孤高のダークヒーロー、キング・クルールが私たちに教えてくれること
King Krule
interview & text: manaha hosoda
“世代の代弁者”として多くの同世代の心をつかんだアーティスト King Krule (キング・クルール)。そんなことは「どうでもいいと思ってるよ」と彼は一蹴するが、正当派のヒーローなんてお呼びじゃないこの時代、彼のそんなスタンスもさらなる共感を呼ぶ。「呼びたければ勝手にそう呼んでくれて構わない。ただ、どう呼ばれようが、俺自身はそんなこと気にしちゃいないからさ。」
孤高のダークヒーロー、キング・クルールが私たちに教えてくれること
Portraits
King Krule こと Archy Marshall (アーチー・マーシャル)。イギリス、サウスロンドン生まれの25歳。Zoo Kid (ズー・キッド) 名義で自身の楽曲をインターネット上にリリースし、話題を集めたのが、すでに10年も前のことだというから驚きだ。当時、学生だったわたしが Zoo Kid の音楽に出会ったのは Tumblr (タンブラー) 上だった。その後、King Krule としてデビューアルバムである『6 Feet Beneath the Moon』(2013)をリリースし、一躍スターダムへ。UKインディー・シーンの次世代を担う存在として世界的にひろく知られることとなる。アーティストにとって大きな分岐点となりうる2ndアルバム『The Ooz』(2017)でも、圧倒的なサウンドスケープをみせつけ、その地位を確固たるものにした。
そんな King Krule が最新アルバム『Man Alive!』を3年ぶりにリリース。大のインタビュー嫌いとしても知られる彼に質問をできる機会を得た。わたしたちはどうしてこんなにも彼に惹きつけられるのか?このベールに包まれたアーティストの人物像に少しでも迫るべく、今ここに筆を走らせてみよう。
何かがにじみ出てくる、にょろにょろと這い出してくる様を表現する動詞がタイトルに冠された前作『The Ooz』は、本人も「自分の頭の中はスパゲッティみたいだな」と感じたほど、様々な音像を詰め込んだ19曲から成る大作だった。結果、そこで溢れ出た楽曲の数々は名曲とされ、彼の人気を不動のものとした。しかし、彼は『The Ooz』の制作時、かなり悩み、翻弄されていたという。彼も敬愛するという詩人 Bukowski (ブコウスキー) は、何が創作を後押しするかという質問に対して”恐怖”だと答えた。彼の創作は一体何に後押しされたのだろうか。
「今回のアルバムで俺を後押ししてくれたのは、『The Ooz』の制作の最後の方で生まれた”勢い”。良い波に乗れているような感じで、制作意欲も湧いていたし、クリエイティビティをすごく感じられて、せっかくそれが生まれているんだから無駄にしてはいけないと思って、その勢いでそのまま作品づくりを続けたんだ」
『Man Alive!』の収録曲の中には、2016年にすでにできたものもあるという。(「STONED AGAIN」など。それに比べると「Supermarche」や「The Dream」は割と最近生まれた曲)『The Ooz』のツアーですでに披露されている曲もあるようなので、ライブを観た人にとっては聞き馴染みのある曲も含まれているかもしれない。「インスピレーションを感じて自分の中に創作意欲が湧いたら、それを活用しなくちゃいけないって気づいた」ことで生まれた本作。とはいえ、あくまでも無作為ではなく、彼が脈々と培ってきた感性に裏打ちされた作品からは、はっきりとしたヴィジョンを感じることができる。
「ヴィジョンはあった。今回は、もっと自分とギターにフォーカスを置いた作品を作りたかったんだ。これまで他のいろんなことに挑戦してきて、自分のメインであると言えるギターとの間にちょっと距離ができていたと感じていたから、自分の感情を一番表現してきたギターという楽器、そして自分自身による音楽を改めて作りたかったんだ」
簡単に言葉では表現できないところが音楽の面白さではありながらも、彼の言う通り『Man Alive!』は余分なものがそぎ落とされ、よりシャープに、骨太になった印象を受ける。「もっと乾いた音にしたい、それはかなり意識してたね。ギターサウンドにせよ自分のヴォーカルにせよ、リヴァーブやエコーとかもっとドライなものにしたかったんだ。それから、ノイズも常にたくさん使っている。ホワイト・ノイズやフィールド・レコーディングした音源を使って、ストーリーを語ろうとしているんだ」
