映画を通して戦うこと、俳優・高良健吾インタビュー
kengo kora
photographer: tetsuo kashiwada
writer: Taiyo Nagashima
凄惨な暴力の連続に、思わず耳を塞いだ。現在公開中の映画『アンダー・ユア・ベッド』は、ショッキングな展開と社会への提言を孕んだ問題作だ。タイトルが示す通り、高良健吾演じる主人公の三井は、思いを寄せる女性の自宅へ不法侵入し、ベッドの下でじっと身を潜めている。しかし、物語は「異常な性癖」というトピックにとどまらず、予期せぬ方向へ転換してゆく。ニュースでは報道されない人間の狂気と、それが生まれる過程を描いた今作において、「異常」と「正常」の立場は複雑に絡み合い、現代社会が抱える病理を浮き彫りにしている。このインタビューでは、狂気的な役柄の中に入り込み、そして抜け出した先の地平で見えたものついて、俳優・高良健吾に語ってもらった。
映画を通して戦うこと、俳優・高良健吾インタビュー
Portraits
—アンダー・ユア・ベッド、衝撃的な内容でした。主人公の三井は幼い頃のトラウマから脱却できないまま大人になった存在だと思うのですが、高良さん自身は三井を演じてみて、どのように感じられましたか?
自分の存在が認められていなかったり、忘れられてしまうということがどれだけ人を歪ませるか。それがどれだけ人にダメージを与えてしまうのか。そういう悲しみを強く感じました。共感というよりは、理解できるという感覚です。誰からも常に忘れられていたら、そうなってしまうかもしれないよな、と。
—高良さん自身の過去の経験の中で、「忘れられてしまう」という記憶はありますか?
僕自身は幼い頃、よく転校をしていたんですけど、最初は教室の前に立って自己紹介をして、注目を集めるじゃないですか。だけどいきなり溶け込むことはできない。しばらくのあいだは自分の存在がうまく受け入れてもらえない、居心地の悪さを感じる。その感覚が永遠に続くとしたら、苦しいことですよね。もっと言えば、俳優という仕事は「忘れられてしまう」という感覚と常に隣り合わせ。また、不特定多数の人たちから注目を集めることで、肯定も否定も入ってきます。だからこそ、他者の視線や認識のされかたについては、よく考えますね。
—なるほど。俳優ならではの苦しさについても教えてください。
演じるということは、自分の中に、他人が入ってくる感覚なんですよ。他人の考え方や生活の中を必ず通るので、自分自身にずっと集中するということができないんです。なりたい自分について考えることも難しくて。
—役と自分の切り分けが難しくなってくる、ということでしょうか?
侵食されるというわけでもないのですが、役を演じる中で、自分がイエスだと思ったものがノーになったり、その逆だったり。その人格が自分の中を一回通っていく、というか。ある意味、こうやって人前に立つ仕事をしている以上、人並み以上に「社会規範を守って正しくいなければならない」という意識を強く持つ必要があるんですけど、演じる役柄を通してそこから大きくはみ出てしまうことがある。それは、自分の中で別々の人格が動くということなので、俳優という職業ならではのストレスなのかな、と思います。
—自分を保つことがすごく難しいんじゃないかなと思うんですけれど、意識されていることはありますか?
ある意味、自分の問題にし過ぎないということを大切にしています。十代、二十代、そして三十代。時間をかけて、役との向き合い方、自分の扱い方をもっと学んでいくしかないんですよ。その人なりのやり方が見つかってくるはずなので。
—『アンダー・ユア・ベッド』は、みんながちょっとずつ狂ってるっていうか、それぞれの狂い方をした人たちが出てくる映画だと感じましたが、どのように感じていましたか?
こうなるかもしれないという恐怖。それって、一番怖いじゃないですか。もちろんみんなブレーキが効くわけですが、それが壊れて、ああなってしまうかもしれないという可能性は誰にでもあるわけで。そういう意味では登場人物全員の心情を想像してしまいますよね。僕は三井を演じたので、強いて言えば、三井に寄っている部分はあると思います。
ーもともと何かに強く固執する感覚はお持ちですか?
多いですね。何か一つのことがずっと気になってしまう、ということは結構あります。
—最近気になっていたことは?
すごく小さなことですが、今日は朝からこの映画はどうなるかな?と、ずっと頭の中で思い巡らせていました。
—犯罪を犯した人の心理に迫る物語で、その人なりの事情やそこで生まれる感情は、ニュースやSNSには描かれない領域だと感じました。
僕は、罪と悪は分けるべきだと思っています。人が人を裁きすぎている。三井を演じてみてとにかく思うのは、肯定されるとか認められるということが、どれだけ人の力になるかということです。親や社会から否定され続けてきたという事情を想像しないと、物事の本質は見えないですよね。そういったことを飛ばして、SNS 上で人が人を裁きすぎているのかなと思います。
—犯罪という行為は憎むべきものですが、発生してしまった経緯や、その人がどういう思いを抱いていたかに対して想像力を持つということですよね。
ただ、それも苦しい作業なんですよね。犯罪を犯した人について掘り下げて考えるのは、相当しんどいので、それをしたほうがいいとは言えないですが、「なんでそうなったんだろう」っていう疑問を挟むことは必要ですよね。誰もがそれについて、深く考えるべきとは思わないです。そんな苦しいことをしなくてもいいんじゃないかな。
—映画の役割は、多様な人の人生に対する想像力をもたらすもの、今作からはそういったメッセージを感じました。
想像力を刺激していますよね。この映画は誰も裁いていないんです。そこに生きているものとしてただやっている。映画を見て、「あれっ?」と普段は使わない神経が刺激されることは、すごくおもしろいし意味があると思っていますね。
—高良さん自身がこれからやってみたいのは、どんな表現ですか?
