「職業の数だけ、服がある」。ポーランド生まれのデザイナー、ヤン・F・ホドロヴィッチが探求するワークウェアの可能性
Jan F. Chodorowicz
photography: Nobuko Baba
interview & text: Sakiko Fukuhara
ポーランド・ワルシャワ出身のデザイナー、Jan F. Chodorowicz (ヤン・F・ホドロヴィッチ)。外交官の父のもと、アフリカや中東など世界各地を転々としながら幼少期を過ごした彼の眼差しの先には、常に働く人の姿がある。「Workwear for Creators (つくる人の、働く服)」をコンセプトに掲げ、2022年よりコレクションを発表してきたヤン。自身の邸宅を会場に発表した2027年春夏コレクションでは、リネンを軸に、「ワークウェア」の概念をより柔らかく捉え直した。日本初のポップアップ開催のために来日した彼に、ワークウェアへの尽きない興味と、そのものづくりについて尋ねた。
「職業の数だけ、服がある」。ポーランド生まれのデザイナー、ヤン・F・ホドロヴィッチが探求するワークウェアの可能性
Portraits
—外交官の父のもとに生まれ、幼少期をアフリカや中東のさまざまな国で過ごしたそうですね。さまざまな文化に触れながら育った経験は、あなたの視点に影響を与えましたか?
もちろんです。ただ、そのインスピレーションは、そこまで直接的なものではなかったと思います。アフリカのプリントや中東の文化そのものからインスピレーションを受けたというより、服の着方や装い方に影響を受けたのだと思います。たとえば、僕たち西洋の服装と中東の服装とのコントラスト。中東の服は、形をしっかりと構築するというよりも、布を巻いたり、結んだり、留めたりすることに重きがあります。それに対して西洋の服は、とても構築的で、ボタン、またボタン、そしてジッパー、といった具合ですよね。そうした感覚は、今も私の中にずっと残っています。人々がどのように服を着るのか、どのように服を使うのかということに、とても強く惹かれてきました。何か特定のものから直接的にインスピレーションを受けた、ということではないんです。
—そもそも、ファッションに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?
僕にとって、ファッションは本当に幼い頃からずっと身近にあったものです。もちろん、最初からファッションを作っていたわけではありません。着せ替えをしたり、絵を描いたり、布を身体に掛けてみたり、そういうことをしていました。でも、それはずっと、ずっと、私の好きなことだったんです。アメリカンスクールに通っていたのですが、すごく自由でのびのびした校風でした。たとえば、小学2年生のときには「キャリア・デー」という行事があったのを覚えています。男の子たちはみんな、警察官や消防士の格好をして来ていました。そんな中、僕は首にメジャーを掛けて登校したんです (笑)。
—ヤンさん自身はファッションをどう楽しみ、どう向き合ってきたのでしょう?
自分自身が何を着るかというよりも、何かをつくること、そして美しいものをつくりたいという思いのほうが強かったんです。昔から、とても美しくてスタイリッシュな女性たちに憧れていました。そして、ファッションについて学ぼうとしてきました。とても細かく研究してきたし、ファッションの歴史を知ることはとても大切だと思っています。ファッションは私の情熱であり、仕事であり、人生そのものです。テルアビブのシェンカー・カレッジでファッションデザインの学士課程を修了し、その後、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズで修士号を取得しました。インターンシップも経験して、実際に仕事もし、本当に真剣に取り組んできました。僕にとってファッションは、どんな服を着るかということよりも、もっと大きな意味での情熱。Tシャツ&短パン姿の僕を見れば、それがわかると思いますが (笑)。
—ファッション史の中で、特に興味を持っている年代はありますか?
特定の時代ではなく、あらゆるものに興味があって、すべてを知りたい。でも、あえて選ぶとしたら、1950年代と1960年代のクチュールの世界には、とても刺激を受けています。特に、セントラル・セント・マーチンズで制作した MA (修士課程) のコレクションでは、それらの要素にワークウェアを組み合わせました。そして、言うまでもなくワークウェアにもずっと影響を受けています。たとえば、フランスの伝統的なワークウェア、いわゆる「Bleu de travail (ブルー・ド・トラヴァイユ)」ですね。2024年春夏には、アメリカのカウボーイからインスピレーションを得たコレクションも制作しました。そして今は、ポーランドで開催される展覧会に参加する予定で、漁師たちのワークウェアについてリサーチをしているところです。
—セントラル・セント・マーティンズ・MA コースの卒業コレクションにとても興味を持ちました。「SOCIALI/S/TE」をテーマにした最初のコレクションについて教えていただけますか?
