10代の頃から日本通だった。ソーホーハウス東京のインテリアデザイナー、ドナル・ノーランの美意識
Domhnall Nolan
photography: UTSUMI
interview & text: Akiko Ichikawa
1995年にロンドンで発祥し、世界各地でビジネス展開している会員制コミュニティ「ソーホーハウス」がこの春、50番目のロケーションとして東京に開業した。先日、そのインテリアデザインをリードした Domhnall Nolan (ドナル・ノーラン) が再来日。10代のころから日本を繰り返し訪問し、彼にとっては“ドリーム・ジョブ”ともいえるプロジェクトで、ヨーロッパ的マキシマリズムに日本の工芸を取り入れた独自の美意識が光る。オープンして数ヶ月経過した今、改めてソーホーハウスのコンセプトや彼独自のデザイン哲学などについて聞いた。
10代の頃から日本通だった。ソーホーハウス東京のインテリアデザイナー、ドナル・ノーランの美意識
Portraits
—日本ではあまり馴染みのないプライベートクラブですが、本国イギリスでは17〜18世紀のジェントルマンズクラブにまで遡れるほど歴史が長いことで知られます。中でもソーホーハウスは世界主要都市のアートやファッション、音楽や映画といったクリエイティブ界隈のコミュニティに属する人たちに特化した戦略でそのブランド価値を高めてきました。東京で開業して数ヶ月が経ちましたが、今回再訪されて改めてどんなご感想ですか?
インテリアデザイナーとしては、スペースが完成し、実際に人が入って使われている状態を見て、検証するのは大事なことです。昨夜はファッション系媒体が主催するパーティも行われていて、大盛況でしたね。各国のソーホーハウスメンバーやゲストの方たちが交流する様子を間近で拝見し、また多くの方から好意的なご意見をいただき、とても嬉しかったですね。
—ソーホーハウス東京のインテリアデザインはどのようなコンセプトで設計されましたか?
単に西欧のホスピタリティコンセプトが日本に進出した、という風にはしたくなかったんです。とはいえ、いわゆる日本の侘び寂び的な視点でもなく、東京という街が持っているコントラストをインテリアとして表現したいと考えました。豊かな歴史と雑多な最新カルチャーが共存し、洗練されたモダンさもある。最近の日本のデザインホテルを見渡すとミニマルなセッティングが主流ですが、ソーホーハウスではあえてヴィンテージの家具などヨーロッパ的なマキシマリズムに、日本の伝統工芸のディティールを取り入れた特注家具やしつらえをアクセントに取り入れました。このユニークなミックス感は、日本では珍しいのではないかと思います。
ソーホーハウス東京の館内には、和紙や漆、多治見で制作した陶製タイルなど、日本の素材や工芸を随所に採用。ヨーロッパのヴィンテージ家具と組み合わせ、東京という街の多面性をインテリアに落とし込んでいる。
—日本の伝統工芸を取り入れたインテリアとは具体的にはどのようなものですか?
まず和紙はソフトでありながら空間に奥行きと温かみを添える素晴らしい素材。今回、照明器具はほとんどが特注なのですが、そのランプシェードに使いました。壁紙としても和紙を使用しています。陶器は主に食器として馴染み深いと思いますが、今回はイタリアのバーなどではよく見られるモザイクの床をイメージし、馴染みあるヨーロッパ感に日本のデザイン要素を含ませたくて、小さな陶製のタイルを名古屋で制作しました。ほか、岐阜の多治見産のタイルはプールや館内の壁面などいたるところに使われています。ユニークなディティールとしては日本では屋根瓦として使用されている素材をバーカウンターの表面に貼り付けました。
畳は通常床材として使用されるものですが、今回は畳の縁となる織物をライン状に天井に配し、グラフィカルなパターンの装飾としました。畳素材はベッドのヘッドボードにも使用しています。客室にはヴィンテージの着物生地を使ったクッションを配したほか、着物を糸状に裂いて新たに織る「裂織 (さきおり)」という手法を使ったタペストリーも壁面にディスプレイされています。
そして何より、私の心をとらえたのは漆です。ロンドンの自宅で愛用していた漆塗りのジュエリーボックスが出発点だったのですが、京都にその質感を再現できる職人さんがいらっしゃることがわかりました。それで紹介していただいたのが4代にわたって漆芸をされている牧野漆工芸のご一家でした。2023年に工房を訪れることができたのですが、たちまち漆の多彩な仕上げに魅了され、小物ではなく空間づくりの中でダイナミックに取り入れたいと思いました。バーカウンターや客室のキャビネット、鏡フレームなどに取り入れましたが、高価な素材なのでバジェットとの戦いではありましたね (笑)。日本の工芸をインテリアデザインに取り入れることに関しては、その伝統に対して失礼がないかどうか、日本人のスタッフや友人に確認しつつ、気を遣いながら慎重に進めていきました。
—漆芸への関心はその後、ご自身の家具プロジェクト「PINSTRIPE (ピンストライプ)」へも繋がりましたね。ピンストライプといえば、英国紳士のスーツを象徴する柄でもありますが、コンセプトについて教えてください。
自分が持っていたヴィンテージのストライプ柄のジャケットを牧野さんに託し、柄を起こしてもらいました。椅子はロンドンのジェントルマンズクラブで英国紳士が葉巻を吸う、スモーキングチェアから着想した形で、サイドテーブルにはウィスキーやカクテルを置くイメージで制作しました。「美は細部に宿る」と考える日本の工芸は、サヴィル・ロウのトラッドなスーツの繊細なテーラリングのあり方にも通じる感性でもあります。枠組みとしてイギリスの金属加工スタジオ Rubino Wilson (ルビノウィルソン) が手がけるメタルワークを組み合わせ、日英を代表する匠の技、そして双方の文化基盤が融合したプロダクトとして完成させました。いち西洋人として漆芸へのこれまでとは異なった視点が、漆の新たな可能性の扉を開いたとしたら嬉しいですね。今回制作した家具はソーホーハウス東京で使用したヴィンテージ家具の輸入でもお世話になった東京・清澄白河にある gallery stoop (ギャラリー ストゥープ) で発表ができたことも良かったと思います。
—ノーランさんはこれまで20回以上日本に来られているとのことですが、初来日の時の思い出はありますか?