収録された楽曲のなかには、視覚的なイメージから生まれたものもあるという。「(音から)色んなイメージが浮かぶんだ。たとえばストリートのイメージが自分の中に見えたりするんだけど、それは(音楽的というより)むしろ映画的な見え方なんだよね。カメラの動き方を想像してみたりするぐらい。たとえば「Theme For The Cross」っていう曲を作っていた時。俺たちはレコーディング作業にすこし飽きていて、ちょっとしたルールを決めたんだ。それは、作業から1時間離れて、実在しない映画のサウンドトラックを作ってみるというものだった。つまり、ちょっとした息抜きとしてリラックスするために架空の映画のサントラを作って、それでリフレッシュできたらレコーディング作業を再開するという狙いだったんだけど、結果的にそこからできた曲も今回のアルバムの一部になったんだ。そういう意味でも、あの曲には視覚的にものすごく強いイメージがあるんだ」
視覚的といえば、King Krule のミュージックビデオも毎度違った趣向が凝らされ、私たちを楽しませてくれる。たとえば、「Dum Surfer」ではゾンビになってみたり、「Buiscuit Town」ではミニチュアの街を闊歩する巨人になってみたり……『Man Alive』のリード曲となった「(Don’t Let Dragon) Draag On」のミュージックビデオでは、そのダジャレのようなタイトルとは裏腹にフィルムノワールのような世界が繰り広げられた。クレジットには監督、脚本ともに本人の名前が表記されているが、彼にはどんな構想があったのだろうか?まるで自分を月に生贄しているように思えたと伝えると、こんな答えが返ってきた。
「あのイメージは俺の頭の中でハッキリしていたんだ。それをプロデューサーとチームに伝えて任せたんだけど、自分の想像通りのものが出来てすごく満足してる。あのヴィジョンは曲の通りで、自分の奥底を除いて自分自身を見つめ直すと、良い気分がしない。その感情を映像に映し出して、燃やしたかったんだ。だから、生きている俺自身、その感情を燃やしているんだよ。影響された作品は色々ある。今出てくるのは、70年代の映画でエドワード・ウッドワードが出演している『ウィッカー・マン』とか、イングリッド・バーグマンの『第七の封印』かな」
音楽にとどまらない豊富な知識の片鱗に触れると、ついついリスナーはいろいろなことを勘ぐってしまう。それでも、話を聞けば聞くほど、彼はあくまでも純粋に音楽に向き合い、自分の感情と自分が生きている世界を正直に表現しているということがわかってくる。「俺はすごく自己耽溺型だし、自分自身についてさんざん書いているソングライターだよ。ただし、当たり前のことだけど、そんな俺自身も社会の中で、様々な周辺環境に取り巻かれて存在しているわけで。だから、いろんなニュースも見かけるし、ストリートを歩いていて毎日いろいろな出来事も目にするし。要するに、俺もこの世界に取り囲まれているっていう。というわけで、自然と世界を観察したような歌詞も出てくる。自分としては、これまでもずっとその手のことは歌で語ってきたんじゃないかと思うけど。だって、それも結局自分自身にまつわる事柄なんだし」
今回のアルバムでも難民問題やブレクジット、そして彼の地元であるペッカムのジェントリフィケイーションについて語られているが、それはあくまでも彼の生活に大きく関係する問題、”自分ごと”なのだ。決して自分の知らないことは語らない、その姿勢はむしろ今のわたしたちにとっては真摯に感じるぐらいだ。このアルバムの制作に費やした3年間、世界では様々なことが起こったが、彼はどう思っているのだろうか。
「世界や社会での出来事よりも、まず自分にとって一番大きかった出来事は、娘が生まれたこと。彼女が生まれたことによって、自分自身や生活が大きく変わった、世界の中に平和を見つけ、愛がこの世に存在するんだということを実感できるようになった。もちろん世界や社会で起こっていることが曲に出ていることもあると思う。でも、あえてこの出来事について書こうと意識したものはないね。俺の音楽は俺自身について、そして俺の周りにあるもの、周りで起こっていること全てに関してだから、特に立ち上がって意見を言おうとまでは思わないけれど、自分がそれについてどう思うかは曲の中に自然に出てくる。俺の曲は、俺の眼に映る、俺が感じるランドスケープがそのまま映し出されているんだ。」
確かに、彼の曲を聴くといつも目の前に浮かぶ景色がある。それは、自分が1人で歩いた夜道の景色だったり、駅のホームで電車を待つ人々の人ごみだったり。そんな日常の景色に彼の曲は静かに寄り添ってくれる。そして、その景色は彼の目に映っている景色とリンクしているかもしれないと考えたら、途端にわくわくした気持ちになった。最後に、『Man Alive!』はどんなシーンで聞いて欲しいと思うかという質問を投げかけてみた。
「それは人それぞれ。皆自分が思うように解釈し、楽しんでくれたらそれでいい。どんなシーンかは……そうだなぁ。自分自身が一番音楽を聴き込めるシチュエーションが車で聴いている時とか、寝る前にベッドの中でヘッドフォンで曲を聴いている時だから、それ(笑)」となんとも彼らしい回答が返ってきた。マイペースで自由、そして気高い。自分の感性を信じて突き進む。彼はそんなつもりはないというかもしれないが、やっぱりこのインタビューを終えて彼の曲を聴くと、もっと自由になろうよと音楽が語りかけている気がするのだ。