curtis harding
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エディやグッチも認める生粋のミュージシャン、カーティス・ハーディング インタビュー

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Photography: Shono Inoue
Interview & text: Fumika ogura

Portraits/

Curtis Harding (カーティス・ハーディング)。彼はアメリカ、ミシガン州出身のシンガーソングライターでありギタリスト。2015年には Hedi Slimane (エディ・スリマン) による「SAINT LAURENT MUSIC PROJECT」に起用され、今年の5月にスタートした GUCCI (グッチ) が世界中のミュージシャンとコラボレーションするキャンペーン「#guccigig」にも参加するなど、音楽に造詣が深いファッションブランドからのラブコールが止まないアーティストである。

エディやグッチも認める生粋のミュージシャン、カーティス・ハーディング インタビュー

そんな彼と今春、東京で会った。彼の目的は観光で、何か取材やライブがあるわけではなく、完全なるプライベートで東京に来ていた。もともと彼の大ファンだった私はSNSから彼が東京にいることを知り、「あなたに会って、話をしたい。撮影をさせてくれないか?」と直接コンタクトを取ると、彼はこころよく「いいね。東京でどこか夜遊べるところはない?」と返事が返ってきた。いくつかいきつけの店をピックアップし、その中で彼が選んだ店で待ちあわせることに。待ち合わせの時間は22時。カメラマンと少し緊張しながら、彼を待つ。

結局その日は、深夜3時頃まで話が盛り上がり、次の日、その場にいた全員が二日酔いになってしまったのはここだけの話にしておく。

─あなたが音楽をはじめたきっかけを教えてください。

覚えている限り、自分の周りでは常に“音楽”というものが空気のように存在していた。母親がゴスペルシンガーで、バンドでツアーに出たり、教会で歌ったりしていたんだよね。僕も15歳まで母親のバックコーラスとして、たまにステージに参加していたんだ。だから、いつもどこかで、誰かが歌っていたり、楽器を演奏していたり、レコードを流していたり、常に耳に音が入ってくる環境にいた。あまりにも“音楽”というものが身近で、そして生活の中心だったので、僕にとって“音楽”をすることは呼吸をするようにごく自然な流れだった。

─これまでどのように音楽と歩んできましたか?

20代前半は、住んでいたアトランタで Proseed (プロシード) というヒップホップグループに所属していたんだ。そのグループのレーベルだった LaFace Records (ラ・フェイス・レコーズ) のプロモーション中に、歌手の CeeLo Green (シーロー・グリーン) との出会いがあった。その出会いをきっかけに、彼のアルバムにメンバーとして参加したり、作曲したり。そして、幸運なことに彼のバックシンガーとして、2002年に行われた「Smokin’Grooves (スモーキン・グルーブス=1998年にスタートした音楽フェスティバル)」のツアーで Outcast (アウトキャスト) やThe Roots (ザ・ルーツ)、Lauryn Hill (ローリン・ヒル) と一緒だったんだ。この経験がいろいろなことがうまくいき始めたスタートラインだったかもしれない。

─それからソロでの活動がスタートしたんですか?

ツアーから戻ってきた後、地元のグループで何年か活動していたけど、2008年にカナダのトロントへ1年くらい行った。そこで新しくギターを買って、曲を作り始めたんだよね。ビジネスとは全く無関係な場所へ行って、自分が本当にしたい音楽の軸を定めたかったんだ。そのタイミングで、バンド Black Lips (ブラック・リップス) の Cole Alexander (コール・アレクサンダー) とリズム&ブルースやガレージロックをミックスしたバンド Night & Sun (ナイト&サン) を結成した。みんなそれぞれ音楽をやってきたから、ある意味ベテランのアンダーグラウンドチームって感じ(笑)。Little Five Points (リトルファイブポインツ=アトランタの繁華街) でライブしたり、2013年にはカリフォルニアのレーベル Burger Records (バーガー・レコーズ) から『No Preesure / On My Way』というタイトルの7インチをリリースしたよ。

このリリースをきっかけに、Burger Records が僕の声を気に入ってくれたのと、彼らのレーベルとしてのスタイルがとても好みだったから、翌年の2014年に『Soul Power』というタイトルでソロアルバムをリリースしたんだ。思っていた以上にアルバムの評判が良くて、フランスの音楽番組やカリフォルニアの「Beach Goth (ビーチ・ゴス)」というフェスに出演したんだけど、ここでもまた運命的な出会いがあった。

