「世界を変えてやる」時代と対峙し続ける音楽家・常田大希の"熱"
daiki tsuneta
photography: jiro konami
interview & text: jin otabe
ロック・バンド、King Gnu (キングヌー) のギタリストおよびコンポーザーとして、ここ数年、目覚ましい活躍を見せる常田大希。彼はまた、King Gnu と同時並行で millennium parade (ミレニアムパレード) という、ミュージシャンだけでなく、様々なクリエイティブセクションを内包した音楽プロジェクトや、彼のアウトプットのヴィジュアル面を手がけるクリエイティブ・コレクティヴ=PERIMETRON (ペリメトロン) も主宰している。
「世界を変えてやる」時代と対峙し続ける音楽家・常田大希の"熱"
Portraits
4月3日に音源がリリースされ、同時にミュージックビデオも公開された『N.HOOLYWOOD COMPILE IN NEW YORK COLLECTION』は、「N.HOOLYWOOD COMPILE FALL2020 COLLECTION」のショー・ミュージックとして、アメリカ・ニューヨークの MASONIC HALL (メソニック・ホール) で初披露された。「チェロ」という常田自身のルーツの一つでもある、楽器を用いて構築されたこのインストゥル・メンタル作品は、この混沌とした時代が軋んでラディカルに変わっていく様子をそのまま音として記録したような、そんな「熱」を帯びている。
時代と対峙し「枠組み」を面白がりながら闘い続ける、音楽家・アーティストである常田大希のクリエイティヴィティの正体に迫った。
―まず、今回の作品は『N.HOOLYWOOD COMPILE IN NEWYORK COLLECTION』とタイトルにもあるように、「N.HOOLYWOOD COMPILE FALL2020 COLLECTION」のショー・ミュージックとして、まずNYで初演されたそうですね。Steve Reich (スティーヴ・ライヒ=NY出身の現代音楽家、ミニマル・ミュージックの始祖) へのオマージュも隠されていると伺いました。中盤の繰り返し奏でられるフレーズが徐々にズレていき、やがてダイナミックな効果を生む構成は確かに Reich が考案した技法にも通じるところがあるように思いました。
そうですね。Steve Reich はNYを拠点に活動したアーティストでもありますし、この作品を作る上で、Reichのことは念頭にありました。ただ、自分がやるんだったら Reich のようなクールなものをというよりは、熱量のこもったミニマルな作品を作ろうと思って最初からイメージしていました。
―その「熱量」という部分を、この作品からはすごく感じました。というのは、器楽的な作品でありながらも、常田さんご自身から発せられる「吐息」とも「掛け声」ともつかぬ音が入っていますよね。個人的には、Keith Jarrett (キース・ジャレット、アメリカ・ペンシルバニア州出身のジャズ・クラシックピアニスト)の『ザ・ケルン・コンサート』(ドイツ・ケルンのオペラ・ハウスで録音されたソロ・リサイタルのライヴ盤)に通じるところがあるな、と、思ったのですが。
あぁ、あのアルバムは素晴らしいですよね。そう、今回の作品はライヴ盤のようなイメージもあって。あの Keith Jarrett の作品も実はイメージの一つにありました。
―あぁ、そうなんですね! ライヴ盤というアイディアはなぜ、また。
色んなプロジェクトをやってきてますけど、どの活動においても共通しているのは、圧倒的に熱を帯びたいとか……生命力のある表現をしたいって思いがあって。クールにムードを保った作品というのもカッコいいとは思うんですけど。今回もその自分自身の創作上の趣味趣向が出ました。
―なるほど。しかし、どうしてもハイファッションのショーの音楽というと、やはり服がメインですから、相対的に選ばれる音楽の「熱」は低いものが選ばれる傾向があるんじゃないかと想像できるんですが。
そうですね。ファッションショーの音楽って、体温のないものの方が好まれるし、もちろん、そういう美学もわかるんですけどね。ただ、今回はショー自体が「MASONIC HALL」っていう、古いホールのような場所で行われたということもあって。それが作品に大きく影響しましたね。非常に歴史的な建築物で、その建物自体が「熱」のようなものを持っていたんです。もっと温度のない場所だったら、また作るものも変わっていたんでしょうけどね。ちなみにこのホール、フリー・メイソンのニューヨーク支部の中にあるんですよ(笑)。そういうところもまたミステリアスでよかった。
―何か神秘性みたいなものがありますね(笑)。NYでの初演の際の映像を拝見したんですが、バック・トラックを流しながらも、チェロ一本で演奏されていましたね。
チェロだけで、しかも一人で弾くのはかなり久しぶりでした。でも、チェロ自体はレコーディングでは、ちょくちょく使ってはいたんですけどね。King Gnu のアルバムでも何曲か弾いているし、millennium parade でも、弦セクションが必要なときは弾いてます。
―音源を改めて注意深く聴くとノイズのようなものだったり、効果音も入っていますよね。特別に何かチェロ以外の楽器は使われてるんですか?
