「音楽は、終わることのない発見と再発見」 UKドラマーの要、Tom Skinner がソロで奏でる記憶と現在地
Tom Skinner
photography: dom
interview & text: hiroyoshi tomite
現在のロンドンを中心としたジャズシーン、あるいはポップミュージックやバンドシーンを語る上で、話題に欠くことがない、Tom Skinner (トム・スキナー)というドラマーをご存知だろうか。少しでもシーンを掘っている人であれば、Thom Yorke (トム・ヨーク)、Jonny Greenwood (ジョニー・グリーンウッド) とのバンド、The Smile (ザ・スマイル) はもちろんのこと、Floating Points (フローティング・ポインツ) とのコラボレーションなど、その名前に馴染みがなくともどこかで耳に触れているに違いない。
実は Tom は2022年から自身の名義でアルバムを出している。最新作『Kaleidoscopic Visions』では Meshell Ndegeocello (ミシェル・ンデゲオチェロ) とのフィーチャリングワークをボーカルに据えるなど、ポップミュージックから自身の音楽的な出自を明らかにし、問い直すような実験的なサウンドスケープをまさに万華鏡のように映し出す音楽を生み出し続けている。そんなシーンの重要人物である Tom が来日公演を果たした。ライブ当日の忙しい合間にも関わらず、彼は上機嫌で饒舌に、様々なジャンルを網羅するような音楽遍歴とその制作と音楽的な進化の旅、そしてこれからの可能性について余すことなく語ってくれた。
「音楽は、終わることのない発見と再発見」 UKドラマーの要、Tom Skinner がソロで奏でる記憶と現在地
Music
—まずはソロ・プロジェクトとしての歩みについて伺います。2022年の『Voices of Bishara』は、あなたにとってどのような意味を持つ出発点だったのでしょうか? いわゆるエレクトロやマシーナリーなサウンドに傾倒していた時期があると答えていました。CAN の『Future Days』を過去に挙げていましたよね。それから『Kaleidoscopic Visions』、そして今回の来日公演に至るまで、ソロ・アーティストとしての自分はどう変化してきたと感じますか?
その質問に答えるには、もう少し前まで遡って話した方が良いかもしれないね。僕にとって『Voices of Bishara』が持つ最大の意味は、Tom という名前で初めてリリースした作品だった、ということなんだ。それ以前にも、自分の音楽を発表したことはあって、たとえば Hello Skinny (ハロー・スキニー) のように別名義で活動していたこともあったし。もちろん他のバンドの一員としても作品を出した。でも、自分自身の名前で作品を発表するのは、このアルバムが初。当初は、今回も別の名義で出そうと実は考えていたんだ。タイトルの『Voices of Bishara』を、そのままアーティスト名として使おうと。でも、レコード会社から Tom 名義で出してみたらどうか、と勧められたんだよね。最初は、そのアイデアにはあまり乗り気じゃなかった。でもじっくり考えて自分名義の作品を出すということは架空のアーティスト名で活動するよりも、ずっと自由なんだ。
『こういう音でなければならない』というイメージに縛られる必要がない。Tom 名義であれば、どんな音楽をやってもいいんだよね。自分がやりたいことを、やりたいタイミングで自由に表現できる。その感覚がとても気に入っているよ。そういう意味で、『Voices of Bishara』は、ソロ・アーティストとしての新しい旅の始まりを象徴する作品なんだ。それともうひとつ、このアルバムは自分の音楽性が変化した転換点でもあったね。それ以前は、もう少しエレクトロニックで、マシンを中心にしたサウンドを探求していた時期があったんだ。でも、この作品では、より有機的で、アコースティックな響きを持つ音楽へと向かっていった。それも、このアルバムが僕にとって大きな意味を持つ理由のひとつだね。
それから『Voices of Bishara』から現在に至るまでの4年間で、バンドとしてのサウンドも、僕自身の作曲家としての表現も、大きく成長し、進化してきたと感じているよ。この作品は、僕自身の音楽的な “声” が進化してきた過程を示すものでもあると思うんだ。いや、進化したというより、進化し続けていると言った方が正しいかもしれない。このアンサンブル、この編成で生まれるサウンドには、まだまだ探求したいことがたくさんあるんだ。だから、僕にとっては、今もなおその探求の旅が続いているという感覚だね。補足としていっておくね (笑)。
ーここまで様々な音楽的な要素を飲み込んで自分の声を作ってきた話、まさに納得ができます。今作の『Kaleidoscopic Visions』は、ギターやピアノで書かれたアイデアが、チェロやビブラフォンを含むバンド編成で演奏されることで、大きく姿を変えていったそうですね。この過程で、自身の “ドラマー” としてではなく “作曲家” としての側面が前面に出た部分はありましたか?
