「同じことは繰り返さない」40年の歩みの先にある、音楽家ジジ・マシンの創作の現在地
Gigi Masin
photography: shuya aoki
interview: kei nakazawa
text & edit: nonoka nagase & kaede sakuma
初夏の日曜日の朝、商店街を少し外れた場所にある小さなレコード店に、イタリア・ヴェネツィア出身の音楽家 Gigi Masin (ジジ・マシン) が姿を見せた。ちょうど10回目の来日を迎えた彼は、「日本への好奇心が尽きることはない」と穏やかに口を開き、日本の伝統音楽や、敬愛する坂本龍一への思いを聞かせてくれた。
1980年代から、ピアノやテープループをはじめとする実験的な手法を取り入れながら、独自の音楽表現を追求してきた Gigi Masin。近年は若い世代からも再評価が進み、その繊細なアンビエンスとメランコリックなサウンドは、いまなお新たなリスナーを惹きつける。約6年ぶりとなるソロ・フルアルバム『Movement (ムーヴメント)』では、これまでのアンビエントを軸に据えながら、リズムやグルーヴ、エレクトロニックな実験性をより色濃く打ち出し、新たなアプローチを見せた。タイトルが示すように、“外へ飛び出して体を動かしていくようなポジティブなエネルギー” を宿した本作を機に、Sacred Bones Records (セイクリッド・ボーンズ・レコード) へと籍を移し、新たな創作のフェーズへと歩みを進めている。
アンビエント・ミュージックを中心に扱うレコード店「春の雨」の店主・中澤敬を聞き手に迎え、新作アルバムの制作背景をはじめ、日本との深い縁や音楽的ルーツ、そして 40 年以上におよぶ歩みの先にある現在地について、言葉を交わした。
「同じことは繰り返さない」40年の歩みの先にある、音楽家ジジ・マシンの創作の現在地
Portraits
—今回で何度目の来日になりますか?
ちょうど10回目、記念すべき節目です。
―日本はいかがですか?
訪れるたびに「もっとこの国を理解したい」と思わせてくれる場所です。素晴らしい本を読んだ後に他の作品も読みたくなるように、日本への知的好奇心が尽きることはありません。
―私たちの店は東京にある「春の雨」という小さなレコード店ですが、東京の音楽シーンや前衛的な音楽を支えるレコード文化をどう思われますか?
実は日本でレコードを買ったことはまだないんです(笑)。でも、日本の方々は多様なジャンルにオープンで、さまざまな音楽を愛せる土壌がありますね。
ただ1つ言わせていただけるなら、「日本の伝統音楽を忘れないでほしい」。現代のポップスも素晴らしいですが、ときに少し安易に感じられることもあります。一方で、(店内にある坂本龍一の本を指差しながら) 日本の伝統音楽には彼の音楽のように “永遠” を感じ、心から感動させられます。
―坂本さん自身も、一時期は伝統を意識していなかったものの、その後その重要性を深く探求されていました。
そうですね。まさに坂本さんは文化の “親善大使” のような役割を果たされていました。残念ながら生前にお会いする機会はありませんでしたが、坂本さんがラジオのプレイリストで私の楽曲を選んでくださっていたんです。それを知ったときは本当に光栄で胸が熱くなりました。
―新作のタイトルは『ムーヴメント』。これまでの静的な「アンビエント」のイメージから一転し、今回は非常に動的でフィジカルな印象を受けました。なぜこのテーマを選ばれたのでしょうか。
人間として、肉体は絶対に忘れてはならないものです。今回表現したかったのは、もっとオープンで生き生きとした生命力です。部屋に閉じこもるのではなく、外へ飛び出して体を動かしていくようなポジティブなエネルギーを込めました。アーティストであり詩人であるという本質は変わりませんが、「もっと外に出て動こう」というメッセージを伝えたかったんです。
―そのアイデアは、いつ頃から温めていたのですか?
