「人間の真理を教えてくれるもの」 写真家、岡部桃が写す生身の人間のドキュメンタリー
Momo Okabe
Photography: mayumi hosokura
Interview & Text: sakiko fukuhara
「人間の真理を教えてくれるもの」。写真家 岡部桃に「心を揺さぶられるもの」について尋ねると、はっきりとそう返ってきた。1999年、写真新世紀で荒木経惟に見出され、デビュー。セクシャルマイノリティの恋人や友人などの親密な関係性を持つ人々との現実を収めた写真集『Dildo』と『バイブル』。そして、自身を巡る叙事詩を写した『イルマタル』。昨年には新作写真集『MY BLOODY HAND』を発表し、一貫して「生身の人間のドキュメンタリー」に誠実に向き合ってきた。
今年1月には VERSACE (ヴェルサーチェ) が世界中のアーティストと対話を重ね、その世界観を表現するアートプロジェクト「VERSACE 2026 EMBODIED Chapter2」に日本人として初めて参加。東京に暮らすクィアカップルを被写体にドキュメンタリーを撮影した。はじめてカメラを手にした時から“本当のこと”にこだわり、作品制作を続けてきた岡部桃。彼女がレンズを向ける「真理」について話を聞いた。
「人間の真理を教えてくれるもの」 写真家、岡部桃が写す生身の人間のドキュメンタリー
Photography
—岡部さんにとって作品は「叙情詩ではなく、叙事詩」と語られます。「生身の人間のドキュメンタリー」に重きを置いて作品制作をされていますが、VERSACE とのプロジェクトにおいて大切にされたことについて教えてください。
まず、“ファッション”にならないようにという点に気を付けました。被写体が服に着られていたり、服が異質な存在に映らないように、いつも通りの撮影方法で私が被写体の生活の中に入り込み、記録させてもらいました。今回の VERSACE の服は、まさに被写体の方の個性が際立つような、被写体が美しく見える服だったので、自然な形でドキュメンタリーとしても成り立ったと思います。

「VERSACE 2026 EMBODIED Chapter 2」より
—東京に暮らす「クィアカップル」を被写体に選んだのは? また撮影時に印象に残ったエピソードなどあれば教えてください。
エディトリアルのお仕事の時は、私自身でキャスティングをしていて。クィアのカップルやモデルさんに出演を依頼しています。というのも、私がクィアのパートナーと付き合っていたのが今から20年くらい前なのですが、その当時は今よりもクィアに対する認識が一般的ではなく、社会が閉ざされていたような状況でした。私は一人で、社会に対して鬱屈した怒りを抱えていて。結局その方とは別れてしまったのですが、でも、その時の私の意志というものは今も少しも変わっていなくて。24歳の私がこうあって欲しいと願っていた世界で、あの時実現させたかったことを今やっと叶えているんですよね。20年前を振り返ると、ハイブランドが“クィアっぽい”広告を作ったこともあったかと思うのですが、はっきりと同性カップルだと明言できる広告はなくて。VERSACE のようなハイブランドが同性カップルを被写体にするとは当時はとても考えられなかったと思うのです。だからこそ今回は、リアルなクィアのカップルを撮る事に意味があると思いました。時代は確かに変わったんだぞって。

「VERSACE 2026 EMBODIED Chapter 2」より
—万華鏡のように、多面的な色が織りなす多幸感のある色合いも強く心に残ります。岡部さんの作品の中で「色」はどのような役割をもつのでしょうか?
「色」についてよく聞かれるのですが、その瞬間こういう風に見えたとしか言えないんですよね。ただ妊娠・出産を経て、色や光のグラデーションが前よりも幅広く見えるようになりました。多分ホルモンの変化とかで、脳みその感覚のチューニングが大きく切り替わったみたいで。全てが前よりもよく見えるようになったので、最近は色を使うのが楽しいです。
―初期から一貫してご自身を含む“少数者”に目を向け、作品制作を続けてこられました。岡部さんが“写真”に興味を抱いたきっかけについて教えてください。初めてカメラを手にした時のことを覚えていますか?
私は小中高一貫のコンサバティブな女子校に通っていたのですが、中学校に上がるくらいの頃、どうやら私はちょっとおかしいぞってだんだん気づき始めて。個性的とかポジティブな意味合いではなく、私が考えていることをみんなは全く考えてないとか、何処にいても浮いてしまってるような居心地の悪さがあって息が出来なかった。精神的に常に孤立していて、このままだと大人になっても社会ではとてもやっていけない、人生詰むなと分かってしまって。自分を守って支えになってくれる杖をずっと探していたんですよね。当時、父の週刊誌をこっそり読むのが好きだったのですが、文春か何かに HIROMIX (ヒロミックス) さんが載っていて、“写真”という存在を発見しました。そこから荒木経惟さんや Nan Goldin (ナン・ゴールディン)、Larry Clark (ラリー・クラーク) や Diane Arbus (ダイアン・アーバス) を辿っていって、こんなに自由でかっこいいものがこの世にあったのかと驚いてしまって。当然、影響を受けまくっていたので自分のことを撮らないと嘘になると思って、お洒落でもなんでもない、なんなら地味な高校生でしたが自分の生活を撮り始めました。ベッドに横たわった下着姿の自分の脚を自撮りして、その写真をブックの1ページ目に貼って当時最も影響力の強かったコンペの『写真新世紀』に応募しました。今とやっていることがあんまり変わっていないんですが……それが高校生というのもウケて荒木さんに選んでいただいて、そこから作家活動が始まりましたね。
—数ある表現手段の中でも写真を選んだ理由は?
やっぱり人間の現実がいちばん面白いなと思って。中学生の私にはファンタジーよりも生身の人間の生活とか人生を垣間見た瞬間が1番感情を動かされたので。それを素早く再現できるのが写真だったのと、写真は取るに足らない私の退屈な生活を物語へ昇華する作用があるとすぐに気付きました。私は希望の無い学校生活から、カメラを通した世界の中へと逃避していました。写真と私は相性が良かったのです。
—写真を始めてから『DILDO』を発表されるまでの期間は、どのように過ごしていたのですか?
IT企業で嫌々働きつつ10年以上ひとりでブックを作り続けていました。ブックを作るのが唯一の趣味だったから。今だとジンで簡単に本にできますけど、その時はなかったですしね。スケッチブックにプリントを貼ったり、カラーコピーしてまとめたり、作った本を燃やしてみたり、誰に見せるわけでもなく。ただ、この修行のような自分を耕していた時代が、作家として歩む過程でとても大切な期間だったのです。自分で積み上げてきた物がとても大きかったから、周りの雑音に惑わされる事も無いし、少しぐらいの事で揺らぐ事も無いですし。

