Koji Yakusho
Koji Yakusho

垢を落として、まっさらに。役所広司が演じる“忘れられた”俳優

Koji Yakusho

photography: Yuji Watanabe
styling: Tomoko Yasuno
hair & make-up: Katsuhiko Yuhmi
interview & text: Tomoko Ogawa

Portraits/

『Shall we ダンス?』(96)、『CURE』(97)、カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた『うなぎ』(97)、『EUREKA』(00)など、国内外で高く評価される作品に出演し、長年にわたり日本映画界の顔として存在感を放ち続けてきた俳優・役所広司。『PERFECT DAYS』(23)では、カンヌ国際映画祭の男優賞を受賞した。

そんな役所が、NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」(19)以来、再び宮藤官九郎脚本の作品に出演する。Netflix シリーズ「俺のこと、なんか言ってた?」(2026年10月22日配信)。演じるのは、パンデミックを経て人々の記憶から突然消えてしまった大物俳優・高瀬川玄だ。サウナのスタッフからエキストラ、劇中劇のリア王まで、いくつもの役を演じた本作の役づくり、23年ぶりに立った舞台、そして俳優という仕事と承認欲求について聞いた。

垢を落として、まっさらに。役所広司が演じる“忘れられた”俳優

—役所さんは事前に時間をかけて役づくりをしたうえで、現場で立ち上がってくるものを感じて演じる、というお話を伺ったことがあります。今回は、高瀬川玄という俳優が、劇中でさらにさまざまな役を演じるという二重の構造になっていましたが、どのように準備し、アプローチされたのでしょうか?

俳優の役で、しかもこの業界の話でしたからね。長年この業界で生きてきた人間として、いろんな俳優さんも、いろんな監督も見てきたので、参考になることは、結構たくさんあったんです。

—実際に出会ってきた俳優さんや監督、スタッフの方々を、ご自身の中で膨らませていったのでしょうか?

そうですね。監督に「これは誰々がモデルで」とは言わないですけど (笑)、自分の中でミックスさせながらやりました。準備したこととしては、ロンドンのシェイクスピア・グローブ座での舞台『リア王』のセリフがあったので、それに早々に取りかかりました。古いイギリス英語で、今のイギリス人も知らないような言葉があるらしいんです。それを、イギリスのダイアログコーチの方とリモートでずっと練習しました。

—以前、舞台をやる人に「コンプレックスがある」とお話しされているインタビューを拝見したのですが。

コンプレックスというか、後ろめたさですね。もともと演劇が好きで、俳優をやりたいと思ってこの世界に入りました。少なくとも一年に一回は演劇をやっていたんです。でも、あるときから、翻訳ものはやめよう、日本人が書いたものをやろうと思って。それからは、どんどん舞台から遠ざかっていきました。ただ、知り合いの演劇を観るたびに、自分もやらなくてはと思うんです。舞台は、俳優にとって絶対にいい経験だと思っていますし。でも、一年後にこの劇場で具体的に何をやるかがわからない、という段階で、なかなか自分では GO を出せないんですよね。なぜ一歩を踏み出せないかというと、やっぱり同じことを何回もやらなきゃいけないから。実力がなかったらどうしよう、という恐怖感がある。そういう意味では、演劇をずっとコンスタントにやっている人たちは立派だなと思います。

—劇中劇「誰も知らない大物俳優」は、2026年1月28日~2月1日に下北沢の小劇場「ザ・スズナリ」で実際に上演されました。そういった後ろめたさと向き合う時間になったのでしょうか?

舞台に立ったのは、23年ぶりだったので、もう必死でした。稽古期間は20日くらいでしたから、初日に間に合うんだろうかと。でも、そもそもは僕が言い出したことなんです。最初に宮藤さんと会ったときに、「宮藤さんがいるんだから、ラストシーンが舞台公演なら、宮藤さんの演出でやればいいじゃないですか?」って言っちゃったもんだから。

—言い出しっぺだったんですね。

稽古が始まったときは、言わなきゃよかったと思いましたけど。でも、必死で幕を開けてみたら、観客の反応に乗せられていって。昔はこういう感じだったな、という感覚を久しぶりに実感しました。

—ザ・スズナリは、舞台と客席との距離が近い劇場ですしね。

ものすごく近いですね。「渋谷ジァン・ジァン」という劇場で一度やりましたけど、それ以外は今回ほど小さな劇場ではやったことがなかったので、なかなかいい経験でした。

—会場から笑い声などのリアクションも直接聞こえてきますし、それは映像作品では得られないものですよね。

そうですよ。映像の場合、コメディをやっていても、スタッフは声を出して笑うことはできませんから。ああ、面白く観てくれているな、とやりながら実感できるのは、やっぱり舞台ならではですよね。

—承認欲求は厄介なものでもありますが、この作品を観て、必ずしも悪いものではないのかもしれないと思いました。役所さんは俳優として、承認欲求とどう付き合ってきましたか?

宮藤さんは俳優であり、演出家であり、劇作家でもあるので、俳優のことはよく知っているんだと思います。俳優はみんな、当然、承認欲求のモンスターだと考えていらっしゃるんじゃないかな。僕自身もそうですよ。でも高瀬川玄は、もうあからさまですよね (笑)。隠しても隠れない承認欲求。そこが魅力的なキャラクターだなと。俳優をやろうとする人なら、ほとんどが、自分の演じたことを褒めてもらいたいはずなんです。それなのに、実生活ではひた隠しにして、「そうでもないよ」と取り繕っている。高瀬川を見ていると、むしろそのほうが恥ずかしいなと思えてくる。「僕はそんな、いいです」と言いながら、実はもう褒めてほしくてしょうがない。本当はみんな、「僕はどちらかというと褒めて伸びるタイプです」と言いたいんでしょうけどね。

—正直にそう言ってくれた方がチャーミングに思えますが。

昔から、先輩たちには「役者は褒めるとダメになる」と言われていたんです。褒めると図に乗って、かえって良くならない、と。でも僕はずっと、褒められたほうが良くなると思っていました。まあ、そうじゃない部分もあるんでしょうね、きっと。

—キャリアのなかで、評価がすごく気になった時期はありましたか?

