日韓の境界を超える映画人、ヤン・イクチュンインタビュー
Yang Ik-june
Photographer: Chikashi Suzuki
Writer: Tomoko Ogawa
Hair&Makeup: Amano
Stylist: Mari Kashico (Dogs)
2017年に、寺山修司の小説を岸善幸監督が実写化した映画『あゝ、荒野』では、日本人と韓国人のハーフの健二ことバリカンになりきり、菅田将暉演じる新次との愛の死闘を繰り広げていた韓国の映画人、ヤン・イクチュン。製作・監督・脚本・編集・主演、5役をこなし、存在感を見せつけた『息もできない』の韓国公開から10年が経った今、役者として、韓国、日本を中心に活躍する彼。撮影中はスタッフを笑わせ優しく気遣いながらも、自身をシャイで人見知りと自称する。そんな彼は、現在、新たな監督作に向けて思いをめぐらせているらしい。43歳の俳優として、監督として彼が見てきたもの、そして、これからについて聞いた。
日韓の境界を超える映画人、ヤン・イクチュンインタビュー
Portraits
2017年に、寺山修司の小説を岸善幸監督が実写化した映画『あゝ、荒野』では、日本人と韓国人のハーフの健二ことバリカンになりきり、菅田将暉演じる新次との愛の死闘を繰り広げていた韓国の映画人、ヤン・イクチュン。製作・監督・脚本・編集・主演、5役をこなし、存在感を見せつけた『息もできない』の韓国公開から10年が経った今、役者として、韓国、日本を中心に活躍する彼。撮影中はスタッフを笑わせ優しく気遣いながらも、自身をシャイで人見知りと自称する。そんな彼は、現在、新たな監督作に向けて思いをめぐらせているらしい。43歳の俳優として、監督として彼が見てきたもの、そして、これからについて聞いた。
—インタビューが始まるということで今サングラスをかけられましたが、やっぱり、かなりシャイでいらっしゃるんですね。
そうですね。(サングラスを)していた方が話しやすいので。自分がどういう風に見られているかわからないんですけど、撮影前も本当に緊張するタイプなんです。普通の人よりも2倍ぐらい。マネージャーさんにもそばにいてほしくないくらい(笑)。本当に、すごく緊張するタイプだと思います。いざ本番に入ると大丈夫なときもあるんですけど、でも、大体は固まりますね。
—それはちょっと意外ですね。18年の5月に芸能事務所「ユマニテ」とエージェント契約をされましたが、今後、日本でお見かけする機会が増えると思っていてよいのでしょうか?
たぶん、そうなると思うんですけど(笑)。日本では、いろいろな役に挑戦したいですし、いい環境でいいお仕事ができたらいいなと。韓国での役者業や監督業も念頭に入れつつ、両国でバランスを取りながらやりたいのですが、韓国は一つ芝居に入るにしても制作期間が長いので、取捨選択が難しくて……。韓国の映画役者の場合、メインのキャラクターだと年に1本か、かろうじて2本出演できればいい方なんです。1本につき、前後して6ヵ月は必ずキープされるので。たとえば、ナ・ホンジン監督は、大体1作につき6ヵ月~8ヵ月撮ります。日本では、年に3本撮る監督もいるとか。人間じゃないですね(笑)。
—韓国と日本の現場、最も違うのは、やっぱり制作期間なんでしょうか?
