パティ・スミスとサウンド・ウォーク・コレクティブ。対話から生まれる芸術 —「Correspondences(コレスポンデンス)」展
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パティ・スミスとサウンド・ウォーク・コレクティブ。対話から生まれる芸術 —「Correspondences(コレスポンデンス)」展
Soundwalk Collective & Patti Smith
text & edit: hiroyoshi tomite
偶然の出会いから始まった10年の対話。パンクの女王 Patti Smith (パティ・スミス) とサウンド・アーティスト、Stéphan Crasneanscki (ステファン・クラスニアンスキー) による展覧会「Correspondences(コレスポンデンス)」が現在、東京都現代美術館で6月29日まで開催中だ。実験音楽、オーディオビジュアル、パフォーミングアーツを紹介するプラットフォーム「MODE」がこの2組を招待し、即完となり追加公演もソールドアウトした新国立劇場オペラハウス東京とロームシアター京都で行われたライヴパフォーマンスとエキシビションの2部構成で展開された。
展示は3つの空間で構成され、彼らの創作の軌跡を辿る。第1室では出会いの瞬間と初期の作品、第2室では日本文学や広島・長崎への思いを込め新たに手がけられた作品、そして第3室では森林火災や動物の大量絶滅、また芸術家や革命家を参照した8つの映像インスタレーションが展開される。Soundwalk Collective が世界の辺境で録音した音に、Patti が詩で応え、その応答から映像が生まれるという独自の創作プロセスが、まさに「往復書簡」のように表現されている。環境問題や戦争、文学や音楽など、私たちが向き合うべき多くのテーマを内包した、「第三の精神」の創造の軌跡を本人による展示内容の紹介と記者会見での発言を踏まえて、紹介する。

「MOT Plusサウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景、東京都現代美術館、2025年 Photo by Kei Murata, Courtesy of MODE.
10年にわたる対話から生まれた展覧会
美術館の静謐な空間に足を踏み入れると、まず目に入るのは、ターンテーブルと2人の対話を象徴するような掲示物。「Correspondences=往復書簡」——パンクの女王 Patti Smith と Soundwalk Collective の中心人物 Stéphan Crasneanscki による、まさに往復書簡のように交わされた10年にわたる芸術的対話の結晶がここに展示されている。
「私たちが出会ったのは10年前、飛行機の中で偶然隣り合わせた席になったのがきっかけです」と語るのは Stéphan。パリからニューヨークに向かう機内での偶然の出会いが、彼らのコラボレーションの始まりだった。「パティとの出会いは、私の人生を文字通り変えました」と彼は静かに語る。
一方、Patti も「ステファンは最も忠実で、インスピレーションに満ちた、思いやりのある友人」と彼との友情を最も尊敬する部分として挙げる。「私たちはどちらも仕事が大好きで、お互いの得意なことが違います。彼が秀でていることと私が秀でていることを合わせると、私たち個人では到達できない第3の精神、第3の心が生まれるのです」
展覧会のタイトルが示すように、彼らの創作プロセスは常に対話と往復から始まる。「いい対話はいいコーヒーから始まります」と Stéphan は笑う。「美味しくて強いコーヒーがあれば会話が始まり、そこから私は物理的に遠いところへ旅に出かけ、録音をします」
Patti は彼らの創作における挑戦について、こう語る。「私にとって挑戦の中で一番好きな部分は、私が機嫌が悪かったり疲れていたりする時に、ステファンが『1回だけやってみて』と言ってくるときです。『いや、頭が痛いし、1日中働いてきたからもうやりたくない』と言うと、彼はコーヒーを持ってきて『1回だけ』と言います」
「しぶしぶスタジオに入ると、『どうせいいものはできないよ』と思いながらも、そんな時に思いもよらない素晴らしいものが生まれることがあります。すべてのエネルギーが突然爆発して、私はいつも自分でも驚きます。そういった挑戦や、私たちが訪れる未知の場所が大好きです」
そして関係者はこの展覧会の会場を訪れる前日、彼らの言葉を裏付けるように2人が展示の準備をしている様子を目にする機会があったそうだ。緻密な作業を行う中でも、時に思いがけない出来事が起きると、それをインスピレーションの源として取り入れていく。緻密に練り上げたアイデアに即興性。そのオーガニックな関係性や、まさに対話のように行き交うアイデアの交換は、彼らの創作プロセスの核心であることが伝わってきた。

Mathilde Brandi, taken at Kurimanzutto gallery NYC 2025
3部構成で展開される世界
展覧会は大きく3つの部屋に分けられている。入ってすぐの第1室では、彼らの最初の出会いと会話が表現され、最初の共作アルバムを聴くことができるターンテーブルが設置されている。この空間は、彼らの関係の始まりを象徴するようだ。
「Correspondences というタイトルは、19世紀の手紙のやり取り、世界の状況についての長い会話という意味から来ています」と Stéphan は説明する。往復書簡のように交わされる意見や感情の交換が、彼らの作品の根底にあるのだ。
第2室に進むと、日本にインスパイアされた作品の数々が目を引く。Patti Smith は日本の文学、特に太宰治と芥川龍之介への敬愛を表現したドローイングを展示している。また、広島と長崎の原爆投下から80年という節目を意識した作品も展示されている。
「私の父は第二次世界大戦中、フィリピンで日本軍と戦いました。しかし、アメリカが原爆を投下した時、父は泣きました。人間が人間に対してこのようなことをするなんて、とても恐ろしいことだと思ったのです」と Patti は語り、自身の個人的な歴史もこの展示に反映されていることを明かした。
ひとつの作品の前に立ち、「太宰の『人間失格』からインスピレーションを得た作品です」と彼女は語る。実際、彼女は来日中に太宰と芥川のお墓を訪れ、「花を供え、線香をあげ、水をかけて、素晴らしい作品をありがとうと伝えてきました」と語った。「私は日本文学が大好きです。太宰へのオマージュ作品を最初から計画していたわけではなく、それは非常に有機的に、自然に生まれたものです」と説明する。彼女の作品は、単なる文学への敬意だけでなく、広島と長崎に原爆が投下されてから80年という節目の年に、より深い意味を帯びてくる。

