俳優・マッツ・ミケルセンインタビュー
Mads Mikkelsen
photography: UTSUMI
interview & text: waka konohana
デンマークを代表する国際派俳優 Mads Mikkelsen (マッツ・ミケルセン) の最新主演作『残された者-北の極地-』が11月8日(金)より公開される。公開に先立ちジャパンプレミアムで来日した彼に、本作についてや自身のキャリアについてなど振り返ってもらった。
俳優・マッツ・ミケルセンインタビュー
Portraits
デンマークを代表する国際派俳優 Mads Mikkelsen (マッツ・ミケルセン)。Nicolas Winding Refn (ニコラス・ウィンディング・レフン) 監督の『プッシャー』(1996) で俳優デビューしたとき、彼は既に31歳。遅咲きだったが、ヨーロッパで着実に主演俳優としてのキャリアを積み、『007 カジノ・ロワイヤル』(2006) では、血の涙を流す宿敵 ル・シッフル役で強烈なインパクトを残し、その後ハリウッドの話題作品に次々と出演。『偽りなき者』(2012) では冤罪に苦しみ壊れていく男を熱演し、カンヌ国際映画祭の最優秀賞を受賞。米TVシリーズ『ハンニバル』において、レクター博士役役に抜擢。Anthony Hopkins (アンソニー・ホプキンス) とはまったく異なる役の解釈で世界中を魅了した。
ハリウッドとヨーロッパを股にかけて、マーベル作品『ドクター・ストレンジ』(2016) や『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016) などの大作から『永遠の門 ゴッホの見た未来』(2018) などのアート系作品まで、変化自在にあらゆる役を演じる彼は、いまやデンマーク女王から爵位を授けられるほどの名優に成長した。まさに「北欧の至宝」と称されるにふさわしい演技力、個性、美貌、人柄を兼ね備えた彼の最新主演作『残された者-北の極地-』が11月8日に公開される。本作ではマイナス30℃の北極の地に不時着したパイロットを、ほとんどセリフなしの独り芝居で97分間も演じきった彼の驚異的な表現力に圧倒されるだろう。本作のプロモーションで来日した彼は、無精髭を生やし、アースカラーのシャツとデニムというラフな装いに身を包んでいても、どこかヨーロッパの貴族然とした佇まいで洗練された印象。リラックスしたムードの中で行われたインタビューでは、ときどきジョークを交えながら、最新作についてや自身のキャリアについてなどざっくばらんに語ってくれた。
—本作では「生きたい」「誰かを救いたい」という本能が切実に描かれていますが、実際に演じられた感想は?
本作のテーマは「生き抜く」ことと「生きる」ことの違いを語っていて、そこがおもしろいと思いました。それに、私が演じたオヴァガードはひとりの人間というよりは、“人間性” そのものを体現しているキャラクター。だから彼の過去や仕事など、彼の個人的なバックグランドは劇中ではほとんど描かれていません。典型的なサバイバル映画では、オヴァガードの過去や人物像を描くことで、観客のエモーションを呼び覚まさせようとしますが、本作ではオヴァガードの人物像がないからこそ、誰が観ても自分を重ねることができるんだと思います。
—監督の Joe Penna (ジョー・ペナ) は本作が初の長編作品ということで、あなたを起用するためにスカイプで15分という短いアポイントを取り、説得されたと伺いました。最終的に、15分といわず3時間近く話し込んでしまったとか。
脚本を読んだときに、ワクワクすると同時に驚きました。なぜなら、通常のサバイバル・ストーリーには、家族の写真、過去の記憶のフラッシュバックなどエモーションのトリガーになる色々なものが仕掛けられていますが、この脚本にはそういったものが一切なかった。余計なものを全て省き、「生き抜く」ことだけを純粋に描いているんです。加えて、Joe にとってこの映画は初の長編作品です。物語性やセット、自分のビジョンについて彼には確固たる考えがあり、不思議なことに私と彼の間では意見の相違が全くなかった。だから15分の会話があっという間に3時間になり、「じゃあ、やろうよ!」とその場で話が決まりました。そして2ヶ月後にはアイスランドで撮影……と、とてもスピーディーにプロジェクトが進んだのです。あ、家族写真は1枚出てきますね。でもそれはオヴァガードの家族の写真ではなく、それでも彼にとっては大切なものとなります。その写真を使ったアプローチもユニークだと感心しました。
—そもそも、オヴァガードの家族や過去、説明的なセリフさえ語られていない脚本を読んで、どんな風に役作りをしたのですか?
