Fumi Nikaidō
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女優・二階堂ふみインタビュー

Photo by Toshio Ohno

Fumi Nikaidō

photography: toshio ohno
interview & text: mariko uramoto

Portraits/

「きちゃった」。大事な瞬間もおかまいなしにやってくる “生理” をポップに擬人化し、女性たちの関係をコミカルに描いて多くの共感を集めた小山健の漫画『生理ちゃん』(ビームコミックス/KADOKAWA刊) が実写映画化される。物語の中心人物である米田青子を演じるのは二階堂ふみ。月に一度やってくる生理に振り回されながらも、仕事や恋に向き合う一人の女性を演じる。彼女にとっていま、生理をテーマにした作品に出演することは何を意味するのか。人と人がわかり合うことついて、写真家としての活動についても話してもらった。

女優・二階堂ふみインタビュー

—出演を決めたきっかけなんだったのでしょう?

“生理” をテーマにした作品が世に出ること自体、素晴らしいことだと思いましたし、それに関わることに意義があると思いました。ほんの10年、20年前まではきっとできなかった。時代が移り、男性も女性も考え方が変わってきて、このタイミングでこういう作品に出られることはとても光栄なことです。でも、今だって生理の悩みや辛さは人には言いづらいし、気まずいという方もいます。だから、この作品を通して生理について考えること、語り合うことは決して恥ずかしいことではないと少しでも感じてもらえたら嬉しいですね。

—原作は小山健さんの漫画ですが、実写映画化するにあたり意識したことはありますか?

小山健さんの独特のタッチは読者の懐に入りやすいなと感じていました。その世界観をなるべく崩さないよう、脚本が入念に作られていたので、私自身、原作との温度差は感じませんでした。ただ、何気ない場面で生理ちゃんの着ぐるみを背負ってたり、生理ちゃんと一緒にタクシーに乗ってたりと、生身の人間が大真面目にやっている映像はなかなかシュールなんですが (笑)。話自体は女性も男性も経験したことのある悩みですし、私自身はすごく身近なストーリーとして捉えることができました。

『生理ちゃん』

—生理ちゃんがCGではなく、着ぐるみで実写化されているのも印象的です。

マンガのように見え方がうまくいかないこともあり、撮影はなかなか大変だったのですが、生理ちゃんが実態として目の前にいるからこそ、私たち演者の表現にもうまく作用されたと思っています。背負っているときは温もりも感じられました。私は生理ちゃんを背負ったり、隣り合ったりすることが多かったのですが、青子の恋人の久保さんは大変だったんじゃないかな。プロポーズの時とか真面目なシーンでも生理ちゃんが目の前にいますから (笑)。8日間という短い撮影期間でしたが、生理ちゃんに対してだんだんと愛着が芽生えてきて、クランクアップした時は「明日からもうこの子に会えないんだな」と寂しくもなりました。

—青子の恋人、久保は妻を亡くして男手一つで思春期の娘を育てています。彼氏の子どもの母親候補という役柄はどうやって演じましたか?

複雑な役柄ですよね。私はまだ結婚をしていないので、母親になるということにあまりリアリティがなくて、どちらかというと娘のかりんちゃんの気持ちの方が理解がしやすかったです。

—かりんは亡き母を大事に思うあまり、父親の恋人である青子にきつい態度をとる。でも、かりんの初潮をきっかけに二人の関係が変化していきます。

私も初めて生理になったことを思い出しました。体の変化を経験してきたからこそ、かりんちゃんの気持ちがわかるし、支えてあげたいと思いました。生理の悩みって女性同士でも違いがあると思います。それは青子とかりんちゃんのように年が離れていない同年代の女性であってもそうです。生理痛が重い人、軽い人、PMSがある人、ない人、いろんな差がある。なので、この作品は女性だから、男性だからという違いだけではなくて、自分とは違う人間に対して思いやりを持てるか、その人にどこまで寄り添えるかを考えることが大事なんじゃないかと思いました。

Photo by Toshio Ohno

Photo by Toshio Ohno

—女性同士でも分かり合えないこともある “生理” がテーマの作品ですが、原作の小山健さんをはじめ、プロデューサー、脚本、監督が男性ということに少し驚きました。

男性は生理を経験したことがないからどうしても理解できないことはあると思います。現場でも男女問わずみんなで一つずつ、ディスカッションができたのは良かったです。生理にまつわる作品を女性のスタッフだけで作るのではなくて、男性も一緒に作るということに意味があると思いました。

—具体的にはどういったディスカッションが生まれたのでしょう?

