Jun Aoki
Jun Aoki

すでにあるものを組み替えて、別の可能性へひらく。青木淳の「全部がリノベーション」という建築観

Jun Aoki

photography: teo josserand
interview & text: chikei hara

Portraits/

空間のふるまいやルールを捉え直し、一つのあり方に縛られないさまざまな可能性を探ってきた建築家・青木淳。これまで住宅や店舗にとどまらず、美術館の設計や美術展の会場構成も数多く手がけている。磯崎新アトリエ時代には水戸芸術館を担当し、独立後は青森県立美術館を設計。また、西澤徹夫との共同設計による京都市京セラ美術館のリノベーションを経て、現在は同館の館長も務めている。

現在、東京オペラシティアートギャラリーでは美術家 Richard Tuttle (リチャード・タトル) との二人展「ほぼ、空」が開催されている。布や紙、針金といった身近な素材から空間や知覚に働きかける作品を生み出してきたタトル。本展では彼の思考を起点として、ミュージアムを構成する要素そのものが一時的に組み替えられることで、通常は分けて認識される空間がゆるやかに混ざり合い、見る者の視点や時間とともにひとつながりの場として立ち現れる展覧会となっている。

青木とタトルは、互いの領域をどのように行き来しながらこの空間を形づくったのか。建築家として、館長として、長年美術館という場所に関わり続けてきた青木に、この展覧会の成り立ちから美術館の公共性、そして「全部がリノベーション」だと語る建築観まで—— すでにある環境を組み替え、別の可能性へとひらく思考について、青木のオフィス「AS」を訪ねて話を聞いた。

すでにあるものを組み替えて、別の可能性へひらく。青木淳の「全部がリノベーション」という建築観

ー今回の二人展は、どのような経緯から始まったのでしょうか。

東京オペラシティアートギャラリーキュレーターの能勢陽子さんに、僕とタトルさんの展覧会をそれぞれやりたいという希望があって、あれこれ話してるうちに彼女のほうから二人展で展示する考えはないだろうかと提案をいただきました。

僕としてもタトルさんをまったく知らないわけじゃなくて、10年ほど前にメディアの企画でタトルさんにインタビューしたことがあったんです。昔から彼に興味があったので引き受けたのですが、その内容をご自身のインタビュー集に収録してくれるほど気に入ってくれたみたいで、そこから面識ができました。そういう縁もあったので、僕はタトルさんが良ければ、ということで話が進み、彼も快諾してくれました。タトルさんはおそらくこれまでにコラボレーションというか、二人展のようなことはしていなかったんです。だから、すごく貴重な展示ですよね。

ー建築家が作家として美術館で展示するにあたって、意識することはありますか?

二人でやるということ以外は何も決まっていない、まっさらな状態から始まったんです。僕はアーティストではなくやはり建築家ですが、展覧会での展示はこれまでもやってきました。東京藝術大学で教鞭をとった最後の年の退任記念展や、杉戸洋さんとの展示——2011年に青森県立美術館で企画しながら東日本大震災の影響で実現しなかった「はっぱとはらっぱ」展、それを受けた2013年あいちトリエンナーレでの名古屋市美術館の展示などがあります。こうした展覧会での僕の立ち位置は、建築家なのかアーティストなのか、あまりはっきりとしていません。自分の意識としてもどっちということはなくて、主体として関わるということなんだと思う。

ただ今回はそれからすると、ある意味で建築家であるという認識の中で考えるところがあった。タトルさんも僕がもし美術作家だったら、二人で展示するということにはならなかったかもしれない。だって今までそういう共作的な制作をやるタイプの方ではないですから。彼は常々、空間とか建築への関心がある作家で、建築家と一緒に展覧会をすることに面白さを感じてくれた。それが展覧会が成立した原因だと思います。

「ほぼ、空:青木淳 + リチャード・タトル」ポスター

ー実際には、どのようなやりとりからタトルさんと青木さんの境界を設定されていったのでしょうか?