今でも気になりますよ。昔は、自分の出演作がどうレビューされているのか、今みたいに調べることはできませんでした。今は簡単にエゴサーチもできますしね。でも、レビューを読むと、「ああ、こういうふうに見えているんだな」と、ものすごく勉強になることがあります。出演していると、自分の作品は本当に純粋には観られないんです。これも正直な気持ちです。いろんな意見を言ってくれる人を見るのは参考になるし、勇気ももらえます。けなされても、それはもう見ないふりでいい。撮影中にカメラのプレビューで自分を見るよりも、そういうレビューを見るほうが、僕は大事なことかなと思います。

—『PERFECT DAYS』でのカンヌ国際映画祭男優賞の受賞は、世界から認められることでもあります。それで、「認められる」ということへの認識や俳優としての居方に変化はありましたか?

認識が変わったということはないけれど、賞をいただくと、この賞に恥じないような仕事をしなきゃ、とは思いますよね。国際映画祭の場合は特に。『PERFECT DAYS』という映画は、おそらく普通の映画会社では企画が通らなかったはずなんです。だから、商業的ではなくても、お客さんが観て評価してくれる映画があるんだということは、誇りに思ったほうがいい。そういう作品を作ろうという人、参加しようという人が増えるといいなと。僕自身も、俳優生活はこれからそう長くはないので、一般的な映画の物語ではない、何かにチャレンジするような作品に、できれば参加していきたいと思っています。

—次の作り手の挑戦を後押しするような。

脚本家も監督も、映画会社が通しやすい企画を前提に考えなくてはという意識がやっぱりありますよね。でも、そうじゃないものを書いても、たくさんの人が観てくれるととらえれば、そういう脚本を書こうという作家も増えてくるんじゃないかと思うんですけどね。なかなか難しいですけど。

—このドラマは、スポットライトの当たらない裏方の人たちや、現場でもがいている人たちが主役の物語でもあります。長年現場に立ってきて、いてくれると心強いと感じる人とは?

脚本はもう決まっているわけですから、撮影では、現場を仕切る助監督の存在がものすごく重要ですよね。俳優は本当にノミの心臓でやっているので、うまく乗せてくれることも、段取りよくシーンの説明をしてくれることも大事です。助監督は、出演者だけでなく、照明を当てたりマイクを構えたりしているスタッフの機嫌も取らなきゃいけないので。ムードメーカーである必要がある。監督からはインカムで厳しいことを言われていても、それを俳優に伝えるときに、傷つけないように伝えることができるとか。そこは作品にかなり影響すると思います。

—役所さんは『ガマの油』(08)で監督もされています。現場をさらに良いものにするために俳優ができることについて、どんな思いがありますか?

僕が監督をやったときに思ったのは、みんな、俳優にこんなに期待しているんだ、ということです。スタッフは何ヶ月も前からロケハンをしたりしながら、ずっと準備をしてきています。クランクインの日に照明を作って、美術さんが掃除をして、さあ俳優さんを呼ぼうか、となる。そのとき、スタッフも監督も、何をやってくれるんだろう、どんな芝居をしてくれるんだろう、と期待するんですよ。自分は、本当にこれまでその気持ちを汲んで現場に入っていただろうか、と反省しましたね。俳優の上手い下手は、もうしょうがない。ただ、その作品にどれくらいの情熱を持って来てくれたのか。それが伝わるかどうかで、スタッフの士気も上がる。NG を出そうが何をしようが必死にやってくれている姿に救われるんです。そういう一生懸命な人間には、みんな本当に手を差し伸べてくれるものなんだ、と思いましたね。

—役所さんが演じた高瀬川は、強制的に俳優としてのキャリアをリセットされてしまいます。役所さんも、新しい作品に入るとき、ゼロから始めるような感覚はありますか?

リセットできたらいいなと思いますよ。今まで作品を撮ってきた役所広司という俳優を、忘れてほしい、新鮮な目で観てほしい、という気持ちはあります。僕も垢はいっぱいついているので、できるだけその垢を落として次の作品に参加したい。残念ながら、それはなかなか難しいんですけど、気持ちとしてはそうなんです。白紙になったつもりで、新しい仕事をやろうという。撮る側にも、そう見てもらえたらいいなと思います。

—成功のあとほど、それまでのやり方に頼ってしまうこともあると思います。そうならずにいられる秘訣はありますか?

俳優として培ってきた技術も、台本の読み方も、いろいろあると思います。でもやっぱり、新しい監督が求めるものを、できるだけ忠実に守りたいという気持ちはあります。どうしてもダメなところは話し合って、「ここはこうじゃないほうがいいんじゃないか?」という話はします。でも、端から「いや、それは違う」とは言わないほうが、俳優としては長い目で見て得をするんだろうなと。脚本家が書いてくれるもの、監督が演出してくれるものを、ちゃんと受け止めないと損をする。俳優はそういうものだと思いますね。

—最後に、今、「俺のこと、なんか言ってた?」と一番聞きたい相手はいますか?

やっぱり、宮藤官九郎さんですね (笑)。僕が芝居をしているとき、近くにいる人たちとはまた違って、脚本家というのは、書いたあとは現場にはいませんから。自分が生み出したキャラクターをどういうふうに思ったのか、というのは気になりますね。