あぁ、でも、楽器っていう楽器はチェロしか使ってませんね。だけど、うっすら街の音とか……アンビエント系の音は入れています。ニューヨークの地下鉄で誰かが演奏していたドラムの音とかも入ってます。
―クラシックや現代音楽が常田さんのルーツにあることは、バイオグラフィーを辿れば自明のことですが、作品としてはこれまでに発表されているディコグラフィーにはなかったテイストのもので。作曲のプロセスや意識としては、King Gnu で曲を書くときとは異なる部分もあったのでしょうか。
確かに、普段は J-POP のバンドもやっているので、そこで使っている脳みそとは確実に違うものを、過去に遡って思い出すっていう作業はやっていてすごく楽しかったですね。
―例えば、スコア(楽譜)を書かれたりはされたんですか?
スコアは書かなかったですね。昔は本当によく書いてたんだけど、今は面倒くさくなっちゃって(笑)。録音した音源を DAW (デジタル・オーディオ・ワークステーション) の上でいじって、組んでいきました。
―チェロという楽器自体には、何か特別な思いのようなものはあります?
あんまり自分ではプレイヤーの意識はないので、楽器に対してこだわりとかはないんですけど、長く触れている楽器の一つではあるんで。他の楽器とは違う思い入れみたいなものは、演奏に「熱」としてのりますね。
―どちらかというとコンポーザーとして、チェロという楽器に向き合っているという感覚でしょうか?
そうですね。チェロだけを何時間も練習し続けるヤツらがうじゃうじゃいる世界で僕も育ってきたので、その「凄み」は知っているつもりだから、自分は「チェリストである」と名乗ったことはないです。でも、だからこそ、音楽や楽器と客観的に向き合えているという自負もあって。そういう意味では、社会に対するアプローチとかも含めて、今の自分にしかできないような形でチェロの音を届けられているかな、とは思ってます。
―今作のジャケットは、ニューヨーク在住の写真家・小浪次郎さんが撮影したそうですが、まさに演奏の「熱」が伝わってくるような、素晴らしい写真ですね。
ね、ジャケット、カッコいいですよね。(小浪)次郎さんにはショーの写真を撮ってもらったんですけど、ブルックリンの事務所にもお邪魔して、一緒に時間を過ごさせてもらいました。
―小浪さんって、僕も面識があるんですけど、若くして「日本でやれることに一つの到達点が見えた」という信念のもと、NYに移住されたじゃないですか。フロンティア精神ではないですけど、そういう部分で共感するところってありました?
あぁ、ね。そうそう、友達がスタジオ兼家みたいな物件を貸してくれるって言ってくれていたりもして。NYに引っ越すのもいいかなーとは思いましたね。ブルックリンあたりとか歩いていると、自分が住んでいることが容易に想像つくというか……「行きたいなー」とは思うんですけど、とはいえ日本での活動もあるんでね(笑)。ちょこちょこ行ったり来たりして、徐々にベースを向こうに移していくっていうのはそろそろ始めてもいいのかなってのは思ってますね。
―常田さんは、King Gnu の他にもソロ・プロジェクトの millennium parade や、ヴィジュアルや映像などを手がけるクリエイティブ・コレクティヴの PERIMETRON のメンバーとしても活動してらっしゃいますよね。幅広いアウトプットの方法を持っていること、そして、クリエイティブの根幹を決まったクルーで手がけているというのは、今という時代をサバイブしていく上で非常に有効な手段だと思うのですが、ご自身としては今どう考えてらっしゃいますか?
自分の作品を作るときにクルー=自分たちの仲間がいると出ていくもののクオリティが安定しますし、経験が積み上がっていくんですよね。成功も失敗も。そうすると俺も周りも力がついてくるんです。
―ノウハウが蓄積されていくわけですね。
そうです。やっぱり、クリエイターに光をあてるようにするって言うのは大事なことで。そうしないと、業界全体のクリエイティブのレベルが上がらないじゃないですか。今、PERIMETRON が俺たち以外にも色んな仕事で売れっ子になってますけど、そういう風に目立つようになってきているのは自分が当初望んでいたことが、まさに叶っているなって思いますね。
―ただ一方で、以前、『Rolling Stone (ローリングストーン)』日本版のインタビューでは、King Gnu が注目を受け、多忙になっていくにつれて「クリエイティブを全体的に考える余裕がなくなって(中略)ぼやけてきたものが間違いなくあって(中略)一回見つめ直すときがきているのかな」とも仰っていましたよね。
そう、そういう忙しい状況は嬉しいことなんですけど、King Gnu にせよ、PERIMETRON にせよ、全員が全員に仕事が来るようになって追われ始めると、一つ一つの作品に対する「捨て身感」というか「これで世の中どうにかしてやろう」みたいな思いは、どんどん薄まっていくんですよね。俺に関わるプロジェクトすべてが、そういうちょっと嫌なサイクルに入ってるなって認識を俺だけじゃなくて、スタッフ、メンバーもみんな思っていて。
―当初、考えていたコンセプトからはどうしてもズレてきてしまうものがあると。
PERIMETRON に関して言えば、そもそもは俺たちの世代の『攻殻機動隊』とか『AKIRA』とかジブリみたいなものを作り出せる、アーティスト集団になろうっていうのがあったんで。そこに今一度立ち返ることが大事なことだよなって思ったんですよね。夢をやっぱり見なきゃいけないし、一直線じゃないといけない……っていう時期かな、今は。
―常田さんのアウトプットを聴いたり・観たりしていると、ある種の「枠組み」を積極的に受け入れて、その中でどう遊ぶのか、どう面白いことをするのか、カウンターを撃つのかという部分に肝があるように思えるんですね。ただ、芸術家としてはそうした「枠組み」とご自身のやりたいことの間で葛藤もあるかと思うんですが、その辺りはどのように向き合ってらっしゃいますか?
