メイクアップアーティスト・Dick Page (ディック・ページ) インタビュー
Dick Page
writer: akiko ichikawa
ロンドン南部にあるブリクストンという移民の多い街で生まれた Dick Page (ディック・ページ) (ちなみにあのデヴィッド・ボウイも同郷)。90年代には Calvin Klein (カルバン・クライン) や Helmut Lang (ヘルムート・ラング) などのショーメイクで話題になり、当時を象徴するフォトグラファー、Corinne Day (コリーヌ・デイ) や David Sims (デヴィッド・シムズ) らとともに画期的なエディトリアルストーリーも多く生み出した。
メイクアップアーティスト・Dick Page (ディック・ページ) インタビュー
Portraits
ロンドン南部にあるブリクストンという移民の多い街で生まれた Dick Page (ディック・ページ)。David Bowie (デヴィッド・ボウイ) と同郷の彼がビューティーマエストロとしての頭角を現したのは、90年代のことだ。Calvin Klein (カルバン・クライン) や Helmut Lang (ヘルムート・ラング) などのショーメイクで話題になり、当時を象徴するフォトグラファー、Corinne Day (コリン ・デイ) や David Sims (デヴィッド・シムズ) らとともに画期的なエディトリアルストーリーも多く生み出した。2007年からは資生堂のアーティスティックディレクターともなり、現在はグローバルブランド SHISEIDO (シセイドウ) のカラーストーリー全般を手がけている。現在も第一線のトップメーキャップアーティストとして活躍、2017年春夏コレクションでは Hermès (エルメス) や Jacquemus(ジャックムス)、Michael Kors (マイケル・コース) などのメイクを担当している。
その輝かしいキャリアにも関わらず、その率直で飾り気のないところはファッション業界では稀といっていい。 イギリス人特有の、といってしまっては十把一絡 (じっぱひとから) げにすぎるが、時に辛辣ともいえる冷静な視点とダイナミックな創造性のコントラストにこそ彼の持ち味があるといえるだろう。彼のお気に入りだという、ソーホーのはずれにあるダイナーで朝食をとりながらのインタビュー。トレンドとは無縁の昔ながらのアメリカンダイナーを選ぶのも彼らしい。
— 子供のころの夢って何でしたか?
聞かれたことなかったな!うーん、男の子にありがちなやんちゃな発想でスタントマンとか宇宙飛行士とかだったかな。でも絵を描くことや、音楽を聴くのは大好きだった。イギリスは小さい国だから、アートとか音楽、映画とかみんなかたまってて影響しあってたんだ。音楽的にはグラムの終わりころで、パンク、ニューロマンティックへシフトしていた時代。David Bowie (デヴィッド・ボウイ) とかね。当時は D.I.Y. カルチャーが盛り上がっていて、お金をかけないでも、自分で服を作ったり、友達同士で髪を切ったり、チープなメイクアップキットで工夫してメイクしたり。僕もそんな時代の渦中で、メイクに興味を持つようになったんだ。メイクは誰かに教えてもらったわけでも、アシスタントについたわけでもなく、自己流だった。メイクアップアーティストとしては最初はやれるふりをしてただけなんだ、はじめは地元の雑誌でエディトリアルの撮影なんかをやっていて、ロンドンに出てくるようになったのは87年ごろ。90年代はじめまではロンドンと地元を行ったりきたりしながら Corinne Day、David Sims なんかとテストシュートしていたね。
— 当時はロンドン発信の雑誌も盛り上がっていましたね。
『i-D (アイディー)』とか『The Face (ザ・フェイス)』、『BRITZ (ブリッツ)』とか。80年代始めはストリートカルチャーがメインストリームとなり、『Vogue』のようなトップモード誌もエキセントリックでクレイジーなことをやっていたよ。Beatrix Miller (ベアトリクス・ミラー) が編集長で、掲載されるデザイナーも『i-D』とか『THE FACE 』と変わらなかった。Grace Coddington (グレース・コディントン)とか Liz Tilberis (リズ・ティルベリス)(のちの『Harper’s BAZAAR (ハーパース・バザー)』編集長)とか名編集者がごろごろしていたね。
— Kate Moss (ケイト・モス) に出会ったのもその頃ですか?
そうだね、彼女がまだ15歳、僕は25歳だった。彼女には Corinne を通じて知り合ったんだ。Kate もそのころはロンドン郊外に住んでいて、撮影のときは同じバスに乗って行き帰りしたもんだよ。今年 Opening Ceremony (オープニングセレモニー) からTシャツのプリントになって再リリースされたけど、93年 Kate が Calvin Klein (カルバン・クライン) のアンダーウェアの広告に出たとき、一緒に仕事したんだ。David Sims が撮影して、アートディレクターは Fabien Baron (ファビアン・バロン) だったね。その後間もなくCalvin Klein のショーのメイクによばれて NY に行くことになったんだ。
— かの有名な「No Make up / Make up」をコンセプトとしたショーですよね。
それまで小さなプレゼンテーションなんかのメイクはやったことがあったけれども、初めてのリアルなファッションショーだった。ワセリンと口紅しか使わないからあっという間にできたよ。当時ロンドンではグランジもきていたし、その流れを汲んでいるともいえるかな。
— 作り込んだヘアメイクが多かった当時からしたら、みんなびっくりしたでしょうね。
Calvin はいつも挑発的なことをやってきた。Brooke Shields (ブルック・シールズ) を起用したジーンズの広告もそうだし、タイムズスクエアに大きなアンダーウェアのビルボードを立てたことも。だから僕の提案に全く異論は全くなかったよ。彼の服はある意味でベーシックなアメリカンスポーツウェアだから、本人もビジュアルをどう見せるか、ということについてはとても良く理解していたと思う。Kate の出現も画期的だったね。それまではもっと背が高くて、ヘアもメイクもこてこてだったから、彼女はまるで子供みたいだった。最初は彼女のルックスは変だとか、痩せすぎているとかいろいろいわれたけど、すぐにメインストリームに入っていった。
— 90年代からずっと常にトップモデルとお仕事されてきて、その変遷や最近のモデルについてはどう感じていますか?
