サックスを置いたジャズの奇才、シャバカが変化の先で見つけたもの
Shabaka
photography: naoto kobayashi
interview & text: saki yamada
interpreter: yumi hasegawa
Sons of Kemet (サンズ・オブ・ケメット) や The Comet Is Coming (コメット・イズ・カミング) など、現代 UK ジャズを代表するバンドを率いてきた Shabaka (シャバカ)。その活動は、ジャズを起点にエレクトロニック・ミュージックやアフロ・カリビアンの音楽、近年始めたフルートや尺八まで、絶えず新たな領域へと広がり続けている。こうして驚きと興奮をもたらしながら多くのリスナーを自身の音楽世界へと引き込んできたサウス・ロンドン出身の奇才だ。彼は今、再び大きな変化の只中にいる。
約1年半サックスから離れてフルートや尺八へと向かった彼は、ラップやトラックメイク、ミキシングにも表現の領域を広げた。そして今回、自身のレーベル Shabaka Records (シャバカ・レコーズ) を立ち上げ、最新アルバム『Of The Earth (オブ・ジ・アース)』で再びサックスを手に取る。そこにあるのは過去への回帰ではなく、これまでの経験を新たな表現へと結び直す音楽だ。息をするように笛を奏で、ラップで言葉を紡ぎ、ラップトップから生まれたビートやループに新たな生命を吹き込む。音、言葉、呼吸、そして沈黙さえも音楽へと変えながら、Shabaka は新たな表現の地平へと歩みを進めている。
音のあわいを旅する音楽家は、どんな景色を見ているのか。来日公演を終えたばかりの Shabaka に話を聞いた。
サックスを置いたジャズの奇才、シャバカが変化の先で見つけたもの
Portraits
—先日ライブを終えたばかりですが、ライブの日の決まったルーティンはありますか? それとも毎回、その場の空気に身を任せるタイプですか?
そうだね。その場の空気に順応するタイプだね。もし外に出てウォームアップできるような状況なら、そうすることもあるけれど。ただ、いつもそれができる状況だというわけではないし……外に出たとしても、人混みを通らずに会場に戻れるかどうかとか、色々な条件があるからね。だから、決まったルーティンというものは特にないよ。自分を窮屈に感じさせるようなものは持たないようにしているんだ。今は、特に決まったルーティンや儀式的なものはないけど、可能な限りウォームアップはするようにはしているよ。
—どのようなウォームアップを取り入れていますか?
僕にとってウォームアップは、かなり精神的な意味を持つものなんだ。楽器に意識を集中させて、自分の身体と楽器との関係性を感じるようにする。呼吸も含めて、自分自身と楽器をつなげていくような感覚だね。それが、今では唯一変わらずに続けていることかもしれない。以前はもっと細かく決めたルーティンがあったんだ。でも、ここ数年はツアーの状況もどんどん慌ただしくなってきて。どんな環境に置かれても、とにかくウォームアップをすること。それがいちばん大事になっているよ。
—日本でのライブはどうでしたか?
レゾナンスを効かせるのがすごく好きでね。音や空間に共鳴しながら演奏するんだ。実際、この形態こそが音楽が最も成長し、発展していくことを可能にするものだと思っているんだ。だから色々なライブで共鳴を意識した形を試しているよ。
—アルバム『Of The Earth』は新しいレーベル Shabaka Records からの最初のリリースです。このタイミングでレーベルを立ち上げようと思った経緯を教えてください。
今の状況を考えると、それがいちばん自然な選択だったんだ。現在はアルバムをリリースする方法にも、色々な選択肢があるよね。時には、昔ながらの仕組み……前金を受け取って、レコード契約を結んで、あとはレーベルにすべてを任せる、という形にとらわれてしまうこともある。でも、実際には作品に投入したものに対して、アーティストにどれだけ還元されるかという点では、必ずしもアーティストにとって最善の方法とは限らない。僕自身、もう以前所属していたレーベルの仕組みを必要としていない段階に来ていたんだ。
それと同時に、もっと自由に小規模な作品や、必ずしも商業的な成功を前提としていない作品を、より頻繁にリリースする環境が欲しかったんだよね。たとえば、すべてが予定通りに進めば今年中にあと4〜5作品をリリースできるんだ。大きな宣伝キャンペーンを組むこともなく、まずはそのまま世に出していくつもりだよ。もし反響が大きければ、その時点でレコード盤として発表する。最初から必ずしもレコードとして制作する必要はない。そういう自由が欲しかった。音楽を作って、それを自分のタイミングでリリースできる自由をね。
—自分自身のレーベルを持つことは、創作そのものにどんな変化をもたらしましたか? またより自由や解放を感じているとのことですが、それに伴いどのような責任が生まれましたか?
