映画監督アン・リー インタビュー
Ang Lee
photography: yuta kono
text & interview: waka konohana
アクション大作『グリーン・デスティニー』(2000) からマーベル作品『ハルク』(2003)、香港・上海を舞台にしたラブストーリー『ラスト、コーション』(2007) からアジア人初のアカデミー賞監督賞を彼にもたらした修正主義西部劇『ブロークバック・マウンテン』(2005) まで、あらゆるジャンルの映画を生み出し続けてきた名匠 Ang Lee (アン・リー)。自身でも「映画技術の究極」と語る最新作『ジェミニマン』の公開に際し、来日した彼に話を訊いた。
映画監督アン・リー インタビュー
Portraits
1990年代初頭に発表した『ウェディング・バンケット』(1993)などの初期作品で、廃れゆくアジアの伝統的価値観と台頭するアメリカ的価値観や古い世代と新しい世代の狭間で葛藤する親子の繊細な心を描き、世界の注目を集めた台湾出身の映画監督、Ang Lee (アン・リー)。その後も、アクション大作『グリーン・デスティニー』(2000) からマーベル作品『ハルク』(2003)、香港・上海を舞台にしたラブストーリー『ラスト、コーション』(2007) からアジア人初のアカデミー賞監督賞を彼にもたらした修正主義西部劇『ブロークバック・マウンテン』(2005) まで、あらゆるジャンルの映画を生み出し続けてきた名匠だ。
2013年の『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』以降、3D映像技術の可能性に挑み続けてきた彼の待望の最新作『ジェミニマン』がついに日本でも公開された。本作では、先端技術である120フレーム × 3D × 4K (3D + in HFR) の映像体験に加え、主演の Will Smith (ウィル・スミス) の若きクローンを完全にCGで創造。まさに映画の未来を切り開いた作品といっても過言ではないだろう。約30年前に台湾のアート系作品から出発した彼の到達する世界はどこにあるのだろうか。進化をし続ける彼に、この最新の映像技術から初期作品、そして監督自身の親子関係まで話を訊いた。
―毎秒120フレームに対応する劇場は世界でもそれほど多くないのが現状です。それでもなぜ、この新技術にこだわったのでしょう?
私が120フレームにしたのは、これまで60フレームで撮影された映画は珍しくなかったので、それに+60して120フレームでの撮影が可能かどうかを試したかったんです。『ビリー・リンの永遠の一日』(2016) で試したことをより完成させること。それが、今回のゴールでした。紆余曲折ありましたが、なんとか完成できたので120フレームに対応した劇場もアメリカに作りました。
―既存の規格を進化させたい一面もあったと。一時の3Dブームは落ち着き、また2013年の『ゼロ・グラビティ』やリー監督の『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』をきっかけに3Dが見直されているような気がします。
そうですね。今回は、単なる3Dではなく、120フレーム、3D映像と4Kの解像度のコンビネーションが新しい映画の出発点になり得るのではないかと思いました。3D映像製作は、右目と左目で立体を認識する人間の目と同様に2つのカメラで右目用と左目用の映像を撮影しますが、人間の脳や目は映像を平面と捉えてしまいます。だから、3Dメガネをかけて映像が立体的に見えるような錯覚を生み出すわけなんですが、最低でも100フレーム以上ないと観客の知覚が立体をより正確にリアルに捉えることができない。だからこそ、120フレームにこだわったんです。
―実際に120フレームで観賞した人たちはどのような反応だったのでしょうか。
まるで映画の登場人物のひとりになって、Will Smith と一緒にアクションを体験しているような没入感に浸れたと聞きました。映画を外側から観るのではなく、内側から体験する。これまでの映画体験とはまったく違うと。しかし、この120フレームで製作するのは膨大なデータを集めて作っていかなければならなかったので、非常に難しかったです。しかし、その結果として別次元の映画を作れたと思っています。
―120フレームと3Dの組み合わせは、客足が遠のいている映画館にまた観客を引き寄せられる新規格になったのではないかというコメントも多く寄せられています。
そう願いたいですね。観客にとっては新しい知覚を経験することになるでしょう。そのために映画業界は劇場の環境や撮影技術の調整をしていかなければいけない。そして、この新規格に観客の目が慣れたときに映画はどう進化していくのか。いまはデジタルの時代です。映画史においてセルロイドフィルムが終焉を迎えたように、フィルムやスクリーンと違い、デジタル映画は普段生きて暮らしているのと同じような感覚でもっとリアルに、まるで夢を見ているかのような感覚で観ることができる。私たちはまだデジタル時代の扉を開いたばかり。未知の世界が扉の向こうにまだまだ広がっているんです。
