Yuko mohri

「こぼれ落ちたものを拾ってつなげる」 現代美術家・毛利悠子のインスタレーション

Yuko mohri
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Portraits/

「こぼれ落ちたものを拾ってつなげる」 現代美術家・毛利悠子のインスタレーション

Yuko mohri

photography: Yuki Kawashima

interview & text: Akiko Ichikawa

2024年、第60回ヴェネチア・ビエンナーレにて日本館代表作家として参加した現代美術家の毛利悠子。その帰国展「Recompose」が横浜美術館で始まった。日用品や家具、果物などを電子回路でつなぎ、音や動きを発生させるインスタレーション。水の都ヴェネチアで展示された《モレモレ》と《Decomposition》と題される2つのシリーズは“水”が使われていることも特徴で、作品は私たちを取り巻くエネルギーの循環や自然の摂理も感じさせる。秋に2つの個展を控え、ますます国際的に注目が集まる毛利が今、考えていること、制作背景などについて聞いた。

―まずはヴェネチアでの展覧会「Compose」のコンセプトを改めて教えてください。

当時はコロナ後に初めてのビエンナーレが本格的に再始動するという状況で、各国のパビリオンはそれぞれにステートメントを強く出す人選でした。他方で私はというと、作品を取り巻く環境を取り入れながら制作することに普段から重きを置いていて、声高なメッセージを前面に押し出してはいなかったので、どうアプローチすべきか悩みました。ただ、パビリオンをスタジオとして使い、現地で材料を入手しながらその場で作り上げていくという、これまでやってきた方法論の延長線上でプロジェクトを進めることで、おのずと世相が反映されるのではないか、との思いから、キュレーターのイ・スッキョンとともにディレクションを固めていきました。

コロナ禍の2020〜21年頃は、緊急事態下でどんな作品が作れるかをフル回転で考えつづけて、結果、これまでで一番新作を発表する機会に恵まれた時期でもありました。めまぐるしい社会状況につられる形で制作環境を変えたことが、私の作品のあり方自体も変えたんです。果物を使い出したのもその頃です。

ビエンナーレ準備中の2023年10月、イスラエル軍によるパレスチナ・ガザ地区への本格的な地上侵攻が開始され、世の中はさらに一変しました。この時期になってもまだ制作はしておらず、コンセプトの練り込みや予算会議をずっと重ねていたんです。

水に囲まれたヴェネチアは車輌が入れないなど特殊な環境で、また独特の生活仕様がある街。2024年1月半ばからの約2ヶ月半の滞在制作において、まずはまっさらな目でいろいろと街を観察しながら展示の構想を練りました。

これらの実践が、今回横浜の会場にスッキョンがキュレトリアル・ノートとして掲げた言葉につながるのだと思います——「『Compose』展は、コロナ禍後の分断、争い、地球規模の課題や危機に直面する世界において、ばらばらになった人々があらためて共に置かれ、住まうことの意味を問いかける。人々はどのようにして「危機」において創造性を与えられるのか。それこそが、予期せぬ水漏れに立ち向かう駅員の姿を見た毛利が作品を着想するに至った背景にある。水漏れは完全には修復されることなく、フルーツはやがてコンポスト(堆肥)となってゆく。しかし、こうした小さな営みにこそ、私たちの慎ましい創造性がもたらす希望の鱗片があるのだ。」

それが「共に(com)」「置く(pose)」という語源を持つタイトルの展覧会「Compose」となったのですね。現地では様々な出会いや縁から、作品の材料を集められたとか。

果物は地元の八百屋さんと知り合いになって、傷んで捨てる直前のものを提供してもらうことになりました。家具は、街を歩いていたら、壊れた家具がショーウィンドーに積み上がった光景にたまたま遭遇して。聞いてみると、廃業したホテルの家具を回収しているドイツの方で、修理してリセールする商売をされていたんです。彼から聞くいろんな話も面白くておたがい盛り上がって、修理前の家具を安く売ってくれるということで話がまとまりました。アンティークの家具は観光地価格でとても手が出なかったので、本当に助かりましたね。

あと、プラスチックボトルは、ヴェネチアによくある量り売りワインの容器で、私が実際に飲んだあとの再利用ですし(笑)、ホースやバケツなんかもイタリアでは馴染みのあるデザインの日用品ばかり。マダムがやっている量り売りのワインのお店はお肉屋さんとともに2ヶ月の生活のあいだに足しげく通った場所だし、他の日用品もすべて金物屋や蚤の市で見つけた、現地の人々のリアルな生活の延長にあるものなんです。日常生活と地続きにある見慣れたものをつなげて、それらを動かしてみたり音を出したりすると、ちょっと違う景色として見えてきます。