Truman Capote (トルーマン・カポーティ) の最後の著書『叶えられた祈り』がインスピレーションのきっかけです。これは (写真一枚目)、ポーランドのワルシャワで撮影された Lee Radziwill (リー・ラジヴィル) と Jacqueline Kennedy (ジャクリーン・ケネディ) の写真。リー・ラジヴィルはポーランドの王子と結婚し、彼女はカポーティの「Swans (白鳥たち)」の一人でもありました。当時のポーランドは社会主義国家で、街はグレーで、暗くて……。そんな街に彼女たちがやって来るという、その対比にとても惹かれました。ポーランドの女性たちは、BALENCIAGA (バレンシアガ) を着ていたわけではなく、ワークウェアを着ていた。その対照的な組み合わせが、私にとってとても大きなインスピレーションになりました。クチュールのシルエットとワークウェアのシルエット、その両方を見てみたかった。そして、純粋に……というか、これも結局は「服をどう着るか」ということにつながるのですが、まったく異なる性質を持つ服のコントラストに注目したかったんです。クチュールは、徹底して装飾的で美しいもの。一方、ワークウェアは徹底して機能的なもの。だから私は、その両方の性質を持ち合わせた服を作ろうとしました。
—コレクション制作時のインスピレーションノートを見ると、「異なるものを組み合わせたい」という意志が明確に感じられます。
イスラエルで勉強していた頃は、メンズウェアも、ウィメンズウェアも、子ども服も、ニットウェアも……本当にいろいろなことをやりました。一方で、セントラル・セント・マーチンズでは、自分の美学やブランド、そして「自分が何をしたいのか」ということに対して考えるためにウィメンズウェアに集中していたのですが、自分にとってそれまでの経験がすごく役に立ったんです。たくさん試したからこそ、「これは違う」「これも違う」と、何度も「NO」と言えるようになった。でも、それは無意識にではなく、意識的に「NO」と言っていたんですよね。
そうやって試してきたからこそ、今の自分の服ができている。すごくシンプルに見えるかもしれないけれど、実はそこに至るまでに、たくさんのものを「やめる」「削る」ということをしてきたんです。結局、すべては「シンプルにすること」と「削ぎ落とすこと」なんだと思います。でも、ただ嫌いだから捨てているわけではありません。実際に試して、やってみたうえで、「これは自分には必要ない」と判断しているんです。
—卒業コレクション以降一貫して、ワークウェアからインスピレーションを受けたコレクションを発表してきました。過去のインタビューで、あなたはワークウェアそのものだけでなく、彼らがどのように服を着るのかにも興味があると話していましたね。
そうです。服が何を可能にしてくれるのかということですね。つまり衣服が、その人がやっていることをどうサポートしてくれるのか。単純に機能性という場合もあるし、制服を着ることで、自分が何かの一員であるという帰属意識を感じることもあります。あるいは服を着ることでより力強くなり、自信をもてる。だから私は制服のセットアップがすごく好きなんです。セットで着ると、自分がきちんとまとまっているように感じるし、自信をもてたりもしますよね。それから、実用的な要素もあります。僕は「これは何のためについているんだろう?」と考えながら、服のディテールについて考えることが大好き! そして、そういったディテールを、ときには本来の文脈から切り離して、別の使い方をしてみる。たとえば、2027年春夏では、フックのようなディテールをいくつかのルックに使ってみました。元はハンマーなどの工具を掛けるために使われる “ハンドル” のようなものなのですが、今回のショーではそこに花を飾ってみたんです。
—2027年春夏では、ポーランド語で「家」を意味する「DOM」をテーマに、ヤンさんの自宅の庭を会場にコレクションを発表されました。シグネチャーカラーのワークウェアブルーから、より柔らかな色合いへと変化した背景についても教えていただけますか?
今回のコレクションは、私の家そのものから着想を得ていますが、同時に家という場所について、家で何を着るのか、そして「家の中のワークウェアとは何だろう」ということについても考えました。そこからエプロンやガーデニングのためのアイテムが生まれました。そして、僕にとって新しい素材を探求したコレクションでもあります。リネンです。その質感と軽やかさに、本当に強く惹かれました。私が普段作っている、たとえばデニムは重くて硬く、どちらかというと外で着るためのものですよね。でも家の中では、そこまで身構えている必要はない。実際に過去のコレクションで作ったシルエットでさえ、リネンに置き換えただけで、ずっと軽く、柔らかくなったんです。そしてそれはカラーパレットにも自然と表れました。全体的にずっと柔らかな色合いで、ベージュが多く、淡く柔らかなブルーも使いました。黒はありません。シーズンを限定しない、私なりの「夏のワードローブ」の提案でもあるんです。
Photo: Michaela Metesová
—デニムとリネン、それぞれの素材に対してのデザインアプローチを教えてください。
リネンは、単なる素材というだけではなく、インスピレーションそのものでもありました。というのも、リネンは身体により近い素材だからです。そこで、ドレスを多く作ったり、バイアスカットを取り入れたり、少しオーバーサイズにして、ドレープがきれいにでる服をデザインしました。これまで作ってきたものは、すごく硬くて、構築的なものでしたが、リネンを使うことで、まったく新しい世界に出合うことができたんです。それまでジャケットだったものが、シャツになったりもしましたね。僕にとってデニムとリネンという話が出たのはすごく面白くて。実は今、デニムのように見えるリネンを開発しようとしているんですよ!