毎年新しい子が出てきて、消えていく子がいるのは当然のこと。中でも Amber Valletta (アンバー・ヴァレッタ) とか Carolyn Murphy (キャロリン・マーフィー) とかずっとモデルとして活動し続けている人もいるよね。最近思うのはモデルがブランドの一部になっている、ってこと。彼女たち個人がソーシャルメディアを通じてフォロワーにどれだけの影響力があるかってことが計られてる。
— Kendall Jenner (ケンダル・ジェンナー) や Gigi Hadid (ジジ・ハディット)は SNS 時代の寵児といっていいですよね。モデルのブッキングも『Instagram』などのフォロワー数を基準に選ばれる、とも聞きます。
Kendall も Gigi も若くて可愛いし、すばらしいルックスを持っているから例えばトップモデルばかりが出演するMarc Jacobs (マーク・ジェイコブス) や Michael Kors (マイケル・コース) のショーに出てもまったく遜色ない。ちょっと前、ハリウッド女優とかセレブリティばかりがモデルの代わりに雑誌の表紙になっていた時代もあったね。2人もTVに出ていて顔を知られている有名なセレブだけど、彼女たちは歌を歌うわけでも演技するわけでもない。そういう意味ではかつてのセレブリティとは異質。 Kendall は最近 Estee Lauder (エスティローダー) のキャンペーンモデルになったけれど、ブランドにとってはすでに認知度の高い子を起用して、マーケットにリーチするのに有利ってことなんだ。エコノミー効果を期待してという理由が大きいんじゃないかな。
— 女性美の基準も変わってきているのでしょうか?
例えば、Angelina Jolie (アンジェリーナ・ジョリー) が出てくる前はあんなぽってりした唇がいいなんて誰も思わなかったろう。その前は Sigourney Weaver (シガニー・ウィーバー) みたいな薄い唇が理想って思われていたかもしれない。でも、その唇の形は彼女たちが生まれながらに持っているから美しいのであって、一般的に美しいというわけではないんだ。僕は SHISEIDO の仕事をしているから「アジアンビューティについてどう思いますか?」とか「日本人の美しさとは?」みたいな質問をよくされるんだけど、そんなの答えようがないよね。日本人といっても、人によってスキントーンや顔立ちが違うし。例えば完璧なプロポーションの目を作るメイクのマニュアル、とかそういう理想化は全く意味がないこと。その結果みんな同じ顔になっちゃうんだから。人間の美しさは一般論で語れることではないんだ。
— そういったフィロソフィーが反映されてのことか、SHISEIDO から先日発売されたリップスティックでは赤という色を様々な解釈で表現していますね。
赤は僕の一番好きな色。もっともダイナミックで、エネルギーを与えてくれるから。口紅ってベージュ系とかローズ系とかいろいろあるけど、赤にフォーカスしたカラーストーリーを作ってみてもいいんじゃないか?というのが始まりだったんだ。赤とひとくちにいっても、暖かみのある色味からクールなトーンまでさまざま。ひとつの色にフォーカスするのは大変だったし、時間もかかったけれども、とても楽しいプロジェクトだったよ。
— 長年トップクリエーターとしてファッションおよびビューティ業界に関わられて業界は今、どのように変化していると思いますか?
よりビジネス主導になってきているように思う。もちろん業界の存在意義は何かを売るっていうことだから、昔から商業的ではあったけれど、今はそれが加速しているね。小売のあり方も店舗以外に E コマースも出てきて、インスタントに商品や情報を提供する必要性が出てきた。ファッションショーもライブストリーミングをしているから今や世界中の人々が同時に同じショーを観ることができる。人々はもはや待つことへの耐性がなくなっているみたいだ。その余波はショーのバックステージに来ればよくわかる。僕がショーメイクをはじめたころは、バックステージで取材する人なんて2〜3人しかいなかったよ。でも今は TV から雑誌、ブロガーからなにからぎっしりの状態。ブランドにしても売れるものは売りたいっていうことなのかもしれないけど、すべてがインスタントに公開されることで、マーケティングする時間すらない、という状況ではミステリーやグラマーは生まれないよね。
— 話は変わりますが、毎日『Instagram (インスタグラム)』で美味しそうな料理の写真があがってますね。お料理とメークの共通点もありそうですが。
センスとかアイディアが必要なところは似ているかもね。匂いや色、そしてどちらも人間が関わっていて、シェアするというスピリットが込められている。誰かのために料理することは愛の表現かもしれないし、どちらもパーソナルなことだよね。
— 確かに! その人自身の美しさを引き出すメイクには、そのベースに愛がないときっとできないですよね。
最近の仕事で面白かったのは『Beauty Paper (ビューティー・ペーパー)』というインディー誌で手がけた女性ポートレートのストーリー。デザイナーの Maria Cornejo (マリア・コルネホ) やアーティストのショップリフターなど僕の友人たちも多くキャスティングしているのだけれど、さまざまなタイプ、年代、職業の女性たちをモデルに、彼女たちの“別バージョン”の美しさを引き出すというのが趣旨の企画だったんだ。もちろん仕事だから、モデルが誰だったとしてもクライアントや編集者の意向にそってコントロールすることはできるけど、やっぱりメイクする相手が自分に近しい人だったり、フィーリングが合う人だとより発想も豊かになるね。