「僕はパンクでアナーキスト」ラムダン・トゥアミは型に縛られない
Ramdane Touhami
photography: dai yamashiro
interview & text: manaha hosoda
18世紀にパリで生まれた老舗美容専門店 OFFICINE UNIVERSELLE BULY (オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー、以下 Buly)。世界初のアルコールを一切使用しない水性香水や自然派化粧品など、長年にわたり培われてきた技術と知識を現代に甦らせたのが Ramdane Touhami (ラムダン・トゥアミ) とその妻 Victoire de Taillac (ヴィクトワール・ドゥ・タイヤック) だ。エキゾチックな香り、芸術品のようなパッケージ、レトロフューチャリスティックな内装……伝統と革新の化学反応、その立役者が Ramdan Touhami、その人であることは本人に会えばすぐにわかる。開口一番に「時間がないんだ!」と忙しげに、こちらが口を挟むすきを与えることなくノンストップで話し続ける。「インスタグラム投稿時代に捧ぐ。 究極の自己中心的マガジン」とうたった自身初のマガジン『WAM』をリリースするなど、大胆不敵かつ縦横無尽、型にはまることなく我が道を突き進む“ラムダンワールド”をここにお届けする。
「僕はパンクでアナーキスト」ラムダン・トゥアミは型に縛られない
Portraits
──これまでにたくさんのキャリアを積まれてこられましたが、それを振り返って改めて自己紹介をお願いしたいです。
そうやって始められると難しいな。自分を枠にはめるのは嫌いなんだ。ショップやビューティーブランド、雑誌のデザイン……1992年から今まで、自分の頭の中にあるものを現実にしてきた。デザイナーやアートディレクターって言われるのは、好きじゃない。いわば、現実のプロデューサー。アイディアを形にするのが好きなんだ。公表はしてないけど、映画や音楽も作ってる。来年何をしているかはわからないし、来週のこともわからないぐらいさ。
──あなたの雑誌を読むと、肩書きで人を見ていないことが伝わってきます。
この雑誌は、インタビューから全部自分でやったんだ。もともとは自分が新しく作ったフォントを見せたくて、作り始めたんだけど、雑誌らしい雑誌は作りたくなくて。凝り固まらず、自分の好きなことを書きたかった。当時、日本とスイスの共通点を面白いと思っていて、「じゃあそれについて雑誌を作ろう。誰に話を聞こうかな?」って、思い浮かんだ15人にメッセージを送ってみた。そうしたら、10人が引き受けてくれて。みんな友達だったから、普段はインタビューで話さないようなことも話してくれた。友達にインタビューする時は、職業に関係なく、彼ら自身についての話を聞くんだ。ただ正直、彼らが話していたことはどうでもよくて、「録音した会話をどう印刷しようかな」って感じだった。
──美しいオブジェクトを作りたかったんですね。
そうだね。オブジェクトとフォント、そしてそのフォントをどうやって作ったか。Thomas Lenthal (トマ・レンタル) の話を聞くのは面白かったね。彼は非常に尊敬されている有名なアートディレクターなんだ。あと、(野村)訓市は自分の子どものことを中心に話している。これまでインタビューで話してこなかったみたいだけど、彼の生い立ちについても話してくれたよ。彼があんなにリッチだったなんて知らなかった。僕は基本的にインタビューには何も手を加えない。Gauthier Borsarello (ゴーチエ・ボルサレロ) って友達が最後に出てくるんだけど、そのインタビューを読んだら彼が地球上で最もヤバいやつだと思うだろうね(笑)。名前は言わないけど、中には「そんなこと言ってない」って文句を言ってくるやつもいた。だから音源を送って「自分の言ったことを聞いてみろ!」って言い返してやったよ。
──随分とハードコアですね(笑)。
自分の言葉を制御できないならインタビューを受けないでほしいよね。雑誌のタイトル『WAM』は、自分自身っていう意味のスラングなんだ。でも、雑誌では自分のことを一切話していない。ただ、僕をよく知っている友人が、雑誌を読んで「まるでテーブルに着いて、君の隣に座っているみたいだよ。相手の話を遮って全然聞かない感じ。それがまさしくこれを読んでいるときの感覚なんだ」って天才的なコメントをくれたんだ。嬉しかったね。君は読んだ?
