Valerie Phillips
Valerie Phillips

ガーリーフォトの先駆者、Valerie Phillips (ヴァレリー・フィリップス) インタビュー

Valerie Phillips

photographer: hiroki watanabe
writer: ako tsunematsu

Portraits/

インディペンデントなセンスを持つ若い女の子たちを撮り続ける、アメリカ人写真家の Valerie Phillips (ヴァレリー・フィリップス) が最新作品集『ALICE IN LONDONLAND (アリス・イン・ロンドンランド)』を発売した。被写体の女の子たちの世界が描かれたこれまでの作品とは違い、ヴァレリー本人の世界にフォーカスしたという今作品。舞台は、フォトグラファーとしてのキャリアを開始して以来長らく彼女の活動拠点となっている街、ロンドン。仕事で世界中を飛び回る生活を休止し、ニューヨーク生まれのヴァレリーが写真を撮るために移り住んだ街を、オランダ人モデルのアリスと巡る。今回、東京と大阪で展開されたサイン会のために来日中の本人に会うことができた。彼女にとって10作目の作品集となる『ALICE IN LONDONLAND』について、そしてヴァレリー本人の世界について話を伺った。

ガーリーフォトの先駆者、Valerie Phillips (ヴァレリー・フィリップス) インタビュー

『ALICE IN LONDONLAND』

『ALICE IN LONDONLAND』

—今回新しく発売された『ALICE IN LONDONLAND』はどんな一冊ですか?

私の本はいつもなら被写体の女の子と、その子の世界にフィーチャーしたものになるんだけど、今回メインとなっているのは、私の世界。ここ数年仕事で世界中を飛び回ることが続いたから、一度立ち止まって、今自分がどういうポイントにいるのか確認する必要があったの。そんなときに、自分が長年住んでいるロンドンについてもっと知りたい、これまで行くチャンスのなかった場所に行ってみたい、そんな想いから出来た一冊よ。撮りたいモデルを連れて、ロンドンをツアーしたの。モデルのアリスはオランダから来ているからあまりロンドンについて知らなかったわ。そんな彼女の視点で面白そうな場所に毎日訪れて撮影したから、ずっとアドベンチャーに出かけていたような感じ。好奇心旺盛なアリスと二人で探検して、普段なら誰もが別にわざわざ立ち止まって見ないようなものを撮ったの。ちなみに、御察しの通り本のタイトルは『アリス・イン・ワンダーランド』を捩ったのよ。

—あなたの作品は、若い女の子たちの生き生きとした、奔放でリアルな姿が映し出されているのが魅力のひとつだと思います。どのように撮影しているのでしょうか?

今回の撮影では、まずはアリスに会って、座って、コーヒーを飲んで「今日は何がしたい?」って聞くところから毎日はじめたわ。「サウス・ロンドンでダイナソーパークに行きたい」とか、「ダルストンに行ってヴィンテージショップで服を探して、そのあたりで撮影しない?」なんて。撮影していたのが夏だったから、ものすごく暑い日が続いたの。あまりにも暑い日は私が住んでいるエリアで撮影した。なんせ大量の衣装や水を持って遠出するのは、あまりにも大変だったから。撮っては家に戻って着替えて、って繰り返しながらの撮影。なんでも一人でやるのが好きだから、撮影はいつもモデルと私だけでやる。本来なら2週間くらいで撮れたと思うけど、今回はそんな感じで1、2ヶ月くらいかけてゆっくり撮ったわ。毎回モデルに合わせたスケジュールで撮るから、過去には一晩で1冊分撮ったこともあるわ (笑)

—アリスとの出会いについて教えてください。

アリスの写真を見た時に、「私、この子を絶対に撮りたい!」って思ってすぐに彼女のエージェントに連絡をしたわ。だけど彼女も私も仕事で世界中を飛び回っていて、なかなかスケジュールが合わない。一度、アリスがニューヨークにいるタイミングでちょうど私もブックパーティーのためにニューヨークに行くことがあって。そのブックパーティーにアリスが来てくれたんだけど、会場がすごく小さな本屋さんでものすごく混んでいたの。店の隅っこにいる彼女を見つけたけど、そこまでたどり着けなくて結局その時は会えず仕舞い。そこから9ヶ月後、彼女のエージェントから「アリスがロンドンにいる」という連絡をもらって、ようやくちゃんと会えたわ。

—写真を見ただけで、そのモデルを撮りたいと決めることはよくあるのでしょうか?

