フォトグラファー Jamie Hawkesworth (ジェイミー・ホークスワース) インタビュー
Jamie hawkesworth
photographer: eriko nemoto
interviewer: ako tsunematsu
writer: manaha hosoda
これほどまでにギャップがあるフォトグラファーはこれまでにお目にかかったことがないかもしれない。物腰柔らかく、知的で優しそうな雰囲気を漂わせながらも、競争の激しいファッション界の第一線で活躍するトップクリエイター。Jonathan Anderson (ジョナサン・アンダーソン) 率いる Loewe (ロエベ) や Alexander McQueen (アレキサンダー・マックイーン)、Marni (マルニ) のキャンペーンを手がけ、名だたるファッション誌のほとんどで撮影した経験を持つ。また、ファッションフォトだけでなく世界各地で撮影されたポートレートや風景写真でも高い評価を得ているフォトグラファー、それが Jamie Hawkesworth (ジェイミー・ホークスワース) だ。
フォトグラファー Jamie Hawkesworth (ジェイミー・ホークスワース) インタビュー
Portraits
彼の作品の特色を挙げるとすれば、まず第一にその”光”の捉え方があるだろう。他とは一線を画すその”光”の見つけ方は、それがファッションフォトであろうと、ドキュメンタリーであろうと、独特の暖かくどこか懐かしい雰囲気を作品にもたらす。そのために、Jamie Hawkesworth の撮った写真のほとんどが彼の作品だとすぐに区別できるし、その写真を特別にしているのだ。
そんな彼が光を初めて”見た”のが、イギリス北部の地方都市・プレストンにある Preston Bus Station (プレストン・バス・ステーション)。道路沿いのバス停とは違い、長距離バスなども停留する大型のバスターミナルだ。1960年代後期に建てられたというその建築自体も世界中の名だたる建築物を手がけてきたアラップ社が手がけており、ブルータリズム様式を取り入れたアイコニックな外観はこれまでも多くのアーティストに影響を与えてきた。Jamie Hawkesworth は、そんな場所で1日中どのように光が変化していくかを観察していたという。同氏はその経験についてこのように振り返っている。
「やがて私は光を見て、感じ、その作用を理解できるようになり、光に対する感受性を研ぎ澄ませていった。あまりにも流動的なその空間でただ静かに待っていると、全てのディテールが拡大されるようだった。全てが意味深くなっていった。日々継続される人々の動きの中で光は拡大鏡になり、生命を考察させ、その価値を認識させる道具になった。そして冷たい円形の空間が天国となったのだ。」
―アーティスト・ステートメントより抜粋
Jamie Hawkesworth にとっても原点と呼べる Preston Bus Station で道行く人々を撮影したポートレートシリーズをまとめた写真集が出版されたのは、2017年のこと。タイトルもズバリ、『Preston Bus Station』だ。それから2年が経った今、満を持して同氏の日本初の個展が六本木の Taka Ishii Gallery Photography / Film (タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム) にて開催中だ。初日にはオープニング・レセプション、翌日にはサイニング・イベントで日本のファンたちと交流した Jamie Hawkesworth に取材を敢行。同展をさらに楽しめるストーリーから彼のバックグラウンド、そして写真への哲学について話を聞いた。
―日本では初の個展となりますね。展示には満足していますか?サイン会ではファンとも交流していましたね。
最初の展示としては、驚くほど完璧な仕上がりになっていると思います。ギャラリーの外のタイルもバスターミナル似ていて、今回のプロジェクトにぴったり。たくさんの人が質問してくれたのも嬉しかったですね。自分とは違うものの見方に気づけました。
―今回のプロジェクト自体が始まったのは9年前だとか。
2011年です。写真の先生だったAdam Murrayが”Preston is My Paris”というプロジェクトでフリーペーパーを作ることになって、「ポートレートを撮影して欲しい」って連絡をくれたんです。当時、僕はティーンエイジャーのポートレートを撮るためにイギリス中を巡っていて。彼は白黒の建築写真を、彼の友達のロバートは静物写真を撮っていたんですが、そこにポートレートも欲しいと思ったみたいで僕に声をかけてくれたんです。そこで週末にバスターミナルへポートレートを撮りに行ったんですけど、それにすごくインスパイアされたんです。それがこのプロジェクトの始まりでした。それから2年後、バスターミナルがなくなると聞いて、もう一度そこへ戻るべきだと思ったんです。もっと大きなプロジェクトのために丸一ヶ月。朝の8時から夜の8時まで一日中写真を撮っていたんです。なかなか長い1日でしたが、素晴らしい経験になりました。バスターミナルが円形になっていたので、基本的にはそこをぐるぐる歩いていて。だから、今回の展示では円を描くように写真を展示しているんです。
―月日が流れてから改めて作品を見返すという作業はどうでしたか?