彼から最初に来た展示に関するメールでは、Tiffany & Co. (ティファニー) の創始者の息子である Louis Comfort Tiffany (ルイス・コンフォート・ティファニー) がデザインした柱が話題に上がりました。ニューヨークのショールームのために作られたガラスモザイクの円柱で、現在はメトロポリタン美術館に収蔵されているものです。柱は西洋建築の歴史のなかではとても重要で、ベースになってる古代ギリシャ時代のドリス式やイオニア式、コリント式のように、脚柱として足元、中央、キャピタルと呼ばれる柱頭にいくつかのタイプやプロポーションがあって、体系立ったルールがある。でも Tiffany & Co. の柱はそこから逸脱しているわけです。柱というのは全部決められてるものだと思っていたけど、実は作ってもいいんだということですよね。

それから、柱は高く大きいから柱頭を見上げることになるでしょ。普段我々は生活のなかで水平か、どちらかというとスマホを見ることが多く、下を向いて生活しているけれど、少し斜め上を見ることで柱の大きさや高さを感じ、自分の周りに空間が広がっていることを認識する。柱があることで空間が生まれるんじゃないか、というような話を彼が送ってきて、どう思う?という会話から始まりました。

そのうちに、タトルさんからこの展示では3つの要素を考えたいと提案がありました。柱と、上からぶら下がってくるバスケット、それから帯状にぶら下がる色の帯の3つの要素でした。「この3つの要素をわたしが考えるので、建築家のあなたがそれをどう展開するかは、全部君に任せる」と言われたわけです。

そう言われても、具体的な要素だけで何をやればいいかはすごく漠然としてるじゃないですか。でも彼がこの空間について考える出発点に、この3つの要素があって、いろんな空間があり得ることがわかった。それで僕も建築家としてアーティストと一緒に話をしながら考えていくことになりました。

ー青木さんから見て、タトルさんの作家の特質や要素はどこにあると感じますか?

単純に見ていて素晴らしいと思うことが多いので、どこが面白いと正確に言うのは難しいんです。ただ形態的に造形を作っていこうとする作家というより、そこに起きているなんらかの現象みたいなものを彼なりに考え直してみることが多い。見慣れたものを使いながら、そんな風にあり得るのかということに気づかせてくれる。どういう思考回路でこれが生まれてくるのか、いつも興味を持っています。

ータトルさんの柱、バスケット、色の帯というアイデアを焦点に、展示空間を構成していくわけですね。青木さんの書籍『フラジャイル・コンセプト』(2018) では、杉戸洋さんとの青森の展示構想は「空間が先にある」という作り方で考えられていたと記述されていました。今回の展示ではどのように空間を考えられたのでしょうか。

杉戸さんとの展覧会でも藝大の退任記念展でも、建築を作る時もそうなんだけども、「空間をつくる」とひと口に言っても、何もないゼロから作っているわけじゃない。すでに空間があるところを自分が変えているという感覚なんです。だって、土地や気候、周りの環境にまつわること、そこにどんなものがあるかはすでにそこにあるわけでしょ。そういう意味で言ったら、全部がリノベーションです。すでに何かあるなかでもう一度違う意味を与える。普段見てる側面と違う側面を出すことで、一つに縛られないようにする。違う可能性もあると見せる。それが建築をやっている時に考えていることです。

今回の展覧会でもそれはまったく変わらなくて、東京オペラシティアートギャラリーは、何度も行っている人ならどうなってるか知ってますよね。その同じ場所でまったく違う体験ができることを一つのテーマにしました。普段ショップがある空間やホワイトキューブの企画展示室、通路、コレクション展示を行う展示室、それから若手作家のための展示空間——それを全部ひっくり返したい、と今回はかなり無理な注文をしたんです。美術館という一つのまとまりを、ショップも含めてまるごと違うように体験してもらう。それを出発点にしていいかと提案して、美術館の皆さんも納得した形で実現しました。

ー今回の展示では、以前展示で使われた什器や部材などが再利用されていますね。

リノベーションを手がけた京都市京セラ美術館の館長を務めるなかで、展覧会の会期が終わると多くの場合、設営で使ったものの多くが産業廃棄物になってしまうことが多いのですが、それはできるだけ避けたいんです。すごくいたたまれない感じがして、なるべくものを廃棄せずに展覧会ができないかと思っています。杉戸さんと青森で展覧会を企画したときも当時同じことを考えていて、以前使ったものを残してもらって、それを使って何をするかを考えたいと思っていました。

できれば全部がそういった普段どこにでもあるものや、前に使っていたもの、普通だったら廃棄するもの、残していていたものを、今回の展覧会の時だけ違う組み替えをすることで、そこに出現させられないんだろうかと考えました。タトルさんに相談したらぜひそうしたいと了承をいただいて、台座なども以前使われたものを再利用しています。今回の展示にはタトルさんと僕自身の、いわゆる作品と呼ばれるものがないんですよね。代わりにすでにあったものをもう一回組み替えることで、何かが出現している状況が生まれてくるという展覧会です。