さらに、日本館のピロティに、作品の一部としてコンポスト(堆肥を作る容器)を設置しました。展示で使用した約400個の果物が最終的に行き着く、ある意味では果物のお墓のような場所です。会期中はまだ生々しくフルーティなまま残っていた果物もあり、結局、会期後コンポストの中で3ヶ月ほどかけて土に還しました。最終的には、その土をすべて、日本館とその近隣の韓国館やロシア館、ドイツ館のあいだに堆肥として撒いたんです。ビエンナーレの準備段階から、国同士の領土争いに似たポリティクスの縮図とも言える驚くべき出来事が多々あったのですが、そういったことを鎮める意味も込めて……。土を「共に」「置く」、ここまでが Compose 活動の一環でした。

ということは、今も作品の一部がヴェネチアの公園に残っているとも言えますね。

たしかに。万引きと逆で、無断で置いてくる「万置き」によって日本館に作品の一部を寄託した、初の美術家とも言えるかもしれません(笑)。

アートは時として、大きな流れで考えないと見えてこないこともたくさんあって。数ヶ月の会期中、展覧会としてできること、できないこともあり、その間にも物事や社会は移り変わっていきます。展示とは、そういった変化しつづける時間を切り取るような作業なのかもしれません。まさか、会期終了後に熟成期間が必要だったとまでは想定していませんでしたが。

   

―横浜美術館での帰国展「Recompose」はどのような構成になっているのでしょうか?

美術館に新しくできたガラス張りの展示室「ギャラリー9」は屋外に面していて、入場無料のスペースなんです。ちょうど夏休みの時期にもあたるので、子供から大人までいろんな人に出入りしていただきたいと思い、この場所を希望しました。広さは日本館の3分の1くらいしかありませんが、それでも作品17点中の15点は入れて、ぎっしりとしたおもちゃ箱のように見えたらいいな、と。

ヴェネチアの日本館は吉阪隆正さんのチャレンジングな設計で、天井と床のど真ん中に四角い穴を開けたオープンエアの建築空間なので、腐っていく果物に虫が寄ってきたり、雨風が入ってきたりといった要素も展示の一部となりました。それは、ハプニングを愛する私にとってうれしい要素でしたが、今回はいわゆる美術館での展示ということで、果物はケースの中に入っています。先日、韓国の国立美術館で腐敗(decomposition)をテーマにしたグループ展に参加した際にも「他の作品への影響を鑑みて果物にはアクリルケースが必須」とのことでしたので、このあたりは世界的に見てもいまだに未来を先取りした設計である日本館が際立っている気がします。

展示で使われた日用品のほとんどはヴェネチアと同じですが、展示後、1年以上保管されていたので、まずはホースやペットボトルなどを洗うところから準備をスタートしました。帰国展の会期は11月23日までなので、会場周辺の木々の様子や果物の種類自体も季節ごとにだんだん移り変わっていく、そんな「変化を受け止める装置」として展示を見ていただければうれしいです。

実は、無料で公開されることは、私にとって、とても大きな意味を持っています。美術に関心がある方はもちろん、普段あまり美術館にいらっしゃらない方にも、無料であれば気軽に足を運んでもらえる機会になるし、日用品のような親近感のある素材で作られた作品を見て、「これなら自分にもできそうだな」と、何かアクションを起こすきっかけになったらこのうえないです。私の装置がそういったトリガーになるということは、私にとってこの社会に対する「小さな抵抗」でもあると考えているんです。

―9月にはマイアミのバス・ミュージアム、10月はロンドンのバービカン・センターでの展覧会が予定されているそうですね。世界各地を飛び回り、多様な文化圏での展示制作はどのように行なっていらっしゃるのでしょうか?