すごく面白かったです。というのも、作品の多くは何年間もボックスに保管されているだけだったんです。一度10枚くらい印刷して、すごく気に入ってる作品もあったんですけど、その後しばらくはボックスにしまったままでした。5年ぐらい経ってから、本を作ってみようかなと思ったんです。始めるにあたって、(頭の中に)すごく印象的な写真があったんですけど、少し型にはまっていて、僕の写真のスタイルとはあからさまではないものの少し違ったんです。全部見返してみると、もっと静かでシンプルなポートレートもたくさんあって。バスターミナルに対してもっとデモクラティックになることが大事かもしれないと思い、撮った人はほぼ全員載せることにしたんです。文脈を考えると、全員を登場させるべきだと思ったんです。だから、最終的には全く違う形になりました。いい意味でね。
―思い入れの強い写真はありますか?
赤い服を着た女の子の写真は気に入っています。バスターミナルの何が素晴らしいって、いつだって誰にすれ違うかわからないんです。角を曲がれば、いつだって驚きがあります。彼女にとってこの格好は普通かもしれませんが、僕にとってはそこで見ることによってすごく非日常的に感じたんです。3人のおばあちゃん達が並んでいる写真もありますが、そこに写っている時計の0が3つになっていて、(おばあちゃん達と)シンクロしているんです。意図していたわけでは無いし、シナリオもありませんが、いつもサプライズの連続なんです。これがプロジェクトの自然な姿だと思います。ある一瞬、その瞬間に全てがひとつになるというか。エネルギーと時間を費やせば、こういうことが起こりうるんです。
―日本にはもう何度も来ているということでしたが、何か印象に残っていることはありますか?
数ヶ月前に電車を乗り継いでは飛び降りて、そこにいる人たちを撮るっていうプロジェクトをやりました。沖縄でポートレートを撮ったり、直島にも行きましたね。日本だけに限ったことではありませんが、こうして場所も人もわからない場所を冒険するのが好きなんです。何度来ても、そういう経験はできますね。今回の旅は展示のために来ているのでちょっと違いますが、これまでに行った場所では知らない人にアプローチすると、みんな反応が違って、オープンな人もいれば、違う人もいて…それが知らない人と何かをする上で自然なことなんです。そういう意味でも日本は好きですね。ただ、そこがどんな場所なのかとか、何を言うかについてあまり大げさに考えすぎないようにしています。そこにあるものにただ感謝したいというんでしょうか。
―大学在学中に写真を始めたそうですが、その時は犯罪科学を勉強していたんですよね?