「MOT Plusサウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景、東京都現代美術館、2025年 Photo by Kei Murata, Courtesy of MODE.
「私たちはこれまでチェルノブイリの子どもたちについての作品も制作してきました。原子力の問題はずっと考えてきたテーマです。1945年8月6日と9日の出来事、アメリカが日本に落とした2つの原爆は、爆弾だけでなく放射能によって土地、土、花、子どもたち、すべての人々に影響を与えました」と彼女は語り、その思いが作品の根底にあることを明かした。
映像と音が織りなす第3の空間
展示の最も奥にある第3室では、大きな映像インスタレーションが訪問者を包み込む。8つの映像は Stéphan が世界の辺境の地で録音した音に、Patti Smith が反応し、詩やモノローグを即興で生み出す——そのプロセスが映像と音の体験として表現されている。

Photography by Kei Murata, Courtesy of MODE.
「通常の映画制作とは逆に、まず音があり、それから映像が作られます」と説明する Stéphan 。「私が遠い場所に旅して録音してきた音は、絵画で言えばキャンバスの一層目のようなもの。パティはその音を聞いて、目に見えない音の風景を歩き、その体験から詩や言葉を生み出します。それが層となって重なり、作品が完成していくのです」
特に印象的なのは、森林火災をテーマにした映像作品だ。スクリーンには世界中で起きた森林火災の映像が映し出され、Patti の声で「私が生まれてから今までに世界中で起きた森林火災」を一つずつ読み上げていく。
「これは戦争や他の特定のテーマについてではなく、火災そのものについての作品です」と Patti は強調する。「私の出身地ニュージャージーでも、ニューヨーク近くの何千エーカーもの森が燃えています。これは1947年から現在までの主要な火災の記録です。シベリアで5,500万エーカーなど、場所と燃えた面積を読み上げていきます」
彼女はこう続ける。「ステファンは図書館やマイクロフィルムなど、あらゆる場所から実際の火災の映像資料を集めてきました。戦争を見なくても恐怖は見つかるのです。人間による放火や気候変動による火災が世界中で同時に起きています。この作品を通じて、世界中で起きていることを人々に意識してもらいたいのです」
Patti Smith が考えるアートの社会的役割
「一人ひとりにある力」を自覚すること
記者会見で問われた「社会問題に対するアートの持続的な力とは何か」という質問に対し、Stéphan は「私たちの作品は、今の世界の状態を反映しています。環境問題への取り組みの必要性、アートや詩の必要性、アーティストであることの意味——これらすべてが私たちがパティと交わす議論です」と答えた。
「私たちは方向性を示すためではなく、人々がそれぞれ必要だと思うことを持ち帰ってもらうためにこれをやっています。思考のための食べ物(フード・フォー・ソート)になれば嬉しいですね」
Patti Smith はさらに「多くの人が、社会問題に関するアーティストの責任は何かと尋ねます。私は、アーティストの第1の責任は作品そのものであり、できる限り洗練された作品を作ることだと思います」と語った。「社会的責任はすべての人にあります。今日来ているジャーナリスト、母親、パン屋さん、清掃員ーー誰もが持っているものです」
「アーティストは言葉を持たない人に言葉を与え、歌を持たない人に歌を与えるかもしれませんが、変化を起こすのは人々です。アーティストを高く評価する人もいますが、私は市井の人々を高く評価します。私がよく言うように、力を持っているのは市井の人々です。一人ひとりが自覚して大きな数にならなければ、何も変えることはできません」
展覧会の最後で、Patti Smith は次のようなメッセージを残した。「自分の活動を通して作品を作ったり、政治的に活動的であり意識を向けたりすることをしながらも、楽しむことを忘れないでほしい。笑顔を絶やさず、いろんなことを笑い合うこと。今の世界は非常に難しく、生きづらい時代で、世界中でいろんな人が苦しんでいます。コンゴやガザでは今も子どもたちが苦しんでいて、そのことについて何時間も話すこともできます」
「しかし、それをしながらも、苦しむ人々に思いを向けつつ、想像力や笑うこと、アートの力を使って進み続けることも同じくらい大事です」
ーー「Correspondences」展は、単なる2人のアーティストの作品展示ではない。それは10年にわたる友情と対話、相互の尊敬と協力から生まれた、芸術という名の往復書簡である。そして、その書簡の中には環境問題や戦争、文学や音楽など、私たちがこれから向き合うべき多くの社会的なテーマが詰め込まれている。Patti Smith と Stéphan Crasneanscki が創り出す「第三の精神」の中に身を置くとき、私たちもまたその対話の一部となり、彼らのやり取りを通じて、また自分の中に新たな視点を獲得することができるだろう。