創作そのもののやり方は変わっていないね。ただ、“自分が作品として記録し、リリースするもの” に対する考え方は変わったと思う。たとえば、これまでフリー・インプロヴィゼーション (完全自由即興) の作品は、あまりリリースしてこなかったんだ。以前は Impulse! Records (インパルス・レコード) に所属していたけれど、ああいった大手レーベルの仕組みでは小規模なフリー・インプロヴィゼーションのライブをそのまま発表することは、あまり現実的ではなかった。レーベルは作品に多くの投資をするし、その投資に見合う作品であることが求められるからね。だから、アルバムはどちらかというと時間をかけて構築された作品になる。それはそれで全然問題ないよ。でも、僕としては自分のあらゆる創作活動を記録し、作品として世に出せるものとして捉えたいんだ。
—『Of The Earth』のタイトルを最初に思いついた瞬間を覚えていますか?
アルバムのタイトルは、たいてい作品がほぼ完成してから考えるんだ。制作中は、あまりタイトルについて考えないようにしているんだよね。そうすることで、完成した作品全体を聴いて、その作品が何を語りかけているかを感じ取ることができるから。それに、僕のアルバムタイトルはすべて、ひとつの詩として読めることを意図しているんだよ。
最初のソロ名義のアルバム『Afrikan Culture (アフリカンカルチャー)』から始まって、『Perceive its Beauty, Acknowledge its Grace (パーシーヴ・イッツ・ビューティー・アクノリッジ・イッツ・グレイス)』、『Of The Earth』と続いていく。それぞれのタイトルがひとつの長い詩を形作っていて、次のアルバムタイトルも、その詩に新たな一文を書き加えていくようなイメージだね。ここまでの3枚のタイトルを合わせると「アフリカの文化——その美しさを味わい、大地がもたらす恵を讃えよう」となる。
—『Of The Earth』という言葉を選んだ理由を教えてください。
今回は音楽制作の面でこれまであまり試してこなかった手法を数多く取り入れたんだ。そのことによって、自分の音楽性をもっと根源的なレベルから見つめ直さざるを得なくなった。自分が最も得意なことをやるのではなくて、創造性の最も原初的な要素まで掘り下げて、自分の音楽の根っこにあるものをそのまま表現しようとしたんだよね。その感覚が、『Of The Earth』という言葉と重なったんだ。僕にとって、『Of The Earth』とは、そうした根源へ立ち返ることを意味している。あらゆるものが育っていく、その出発点となる “根” のような場所ということだね。
たとえば、今回は自分でアルバムのミックスも手掛けたんだ。でも、僕はミキシング・エンジニアではないし、専門的なミキシングの知識が豊富なわけでもない。だから、技術的なノウハウに頼るのではなく、自分の耳で聴いて何が心地いいのか、どんなバランスが自分には自然に感じられるのか、というごく根本的な感覚に立ち返る必要があった。その過程で、自分自身の考えをしっかり持たなければならなかったし、自分にとって音楽とは何なのか、音楽は本来どうあるべきだと思っているのか、という根源的な問いと向き合うことになったんだ。
—とても興味深いお話ですね。D’Angelo (ディアンジェロ) の『Brown Sugar (ブラウン・シュガー)』が、この作品の重要なインスピレーションだったと話していますね。それは音楽的な理由でしょうか? それとも彼の制作背景にあった「1人で作品を作る」というスタイルに惹かれたのでしょうか?
うん、どちらかというと、彼がすべてを自分ひとりで作り上げたという事実の方に惹かれたね。面白いのは、実際そのことを知らずに聴いたとしても、1人で作った作品だとは感じないところなんだ。とても有機的なレコードだと思うし、作品全体のグルーヴやフィーリングという、より大きな視点に重点が置かれている。彼の卓越した技術を見せつけるための作品ではなく、むしろ音楽のなかに、ある種の世界を作り出す彼の能力が表現されていると思う。
—1人で作ることで、今まで気づかなかった自分の癖や特徴は見えてきましたか?
そうだね。その過程で、自分には音を密に積み重ねる傾向があることに気が付いたよ。気付くと、幾重にもレイヤーを重ねた、ポリフォニック (多声的) で密度の高いメロディ構造を作っているんだよね。最終的には、それを少しずつ削ぎ落として、より多くの人が自然に受け入れられる形にしていくことが多いんだ。でも、途中で気付いたんだよね。そうしたものは、音楽にとって決して欠点ではないんだ、って。複雑なものを作らないようにする必要はなくて、自分の頭はそういうふうに働くということを理解すればいい。まずは、非常に密度の高い構造を作り、そのあとで改めて見直して、ちょうどいいと思えるところまで削ぎ落としていけばいいんだ。
ただ、僕はひとつの音楽をさまざまな角度から捉えることを大切にしているんだ。たとえば、「Marwa The Mountain (マルワ・ザ・マウンテン)」という曲では、ポリリズム (拍子の重なり) とポリフォニー (メロディの重なり) を用いたフルート合奏のパートがあるんだけど、実は最初の段階では、それぞれのパートにさらに2つか3つほど別のパートを重ねていたんだよね。でも、当時は気に入っていたとしても、それらを取り除いてみたところ、作品全体がずっと繰り返し聴きやすくなることに気付いたんだ。あまりにも濃密なフルートが重なっていると、聴いている耳にはどうしても疲れを与えてしまうからね。
—約1年半サックスを吹かない期間を自ら設けました。この沈黙は、楽器との関係をどう変えましたか?