そうなんです。1年勉強していて、実践的な方はすごく好きだったんですけど、もう一方がいかにも法律っぽくて…。まず法律について学ぶことがあまり好きになれなくて、人生をどうしたらいいかもわからなかった。その中でひとつ好きなことを挙げるとしたら写真だったんです。1年後には写真に切り替えました。はじまりは気まぐれだったのかもしれませんね。でも、始めてみると写真を撮ることにどんどん魅了されていったんです。カメラを使うことで初めてクリエイティブになれたんです。絵を描くこともできないし、特にアートに興味があったわけでもないけど。カメラだったら何か作品を作れることができたんです。カメラを持っているのが好きで、新しいおもちゃを与えられた子供みたいでしたね。初めてのカメラはミディアムフォーマットのカメラで、すごく大きくて重かったんですが、それが好きでした。そんなに何かを気に入ったのも初めての経験でしたね。
―そうしたバックグラウンドはあなたの作品に影響を与えていると思いますか?
多分。具体的にはわかりませんが、影響はしていると思います。写真って自分の経験によって培われた視点から撮るものだから、色々な経験を積めば積むほど色々な物事を自分の捉えたい形に写すことができるようになると思うんです。センスは時間を重ねる中で育っていくものですし、経験してきたことは必然的にスキルになっていくんです。
―あなたにとって”良い”フォトグラファーに必要なものってなんでしょう?
“良い”フォトグラファーにも色々ありますが…一般的に考えると、とにかくたくさんの写真を撮る必要があると思います。物事の見方を形作るという意味でも。経験を積むほど、写真を撮るほど、自分なりの物事の見方やこの世界の何を愛しているのかがわかるようになるんです。だから、とにかく写真をたくさん撮ることが大切ですね。
―時にファッション、またある時はポートレート、そして時には風景、と色々な写真を撮り続けるのはそういった意図があるのでしょうか?
そうですね。それがもう一つの”良い”フォトグラファーに必要なことかもしれません。ファッションフォトにしても、ポートレートにしても、すべて同じように扱わなくてはいけません。同じエネルギーと情熱を持たなければいけないんです。これは経験としてアシスタントをしていた時に感じたことですが、何を撮るかによって手法を変える人がよくいます。例えばファッションの広告だからデジタルで、1人で山を登る時はフィルムで撮るとか。アナログをやりたいのであれば、全部アナログでやるべき。正直でいなければいけないから。自分の”クラフト”が大事なんです。経験すればするほど自分のクラフトは濃くなっていって、それを他にも活かすことができます。でも、あっちこっち変えたり、複雑にすると、自分のことをはっきりさせるのが難しくなります。だから、全部を同じように取り扱うことが大事だと思っていますし、大事にしてきました。同じ辛抱で、同じカメラで。
―なるほど。それでは、特に好きな被写体というものはないんですか?
ありません。その時々によりますし、プロジェクトによります。
―尊敬しているフォトグラファーはいますか?
William Christenberry (ウィリアム・クリステンベリー) です。アメリカの色々な場所を訪れては、時間をかけて写真を撮っていた人で、写真だけじゃなく、フィルムやスカルプチャー、絵も描いているので、彼の展示は彼の頭の中を覗くことができるんです。彼の頭の中で行われているであろうプロセスを可視化できるというか。例えば、今回のプロジェクト(「Preston Bus Station」)ではプロセスを見ることはできませんよね。でも、彼の展示ではどうやって物事を組み立てたりしているかがわかるんです。
―これまでの人生においてターニングポイントはありましたか?