数ヶ月前にマネージャーと「違うアプローチをしてみたい」と話したのがきっかけです。これまでの変化の少ない静けさやロマンチックな情緒に、ダイナミックな緩急を取り入れたいと考えました。新しいことに挑戦し、学び続けたいという欲求がこの形になりました。私自身、まだまだ気持ちが若いですから(笑)。
―今作から「Sacred Bones (セイクリッド・ボーンズ)」レーベルへと移籍されました。その理由や変化について教えてください。
新しい道を切り開きたいと考えていたタイミングで、Sacred Bones が私の将来に対して本当に熱意を示してくれました。それが「人生の新しい1ページを開拓できる」という決め手になりました。ともに成長できる素晴らしいパートナーです。
―常に新しい挑戦をされていて、本当に素晴らしいです。
同じことをただ繰り返すのは愚かなことです。毎日、新しい日を迎えるたびに、自分自身もアップデートしていかなければなりません。
―新作アルバムの3曲目「The Age of Sampling (ジ エイジ オブ サンプリング)」というタイトルが印象的でした。ご自身の楽曲が Björk (ビョーク) をはじめ世界中でサンプリングされてきた背景を踏まえ、このタイトルに込めた思いを教えてください。
自分の作った音楽がサンプリングされて新しく生まれ変わるというのは、私の人生において非常に重要な意味を持っています。Björk のような素晴らしいアーティストたちが私の音楽を使ってくれたおかげで、今の自分が認知されていると思っていますから。
若い頃は不満に思った時期もありましたが、今ではサンプリングとは、元ネタへの最高峰のリスペクトなのだと理解しています。過去の遺産が、別のアーティストの手で全く新しい作品として生まれ変わる。自分が情熱を込めて作ってきたものが世界に報われ、1つの結晶となったのだと感じています。
―日本の多くのアンビエント・ミュージシャンもあなたから多大な影響を受けており、彼らの音楽のなかにそのエッセンスを感じます。
ありがたいことですが、それは私だけの功績ではありません。私が作った音楽を、次の世代が聴いて新しい音楽を作る。これはすべての芸術における “美しい連鎖” です。しかしそれは、私が先人たちから受け取った素晴らしい遺産があってこそで、今度は次の世代を通じて表現されているのだと思います。
―今回のアルバムには、亡くなって10年ほど経つジャズピアニスト「John Taylor (ジョン・テイラー)」の名前を冠した楽曲がありますね。
John Taylor や Kenny Wheeler (ケニー・ホイーラー) たちの音楽に、私は若き日に激しく魅了されていました。あるとき Kenny に私のレコードを渡したのですが、後日、彼が「友達と一緒に聴いたよ」と紹介してくれたのが John taylor でした。彼らは今でも私が心から愛する素晴らしいミュージシャンたちです。
―5曲目には「UMI」というトラックがあります。この曲の背景にはどのようなエピソードがあるのでしょうか。
日本語の「海」のことです。実は初めて来日する前から日本とは精神的なつながりがあり、以前も「HOSHI (星)」や「TSUKI (月)」という作品を制作しました。今回の「海」のインスピレーションは、静岡県の下田の海岸を訪れたときのことです。水平線から太陽が昇る瞬間、下田から眺める太平洋はどこか深くて暗く、圧倒的な強さとエネルギーに満ちていました。その景色があまりにも美しくて、私はただ息をのんで立ち尽くし、ずっと海を見つめていました。その今でも忘れられない鮮烈なイメージが、この曲になっています。
―自然のモチーフからインスピレーションを得るスタイルは一貫していますね。1986年の名盤「Wind (ウィンド)」から約40年が経ちますが、今でも日本で多くのリスナーに愛されている現状をどう感じますか?
自分が作った音楽が世界中を旅して、巡り巡ってまた自分の元へと帰ってくるような不思議な感覚です。実は「Wind」を作った当時は「これが最後かもしれない」と覚悟を決めており、自分としてはジャズアルバムを作ったつもりでした。しかし評価は「素晴らしいアンビエントアルバム」だった(笑)。作品が40年経った今でも「辛いときに聴いて救われました」という感想をいただくたびに奇跡のようだと感じます。これからも誠実に音楽を作り続けていくことこそが、リスナーに対する最大の “リスペクト” です。
―最後に、今後の活動の展望について教えてください。
今年の10月に、イタリアで開催される現代芸術の国際展覧会「La Biennale di Venezia (ヴェネチア・ビエンナーレ)」の音楽部門に参加します。「Wind」のリリース40周年という節目で、そのライブをステージで行う予定です。さらにそれとは別に、オープニングを飾る30分間の新しいギター音楽も完全新作として披露します。
その後については、次は「歌」、それも「愛」をテーマにしたラブソングを作ってみたいという具体的なアイデアがあります。今年の夏の終わり頃から本格的に制作をスタートさせて、来年のどこかで皆さんにお届けできたらいいなと思っています。