—マイノリティ、アウトサイダー、クィア。社会が決めた範疇と異なる道を歩むことは、さまざまな言葉で定義され、語られてきました。岡部さんにとって“人と違う”ことは、どのように美しく目に映るのでしょう? 過去のインタビューにあった「あり得ないこと、不思議なことって、人生の中にたくさん起こる。それを写真にしていったら、人生はもっと素晴らしくなる」という言葉も心に残っています。
人と違うことが美しいというわけではなくて、自分に誠実に、自分の信じている道を生きようともがいている人がすごく美しく見えます。最近はありのままの自分で生きようみたいな風潮が強くて、それは別にそうですかって感じなんですが、むしろ、もう、そういう風にしか生きられないっていう人たちの方が切実で私はすごく好きで。切なさと美しさって同じところに存在していると思っているので、自分の道を進むしかないと諦めに近い覚悟を決めている人たちの強靭さに共感します。あと、私は元々人間嫌いで関わる事が怖かったのですが、結局はずっと人の写真を撮り続けていました。心の内では人にとても興味があって、その人達の人生に少しでも触れたいと思っているのだと、写真に教えられることが沢山あって。未だに人間は苦手ですが、特別ではない全ての人々の暮らしの中にこそ奇跡のような光景が宿っていると感じるので、町を歩くお年寄りとか疲れたおじさんとか見ると美しいなぁと愛おしくなります。“人と違う”って別に良い事でも悪い事でも無いけど、全てを肯定して生きていきたいです、私は。
—『DILDO』(2013年)、『バイブル』(2014年)、『イルマタル』(2020年)の3冊に続き、昨年『MY BLOODY HAND』を刊行されました。流産した際に集めた血の塊を顕微鏡で覗き、写したイメージが続く前半、そしてお子さんの生身の肉体を捉えたイメージと風景写真が混ざり合う後半。本作についての、岡部さんの想いを教えてください。
今ここにいる自分の子ども達に対して、いきなり異世界から来たエイリアン的な不可思議さが生まれた時からずっとありました。いきなり赤ちゃんとして出てきて、ずっと傍に居てくれるという事実が不可解で。そして、流産で流れた子供も別にそこで全て終わったわけではなくて、マルチバースではずっと存在して今も何処かで生きているような気がしてなりません。生きている子供と、居なくなってしまった子供達の世界が私にとっては地続きなので、このような構成になりました。短い間だったかもしれないけど確かに私は母親でした。流れた子への母親としての愛情と、僅かな望みと、自分の身に降り掛かった事は全て写真に変換していかなければならないという、写真家の性(さが)によってこの本は出来上がりました。私自身はとても弱い生き物ですが、写真があれば全て乗り越えられます。
—『MY BLOODY HAND』は過去作を継投した重厚な質感ではありますが、装丁はごくミニマルにまとめられています。
今までは自分でレイアウトデザインも装丁も決めていたのですが、今回の『MY BLOODY HAND』に関しては、全部自分でやってしまうと思い入れが強過ぎて自分のものになり過ぎる気がして。写真集として成立させるためにデザイナーの方にお願いしました。
—岡部さんの作家活動の中で「本作り」はどのような位置づけにありますか?
自分や自分の生き方を肯定するためには作るしかないと思っていて。やらなくていいならやりたくないんですけど、こんな意味のないことを(笑)。でもそれ以外の方法を知らないから。ふと気づいたのが、今まで4冊本を作って、心身ともに自分の身を削っているなと。自分のヌードも結構使っているし。でも、消耗している過酷さは無くて、むしろ自分の身体を自分で自由に使うということで、すごく私は強くなれる感じがして、初めて力を手に入れた感覚になっています。今後のテーマは決めていないのですが、生きている限り、女性としての自分の身体を消費して制作していくのだろうと思います。

—最後に改めて、岡部さんにとって“心を揺さぶられるもの”について教えてください。
人間の真理を教えてくれるもの。私にとって真理、そして普遍的な真実が心揺さぶられるものです。私の居場所はきっとここじゃない、絶対的な真実をいつも知りたいなって小さい頃から思っていたので。そういう人や、作品に出会いたいです。