このビーチフェスでは、当時 Saint Laurent (サンローラン) のデザイナーだった Hedi Slimane が出演アーティストの写真を撮影していて。僕にも近づいてきて、「君も撮ってもいい?」って。僕はその時、誰だかわからなくて、「一体誰なの?」と(笑)。これが彼との最初の出会いだった。これがきっかけで、2015年の「SAINT LAURENT MUSIC PROJECT」の顔として起用されることになったんだ。そして、このプロジェクトでデビューアルバムの『Soul Power』のジャケットを彼に撮影してもらって、収録曲のひとつ「Next Time」をフィーチャーしたミュージックビデオも制作した。ここでの経験や、今年の5月に選ばれた「#guccigig」のキャンペーンで、ファッションに対する新しい概念が生まれたんだ。

 


─あなたにとってその“ファッション”とはどんなものですか?

今までは自分のためだけに洋服というものを着ていたけど、彼らと仕事をして、ファッションに対する考え方や自分のスタイルの幅がとても広がった。洋服ひとつで、こんなにも個のスタイルを表現できるものなんだ、と。僕にとって音楽を作ることは技術でありスタイル。自分に合うデザインを選び、洋服を身に纏うことも全く同じだと思ったね。音楽とファッションの関係性はあまりにも密接で、こんなにも繫がっているものなんだと彼らとの仕事を通して実感したよ。

─あなたの音楽やファッションはどこかノスタルジーなものを感じます。

子供の頃、老人になりたいと思っていたからかもしれないね(笑)。ポーチに座って話している老人になることが僕の目標だったんだ。なぜなら、いつも周りには母親よりも歳上なお爺さんやお婆さんがたくさんいて、その中で育てられたから。そういった意味で僕の成熟は誰よりも早かったと思う。だから、音楽を作る時は、そういった自分のこれまでの経験だったり、作っている最中に感じる今の感情だったりがバランスよく形になって表現されていると思う。

─あなたがこれまで影響を受けたアーティストはいますか?

もちろん。けど誰か特定のアーティストに影響を受けているわけではなく、音楽や絵、そしてファッションとか、何かを表現している人たち全般から、常にインスピレーションやヒントをもらっているよ。

─今回、東京に来た目的を教えてください。

東京のカルチャーをこの目で見て、体験したかった。箱根にも行って、箱根神社や芦ノ湖で遊覧船にも乗ったんだ。以前から、昔から受け継がれている日本の文化や歴史はとても素晴らしいと思っていて、ほんの一部だけど、この旅を通して感じられることができてよかった。日本がさらに大好きになったよ。

─この旅を通して感じた東京のいいところはありますか?

なにかいい経験をする時、そのほとんどが人々との出会いやコミュニケーションから生まれるものだと思っている。今回の旅でもそういった出会いがたくさんあった。日本で会った人はみんなとても素敵だったね。

─また東京に来る機会があれば、今度は何をしたいですか?

次に日本に来る時は、ライブをしたいね。今回の旅だけでは、日本食を食べ尽くせなかったから(笑)、次は今回よりも日本食をたくさん食べたいな。

─今後の活動や目標についても教えてください。

いまレコードを制作中。ソロのものとは別に共同で制作しているものもあるんだ。『Soul Power』をリリースしてから5年経って、自分自身がどんどん良くなって来ていると実感しているんだ。僕もついに40歳を迎えたけど、今のいいコンディションを保ちつつ、これからさらにアクションを起こしていきたいね。

─最後に、あなたにとって音楽とは何ですか?

僕にとって、音楽というものには本当にいろんな意味がある。まず、僕がやっているソウルという音楽は(ソウルだけじゃなくても)、経験から成り立つものだと思っていて。たとえれば、自分の話し方、洋服の着方、椅子の座り方ひとつにしても、自分なりの形で過ごせるのはこれまでの経験があるからだよね。ソウルも全く同じだと感じている。経験を積み重ねていくことで自分の形になり、ひとつの音楽としてさらに生きてくると思うんだ。レジェンドたちは、その音楽というもので私たちをダンスさせ、時には泣かせてきた。目に見えないものだけど、確実に誰かの心を揺さぶり、身を委ねさせられるものだと思う。歌う方も聴く方も、それぞれの背景が音に積み重なっていき、ひとつの音楽に説得力やパワーをもたらしているんじゃないかな。あと今回の旅でも感じたけど、音楽はコミュニケーションのひとつの方法だよね。世代が違ったり、言葉が通じなかったりしても、音楽というひとつのフィルターを通して人と人は繋がることができると改めて思った。これからも僕はそんな音楽とともに、前に進み続けていきたい。

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