毎回、どこの都市でも新しい発見を探しながら作っています。

マイアミは中南米からの移民が多く、ラテン系のカルチャーが興味深い。昨年のスーパーボウルで終始スペイン語でパフォーマンスしたバッド・バニーのハーフタイムショーが話題になりましたが、マイアミもまさにスペイン語と英語が飛び交う街。ビーチも、観光客と地元の人たちが行くところでは違った雰囲気だったりもします。それぞれの海を撮影したり、スリフトショップの日用品から見えてくる景色を作品にしたいですね。

バービカン・センターで開かれる個展は「ザ・カーブ」というギャラリー施設の20周年記念展なのですが、翌年から施設全体の大規模改修に入ることもあり、これまで使われてきたさまざまな備品が処分されるというので、それらを使おうかな、と。ヴェネチアでも実践したように、バービカンをスタジオとして使って制作する予定です。

バービカンは文化施設でもありながら、4000戸もの住居を擁する集合住宅でもあり、その中のいくつかのお宅を訪問させていただきました。今も1982年完成時のドア・フレームやスイッチなどを大切に使われている方にお会いし、建築として愛されていることの素晴らしさを感じました。

毛利さんの作品は“音”も重要な要素で、これまで坂本龍一さんなど音楽家の方たちとのコラボレーションも多いですね。

ニューヨークで滞在制作をしていた際、坂本さんにはとてもお世話になり、現地のミュージシャンもたくさん紹介してくれました……アート・リンゼイさんやハトリ・ミホさんなど、若い頃から憧れていた方たちです。音楽はレコードで聴くことも好きですが、ライブで得る感覚やインプロビゼーション(即興演奏)にも多くの影響を受けています。最近は仕事であまり日本にいないのでお邪魔できていないのですが、大友良英さんや山本精一さんの即興演奏とか、いつだってインスピレーションを与えてくれます。

大学時代まではバンドを組んでいて、自分もミュージシャンに憧れていたこともあるのですが、その後、音楽だと自分なりに思った手法をアートに応用するほうがしっくり来たんです。

最近ではミラノのピレリ・ハンガービコッカで個展をした際のイベントとして、石橋英子さんとジム・オルークさんに会場内でのライブ演奏をお願いしました。私が作った回転するスピーカーの作品から音を出してほしい、と無茶を承知でリクエストしたら、ふたりは感覚的にすぐ理解してくださって。パフォーマンス中、音を出力するスピーカーは背後にあってふたりには見えないはずなのに、動きと音がシンクロする奇跡のような瞬間が何度もあって…本当に驚きました。彼らは、空間に響く音を耳で捉えて、回転する作品の動きを読み取っていて、それに呼応させて演奏していたわけです。究極に発達した耳という感覚器官は、目よりも、空間把握に適している——そう実感しました。ミュージシャンという存在は、本当にすごい。

音楽といえば、スピーカーはビンテージのものが好きで、以前からコレクションしています。新しいほうが高性能なのかもしれませんが、時代を経たテクノロジーに興味があるんです。デカいし重いしケーブル邪魔だし、軽量小型ワイヤレスを好む現代からは逆行した存在で、何かと負の遺産のような扱いをされますが、使ってみると偉大な先達からの学びがあるんです。《Decomposition》に使っているスピーカーは、いまのスピーカーのようなシンプルな造作じゃなくて、スコーカーやツイーターがやたらと付いているんだけど、不思議と音のバランスがよかったり。基本は、みんなが要らなくなったゴミ集めのようなことかもしれないんですが(笑)。

昨今はAIやアルゴリズムで世界はどんどん効率化されていく時代でもありますが、そのような風潮についてはどうですか?

ビッグデータという言葉が喧伝された15年くらい前、私も表現活動につなげられるかも、と夢想していた時期がありました。だけど、一つの基準として、お相撲とかレスリングに喩えて考えてみたんです。もし、そういったものに体当たりしたとして、自分は勝負できるかどうか。つまり、自分の手で取り扱えるかどうか。そして、絶対に勝てないほどの大きすぎるエネルギー量は、自分は取り扱わないようにしようと決めました。例えば、ビッグデータのエネルギー量は目に見えないから実感しづらいけれど、大量の水を使って表現するのと同じような体力が必要なわけです。何人ものプログラマーを擁するアーティスト・コレクティブでも四苦八苦しているのに、私のようにひとりで活動する人間にはとても扱える規模ではないな、と。

AIの場合も、お相撲に喩えてみて、自分が本当に主導権を握っているのか、あるいは握られてしまっているのかが、私にはよくわからなくて。時代はそういった最新テクノロジーにどんどん密接になっていくとしても、自分は、そこからこぼれ落ちたゴミやガラクタを拾って、作品として残していきたい。それらはキラキラした現在ではなく、土に還る直前にある何かで、つまり果物や人間と同じなんです。