まず日本の現場はとても整理整頓されていて、スケジュールも規則的です。それに比べると韓国の現場は不規則で、安定感がないときもある。お互いに、それが良くも悪くも働くところがあると思います。たとえば、ドラマの場合、韓国だと、準備期間を含めて与えられる時間が2倍以上違う。映画だと4~5倍違うかな。僕は、日本映画が大好きだし、本当に好きな役者さんもたくさんいるので、両方の現場を比べるということは基本ないですが、やっぱり、キャラクターを研究する時間がたっぷりある点については韓国のほうが有利かもしれない思ったことがあります。日本映画は、制作期間が短いことが関係しているのかはわかりませんが、シンプルでコンパクトというかさっぱりしているんだけど、その分、強くてピュアなイメージがあるなと思います。
—比較的、感情をまっすぐに表現するのが韓国映画、溜め込んで表現するのが日本映画という印象がありますが。
僕は人間は動物だと思っていて、感情に傷がついたことで怒るとか、感情を表現するのはある意味、当たり前だと思ってます。動物の動きや表現のベースは、感情を肉体的に外に出すということだとすれば、日本の役者さんの場合、そういった瞬間的な反応に慣れてない方もいるのかなという気が少ししますね。例えば、俳優のソン・ガンホさんやキム・ユンソクさんは、激しいアクションやアグレッシブな芝居をされていますが、「コメディ映画や日本映画のように落ち着いた作品に出たい」とよく言っていて。おそらく、韓国の役者は、日本の役者さんも同じだと思いますが、自分たちにないものを望んでいるんじゃないかなと。だから、お互いのいいところを活かした共作が、もっと増えていったらいいなと思っています。
—お互いの国民性が深く関係していますよね。
はい。韓国は今までの歴史を含めて、戦後からとても余裕のない、燃えるような生き方をしている人たちが多かったんですよね。それが韓国の国民性でもあるんですけど、そうやってあまりにも激しく忙しく生きてきた事実が、芝居をする役者たちにとってもDNAのように刻まれているんじゃないかなと。だから、燃え尽くすように熱い韓国に比べると、日本は燃えているとしても、あったかいぐらいの温度で保っているように感じるんですね。なので、日本の方が、燃えるような韓国の熱さを見てうらやましく思ったり、逆に韓国の方が、ちょっとあったかいぐらいで過ごしてみたいという憧れはお互いに出てくるんじゃないかなと思いますね。韓国人は、「日本料理おいし~い」と言って、日本人は「韓国料理おいしい~」って言うのと同じで(笑)。
—確かにそうですね(笑)。韓国映画は権力を巨悪として描き続けていますが、実際に現場でそう実感させられることが多くあるからなんでしょうか。
そうですね。それは、権力を持っている人たちがあまりにもひどいからだと思います(笑)。韓国は、軍事政権が長かったこともあって、芸術の自由が無視され続けていたんです。自由な表現を抑圧されていたという事実が、韓国の歴史の中にあるんですね。例えば、セウォル号沈没事故のドキュメンタリーの映画祭での上映を、裏で政府が阻止したことでデモが起こったり。その抑圧が、映画に関わっている人々のストレスとして溜まっていって、その溜まったものを「権力がどれだけものをダメにしているのか」を表現する作品にしたくなるんだと思います。あまりにも自由に発言ができなかった時代が長かった分、近年そういった映画がいろんなかたちで立て続けに出てきている気がします。
—その変化は、17年に政権交代があったことも影響しているのでしょうか?
それまでも民主化運動や反政治の映画はよく作られてきたんですけど、政権交代後から動き出したものも大きいと思います。その典型的な結果として、フェミニズム運動が盛んになったり、今まで隔離されてきた人たちの気持ちを少しでも自由にさせていくような動きが広がっているので、いい方向に向かっているとは思うんです。ただ、急に自由を与えられたときに生まれる混乱もありまして。きっと、今後いろんなところで膿となって出てくるんじゃないかと。その一点一点をちょっとずつ整理して、複雑な要因を解決できれば、また次の新しい映画のかたちが生まれてくるんじゃないかなと僕は思っています。
—今年は日本でも、民主化運動を描いた映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』と『1987、 ある戦いの真実』が立て続けに公開され、話題になりました。
民主化運動をテーマにしたこれだけの規模の映画が作られるというのは、昔だったら考えられないことでした。時代が大きく変わって、たとえ政府を批判する内容であっても、痛みを分かち合うようなものが、大作として高予算がついて製作できるということは、世の中が自由に向かう動きになっているんじゃないかなと思います。
—ヤン・イクチュンさんが「自分の中にある感情を吐き出すために撮った」という『息もできない』から10年が経って、13年までは短編などを監督されているものの、その後監督活動はされていないのは、役者として、感情表現をすることで満足感を得られているからなんでしょうか。
『息もできない』の撮影過程は自分の中でもとても辛かったし、いろんなことが溜まっていたんですよね……。自分で認めるのもアレなんですけど、おそらく役者の仕事に逃げたのかもしれないです。そこで何かを得たというよりは、芝居に集中することで、「監督をやらなきゃいけない」というプレッシャーを忘れたいと思ったのかもしれない。一言では言えないような、いろんな理由があったんだと思いますね。笑える話なんですけど、『1987、ある戦いの真実』のチャン・ジュナン監督の「12年間作れなかった」という話をいつも笑いながら聞いていたのに、自分も『息もできない』から既に10年経ってしまって(笑)、本当にいろいろ考えさせられます。
—「監督してほしい」、というオファーはたくさんありそうですが。
これは自分でも驚くんですが、この10年間で監督としてのオファーをいただいて、お断りした作品の数がかなりありまして。ここだけの話、300~400ぐらいの数をお断りしてきました。もちろん、脚本を全て読んでからきちんと考えて、「ごめんなさい」をしましたし、よく全部断ったものだなと自分でも思うんですけど、それはなぜなのかはちゃんと考えています。今、目の前にある自分の課題としては、作品を作るために何が必要で何が重要なのか、その理由をきちんと自分の中で吸収できた上で作れるものに役者としても参加したいと思いますし、そういう作品を見つけることだと思っています。
—また新しい映画を作ることは考えていらっしゃいますか?