―監督はデジタル映画のパンドラの匣を開けてしまったみたいですね。
ははは。デジタルの世界はとても複雑で私もまだ混乱することばかりですが、これから1万年経ったとしても私たちは物語を必要としているのではないでしょうか。ただそれを表現する手法が新しくなるというだけで。私にとっては新しい表現方法というのは非常にエキサイティングなものですが、人によっては新しい手法をどうしても受け入れられない人もいますし。
―ある意味、役者にとってはこの新しい技術は恐怖になり得ませんか? 役者の一挙一動があらゆる角度から見えるだけではなく、肌の毛穴まで見えるのですから。
もはや役者が演技をしようと意識すればするほど、それが嘘っぽく見えてしまうでしょうね。2D撮影では役者は脚本をもらってそれを演じていればよかった。でも、人間の筋肉の動きまで見せて視覚的に物語を伝える3D撮影だと、役者は常に自分の身体がどう動いているのかを目で見て調整をしていかなければいけない。今回、Will Smith は限りなくリアルな、素晴らしい動きをしてくれましたが、それでも初めから脚本の結末は知っていますよね。どこかでその影響がでてきてしまうこともあるかもしれない。そう考えると、これからは役者自身のもっとリアルな反応を引き出すために、物語を実体験できるような演出をしなければいけないのかもしれません。
―リー監督は台湾映画史において初となる男性同士のキスシーンを捉えた『ウェディング・バンケット』や、トニー・レオンが主演した『ラスト、コーション』でも素晴らしい官能性を映し出してきました。今後、120フレームで『ラスト、コーション』のようなセンシュアルなラブストーリーを撮る予定はないのでしょうか?
恋愛モノを120フレームと3Dで撮影するとなるとキャストは本当に恋に落ちなければいけませんね (笑)。でも確かに、恋をしてぽっと赤くなるような肌のトーンや直感などをこの技術で映し出せたらとても面白いですね。実は『ラスト、コーション』の撮影時、役作りのために役者たちは自分自身を相当追い詰めて人間の心を奥底まで掘り下げる作業をしました。しかしながら、彼らが現場で実際に感じた欲望や恐れというものは2D映画では全てを表現することができなかったので、もう一度、『ウェディング・バンケット』や『ラスト、コーション』のような作品を120フレームと3Dで作ってみたいです。
―ほかにも、もう一度120フレームと3Dで作り直したい作品はありますか?
『グリーン・デスティニー』かな。私が現場で体験したことの一部しか映画では映し出せなかったので。
―でもあの映画はアカデミー賞で外国語映画賞を含む4部門で受賞し、興行収入においても世界的な大成功を収めましたよね。
あの物語には深い意味が込められているのに、全部を観客に伝えることができなかったと思っています。チャン・ツィイーが演じたイェンは古い世界に抑圧されている存在、新しい世界のメタファーなんです。その点をもう一度追求して表現したいですね。
―古い世界といえば、監督の初期の”父親3部作”と呼ばれる作品の中では、台湾の伝統文化とアメリカ文化の衝突や、古い世代と若い世代のジェネレーションギャップを描いています。これらの作品で描かれる父親と子供の関係は、中国人である監督のお父様とアメリカで教育を受けた監督ご自身の関係をモチーフにしたものだと考えられていますが。
あの3部作で登場した父親たちのように、私の父も中国から台湾に移住した愛国心の強い伝統的な父親像をそのまま体現していました。昔の日本とも似ていると思うのですが、私が子供の頃の台湾では息子は「父親が誇らしく思うような人間になれ」と言われて育つ一方、母親には甘やかされて育つんです。だから父と息子の間には必ず何かしらの衝突が起こり、それが人間ドラマを引き起こすので映画の題材にしやすいんです。ちなみに、私の父親曰く、あの3部作で父親のキャラクターが放つセリフの多くには、父自身の言った言葉がかなり含まれているそうです。
―いま、監督は3部作で登場した父親たちの年齢に近づいてきましたが、監督ご自身のお子様はアメリカ生まれですよね。彼らも監督が感じたような世代間や文化間のギャップを、父親である監督に対して感じていると思いますか?
私は自分の息子たちに対して、アメリカ人の父親のように接したいと思ってきましたが、実際のところは上辺だけだったかもしれません。なぜなら、私にとっての父親のロール・モデルは私自身の父親、つまり、息子には寡黙で私の映画を褒めてくれるどころか、殆ど感想も言わないような中国人の伝統的な父親でしたから。本心ではアメリカ人的な父親にどうやってなればいいのか分かっていなかったんです。どちらにせよ、私の息子たちは私のことをかなり変わった父親だと思っていることに間違いはないでしょうね。そもそもフィルム・メーカーには変人が多いですし (笑)。息子のひとりは漫画家、もうひとりは俳優として作品作りに関わっています。彼らの作品をじっくりと研究することで、私と息子たちの関係の真実に触れることができるかもしれません。