うん、それは間違いなくあったね。作曲をする時、実はドラムについて考えるのはいつも最後なんだ (笑)。まず考えるのは、メロディやハーモニーだね。君が言ったように、このアルバムではギターで書いた曲が何曲かあったんだ。でも、それをバンドで演奏してみると、まったく新しい表情を持った音楽へと変わっていった。その変化を耳にした時は、自分にとっても本当に新鮮な発見だったよ。すごく啓示的な瞬間だったと言ってもいいくらい。それと、ぜひ付け加えたいのは、このプロジェクトは本当にバンドメンバー全員との共同作業だということ。一緒に演奏しているメンバーがいなければ、このプロジェクトは今のような形にはなっていない。一人ひとりが持っている個性や音楽性が、この作品にとって本当に大きな意味を持っている。
僕にとっては、コラボレーションこそが、自分の音楽活動の中心にあるもの。他の人たちと一緒に創作することに、大きな魅力を感じている。複数の人間がアイデアを持ち寄って一緒に考えることで、ひとりでは到底辿り着けないような音楽を生み出せるから。それに、自分が書いた音楽を他の人がどう解釈してくれるのかを見るのも、とても面白い。一緒に演奏する人たちは、自分では予想もしなかった何かを自分の音楽から引き出してくれる。僕は、そのプロセスがとても好きなんだよ。
—Side A の「Margaret Anne」は、お母様であり、かつて将来を嘱望されたコンサート・ピアニストだった Anne Shasby (アン・シャズビー) に捧げられた曲だと伺いました。彼女のことは構造的な女性差別によって自身のキャリアを断念せざるを得なかったものの、その代わりにあなたに「音楽という贈り物」を授けてくれた、と語られていますよね。この曲を書きながら、お母様の物語や、彼女から受け継いだものについて、どんなことを考えていましたか?
とても深い質問だね…… (笑)。実は、この曲を書いた最初の段階では、母のために曲を書こうと思っていたわけではないんだ。でも、曲にタイトルを付けよう、この曲が持つ意味を改めて考えようとしているうちに、これは母のことを表現している曲なんじゃないか、と自然に感じるようになっていった。僕にとって、この曲は母の持つ強さや意志の力を語っているように思えたんだよね。音楽は、母にとって人生そのものと言えるくらい大切な存在だった。そんな自分にとってかけがえのないものから離れるという決断をするには、本当に大きな勇気が必要だったはずなんだ。
もちろん、彼女は演奏活動の第一線からは退いたよ。でも、音楽そのものを手放したわけではない。今でも毎日ピアノの練習を続けているよ。もう80代になるけれど、それでも毎日欠かさず練習している。つまり、音楽の旅そのものは、今も続いているんだよ。それは誰かに求められているからでも、そうしなければならないと思っているからでもない。純粋に、自分自身が音楽を楽しむために続けているんだ。
それともうひとつ、とても大きなことがある。自分が心から情熱を注いできたものから一歩退き、その代わりに家族や子どもたちを人生の中心に据えるという決断。それにもまた、大きな強さと勇気が必要だと思うんだ。だから、この曲は決して感傷的な作品ではないんだよ。むしろ、とても力強いリズムを持っているし、確固とした芯のようなものを感じさせる曲なんだ。僕にとって、その力強さこそが母の歩んできた人生と重なったんだよね。その想いが、この楽曲や作曲そのものの中に自然と表れているんだと思う。
—新作の楽曲「The Maxim」での Meshell とのコラボレーションは、瞑想的な10分の楽曲で、アルバムのハイライトになるような大作に感じました。彼女と一緒に音楽を作る中で、何を発見しましたか? 1994年のグラストンベリーで彼女を見た頃から今この曲を一緒に作るまでの道のりを、どう振り返りますか?