「ほぼ、空:青木淳 + リチャード・タトル」会場/撮影: ToLoLo studio

ー実際の会場でも、その場を包み込む空気を捉えるというか、美術館という場に時間と空間が改めて生まれるような鑑賞体験でした。

そういう意味では一種の建築展ですね。この展示は体験する展覧会なのです。オペラシティが所蔵している野又穫さんの作品も、若手作家の作品の展示室も緩やかに交わっている。それらが一つの展示として感じられたのであれば、僕とタトルさんの作品として見られているということですね。

ー「すでにあるものを変える」というリノベーションの考えや、もののあり方について意識するようになった所以は?

何にもないところに何かを出現させるということではなくて、いま目の前にある状況を変えるという感覚が、建築に携わる自分にとって一番ピンと来た考えだということです。2000年に Maison Martin Margiela (メゾン・マルタン・マルジェラ) の店舗を恵比寿に設計しました。Martin Margiela は民家を所有して、その空間を絵の具で塗ることで元々の生活の痕跡を白くしていくということをしたわけです。僕が Martin Margiela のファッションにすごく興味を持ったのは、そうしたリノベーションのような手続きの仕方にありました。そのことも思い出しました。

例えば三宅一生が、一枚の布から洋服の歴史を一度全部解体して、始原に戻ることで何もないところから服を立ち上げていったとすれば、ある意味で tabula rasa (タブラ・ラサ ※ラテン語で白紙状態の意)のような考えですよね。Martin Margiela はそれとは全然違って、今まであった洋服の歴史の上に立ちながらプロポーションやサイズを変えるリノベーションを行っているんですよね。もちろん古着を使うというリノベーションもあるけど、服の伝統そのものがすでにあるなかで何をするかという意味でのリノベーションです。その感覚に自分はすごく近いなと思ったんですよね。それで自分がやろうとしてることもリノベーションに近いことに気づいたのです。

その後実際にリノベーションをやってみたいと思っていたけど、新築の仕事が中心で現実で行うチャンスがなかなかなかった。けれど新築でさえ実はリノベーションとして捉えることができるんじゃないかなと考えるようになりました。

ー美術館や施設のように用途や機能が厳密に決まっているものと、あるイメージが定まっていて、土地や都市との関わりのなかで考えるファッションブティックの店舗設計とはまた異なる条件もあるかとも思います。ファッションを対象として考えるときにはどのような糸口から設計されていますか?

ファッションもなんとなくリノベーションなんだと思っています。基本的には人間が着るものだから、人間の身体を大きく変えることはできないわけで。人間の身体に対してどういうリノベーションをしてるかという風に見えてるんですよね。生身の人間とは当然違うし、普段着てる服と同じだったらファッションとはならない。そこに何らかの非日常性があって思わぬ何かが起きるということがある。

そういう非日常的なものは、まったく何にもないとこから生まれてきてるものじゃなくて、日常のなかの身体や、身体に対しての非日常としてある。逆に言えば、日常的なもののなかに非日常が隠れていること。そこから非日常的なものを引っ張り出せるかどうかがファッションなのかなと感じます。

お店を作る時も、ごく普通に使われるガラスや金属、木、石であっても、それをまったく違うように感じられるように作る方が面白いと思っていて。それをどの方向性の非日常性にするかは、メゾンがどう見えて欲しいかという欲望だったり、買いたいと訪れる人々の欲望だったりする。それ自体はブランドごとに変わることであって、建築家にとって変数みたいなわけですよね。

ー美術館はさまざまな作品や訪れる人たちを受け入れ、関わり合う場所でもありますが、青木さんは美術館が育む公共性をどのように考えていますか?

美術館での展示は、その会期中にだけ成立しているテンポラリーなリノベーションですよね。ではどういうことを目指してるのかというと、簡単に言ってしまえば、その場所が一番こうあったらいいなと思う状態に作り替えているわけです。ただ、こうなったらいいなという場所の「こうなったら」というのは、実際無限にあるんです。ある作家が展示をするときには、その人が持ってる方法によって一番いい場所の現れ方がある。

どの場所にも一つだけの答えがあるのではなくて、そこに縛られないいろんな可能性がそこにはある。それが公共性。公共性とはオープンであるというのか、空間それ自体が一つの答えじゃなくて、いろんな答えがあり得るんだということです。