作りたいです。韓国の場合、監督によってまちまちですけど、大体4年に1本というペースで作品を作るのがスタンダードなので、自分はそれに比べて時間がかかっているなーとはわかっていはいるんです。ただ、もう『息もできない』を撮った当時とは違う立場、状況に自分はいるので、これからは、やっぱり、自分が語りたいものに向かって動いていかなきゃいけない気がしています。当時からずっと待っていてくれているスタッフさんたちとも機会を作って、一緒に仕事をしないといけないなとも思うし。まぁ、来年、再来年ぐらいまでにはやりたいなと考えてはいるんですが……。もし、それでも僕がやっていなければ、背中を押してください(笑)。
—はい(笑)。ちなみに、何年で1本撮れればいいな、という希望のペースってあるんですか?
僕が普段、監督として考えているのは、一生でいいものを7本撮れればいいかな……とか(笑)。
—じゃあ、そろそろ本当に始動しないとですね。
……今は希望でしかないんですけど、そろそろ台本を書きたいなと。2ヵ月前から「書くぞ!」とは思っているんですけど、まだ1行も書けてないです。
—映画以外の趣味はありますか?
掃除・洗濯とかですかね。靴下をたたむのが好きで。
—すごくきれいにたたんでそうですね。
軍人でしたからね(笑)。カッカッカっとたたんでそろえます。あとは、シンプルなこと……、散歩とか、ベンチでボーッとしたり、猫を眺めたり。最近、あんまり新しい趣味を作らないようにしているんですけど……、あっ! 先月はプールに行って水泳を1ヵ月やりました。来月からもう1回始めるんですが、本当にビギナーで(笑)。
—習っているんですか?
先生に習ってます。僕以外の生徒は、全員おばちゃんで(笑)。
—どうして水泳を習おうと思ったんでしょうか?
健康を維持する目的ですね。作品を通して体を動かすことは何かしらやっていたんですけど、やっぱり40代中盤になりましたし、できるだけ運動しない時間をなくすということを目指していて。単純に、水の中に入ったら気持ちいいんじゃないかと思ったんです。やってみたら面白いですね。カウンターでカードとキーをもらうんですけど、後ろに並んでいるおばちゃんが、「早く早く!」って体ごと押してくる(笑)。韓国のおばちゃんは、スキンシップが大胆なんですよね(笑)。
<プロフィール>
Yang Ik-june (ヤン・イクチュン)
1975年生まれ。商業高校を卒業し、数々の職を経験した後、21歳で兵役に就く。除隊後、演劇を学び、映画の道に進む。監督・主演・製作・脚本・編集を自らこなした『息もできない』(09)で長編映画監督デビューし、国内外の映画賞を受賞。韓国では、TVドラマ「大丈夫、愛だ」(14)、「夜を歩く士」(15)、映画『春の夢』(16)などに出演し、長編アニメ映画『我は神なり』(14)では主人公の声を担当。日本でも、『かぞくのくに』(12)、『夢売るふたり』(12)、『中学生円山』(13)などに出演し、青春映画『あゝ、荒野』(17)2部作では菅田将暉とともにダブル主演を務めた。アプリ「ぴあ」にて、新連載『国境を越える映画人 ヤン・イクチュンを作る映画』が始まったばかり。
【問い合わせ先】
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