フフフ (笑)。今振り返っても、彼女と一緒に作品を作ることができたなんて、どこか信じられない気持があるよ。でも、本当に心から感謝してる。彼女がこのアルバムに参加してくれたことは、僕にとってとても大きな意味があるんだ。あの曲は、実は最後をどうまとめればいいのか自分でもなかなか答えを見つけられずにいたんだよね。長めのループや、あらかじめ書いていた素材はあったんだけど。それを基に即興的に音を重ねていくグループ・インプロビゼーションというか、みんなでサウンドを探求していくような作品だったんだ。
ただ、その段階から僕の中には、この曲には彼女の声が合うというイメージがはっきりあって。それでこの曲を送ってみたところ、彼女もぜひやってみたいと言ってくれたんだよね。その時点では、この曲は2つのセクションに分かれている感じの構成になっていたんだ。彼女が参加してくれることが決まってからは、彼女が歌うことを前提に、後半のセクションをもう一度作り直したんだよ。元々の素材はそのまま生かしながら、彼女の存在を意識してプロダクションを組み直したという感じかな。……質問は何だったっけ (笑)。
—彼女と一緒に音楽を作る中で、何を発見したか? というところでしょうか。
何よりも驚かされたのは、彼女があの曲にひとつの “歌” を見出したことなんだ。元々は、終わりの見えないようなグループ・インプロビゼーションが広がっているだけの作品だった。そこに彼女は、まるで曲そのものが最初から存在していたかのように、自然な構造を見つけてくれたんだ。正直に言うと、彼女にはかなり難しいお願いをしてしまったと思っているよ。普通の3分くらいの曲なら、『ここが A メロで、ここがサビ』と考えながら作ることもできるよね。
でも、あれは10分にも及ぶ、かなり無制限な構成の楽曲だった。終わりの見えない旅のような作品だったんだ。それなのに彼女は、その中から見事にひとつの物語と構成を見つけ出してくれた。本当に驚いたね。どうやったらあんなことができるのか、今でも不思議なくらいだよ。彼女の並み外れた創造力と、まさに天才的な才能を物語っていると思う。彼女は、僕が10代の頃からずっと憧れ続けてきたアーティストなんだ。だから、こうして一緒にひとつの作品を作ることができたのは、僕にとって本当に特別な経験だったね。
—これまでのキャリアを振り返ると、Thom York、Floating Points、Meshell Ndegeocello など、それぞれ全く異なるフィールドの一流の音楽家たちから、ドラマーとして数多くの声がかかってきましたね。そうした共演を通じて吸収してきたものが、ソロ・アーティストとしての自分の声にどう昇華されていると感じますか?
さまざまなミュージシャンと一緒に仕事をしてきた。その経験のすべてが自分自身の作曲や音楽の作り方、創作への向き合い方に影響を与えていると思う。僕にとって、それは終わることのない学びのプロセスなんだ。音楽を作ること、何かを創造すること、アーティストであること…もう十分学んだと思えた瞬間は一度もないね。毎日のように新しい発見があるし、日々何かを学んでいると感じているよ。だからこそ、もっと良いものを作りたい、もっと努力したい、もっと学びたい、もっと創造したいという意欲が生まれるんだ。
その一方で、創作にはつねに迷いがつきまとう。吸収した学びは自然な形で自分の創作の中に姿を現すんだけど、決して完成することのないものでもある。その迷いを自分自身に問い続けることもまた、創作の一部なんだよね。悟りを開いたような境地なんてない。これで完成だ、と思える瞬間もない。だから、決して楽なことではないのかもしれない。何もしたくないと思う日だってあるよ (笑)。でも、そういう迷いや疑いがあるからこそ、もっと知りたい、もっと先へ行きたいという気持ちが生まれるんだと思う。
—ジャンルを横断しながら演奏する中でも見失わない、ドラマーとしての自分らしいグルーヴやタメの感覚は意識していますか? レコーディングやその後のライブを重ねる中で得た発見があれば教えてください。
そうだな…… 僕にとっては、つねに発見と再発見を繰り返すプロセスだね。音楽を通して、自分自身を発見し直すことでもあるし、自分の音楽的な表現や自分という存在そのものを、何度でも新しく見つめ直していくことでもある。アルバムに収録された楽曲は、もちろんその時点での完成形としてレコードや音源に刻まれる。でも、それはあくまでも、その瞬間の姿に過ぎないんだ。音楽そのものはライブで演奏を重ねるたびに、さらに変化し、成長し続けている。演奏するたびに、その曲の中に新しい可能性を見つけるし、自分自身の中にも新しい発見がある。だから、僕にとって音楽とは、終わることのない発見と再発見の連続なんだ。
—特に The Smile はベルリン公演を2回拝見したのですが、バンドとしてアルバムを2nd、3rd と重ねるにつれ、ドラマーとしてのプレゼンスや役割もより多岐にわたっていったように感じました。あなた自身もそうした進化については自覚していましたか?