新しい自分が見つかってしまう映画は最高だと思う。そういう映画に携わりたいです。人に何かを与えたいとかじゃなくて、僕自身がそうでありたい。知らない自分に会いたいんです。出る方としても観る方としても、そういう映画と関わりたいと思います。それが何かを考えるきっかけにもなる。昔の映画のように、何かと戦う映画が必要なんじゃないかなって思います。
—戦うっていうのは、権力に立ち向かうとか、いびつな常識に立ち向かうということでしょうか?
今の構図って、一人の人を大勢がいじめる、攻撃する状況が多いと思うんです。でも本来この力は、一人じゃ変えられないものに対して向けてゆくべきパワーだとも思うんです。映画というものを通して、何かを変えるために戦うことができたら、それはすごいですよね。昭和の映画にはそういったものが多かった。
—ペンは剣よりも強し、ということを意識されているんですね。
まさにそうですね。今は亡き若松孝二監督が「映画で戦うんだ、権力と。」と言っていて、感動しました。
—三井は、ある意味自分の想いを貫くことのできた存在ですよね。友達に囲まれていても、自分を信じることができない状況ってあると思っていて、高良さんから見て三井は幸せだったと思いますか?
自分の中で、生きる炎がついたという感覚はあります。彼はあれだけピュアでまっすぐだからこそ、どんどん歪んでいくわけですが、最後に三井が何を感じたかは、観た人が考えてくれたらいいなと思っています。
—かなり暴力的な映画だと思うのですが、撮影中苦しくはなかったですか?
楽しかったっていうのは終わってからですね。さっきお話ししたことと関わるのですが、これまでは映画を自分の問題にし過ぎていたな、というのがあって。10代後半から20代にかけて、役や作品が自分自身の問題になりすぎていたなって。でも30代になった時に、役と自分を同化し過ぎないということを試したんです。今作に関しては、自分と役のあいだに距離を持っています。ちゃんと休みは自分の生活をして、家に帰ったら普段の生活に戻ろうと心がけたつもりですね。
—実際にそれができたのでしょうか?
できたと思っていたんですけど、「普段の健吾とちょっと違うな」とか言われると、やっぱりまだ完璧にはできてなかったのかな、と。
—自分の生活を持ちながら、そこからかけ離れた役に集中するなかで、混じってしまう部分があるのでしょうか。
前は入ってきた入り口が見えなくて、どこから出るんだっけ?みたいな感覚だったんです。でも今は、ちゃんと出られるんですよ。入ってきたところを見失っていない。そうやって演じたつもりです。
—入り込みすぎると、危険ですよね。
行き過ぎたら、短命ですよ。壊れるかやめるか、じゃないですかね。
—心の使い分けって、凄まじい仕事だと感じます。
普通は自分のことだけを考えてればいいのに、他人の考えが入ってくるので、嫌いな性格が自分に入ってくることもある。普段の自分ならスムーズにたどり着けるところを見失ってしまったり。自分を見つめてよりよくしていくのが難しいんですよね。
—嫌いなものに自分はなり得る、という。
そうですね。そういう感覚もあります。
—今作はかなり暴力的な描写が多く、ショッキングな表現もありますよね。
完成後に観て思ったのは、視覚だけじゃなくて、聴覚にも訴えているということ。三井でいったら嗅覚も入ってきている。五感を刺激しまくっていますよね、この映画。ハプニングムービー。ハイテンションムービー。ジェットコースター。そんな側面もあると思いますよ。
—人の暗いところにスポットライトを当てながら、感覚に刺激を与え続ける、そういう映画だなと。
はい。そういう部分も含めて、おもしろいなって僕は思っています。
—最後に一つお聞きします。この映画の主題とも関連しますが、高良さんの中には、「狂気」という部分はありますか?
ありますよ。あるけど抑えています。みんなありますよね。認めた方がいいですよ。押さえつけて知らないふりをしているほうが、人に求めすぎちゃうと思うんです。「あ、俺これで笑っちゃうんだ」とか「これで興奮しちゃうんだ」とか気づくことがある。それを認めるのって、嫌じゃないですか。でも、見て見ぬふりするより「ある」と受け入れる。しょうがない、人間だから。この世界にうまくハマるために、誰よりも優等生でいなきゃいけないのなんて、めんどくさいですよね。
<プロフィール>
高良健吾 (こうら・けんご)
1987年生まれ、熊本県出身の俳優。2006年『ハリヨの夏』にてスクリーンデビュー。その後映画を中心に様々な作品で強烈な印象を残す。『軽蔑』(2012) で日本アカデミー賞新人俳優賞、高崎映画祭主演男優賞受賞。『苦役列車』(2013) で日本アカデミー賞優秀助演男優賞、『横道世之介』(2014) でブルーリボン賞主演男優賞を受賞。日本を代表する実力派映画俳優の一人。
作品情報 | |
タイトル | アンダー・ユア・ベッド |
監督 | 安里麻里 |
出演 | 高良健吾、西川可奈子、安部賢一、三河悠冴、三宅亮輔 |
配給 | KADOKAWA |
製作年 | 2019年 |
製作国 | 日本 |
上映時間 | 98分 |
HP | underyourbed.jp |
イベント情報 | 「公開中プレミアムトーク祭り」 7月27日(土) | 高良健吾×廣木隆一 (映画監督) 7月30日(火) | 高良健吾×行定勲 (映画監督) ※詳細は公式HPからご確認ください |
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7月19日(金)テアトル新宿ほか全国順次ロードショー |