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loewe fall winter 2022 campaign

【きょうのイメージ文化論】 #4 テーブルゲームとファッション写真

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【きょうのイメージ文化論】 #4 テーブルゲームとファッション写真

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text: yuzu murakami
illustration: aggiiiiiii
edit: manaha hosoda

写真研究や美術批評の分野で活動する村上由鶴が、ファッション界を取り巻くイメージの変化や、新しいカルチャーの行方について論じる本連載。第4回は、Jonathan Anderson (ジョナサン・アンダーソン) による LOEWE (ロエベ) が東京のストリートシーンを牽引するセレクトショップ GR8 (グレイト) とタッグを組んだ2022年秋冬メンズコレクションの広告キャンペーンにフォーカス。2019年に第21回写真「1_WALL」展グランプリを武蔵野美術大学在学中に受賞した内モンゴル自治区出身の Ryu Ika がフォトグラファーを務めた。

©︎LOEWE

LOEWE がセレクトショップ GR8 とコラボレーションした FW22メンズキャンペーンは、最近のファッション写真の中でも異彩を放つものでした。

「今日の日本のカルチャーの源流に迫る」ことをテーマにしているという今回のキャンペーンが話題になったのは、何より北野武をモデルとして起用したところにあると思います。他にモデルとして起用された俳優やミュージシャン、アーティストがいますが、北野武という存在が持つ視覚的なインパクト、ゴージャス感、そして『アウトレイジ』感が、キャンペーン全体の印象を支配しているのは間違いないでしょう。

世界を見渡せば優れたファッション・ヴィジュアルは毎年毎年生み出されているわけですが、日本国内では、やはり欧米の後追いになりがちで、中国や韓国のように独自のヴィジョンを打ち出すこともなかなか難しい状況が見られます。その中で、今回の LOEWE のキャンペーンはとても気合の入った試みであり、優れたヴィジュアルを生み出したと言えるでしょう。

ただし、北野武を起用しただけで優れたファッション・ヴィジュアルを作ることができるのならば、あらゆるブランドが北野武や「それ級」(誰だろう)のタレントや文化人に服を着せればいい、ということになってしまいます。何が言いたいのかというと、このヴィジュアルに注目が集まるのには、キャスティング以外の要素も、見る人が受け取る「印象」を大きく左右する力になっているということです。

ところで、今回の LOEWE FW22メンズのキャンペーンを見て、私が思い出したのが、『POP MAGAZINE』の2020年3月号に掲載されたこの写真でした。

 

チェスの大会のような光景のなかで、次の手に悩む出場者をモデルが演じているファッション写真です。悩む出場者が顔に手を当てているので指輪などのアクセサリーに自然と目がいく、面白く、かつ、よくできたファッション写真ですよね。こちらを撮影したのは、イタリアの写真家(映像ディレクター)の、Alice Schillaci (アリス・シラーシ)。

彼女の作風は、ライティング(光の当て方)がドラマティックで派手なのに、いわゆる普通のモデル的なありがちな決めポーズではないポーズをつけているところが特徴的です。ライティングの雰囲気は Philip-Lorca diCorcia (フィリップ=ロルカ・ディコルシア) の「Head」シリーズに似ているような気もします。

さて、Alice Schillaci のこのファッション写真は「チェスの大会が開かれました」という報道写真の形式をしっかりなぞっているように思えます。例えば、棋士の藤井聡太の写真を検索してみると、Alice Schillaci の写真が、このようなフォーマットに乗っかっていることがわかると思います。対局を邪魔しないように遠くから望遠レンズを使って撮られているのでしょう。対局の相手は見えず、棋士の背景は、きれいにぼやけています。顔に手を当てて悩む様子もなんだかロマンチックですね。Alice Schillaci の写真はこれらの報道写真にとても似ていて、ファッション雑誌から切り離されたときに「ファッション写真らしく見えなくなってしまう」ところに魅力があると言えるでしょう。

では、Alice Schillaci の写真(や、藤井棋士を写した写真)と比較して、再度、北野武を起用した LOEWE のキャンペーン写真を見てみましょう。

©︎LOEWE

今回、北野武は雀卓に座っています。麻雀は、さまざまあるテーブルゲームの中でも、チェスや将棋とはまた異なる『アウトレイジ』的印象を醸し出す秀逸なチョイス。清潔で安全で快適な理想の旅行先としての「日本」像ではなく、どちらかというとアンダーグラウンドで危険な雰囲気。「日本のカルチャーの源流」をテーマとするこのキャンペーンが、北野武を迎える舞台として雀荘を選んだのは、日本で暮らす人も含めてみんなが見たい日本の「カルチャーの源流」を掘り当てているように思いました。

さらに細かく見ていくと、水平垂直をしっかり保って、静かな感じがする Alice Schillaci のファッション写真や将棋の報道写真に比べて、この写真は至近距離から比較的広角のレンズで撮られており、雀卓を含め画面全体が左に傾いていて不安定な感じを覚えます。

ストロボの光で背景にくっきりと影ができていることも相まって、この不安定さや近さは、他のテーブルゲーム写真と異なり、北野武が麻雀しているがやがやした雀荘に突撃したかのような不穏さと、今にも「おい、邪魔すんじゃねえよ」と言われそうなヒリヒリした空気をうまく演出していると言えるでしょう。

さて、LOEWE のキャンペーンの写真群を見て、個人的に感動したのは、写真家の「いつものスタイル」を殺していないからこそ、あらゆる要素がより活きて(生きて)いるように感じられることでした。

今回の LOEWE のファッション写真を撮影した写真家の Ryu Ika は、以前、インタビューさせてもらったときに、『池袋ウエストゲートパーク』(2000年)などの宮藤官九郎の作品や、『ロング・ラブレター 漂流教室』(2002年)などの日本のドラマに影響を受けたと話をしていました。

特に今回の LOEWE のキャンペーンでは、コレクションピース、撮影場所やキャスト、ライティング、そして『池袋ウエストゲートパーク』的な日本のチンピラ感が、Ryu Ika 流のざらざらした写真の質感によって調和し、強調されているように思います。そして、このような写真の質感表現は報道写真や、王道の(よくある)ファッション写真表現の対極にあります。

このざらざらして、ところによってはギトギトしたような写真の質感は、Ryu Ika が普段の作品で用いているもので、個人の作品ではもっともっと強調されている写真家独自のスタイルです。Alice Schillaci が撮影したファッション写真と、今回のキャンペーンの写真は、「テーブルゲーム」と「(らしく見えない)ファッション写真」という点でしか共通点はありませんが、このように、比較してみると Ryu Ika と、チームが作り上げたヴィジュアルの戦略がよく見えるのではないでしょうか。

最後に、付け加えておきたい懸念は、このような「作品」と呼ぶべきクオリティのイメージも「ファッション」ビジュアルであるという理由から、あまり未来に「残らない」ということ。

例えば『VOGUE』や『Harper’s BAZAAR』などでは、優れた写真をまとめて分厚い写真集などにして発表したりウェブでもアーカイブを公開していたりするわけですが、各ブランドの、特に今回のように特定の国や地域に向けたコラボレーションのキャンペーン・ビジュアルが埋もれていってしまわないか不安です。優れたヴィジュアルは、未来のクリエイターや研究者のためにもなんとかして残していって欲しいものです。ではまた。