Samuel Ross
Samuel Ross

A-Cold-Wall* (ア コールド ウォール) デザイナー Samuel Ross (サミュエル・ロス) インタビュー

Photo by Hiroki Watanabe

Samuel Ross

Photographer: Hiroki Watanabe
Writer: Arisa Shirota

Portraits/

2018年、若手ファッションデザイナーの支援を目的とした「LVMH Prize (LVMHプライズ)」と、フランスの権威あるデザイナー賞「ANDAM Fashion Award (アンダムファッションアワード)」の2つのアワードにファイナリストに選出されたブランドがあった。それは、ロンドンを拠点にするブランド A-Cold-Wall* (ア コールド ウォール)。

デザイナーの Samuel Ross (サミュエル・ロス) は、自身の人生経験やイギリスの階級社会の観察からインスパイアされて生まれたアイディアを、洋服の生地やデザイン、またアートインスタレーションと称するファッションショーで表現する。洋服のデザインやブランドが持つコンセプトを媒介に、ロンドンという多様な文化を持つ都市の様々な要素が1つのブランドの中で共存している。

A-Cold-Wall* (ア コールド ウォール) デザイナー Samuel Ross (サミュエル・ロス) インタビュー

「さっきまで ARAKI のスタジオに寄ってたんだ」と嬉しそうに話す彼は、現在弱冠28歳。2015年、24歳という若さで自身のブランドをスタートし、2016年〜2017年には歳入170万ドルに達するまでに成長させた。
彼は、A-Cold-Wall* の姉妹ブランドである POLYTHENE OPTICS (ポリシーン・オプティクス)、家具と彫刻にフォーカスしたプロジェクト Concrete Object (コンクリート・オブジェクト)など複数のプロジェクトを抱える起業家でもある。

Dover Street Market Ginza (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) で行われたイベントのため来日した Samuel に自身の経験とブランドについて話を聞いた。

ドーバー ストリート マーケット ギンザでのインスタレーションにて。 | Photo by Hiroki Watanabe

―まず最初に、A-Cold-Wall* というブランドについて教えてください。

A-Cold-Wall* は、イギリス、特にロンドンの多様なポップカルチャーに関しての私自身の理解を洋服というアートフォームに落とし込んだブランドなんです。イギリスには現在でも、労働者階級や、中流階級、上流階級などの階級が存在しています。そのような社会階級を考察することから得たアイディアをシェアするブランド、それが A-Cold-Wall*。単純に社会構造を観察するだけでなく、社会階級を地理的視点からも捉えると、階級により異なる性質があることがわかるんです。例えば、大理石が多く使われている地域もあれば、セメントが多く使われている地域もある。1つの都市でも地域ごとにそれぞれオリジナリティがあるわけです。地域ごとに異なる雰囲気を、生地やデザインに落とし込んでいます。都市を観察すると、それぞれの地域の特色とその背景にある人の動きの関係性が見えてきます。そして、そこには無限のストーリーが存在しているんです。

―洋服以外にも色々な表現方法がある中で、洋服というアートフォームを選んだのはなぜですか?

実は、21歳だった頃の私が最初に仕事として選んだのは、グラフィックデザインとプロダクトデザインだったんです。子供の頃から絵を描くことが大好きで、大学ではグラフィックデザインを専攻していました。グラフィックやプロダクトをデザインするプロセスはとても批判的なもの。大学を卒業してすぐ入社した会社での経験は、私のデザインプロセスの基礎になっている気がしますね。でも、働いていくうちに、グラフィックデザインのみで表現することの限界を感じるようになりました。他のフィールドでの可能性も試してみたくなったんです。それから私は4つのプロジェクトを同時進行させていました。ストリートアート制作と、楽曲制作と、動画制作と、グラフィックデザイン。4つ別々の名義で活動し、別々のウェブサイトを運営していて。活動を続けていくうちに私の制作が Virgil Abloh (ヴァージル・アブロー) の目にとまり、彼の元で働くためにロンドンに引っ越しました。そこからは約3年5ヶ月、死に物狂いで働きましたね。

―ロンドンに拠点を移す前は、どこで生活していたのですか?

私はノースハンプトンというロンドンの郊外で育ったんです。そこは労働階級の人たちが多く住む地域でした。Central Saint Martins (セントラル・セント・マーチンズ) 出身でステンドグラスアーティストの父と、母は心理学と社会学の教授でペインターでもある母の間に生まれて。自然に、社会的な概念からアート作品まで、色々なものに好奇心を持つようになったんです。中でも、スポーツウェアや、アウターウェアや、それらの服に使われている生地に対しては、子供ながら特に興味を持っていましたね。

―Stussy (ステューシー) や Been Trill(ビーン トリル)、A.P.C. × Kanye West (アーペーセー×カニエ・ウエスト)、Off-White (オフ ホワイト) などのプロジェクトに関わった後、24歳で A-Cold-Wall* を立ち上げました。若くして数々の経験をし、ご自身のブランド立ち上げを可能にした理由は何だったと思いますか?