そういう時もあるし、いつもそうというわけではない。なぜなら判断基準はルックスだけではないから。すごく説明するのが難しいんだけど…。ただ、「あ、撮らなきゃ」ってなる。すごくマジカルなことなの。写真を見てそう感じる時もあれば、フライトでたまたま見かけたり、バスで乗り合わせたり。もしくは別の仕事で撮った子のことを「もっとパーソナルな作品のために撮りたい」と思うこともあるから、いつも違うの。最初の本はブルックリンのハイスクールに通う子だったんだけど、その子はハロウィンのパレードで歩いているところを見かけて声をかけたわ。

—撮りたいと思うモデルたちには、何か共通しているルックス、もしくは雰囲気などがあったりしますか?

あるような、ないような。もしかすると、どこかしら重ね合わせて見ている部分はあるのかもしれないわね。私の本を見た人にはよく「(今回のモデルも) ヴァレリーっぽい子だね」なんて言われるけど、私にはあまりそれがわからないから面白くって (笑)。この感覚ってすごく言葉に表すのが難しい。「彼女のことをもっと知らなきゃ」って気持ちになるというか。でも、これまでこの感覚が間違っていたことはないの。「この子だ!」と感じた子で、会ってみたら想像と違ったり、すごく感じが悪かったり、つまらなかったりなんてことは今までに一度もない。その子たちが私以外の人たちと撮影をする時は、どうなのかは知らないけど、少なくとも私と一緒にいる時の彼女たちは、みんな予想通りに魅力的だったわ。

—ほぼ初対面で会ったモデルと、どのように息を合わせて撮影をするのですか?

良い質問ね。アリスの場合は、友達がやっている洋服ブランドの撮影をまず一緒にしたの。アリスと一緒に本を作りたいっていうのはもう自分の中で決まっていたけど、良い機会だったし、アリスにも洋服を提供してあげられるし、っていうところでそこから始めたわ。で、その日に私の本を何冊か見せて、「私はこれをあなたとやりたいから、これが好きかどうか考えてみて」と伝えたわ。私のやることがそんなに好きじゃない人もいるだろうから、モデルも私と同じくらい気持ちが盛り上がっているか確認したい。一緒に楽しみながらやりたいし、撮ったものを好きだと思って欲しい。本のストーリーもきちんと理解してもらいたいわ。それから、一緒に座ってコーヒーを飲みながら「こんなのどう?こんなのもしてみたいね」なんて撮影の内容を話し合う時に、お互い居心地が良いか、楽しそうにしてくれているか、そういう部分も見る。その時点でだいぶ、お互いの感覚は共有できているよね。アリスはすごく賢い子で、直感が鋭くて、彼女の質問はいつも的を得ていたわ。それとアリスが面白くて、撮影中私は終始笑ってばかり。同じものを面白いと思えるのはすごく良いこと。多分、選ぶ子を間違えていたら本は作れないと思うの。だから、今のところその感覚を間違えたことはないし、だからコミュニケーションも自然と上手くいく。

—次のモデルとして、気になっている子はいますか?

友達がやっている「ZUCCA MODEL」のWEBサイトをよく見ているんだけど、そこにいるロシア人の子が気になっているわ。ただ、英語をしゃべれないと思うの。トリッキーかもしれないわね。

—英語が喋れないと、やっぱり撮影は難しいですか?

英語を全く喋れない子はまだ撮ったことがないかも。いろんな女の子を撮ることは楽しいし、全員が英語を喋れる必要はないんだけど…ある程度のコミュニケーションが取れないと、撮影自体をディープなレベルまで持っていくのは難しそうよね。私の日本人の友達は英語をあまりしゃべれない人が多いけど、すごく仲良しなのよ。でもそれはたくさんの時間を一緒に過ごしているし、友達がその友達を呼んで…って輪が広がっていってみんなで仲良しだからだと思う。だから初対面で「はい、撮影するよ!」となった時はどうなのかしら。まぁ、いつかやってみたらきっとわかるわね(笑)

—今までに出版した本の中で、特にお気に入りの3冊を挙げてもらえますか?