—あなたのコレクションにはカラビナがよく登場します。2027年春夏ではガラスで造形された“カラビナ”も発表されました。
はじめにカラビナが登場したのは、2025年春夏の日本の建設作業員からインスパイアされたコレクションです。カラビナはとても実用的で、場合によっては完全に装飾として使うこともできる。そういうところがすごく面白い。形もきれいだし、光沢があって、ワークウェアという文脈の中できちんと意味をなすモチーフです。
今シーズンはガラス作家の Filomena Smoła (フィロメナ・スモワ) とのコラボレーションでガラスのカラビナを制作しました。今回は「軽やかさ」がテーマのひとつだったので、ここでも同じように、ガラスという異なる素材による軽やかさを表現しています。
—日本に約1か月滞在されていますが、日本の美意識の中で特にインスピレーションを受けたことはありましたか?
本当にたくさんあります! まず人々の服の着こなし方にすごく刺激を受けました。日本でこのトップス (写真) がすごく人気があったのですが、みんな必ず長袖やTシャツ、トップスなどを下に重ねて着るんですよね。日本人はレイヤリングが大好きなんだという発見がありました。あと、いろんな人のトートバッグにも注目していて、写真を撮り溜めているんです。ランチを入れるくらいのすごく小さいサイズのトートも面白い。ジムに行くマッチョな男性が、すごく小さなトートを持っているのも見かけました (笑)。
Photographer: Jacek Domański
—ワルシャワのクリエイティブシーンにもとても興味があります。現在のクリエイティブコミュニティには、どのような熱気がありますか?
ワルシャワは東京よりずっと小さな街なので、クリエイティブシーンもはるかに小さい。でも、小さいからこそ、みんなと知り合いやすいし、人と出会うことも簡単です。そして、各分野のトップを走るアーティストたちとも、近い距離で一緒に仕事をすることができる。そしてワルシャワは、どんどん国際的な街になっています。西側の国々からも、以前よりポーランドに人が来るようになっている。今まさに変化して、成長している場所の一員でいられることに、本当にワクワクするんです。『Vogue』がポーランド版を創刊したのは10年くらい前ですが、つい最近『Harper’s Bazaar』も再創刊されました。今ワルシャワで起きていることは、本当にエキサイティングだと感じています。
僕はワルシャワが大好きだし、自分の家が大好き。僕は3階に住んでいて、2階には縫製のスタジオ、1階にはショールームがあり、本当に気に入っています。もっと旅行したいし、各都市のファッションウィークも訪れたい。でも拠点はずっとワルシャワが良い。ポーランドには質の高い生産環境もありますし。ポーランドのルーツや文化を大切にしながら、それを育てていきたいと思っています。
—ヤンさんの「ワークウェア・ユニフォーム」への探求は今後どのように発展していくのでしょうか?
今もずっと、ワークウェア、そしてユニフォームが持つ力について学び続けています。それが人をどんな気持ちにさせるのか、どんな感情を与えるのか。そして、何を「ワークウェア・ユニフォーム」と呼ぶことができるのか。その可能性の広さには、いつも驚かされています。あるシーズンではスーツからもインスピレーションを受けました。外交官だった父は仕事に行くとき、スーツを着ていましたが、それが父にとってのユニフォームであり、ワークウェアだったのです。そして最新コレクションでは、家で着るエプロンをバイアスカットで裁断してみたら、突然センシュアルなドレス (写真) が生まれました。
Photographer: Jacek Domański
ワークウェアというテーマには決して終わりがなく、自分のブランドを「ワークウェアにインスパイアされたブランド」と言うことにまったく迷いがありません。数シーズン前には「自分を限定しすぎているんじゃないか?」と少し悩んだこともありました。でも、コレクションを重ねるうちに分かってきたのです。僕はワークウェアを軸にひとつの世界を作っていて、その世界に自分なりのフィルターをかければ、どんなものでも再解釈することができるんだと。