実は、私と Joe のそれぞれがオヴァガードのバックグランドやバックストーリーを考えていましたが、それを二人で話合うことはありませんでした。なぜなら、映画ではオヴァガードの過去は全く語られないから。おそらく彼には家族もいただろうし、仕事もあったでしょう。しかし、パイロットの女性に語りかけたり肩を抱きしめたりする彼の仕草や、氷の水平線を見つめる彼の眼差しから、彼のエモーションを観客に感じてほしい。観ている人には彼のいる “その空間” に一緒いてほしい。そんな想いがありました。ロケハンに私も同行しましたが、ロケ地を決めるのに2週間もかかり、ロケハン中に皆が痩せ始めました。撮影中もスノーモービルなんかが使えない極寒の荒々しい自然の雪と氷のなかを荷物を持って現場まで歩くので、キャストもスタッフもものすごく体重が落ちてしまったんです。私もオスカーがもらえるぐらいガリガリに痩せましたよ。舞台が極寒の地でなかったら厚着しなくてもよかったので、私の激ヤセっぷりが際立ったんですけどね (笑)。
実際、オヴァガードはサバイバルをしているので毎日ほんの少ししか食べることができません。そのため役作りの上で彼の動作としては、カロリーを消費しないために、朝起きて釣りに出かけて帰ってくる……というミニマムな行動に制限しました。それ以上動くと彼は死んでしまうので。でも、実際のキャストやスタッフはそれ以上動かなくてはいけないし、1日の撮影は15~16時間もかかっていたので、必然的に皆の体重がどんどん落ちていったわけです。それよりも、急激な体力の低下は人間のメンタルにも影響することが分かって興味深かったですね。なんというか、感情が皮膚のすぐ下にあるような、むき出しになったような感覚で、ほんのちょっとした出来事で哀しくなったり幸せになったり。エネルギーがなくなると感情を抑えることができない……。これは不思議な体験でした。
—海外のインタビューであなたは、「オヴァガードは過酷な状況において自分ではなく “他者との関係性” において、人間性を取り戻した」と仰っていました。パイロットの女性がその “他者” ですが、なぜ彼女の存在にそれほどの意味があったのでしょうか?
彼女が登場するまでオヴァガードはただ「生きる」ために単調な生活を送っていました。希望、未来、夢もなかった。生存本能に突き動かされて生きていただけ。ところが彼女が現れたことによって、彼の人間性が蘇ったんです。もし彼女がいなかったら、彼は10年後か1週間後か、それは分からないけれど、いつか、ただ死んでいったでしょうね。彼女は彼の救世主となったのです。劇中、「君はひとりじゃない」とオヴァガードは彼女に何度も語りかけますが、それは自分自身に語っていたことなんです。おもしろいのは、彼女は彼に「生き抜く勇気」を与えると同時に「死にゆく勇気」も可能性として与えたこと。彼がひとりだったら決して、“生死” という相反する勇気を抱くことはできなかったのでは?これが人間性のおもしろいところで、人間というのは誰かに手を握ってもらえれば死ぬ覚悟もできますが、孤独だと自分自身で死ぬ覚悟もできないんだなと思いました。
—元 YouTuber 出身の監督ならではのユニークな点はありました?
Nicolas Winding Refn の『プッシャー』など、監督の第一作目に出演することは初めてではないし、だいたい監督の経歴や経験はあまり重要ではないと思っています。監督の語りたいことを聞き、脚本を読む。ストーリーに興味深いジャーニーがあるかどうかは直感で分かります。なんと言っても、映画監督って、初めての作品を作るときには「世界を征服してやるぞ!」という気概に満ちあふれているんです。新人監督にアドバイスをしたがるプロデューサーたちにぐるっと囲まれても、「だったら低予算でもなんでも、できる範囲でやってやる!」みたいな、“とんがった” エネルギーがあり、これは初監督特有のもの。映画監督の初作品はとても特別なものなんです。ジョーにはとても才能がありますが、YouTuber だったからとか若い世代だったから、というわけではないと思います。SNS の進化によって、大きくなったようでもあり小さくなったようでもあるこの世界で、今では誰もが iPhone ひとつで多種多様な映画を生み出すことができますよね。そのなかで、毎回違う監督と仕事すると素晴らしい作品に必要なのは技術や方法ではなく、監督の “個性” にあるということを感じます。
—初監督には “とんがったエネルギー” があり、監督に必要なのは “個性” だと。俳優に対しても同じことが言えるのでしょうか?ご自身も経験を積むうちに、丸くなったと感じますか?(笑)
まだまだ私は “とんがって” いますよ (笑)。と言いつつ、本当はもう、“とんがらなく” てもよくなる日を待ちわびています。なのに新しい脚本に出会う度に夢中になり、オファーを受けてしまう。そしてそのことを妻に話すと「あぁ、また大変な仕事を引き受けたのね」と言われ……(笑)。“とんがった” 作品に参加することは、役者にとっても非常にチャレンジングな経験ですが、それが私を幸せにするし、モチベーションにもなっていると思います。
—最後に、近年ハリウッドやヨーロッパの第一線での活躍が増えていらっしゃいますが、ご自身の成功をどのように評価されていますか?
すべてがあっと言う間に起こった気がしますね。有名になるとは思ってもみなかったのが本音です。他人に知られることが重要になっている今の若い世代には驚かれるかもしれないけれど、役者になって誰か知らない人に認識されたりすることを想定すらしていなかったんです。役者の仕事を始めたときは、好きな作品に関わったり、大好きなアメリカ映画のテイストが入った新しいデンマーク映画を作ったりすることだけを夢見ていました。有名人になることに代償があるなんて考えもしなかった。それが一夜にして自分の顔が知られるようになってしまった。もちろん、役者の仕事にはアップダウンが多少ありますが、一度有名になったらもう二度と戻れない。とは言え、有名になっても自分自身にあまり変わりはないですね。ただ、有名になる前は、役者修行の一環として公園で人を観察するのが好きだったんですが、今では逆に観察されるようになってしまいました (笑)。まぁ、そうは言っても人に見られることをあまり意識もしていないし、気にもしていないかな。記憶力はよいほうなんですが、自分が有名人だということは普段はすっかり忘れてしまっているので、誰か知らない人に話しかけられて思い出すという感じです。