多くの空間は、駅なら駅らしく、ある場所ならその場所らしくというふうに、最初から特定の見え方や感じ方をするよう逆算してつくられているところがある。ファッションのお店も、どのブランドかによって変わるわけで、ある意味で逆算してるわけでしょ。美術館の場合には、その逆算ではなくて、その空間でいろんな場が出現できるようにしていくところがある。その意味で、いろんな人にとって公共的な場所です。人はいつも目的なり決めつけなり、決められたなかに生きているけれど、そうじゃない場がそこにぽっかりと現れる。そういうことにおいて、美術館に大きな意味があると思います。

ー美術館では、何を残し、どのように括るかという枠組みの設計の難しさも付き纏いますよね。ものを残していく、アーカイブや蓄積についてどのように捉えていますか?  

自分自身の存在や、自分がやろうとすることより以前から、すでにいろんなものがあって、自分がつくるものも、いろんな作家や人間が作ったものもどんどん増えていくわけですよね。どんなことでも蓄積のなかに自分たちは生きています。そこがリノベーションとも関係するわけですけども、どれとどれが同じものなのか分類の仕方を決めた途端に一つの括りができて、その分類を変えれば全然違うものが現れる。つまりそのレイアウトというか、どういう風な分け方をして、どういう括りを作るかによって、まったく違う世界として現れるのがアーカイブですね。

アーカイブは、一つひとつにタグを付けてそれぞれを組み替え可能な状態にしていくことでもある。その組み替え方を変えた瞬間に何か新しいものを見出すことができることも一種のリノベーションだと言える。どういうふうにものを保存、認知し、それがある状態をつくっていくのかが重要なんだと思う。

美術館や博物館というところには、基本はコレクションと呼ばれる一つひとつのものがあって、そのものがそれぞれどういう関係なのか、その関係のなかに欠けているものが何か、というところが美術館の一番中核にある。

ー分類を組み替えれば違う世界が現れるというお話は、ものを残すことと同時に、壊れることも想起されます。発生から15年が経つ東日本大震災は、建築家としても大きな経験だったと思いますが、いまその出来事をどのように捉えられていますか?

震災が起こったことはやはり大きく、どんなに丈夫であってもものは壊れるということでした。本来はむしろ壊れてバラバラになる状態が普通なんですよね。ある意味、いま自分たちが見てる景色はたまたま壊れていない状態にあって、奇跡的にきっちりとそこに組み合わさっているんだという感覚を持ちました。

もちろん丈夫でないと危ないので頑丈に作るわけですが、いまこの状態であるだけで、それは変わり得てしまう。そのなかに何らかの長く続きうるものを見つけられるか、それをベースに変わっていくためのプラットフォームをどう作るか、ベースのものがそこにあると考えられるか。そういうことを考えることが多いです。

ーものが残るというのは、青木さんにとってどういうことなのでしょうか。

残ってほしいという気持ちはあるわけね。ただ、ものが残るとはどういうことかというと、残したいと思う人がどれだけいるかということを実は言ってるんです。建築の場合だったら、それが大事だと思ってくれるかどうかによるわけ。それは僕が残したいとかいう話じゃなくて、使ってる人が大事なものだと思ってくれるかどうかだと思います。

ー建築的な思想や場所との関わり方は、設計者だけのものではなく広がりつつあると思います。この先、その感覚はどのように人々へ広がり、建築のあり方が更新されていくと思いますか?

本当は建築設計をする人間だけではなく、誰しも自分で自分の周りの物理的な空間は変えられるわけで、それ自体全部変えることはできるでしょ。だけど、どういうふうに変えられるかはなかなか思いつかないし、実践はもっとできない。なので実際変えるかどうかではなくて、それを変えられるんだという感覚を持てることがすごく建築的なことだと思うんです。

何十年間も建築と付き合ってきた中で、いろんなものはつくれるんだけども、なるべく少ない手数で見たことない空間ができたらいいなと思っていて。この「手数が少ない」というのは結構重要で、一見普通に見えるけど、実は全然見たことないというのが一番興味がある。それをつくる面白さとか発見できることの面白さが、多くの人に伝わっていくといいなと思います。

例えばリノベーションも、何もしなくても本当はリノベーションがあり得るかもしれない。使い方1つだって変われば、全然変わって感じられるわけですよね。本当に手数を減らして言えば、何も変えないということもあり得ると思うけどそこまで減らしちゃうと難しいかな。でも今回の展示はほとんど変えてない、ほとんどそのままですよね。