHLEM のアイウェアをつけたときに快適であること、意識せずに過ごせるかというところを大切にしています。さらに、何を使っているのか、どんな機能があるのかを、身につける人自身で理解していることも、心地良さにつながると思っています。人に見せるためではなく、なぜ心地良いのかを自分で分かっているということ。そこを一番に伝えたいと思っています。

—約100型ものモデルがあることにも驚きました。それは、さまざまな骨格や個性など多様な人にフィットさせたいという思いがあるのでしょうか?
AHLEM は、性別や年齢、国籍を問わず本当に多様で、日本やアメリカ、そしてアフリカ、アジア、ヨーロッパなど、まさに世界中の方に手に取っていただいています。その誰にとってもフィットするアイウェアを作れる環境があることは、とても嬉しいことです。もちろん、お客様からインスピレーションをいただいて、それがデザインに反映されることもあります。例えば日本ではキャットアイが人気ですが、アメリカではそうでもない。そうした違いも含めて、多様な選択肢を用意することを大切にしています。もし店頭でフィットするものが見つからなければ、「ONE OF ONE (ワン オブ ワン)」というプログラムを通じて、その人のためにスケッチを描きデザインを仕立てることも可能です。ブランドのコレクションのためではなく、一人ひとりに寄り添うためのものづくりをしたいと思っています。
—限定生産コレクションである「Paris Collection (パリコレクション)」の新作モデルについても伺いたいです。見るからに綿密に計算されて作られているのがわかります。一番のこだわりはなんでしょう?
AHLEM 独自のダブルリム構造になっている部分です。二重ラインが継ぎ目なくパーフェクトに組み合わせるまで、2年かかりました。その理由も縁の側面が V 字カットになっているので、動かないようにする技術がとても難しいんです。さらに今回は、「V」の折れ目を境に、内側に光沢感、外側にはマットな加工を施している。これは説明しないとわからない部分でしょ?
—確かに、言われるまで気づかなかったです! とても細かく、高度な技術ですね。
毎日つけていることでその変化が少しずつわかっていくんです。そして身につける人と一緒に成長していると思っています。例えば、良い香水と悪い香水の違いはどんなところだろ思う?
—良い香水は匂いが徐々に変わっていくこと。悪い香水はすぐに香りが消えてしまうといったことでしょうか。
それも正解です。ただ、同じ香水でも人の肌によって香りは変わるはずなの。酸度や体温、性別によっても感じ方は変わるはずです。良い香水は、その人に合わせて変化していく。一方で、変わらないものは画一的に感じてしまう。 AHLEM のアイウェアもそれと同じです。その人のストーリーのなかに溶け込むことで、自分らしい一本になっていく。だからこそ、細かなディテールがその人にフィットしていくんです。すべての人が機能性や違いに気づくわけではありませんが、気づいた人にとっては、それが自分だけのストーリーになる。そうして少しずつ、自分らしさが形になっていくのだと思っています。
—なるほど、とても勉強になります。また、モデル名が Paris の通りや地域から名付けられていますが、名前はデザインの後に決まるのでしょうか。それとも場所のイメージから発想が始まるのでしょうか。
後から決めますね。なぜなら、どんな場所でそのアイウェアをかけるのかというイメージを大切にしているから。ストリートそのものから発想するというよりも、「どんなシーンで身につけるか」を想像しながらデザインしています。

—Ahlem さんはこれからの未来をどのように描いていますか。今後、挑戦したいことなどありますか。
新しいことを始めたり、大きく変えたりすることよりも、今のままを大切にしていきたいです。同じスタッフと築いてきたこのチームも、本当に良い関係で、何も変えたくないと思っています。昨日、蔵前を歩いていたときに、小さな店を見つけたんです。そこでは未来の自分に手紙を書いて、1年後に届くという体験ができて。偶然席が空いていたので入ってみたのですが、そのとき「来年の自分に書くことが何もない」と思ったんです。書きたいことがあるとすれば、それはどれだけ今の人生に感謝しているかということ。何かを変えたいというよりも、自由でいられる今の状況が、このまま続いていけばいいと思いました。
—それは Ahlem さんが周りの人に常に感謝しているからだと感じました。とても身近でありながら、忘れがちなことだと思います。
最近は SNS の影響もあって、他人と比べることが当たり前になっているように感じます。誰かと比べて自分を測ったり、数字や評価を気にしたりするなかで、自分自身への感謝を忘れてしまいがちです。友人や家族、日々の食事や生活、そのすべてに対して「ありがとう」と思えることが、一番大切なことだと思っています。少し立ち止まって、その感覚を取り戻すこと。それが、自分らしくいるために必要なことだと思います。