うん、そう思う。でも、それは僕ひとりが変わったというより、バンド全体が進化してきたという感覚だね。The Smile における創作は、僕たち3人の間で絶えず続いている “対話” なんだ。3人で一緒に音楽を探究し続けていく、そのプロセスそのものなんだよ。だから、僕の役割も少しずつ変化してきたとは思う。でも、それ以上に、バンドそのものが進化してきたんだ。毎日のように一緒に過ごして、演奏して、リハーサルを重ねて、曲を書き続ける中で、お互いの関係性や音楽の作り方そのものが少しずつ育っていったんだよね。そうやって、すべてが少しずつ強くなっていったんだと思う。だから、その変化は僕自身も音楽の中で確かに感じているよ。これまで3人で歩んできた道のりの中でその成長を実感しているし、まだまだ探求できることはたくさんあると思ってる。これからまた彼らと一緒に新しい音楽を作っていけることを楽しみにしているよ。
—Harry Styles (ハリー・スタイルズ) の新作『Kiss All the Time. Disco, Occasionally』では、12曲中6曲でドラムを、「Dance No More」ではバックボーカルも担当されています。ポップ/ダンスという全く異なる文脈の中でも、Tom らしいビート感覚やグルーヴが滲み出ているように感じます。ジャズや即興のフィールドで培ったものを、こうしたポップの創作現場に持ち込むとき、何を残して何を手放すのでしょうか?
フフフ (笑)。僕は、Harry の作品であっても The Smile であっても、あるいは自分自身の音楽であっても、どんな現場であれ、その音楽の中で自分らしさを表現する方法を見つけたいと思っているよ。たとえポップ・ソングのように、より構成がしっかり決まった音楽であってもそれは変わらない。僕にとっての挑戦は、その楽曲の中に、自分自身を表現できる場所を見つけることなんだ。それは本当に小さな部分かもしれない。でも、その小さな表現の積み重ねが大切なんだと思っているよ。
Harry と一緒に仕事をしてとても良かったと感じたのは、彼がそういう姿勢に対してすごくオープンだったことなんだ。というより、彼ら自身が、僕に Tom らしくいて欲しい、と望んでくれていたんだと思う。彼の楽曲やサウンドという枠組みの中で、僕が自分らしく表現することを歓迎してくれたんだよね。それは、僕にとってもとても新鮮な経験だった。だから、『何を持ち込んで、何を手放すのか』と訊かれると、実は何かを持ち込んだり、何かを捨てたりしているという感覚はないんだ。ただ、その音楽の中で、自分らしくいられる場所を見つけようとしているだけなんだよね。それが、僕にとっての挑戦なんだ。そういう挑戦は、いつでも喜んで引き受けたいと思っているよ (笑)。
—今までジャズや実験音楽、それにロック音楽などナチュラルにいろんなジャンルを横断してきた中で、まだ足を踏み入れていないところで音楽家としての好奇心が向かっている場所はありますか?
良い質問だね。今の自分が惹かれているのは、ミニマルで、静かで、余白のある音楽なんだ。最近よく聴いているのも、どちらかというと室内楽に近いような作品なんだよね。音や作曲そのものを、とてもミニマルなアプローチで捉えている音楽に、今は強く惹かれているよ。今の自分の関心は、まさにそういうところにある。それは、作曲についてだけではなくて、即興演奏についても同じなんだ。最近は、以前よりも少し静かな方向へ向かっているかもしれない。もっと余白のある音楽と言えばいいのかな。上手く言葉にするのは難しいな (笑)。今の自分の頭の中にあるのは、そんな余白のある音楽なんだ。そういう世界に今、とても刺激を受けているよ。