難しい質問ね。でも、今回の『ALICE IN LONDONLAND』が一番のお気に入りかもしれない。私にとってとてもスペシャルなのは、1冊目。今見返してもすごくセンチメンタルな気分になる。1冊の本としての出来は甘いと思うけど、大好きなの。何かを初めてやる時って、雑念がないというか。それ以外のことは何も考えず、気にせずに、それだけと向き合って作るから、すごくリアルで自由。「どうしてこんなの撮ったんだろう?」っていう写真が一枚もない。それってすごく素敵なことだと思う。他のフォトグラファーの作品を見ている時も、そういう部分が見える作品が好きだなと感じるわ。もう1冊は、『I Wanna Be An Astronaut (アイ・ワナ・ビー・アン・アストロナット)』かしら。これまでに撮ったモデルの子たちとはみんな仲良しなんだけど、なかでもこの本のモデルをしてくれたモニカとはすごく近い仲。ベストな出来ではないんだけど、特別なの。

『I Wanna Be An Astronaut』

『I Wanna Be An Astronaut』

—紙や自費出版を好む理由はなんですか?

持って触れた方がやっぱりリスペクトを持てると思う。特に、日本ってそうじゃない?物へのありがたみをみんな持っているというか。音楽だって、ダウンロードデータよりもバイナルレコードが欲しいとか。私は本が好きなの。特にアートブックや ZINE が大好き。人の何かに対する「執着」が好きなの。「この作品を作らなかったら死んじゃう」みたいな。個人的にはそういうのをあまりオンラインからは感じない。子供の時、初めて Printed Matter (プリンテッド・マター) (主に ZINE を扱っているニューヨークにある本屋) に行った時の感覚は今も忘れない。大量に並べられた ZINE がなんなのかよくわからなかったけど、店全体がクールすぎて、私もこの一部になりたいと思った。あの店にはすごく影響を受けているかも。いろんなプリントやコラージュを見て、触れて、すごく楽しい。そういう体験があるから、作品をオンラインで見るのことはそんなに重要だと思わないの。

—長らくロンドンに拠点を置いている理由を教えてください。

フォトグラファーになりたいと思った時に、ニューヨークの業界はお金とかコマーシャルが全てで、全然クリエイティブじゃないと感じたわ。どこに行ってもまず聞かれるのは「これまでに何をやってきたの?」どこと、誰と仕事をしたことがあるの?」ばかり。一方でロンドンは「ファッションデザイナーになりたいの?いいじゃない!」「全くの初めてだけどお店をオープンしたいの?やってみなよ!」なんて、業界もアーティストも精神がパンクだった。当時のロンドンはそんなに物価も高くなかったし、好きなことをやれた。だから1990年くらいにロンドンでキャリアをスタートさせてから、ずっと住んでいるのよ。ニューヨークは私のホームだし、素敵な人もたくさんいてもちろん大好きなんだけど、洗練されすぎていて、私はそこからはインスピレーションとかエキサイトメントは感じない。私はロンドンの方が肌に合っていると思う。方法があるのなら、日本にも住みたいけどね(笑)。1年くらいでもいいから東京に住んでみたいと思っているわ。

—これまでに、ターニングポイントはありましたか?

エディトリアルや広告の仕事をたくさん受けていた時は、自分の本を作るのも結構辛かったりしたり。たまに自分が何をしたいのかがわからなくなったり。自分がやりたいものをその通りの形に作り上げることって、私にとってすごく大事なことなの。コマーシャルな仕事には必ず制約がついてくるじゃない。自分の作品は、自分がやりたいことそのままを形にすることができるわよね。万人ウケはしなくても、大好きだって言ってくれる人がいる。それに少なからず、「これが私のやりたかったこと。作りたいと思って作ったもの」っていう確信は持てるでしょう。私が作るものは全部そうであってほしいと思ったの。「もっと時間があったこうしてたのに…」とかも、もうやりたくない。その時がちょうど、リゾリにモデルをしてもらった『Another Girl Another Planet (アナザー・ガール・アナザー・プラネット)』を作っていた時。自分は何に比重を置きたいのか、何に時間を使いたいのか考えた結果、他の仕事のせいでこの本が仕上がらなかったら一生後悔するし、パーソナルな作品作りには100%の集中が必要だと思ったわ。それで所属していたエージェントを抜けたわ。今思うと、あの時が私のターニングポイントね。

Photo by Hiroki Watanabe

Photo by Hiroki Watanabe

—この次のプロジェクトをもう考えていたりしますか?

また新しく本を作っているところよ。モニカ、レーシー、コートニーっていうモデルと一緒にやった最初の3冊は、もう長い間在庫が切れていて、たくさんの問い合わせがあるの。それで、それらの3冊を撮影した時の写真や素材で本に載せきれなかったものがたくさんあるから、それで1冊作ろうとしているわ。アイデアを全てスケッチブックに書き出してみるところから始めているからまだ上手くいくかわからないけど、トライしてみるのって楽しいじゃない。楽しみにしていてくれたら嬉しいわ。

—あなたにとって、SNSとはどんな存在ですか?