すごくわかりやすい話だと、生理中は白いボトムは履かないよね、とか。逆に、生理だからと誇張しすぎるのも不自然だよねという話をしたり。

—青子は生理中、感情の波を表に出さずに、自分の中で抱え込んで解消しようとするタイプです。従来の生理の描き方というと、イライラしている女性に対して男性が「アノ日か」と言うことも少なくなかったように思います。

そうですね。でも、実際は青子のような人が多いと思うんです。今は働いている女性も多いですし、生理を理由に仕事を休んだり、職場の男性に「今日生理で…」とはなかなか言いづらい。多くの女性が自分の体調と折り合いをつけながらなんとか乗り越えていると思います。

—作中では、「大変なのを生理のせいにできないから大変なんです」という印象的なセリフも出てきます。

私も生理痛がけっこう重い方で、長時間立ちっぱなしの撮影のときはさすがにきついなとは思います。生理だからといって座るわけにもいかないし、それはもう頑張るしかないんですが、こういったしんどさは俳優だけではなくて、どんな職業の人でも経験していることですよね。

—気分が沈んだり、イライラしてしまったり、どうにもならない時はどう対処していますか?

泰然自若です。体調が優れなかったり、いやなことが起こっても、あまり感情の波を揺らさないというか、静かに過ぎ行くのを待ちます。

—そう思えるようになったのは何かきっかけが?

もともとの性格もあると思いますが、数年前から犬と猫と生活を始めたことは少なからず影響していると思います。彼らは、私が何者であるかとか、私の社会的な変化とまったく関係のないところで必要としてくれる。そういう存在がいて、日々命と向き合いながら過ごしていると、あまりイライラはしなくなりましたね。

—自分に寄り添う存在というのは生理ちゃんにも近いものを感じます。生理ちゃんは青子のお腹をパンチしたり、眠くなる注射を打ってきたりと容赦がなく、敵のような振る舞いもするけれど、悩んだときや落ち込んだ時もそばにいてくれて、ポツリと良いことを言ってくれる。生理をポジティブにとらえられる作品だと思いました。二階堂さんはこの作品をきっかけにして、生理に対する考え方に変化はありましたか?

今まで一度も生理をマイナスなことだととらえたことがないんです。デトックスだと思ってて。もちろん生理痛が重かったり、体がむくんだり、苦労することもあるけれど、人の苦しみや辛さを知るきっかけにもなりました。それに、生理の時は自分の体ときちんと向き合える時間だとも思っています。

Photo by Toshio Ohno

Photo by Toshio Ohno

—近年は写真を撮る活動も増えていますが、役者と違って写真を撮るという表現のおもしろさはどんなところにありますか?

撮られる側の人間だからこそ、被写体と共感し合えることですかね。これまではコムアイちゃんやモトーラ世理奈ちゃんなど近しい存在の人たちが被写体になってくれていますが、彼女たちとフィルターを通して、気持ちが通じ合う瞬間、合致する瞬間が気持ちいいですね。

—次に撮ってみたい人はいますか?

おじさんを撮るのが好きなんです。どの国に行っても気づいたらおじさんばかりにファインダーを向けてしまう (笑)。被写体として圧倒的なんですよね。そこにいるだけで絵になるというか。

—自分で写真を撮るようになって、撮られるときの変化はありましたか?

捨てカットがあまり出ないように少し意識するようになった…かな (笑)。

Photo by Toshio Ohno

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