尺八やフルートをたくさん演奏するようになってから、サックスの音にある細かなニュアンスを、以前より意識するようになったと思う。呼吸そのものにより意識を向けるようになったし、音楽のなかに存在しているより小さな要素にも注意を払うようになった。一方で、サックスはもっと外交的な楽器だと感じているよ。息を吹き込んで、より大きな音を生み出す楽器だし、聴く意識も外側へと向かう。でも、フルートの場合は、自分の身体と素材との関係性に耳を傾けているような感覚があるんだ。その経験によって、今まで以上に自分の身体がサックスとどう関わっているのか、演奏する前はどんな状態にあるのか、演奏中に何を感じているのか……そういったことに興味を持つようになったね。
—日本には「間」という美意識があります。あなたが近年探求してきた「沈黙」や「余白」とも共鳴しているように感じますが、この考え方に惹かれる部分はありますか?
そうだね。広い意味で言えば、サックスを自分の音楽的な旅から一度切り離して「余白」を作ったこと自体が、「間」の実践だったと思う。サックスがない空間を経験することで、再びサックスを演奏するとき、違った方法で向き合えるようになったというか。今では、サックスを演奏しているときにもそのなかにある、「間」や空間を感じることができるようになったよ。
—手掛けてきた作品には「呼吸」がとても重要な要素として存在していると思います。この呼吸はリズムやテンポなのでしょうか? それとも、より思想的・感情的な意味合いを持つものなのでしょうか?
そのすべてだと思う。多面的なものだと思うんだ。その瞬間に自分が何をしているのか、その深さに意識を向けたとき、呼吸というものは同時に色々な意味を持つことができるからね。もちろん、リズムを生み出す方法としても機能するし、単純に音楽を形作る要素にも、音楽を演奏するという行為にも関わってくる。一方で、とある演奏のなかで、僕が呼吸というもののどの側面に惹かれるのかは、その時々によって変化するものでもあるんだよね。たとえば、演奏する前には「息を吸うとはどういうことなのか」「息を吐くとはどういうことなのか」「そこから音が生まれるための空間になるとはどういうことなのか」ということを考える。
でも、演奏の最中には意識がもっとリズム的な要素や、音楽そのものを作り出すことに移っていくこともあるから。自分の知覚のなかの、さまざまな領域に入っていくんだ。それが、僕にとっての “多次元性” ということなんだよね。たとえば、Sun Ra (サン・ラ) のような人が「多次元的である」と語るとき、僕にとってそれは音楽のよりエソテリック(秘技的・神秘的)な側面に触れる空間を持ちながら、同時により具体的で実践的な側面ともつながっていることを意味するんだ。
—今回の作品を完成させた今、「Shabaka」というアーティストとしてご自身の歩みにどんな手応えを感じていますか?
アルバム『Perceive its Beauty, Acknowledge its Grace』では、多くのコラボレーターと共に作り上げる共同的な出来事として音楽を捉えていた。続く『Of The Earth』では、よりソロ的な表現へと向かって、自分自身で音楽を構築する方法への理解を深めていったんだ。でも、今は以前よりも自分自身が何者かをより明確に理解した上で、再び伝統や他者との関わりに心を開いていく段階に来ているように感じているよ。以前は、他者とどう関わるかということの方に意識が向いていたんだ。でも、今は自分のアイデンティティについて、より強く明確な感覚を持っている。だから、これから誰かと関わるときには、相手に対して自分から何か強いもの、より明確なものを持ち込めるようになると思うんだよね。
—「Shabaka」は、ここからどこへ向かおうとしていますか?
次の段階では、自分の世界により具体的なコラボレーターを迎え入れながら、音響的なレベルでも、自分がどんなサウンドを求めているのかを理解するための技術的な知識を、さらに深めていきたいと思っているよ。たとえば、耳でどのように音を判断するか、その音をどこに配置するか、といった部分だね。そうしたより細かな要素が加わることで、音楽のより大きな全体像へとつながっていく。
それと、アルバムがリリースされる頃には、僕はすでに次の段階に進んでいるんだ。多くの場合、アルバムは完成してから半年ほど経ってリリースされるけど、実際に作っているのはリリースの1年〜1年半も前のことだからさ。だから、みんながそのアルバムを聴いてくれる頃には、僕はもう次のアルバム、あるいはその次のアルバムに深く取り組んでいることになる。そうやって常に前進しているんだよ。