そうですね……例えば、King Gnu だったら、バンド名に冠されている通り「J-POPというフィールドの中で群れを大きくしていく」っていうのがプロジェクトの向かうべき方向だったので、人をどう巻き込んでいくかにフォーカスをしていて。その形を完成させるために、この1年、2年、猛烈にやってきたんですね。でも、それとはまた別に自分一個人に戻った時には、やりたいこととやっていることの乖離っていうのはもちろんあって。でも、軸としてはそもそも King Gnu はそういう思いの元、立ち上げたバンドだから。やってきたことは間違ってはいなかったよなっていうのは思ってます。
―millennium parade の場合は、いかがですか? もう少しフリーなスピリットでやってらっしゃるようにもお見受けするんですけど。
とは言え、millennium paradeも、海外に出ていく準備をしていたりとか、いろいろなプロジェクトを進めていて。どんなものでもそうですけど、目的に応じていろいろな「縛り」みたいなものや、やらなきゃいけないことはついてきますよね。でも、その度に「これで世界を変えてやるぞ」ぐらいの勢いの「熱」を込めることにはトライしているので。
―なるほど。
例えば、millennium parade の「Fly with me」って新曲(4月よりNetflixで独占配信中『攻殻機動隊 SAC_2045』のOPテーマ)のMVも、『攻殻機動隊 SAC_2045』と同じように3DCGを使っていて。圧倒的なクオリティーのものができたと思っています。『攻殻機動隊』の製作陣の方々は本当に素晴らしくて、僕らも影響を受けてきたので、俺ら世代からの「答え」でもないんですけど、ちゃんとそれを返したいなって思って。
―ある種の文脈や枠組みの中に、自分たちの作品をきちんと位置付け、新しいものを作り出すというスタンスは、現代アートにも通じるところがありますね。
現代アートって、枠組みの中でどういう風にクリエイティブを創るのかって世界だから。こちらのアティチュード次第というか。例えば、大衆的なJ-POPを創っていても、自分はアーティストとしてアートを創っている……もっと言えば、アートを設計しているっていう認識で自分はいるので。そこは作品を創る上で、ブレずにずっと考えられているかな。
―常田さんも以前からおっしゃっていますが、そういうアートというかカルチャーは、必然的に時代と向き合わざるを得ない性質を持っているわけですが、今のようなコロナ禍と呼ばれるような状況の中で、またこれから創られるアートというものもラディカルに変化していくと思うんですね。ご自身としては、この経験がどのようにご自身の作品に昇華されていくと思いますか?
作品が、そういう大きな社会的な事象とか時代の動きみたいなので、変わるかどうかって言われたら難しいですね……わからないというのが正直なところなんですけど。今の社会のムードはこれまでにないくらい嫌な予感がするというか……自分たちがいる音楽業界とかエンターテインメント業界に関してだけ言っても、単純に大変な状況ですよね。
―そうですよね、本当に大変な状況で。King Gnuやmillennium parade、そして今回の作品っていうのは、我々市井の人間が感じている今の時代の閉塞感や絶望、あるいはその中にある解放や希望みたいなものが、生々しく記録されているものだなって一人のリスナーとしては思います。
そういう風に感じてもらえるのは純粋に嬉しいですね。こんな時代にただ生活して、暮らしているってだけじゃダメだとは思うし……。ただ、今までは現実の問題を直接的に表現するみたいな形では作品を作ってこなかったので。そういう意味でいうと『攻殻機動隊』の製作陣には「どういう風に作品を作っているのか」っていうところを詳しく聞いて、勉強させていただきましたね。今は、今後どういうものを作ろうかなって考えてるところですね。
―どんなものを聴くことができるのか、今からすごく楽しみです。音楽やアートはそれでも創られていくという事実が、こういう状況の中でも、希望になる気がします。
本当に今までにないくらい、自分たちにとって直接的にリアリティーのある問題だし、単純に、仕事なくなると困りますね。でも、今、みんな音楽家はライブとか他の活動ができないだけに、家で曲をどんどん作っていると思うので、リスナーとしても、どんな作品が出来上がってくるのかなっていうのは、これからの音楽業界の希望ですね。