インスタグラムは…確かに一番手っ取り早いキャスティング方法だとは思う。ただ、モデルたちに直接連絡をしたらモデル事務所は嫌がるわよね (笑)。手放せないって言う人もたくさんいるけど、私はもし誰かにスマホを取り上げられても気にしないわ。私も間違いなくインスタグラムをキャスティングに使ったことはあるけど、なくても大丈夫。インスタグラムに投稿するのは楽しいわね。すごく好きな女の子とか気になる人をフォローしていたりはするけど、でも別に何か新しいものを求めて意識的にインスタグラムを開くことはあまりないと思う。すでに好きなものを追いかけるのには便利ね。発信をするのにもすごく便利。ただ、そんなに大したことではないわ。ツイッターはやってないし、フェイスブックは友達がブックパーティーやイベントを告知しているのをチェックするくらい。それ以外は何もやっていないわ。

—好きなアーティストはいますか?

『Hi You Are Beautiful How Are You (ハイ・ユー・アー・ビューティフル・ハウ・アー・ユー)』を一緒に作った
Arvida Byström (アルヴィダ・ビストラム) は、私がオンラインで作品を見て好きだと思った数少ないアーティストの一人。すごくオリジナリティを持っているアーティストで、すべてが彼女の頭の中から出てきているし、流行や他人のウケとか、そういったことは彼女の作品には一切関係ない。オンラインで見ても、紙の本と同じくらいのインパクトを受けたわ。正直、私が普段好きなテイストではないけど大好きなの。きっと大物アーティストになるはず。

友達の写真家夫妻 Ed Templeton (エド・テンプルトン)と Deanna Templeton (ディアナ・テンプルトン) もすごく好き。彼らはスケートボーダーで、フォトグラファーで、ペインター。自分が信じていることだけに一直線で、何がクールとかポピュラーだとかそんなことは気にしない。それが私にとって一番大事なことなのかもしれないわ。ロンドンにはたくさんのフォトグラファーがいるけど、みんなすごく同じに見える。私はそういうのは面白いと思わない。朝起きて、「これをやらないと脳みそが爆発するかも!」みたいな、ピュアな情熱で生み出されるものが美しいと思うの。

—あなたにとって、日本とはどんな場所ですか?

日本に来るのは今回が6回目くらいなんだけど、世界中で一番好きな場所なの。だからすごく好きな場所の人たちに、自分がやってることを好んでもらえるなんて最高だと思っているわ。カッコつけてばっかりのロンドンやニューヨークの人たちとは違って、全然意味がわからない組み合わせの格好をしてる人が溢れてる原宿にはとにかく感動したし、夜に渋谷あたりのストリートで見かけるスケーターの男の子たちも、頭からつま先まですごくセンスがいい。それと、例えば私は Stüssy (ステューシー) の服が好きなんだけど、日本の店舗には他の国と比べて良いものが置いてあるの。これ、本当よ (笑)。渋谷と原宿だけなのかもしれないけど、好きなブランドの服は東京で買いたい。ポップとユースカルチャーが好きな私にとって東京はクレイジーだし、マジカルだし、ものすごく楽しい。こんな国、世界中のどこを探してもないと思うわ。

Photo by Hiroki Watanabe

Photo by Hiroki Watanabe

<プロフィール>
Valerie Phillips (ヴァレリー・フィリップス)
ニューヨーク出身、ロンドンを拠点に活動する写真家。幼少期よりパンク、ラファエル前派、アポロ計画、スケートカルチャー、ブルータリズム建築、コラージュアート、メールアート、ヴィンテージおもちゃに影響を受ける。クラブキッズだった彼女が音楽に夢中になっていた頃、雑誌やレコードジャケットの写真を撮るためにロンドンに移り、自分のパーソナルプロジェクトを行いながらファッションと広告の撮影を始める。2001年に最初の自費出版作品集を刊行、以来精力的に発表を続けている。コマーシャルワークとしては、NIKE (ナイキ)、Stüssy (ステューシー)、Dr.Martens (ドクターマーチン) 等が挙げられ、ミュージシャンの Amy Winehouse (エイミー・ワインハウス)、PJ Harvey (PJ ハーヴェイ)、Björk (ビョーク) らとの仕事でも知られている。過去にはニューヨーク、ロンドン、東京、ベルリン、パリ、バルセロナ、カンザス州チェリーベールの小さな中西部の町で写真展を開催。また、ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリーのパーマネントコレクションに作品が収蔵されている。
HP: www.valeriephillips.com