どうにかして社会と面白いかたちで関わりたいという「飢え」のような気持ちを持っていたことかな。仕事をする目的をはっきり認識することと、自分を厳しく律することはとても大切だったと思います。朝から夜までグラフィックデザイナーとしてフルタイムで仕事をして、家に帰ってから朝の2時まで自分の仕事をするなんてことが毎日のようにあって。A-Cold-Wall* が軌道に乗るまでは、休む時間なんてなかったですね。その頃はお金もなかったから、洋服を置く場所もないような狭い部屋で暮らして、子供用のシングルベッドくらい小さいベッドで寝る毎日を過ごしていました。とても苦しい思いも何度も経験しました。それでも諦めなかったのは、とにかく何かを得ようと必死だったからでしょうね。数年前も今も、完全に仕事中毒です。

Photo by Hiroki Watanabe

―夢中になって進めている A-Cold-Wall*。ブランドをつくる上で、デザインや、ブランドのストーリーや、デザイナーとしての哲学など考えるべき要素が多々あるはずです。A-Cold-Wall* というプロジェクトを進める上で一番大切にしている要素は何ですか?

実用性。洋服のデザインの話になるのですが、機能性や実用性はとても重要だと思っています。ブランドを作る上で必要になる他の様々な要素を、実用性という基礎に肉付けしている感覚ですね。ロンドンにある社会的文化をヒントに、テクニカルでエシカルな素材を使って、シルエットやカッティングを工夫して実用性のある洋服を生み出すことを意識しています。

―Nike (ナイキ) とのコラボレーションで2018年冬に発表したスニーカーは、時間の経過とともに製品が変化する過程を楽しむ、というアイディアが盛り込まれた商品でした。

人に長く愛される製品やアイディアについて、ずっと考えているんです。大量生産・大量消費とは真逆の発想ですね。今の時代に、自分が生み出した製品がどのように使われて、どのような役割を果たすかにとても興味があります。

―ブランドやデザインに関してのユニークなアイディアのヒントはどこから得ているのですか?

自分の幼少期の経験や、育ってきた環境はかなり影響していると思います。自分が生活してきたコミュニティや、地理的なロケーションでしょうね。過去の人生経験が、インスピレーションになる。それから、私は何か問題を解決することが得意なんです。問題を解決しようとすると、批判的だったり、クリエイティブになれる。問題解決の過程を状況を分析して、それを可視化することで、アイディアを生み出すヒントを得ていると思います。

―社会階級がブランドの1つのテーマになっていますが、デザイナーとして現在の社会に何か働きかけたいことはありますか?

社会に存在する何かの問題を改善するというよりも、現状を観察することで何かのヒントを得て洋服を制作している感覚でいます。ファッションブランドは、倫理的なメッセージを発信するべきだとは思いますが。それはサステイナビリティの話に繋がること。ブランドとしてよりサステイナブルな在り方ができるよう、日々の選択をしていくことは重要だと思います。例えば、労働への対価はフェアに与えられるべき。一方、ブランドが政治的なメッセージ性を含む必要があるとは思いません。それは、デザイナー次第かな。ファッションには、政治的/社会的プロテストと深く関係してきた歴史があるのは勿論知っていて、その続きが見たいとは思いますけどね。

ドーバー ストリート マーケット ギンザのエレベーターにて。 | Photo by Hiroki Watanabe

―現在のファッション業界に関して、何か興味を持っていることはありますか?

面白いのは、今まででこんなにも消費者が情報を持っている時代はなかったということ。誰しもが平等に、膨大な情報を得られる状況なわけです。消費者自身によるリサーチに裏付けられた購買活動が、より多くなっていますよね。これは、デザイナーが以前に増して熱心に仕事に向き合う必要がある状況だということなんです。生産者と消費者のコミュニケーションのレベルが高くなっている。生産者により大きな生産責任が発生する、いい状況だと思いますね。

―現在は、ハイファッションとストリートファッションの境界線が曖昧になっている時代でもあると思います。

ハイファッションとストリートファッションの1番の違いは、ブランドと消費者の間のコミュニケーションの仕方の違いだと思います。現在ハイファッションは、その意味を自問自答して試行錯誤するフェーズに入ってきている。一方ストリートファッションはかなり成熟してきたので、これからどうなるか楽しみですね。ストリートウェアがトレンドになってから数年経って、その流行に火をつけた17、18歳だった人たちが今は24、25歳になっていますよね。ストリートファッションが更に洗練されたものになる余地は十分にあると思います。

―A-Cold-Wall*のみでなく、POLYTHENE OPTICS(ポリシーン・オプティクス)、Concrete Object(コンクリート・オブジェクト)、Samuel Ross Associate(サミュエル・ロス・アソシエート)など、現在4つのプロジェクトを同時進行していますが、ご自身の進めているプロジェクト以外に興味を持っているものはありますか?

ランニングが好きで、毎日3キロ以上走っています。その他には、ハイキングや、読書も好きです。本はかなり読んでいますね。ランニングや読書って、広告の力にあまり影響されない唯一の行為だと思うんです。自分が求めている情報以外に邪魔されることがないので、走ったり、本を読んでいるときはある種の自由を感じます。最近では、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を読みました。

―5年後のご自身のビジョンを教えてください。

まだ詳しくは言えませんが、小売というコミュニケーションをネクストレベルに引き上げるべく、今計画を練っている最中です。