今から10年以上前のこと、仙台に Perfume (パフューム) のライブへ行くために来日したのが最初でした。当時はまだ若くお金もあまりなかったので、仙台までバスを乗り継いで行きました。Perfume は YouTube で見つけたのですが、ほか、セーラームーンなどのアニメも大好きでした。日本のポップカルチャー全般にハマって、貯金をしては日本に繰り返し来る日々でした。
今回ソーホーハウスを東京にオープンするにあたり大きなインスピレーションにもなった日本の純喫茶のことを知ったのもその頃です。日本の喫茶店はミッドセンチュリー期に興隆した形態で、そのコンセプトはヨーロッパのカフェを源流としていながら、独特の雰囲気と居心地の良さがありますよね。年配の男性がタバコを燻らせながらコーヒーを飲んだり、新聞を読んだり、ヤニだらけの壁の色もその場所に刻まれた時の流れを感じさせる。そんな空気感をソーホーハウス東京でも取り入れたいと思いました。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』も若い頃から愛読しており、日本の繊細な美意識は特に和紙を使ったライティングのデザインなどに現れていると思います。
インテリアデザインを専攻し始めてからは、安藤忠雄や隈研吾など日本の建築家が手がけた作品も訪ね歩き、特に彼らの素材に対するこだわりにはいつも多大なインスピレーションを受けてきました。そして日本を訪れた西欧人建築家として Frank Lloyd Wright (フランク・ロイド・ライト) は自分にはとても良いインスピレーションでしたね。帝国ホテルなど彼が手がけた建築には色々滞在し、勉強を重ねました。ライトは1900年代初頭に日本を訪れていますが、日本文化に心酔した西欧人としての視点がどう建築作品として昇華されているか。そのプロセスは個人的には大変興味深い部分でした。
—そこまで日本の伝統やサブカルチャーまで精通されているノーランさんにとって、ソーホーハウス東京のプロジェクトはまさにドリームジョブでしたね。
ソーホーハウスのチームは私が大の日本贔屓ということをよく知っていましたから、東京のプロジェクトが始動してすぐにリードデザイナーとして起用されました。紆余曲折ありましたが、完成後初めて自分が作った部屋に宿泊した夜は、シュールレアリスティックというか、それまでの日本でも思い出が色々と蘇ってきて本当に感無量でしたね。
—今回の来日ではどこか新しい場所へ行かれましたか?
伊東温泉のハトヤホテルに宿泊してみました。日本のホテル史においては見逃せない一軒だと思ったので、いつか行ってみたいと思っていたんです。とてもクールだったし、メランコリックな雰囲気を感じましたね。そんなに混んでいなくてゆっくりできました。温泉も大好きなんですよ。ほか、京都の国際会館にも行きました。建築家・大谷幸雄のブルータリズム建築は壮大でとても美しかったですね。芦屋ではフランク・ロイド・ライトのヨドコウ迎賓館を訪れ、改めて大きなインスピレーションを得ることができました。
—今後も来日のご予定はあるのでしょうか?
ソーホーハウス東京は完成しましたが、インテリアデザイナーとしては、常に各国のソーホーハウスを巡回しながらアップデートを重ねていますので、来る機会はあると思います。そしてソーホーハウスのコンセプトは「Home away from home (第2の我が家)」。メンバーたちは自分の家のような心地よい毎日を世界中のソーホーハウスで送って欲しい、ということですから、私自身にとっても東京に自分の家のような拠点ができたことは本当に喜ばしいことですね。