2回あります。1回目はこのプロジェクトをコンプリートした時で、大きなターニングポイントになりました。あのバスステーションで初めて”光”を見ることができたんです。(2回目は)その後にファッションフォトを始めて、スタイリストの Benjamin Bruno (ベンジャミン・ブルーノ) と一緒に仕事をして、”Kid (若い子)”に服を着せた時。別に初めてのアイディアというわけではなくて、前にもやったことはありましたが、服を着せることでキャラクターを作れる、もしくはその人のキャラクターを変えることができるということを初めて経験しました。変テコな面白い写真が撮れて、服でこんなにもクリエイティブに遊べるんだっていうことを発見した時の衝撃は忘れられません。ドキュメンタリーはもう形式が決まっていて、それはそれで素敵ですし、その中でも良いものは作れますが、そこにファッションを取り入れることでよりシュールに、面白くできることが楽しかった。それはいつだって僕が好きなことのひとつなんです。ただ、例えばそれがファッションだと、環境がすごく不慣れだったり、難しかったこともあって、そんな時にはセットを組むこともありました。女の子を角に立たせて、ファニーなものを持たせてシュールレアリスティックに演出したり。それがうまくいったかはわかりませんが。
ただ数年前、自然に発生するチャンスの方が面白いことに気づいたんです。それを作り出そうとするよりも。だから今は前よりももっと物事をシンプルにすることが多くなりました。なんとなく、作りこんだシナリオからは離れたいと思うようになったんです。イギリスの『Vogue (ヴォーグ)』のカバーで Kate Moss (ケイト・モス) を撮影した時にも、休日に彼女に会って、ヘアメイクもスタイリングもしないで撮影したんです。『Vogue (ヴォーグ)』のカバーで。4年前だったらそんなことしないで、もっと安全な環境を作ろうとしたと思います。
―Benjamin Bruno はじめ、Jonathan Anderson (ジョナサン・アンダーソン) や M/M (Paris) (エムエムパリス) ら錚々たるクリエイター陣と仕事されてきましたが、制作にあったてどのようなコミュニケーションをとっていますか?
時に難しいこともあります。特にチームでやる時には。コミュニケーションをどう進めていくか。結局、十分に信頼関係が築けている時には上手くいくんです。みんなが互いを信頼していて、それぞれの役割に十分なスペースがある。いつもそうとは限りません。作品を見れば、それがわかります。弱い部分があったり、全体的に強かったり。このプロジェクトは最高だったけど、このプロジェクトは最悪だったなんてこともあります。というのもファッションはものすごくたくさんの材料からできているものなので、そのうちのひとつでも不味かったらケーキが丸ごと美味しくなくなってしまうみたいなことなんです。受け入れるのはなかなか難しいですが、しょうがないことだと思っています。
―その不味い材料が極力混じらないように気をつけるべきことはありますか?
自分は何が好きなのかきちんと知っていること。そうすれば、良くないものを入れずに済むかもしれません。ただ、そういうことが起こる時はやっぱり、誰かがちゃんとわかっていなかったりする。だから結構強くならなければならないし、自分が好きなものを理解していなければならない。そして、それをシンプルに伝える。そうすれば信頼してもらえて、上手くいきますよね。いつもそれができるかというと、そういうわけにもいきませんが、最近のプロジェクトで上手くいかなかったものはアイディアの段階から好きじゃなかったものばかりです。場所にしてもそうです。何かがピンとこないとやっぱり結果的に上手くいかない。でも次の場所に行ったら、次のプロジェクトでは上手くいかもしれない。だから、やっぱり写真を撮り続けるしかないんです。
―最近のプロジェクトで気に入っているものはありますか?
1年前にサンフランシスコで撮影した Alexander McQueen (アレキサンダー マックイーン) のキャンペーンは気に入ってます。(ファッションの仕事としては)50年に1度と言っても過言じゃないくらい思い入れの深いプロジェクトになりました。ファッションフォトグラファーとしての自信にも繋がりました。エネルギーもスペースも十分にありましたし、服も素晴らしくて、全てが揃ったプロジェクトでした。それに、撮影の前の数週間写真を撮っていなかったので、エネルギーが充電されていたのかもしれません。あと、ペンタックスのカメラを使い始めたんです。厳密に言うと、触り始めたのはその撮影の少し前からでしたが。そのカメラは反応がすごく早くて、これまで使っていたカメラはどちらかというと構図やコントロールが重要で、辛抱強くいなければいけませんでしたが、ペンタックスだと撮りながら気が狂ったように走り回れたんです。ライティングもロケーションも素晴らしかったので、360度から服を自由に撮ることができて、すごくエネルギーに溢れた撮影になりました。