──全部読みましたよ。「30日間のショッピング」(本人が30日間に実際買ったものを紹介していくエディトリアル)からは、あなたのパーソナリティが垣間見れる気がしました。
そうかもしれない。面白いことを言うね。服を買うことは大好きだし、デザインすることも好き。ただ、ファッション業界は好きじゃない。バカげた業界だと思うよ。ルーブルでファッション撮影もしたけど、服については一切触れなかった。僕にとってこの業界は面白くもなんともないんだ。
──だから GUCCI (グッチ) の広告では、あなた自身がモデルになったのでしょうか。
それは面白かったね。Alessandro Michele (アレッサンドロ・ミケーレ) と知り合ったのは、数年前のこと。彼は Buly の顧客で、お店に来たらすごい量の買い物をしていくと聞いていた。彼の右腕からは、「彼はすごくあなたに会いたがっています。あなたの作るものが好きで、全て見ています。」とまで言われてた。ローマで休暇を過ごしていた時、彼から「コーヒーを一緒に飲まない?」って連絡がきて。彼のアシスタントには「どうぞ中に入ってください。時間は1時間です」と言われたんだけど、結局4、5時間くらい話してた。正直、GUCCI に対して良いイメージはなかったんだけど、彼は論理的で好きになったよ。会ったら非常に賢い人物だとわかった。僕たちはすごく仲良くなって、彼と電話している時に、「“自分”っていう雑誌を作ろうと思っているんだけど外部の広告は入れたくないんだ。モデルも使いたくない。僕のために選んだ洋服で広告を作れないかな。100%自由に。でも GUCCI で」って話したら、彼が「いいね!」って。他のブランドにも広告の話をしてみたけど、みんな僕にはモデルをして欲しくなかったみたいだ(笑)。
──モデルは初めてですか。
そう。僕はいいモデルでしょ?すごくかっこいいし(笑)。実際にモデル事務所から仕事の電話がかかってきたこともあるよ。「エージェンシーの連絡先を教えてください」っていうから、僕は「ちょうどIMGをやめたところで、今は2つのエージェンシーからオファーをもらっているんだ」ってジョークで言ったら、返答がなかった。本当の話だよ(笑)。子どもたちに今なら「これまでたくさんのことをしてきたけど、モデルもしたよ」って話せるね。
──最近では東京のオフィスのインテリアもご自身で手がけられたそうですね。
オフィスデザインは、効率性と調和を兼ね備えたものでなければいけない。オフィスは1日のうち何時間も過ごす家のようなものだから、僕にとっては自分の好きな装飾に囲まれていることが重要。そのほうが、自分にとってもチームにとっても刺激になるしね。僕が選ぶのは、美しく機能的なもの、アンティークのチェアやオフィスなどは自分でデザインしたんだ。僕のオフィスは小さな博物館のようなもので、創作活動で集めたものをすべて置いてる。
──カラフルなデザインにオリジナリティを感じました。
木素材とさまざまな色の組み合わせが大好きなんだ。木素材はフレームのようなもので、その中に色を組み合わせてみた。2017年に東京で1年余り過ごした木造の家屋を「Koloru house」という愛称で呼んでいたんだけど、あれも木素材と色がテーマだった。この家は Buly Japan のオフィスのインスピレーションにもなってる。色は僕にエネルギーを与えてくれる。だから、僕は毎日、セーターや帽子など、様々な色を身につけるようにしているし、色に囲まれているのが好きなんだ。それが自分のスタイルともいえるね。
──雑誌の構想はいつからありましたか。
僕の Instagram (インスタグラム) のフォロワーに聞かなきゃ(笑)。作るのを決めたのは、実際に作り始める2日前だった。すごくシンプルだった。いつもそうなんだけど、僕は考えるタイプの人間じゃない。ある意味、愚かかもしれないけど。「この雑誌を作るための資金は十分にあるし、スタジオもある。じゃあ作ろう」ってね。実際、印刷には想定していた予算の5倍かかったけど、気にしてない。何かするために何時間も考えたりするのは、僕にとっては悪夢。お金の心配はしない。お金がない日があっても、僕の人生は変わらないから。自転車一台と友人がいれば、それでいい。
──ホームレスだったこともあるそうですが、そうしたお金への執着のなさは、その経験が影響しているのでしょうか。
ホームレスだったことは、ある人にとっては大きなことかもしれないけど、僕にとってはあまり重要じゃない。ただ一年を道端で過ごしただけ。僕が訓市じゃないことは確かだね(笑)。お金への執着はないけど、今の年齢だと平穏に暮らして行くための稼ぎぐらいは欲しいと思ってる。ある意味、共産主義的かもしれない。時に、「今日はいい議論ができたから、昇給するよ」ってスタッフに言うこともある。すごく変わったマネジメントの仕方をしているんだ。でもそれを後悔することも時々ある。ひどい時には、「クソ、なんで昇給させちゃったんだろう」ってなったりね。
──この雑誌自体は、ロックダウン中に制作されたとのことでしたが、コロナはあなたの生活にどのような影響を与えましたか。
コロナの影響は大きかった。旅行はできないし、友人とも会えない。ランチもできない。何もかも日常と違う。ロックダウン中は、妻とその家族と南仏で過ごしていたけれども、ひどいものだった。普通の人だったら喜ぶかもしれないけど、僕はのんびりするのは嫌いだ。プレッシャーのある状態が好き。僕はパンクでアナーキストだからね。何をするかを勝手に決められたりするのは嫌い。特に自分が敬意を抱けない時なんかは。僕は国を敬えないし、政府は僕たちを配慮していない。
──雑誌からは日本のクラフツマンシップへの敬意がうかがえました。ただ、日本の政治は……
よく読んでくれたんだね!素晴らしい。僕も日本に住んでいたから、日本の経済や政治には関心があって、よく調べてる。日本の職人や彼らの技術の高さも知っている。歴史や神道についても。日本の歴史についてはもっと勉強したいね。僕は何でも知りたいし、いつも何かしら書いている。日本とはかれこれ25年もの付き合いで、全てのことに好奇心を刺激される。1999年に日本に来た時には、歴史についての本をたくさん読んだよ。残念ながら、日本語の勉強には集中できてないけど、もしまたロックダウンが起こったら、日本語をしっかり勉強しようと思ってる。日本には問題と可能性がどちらとも溢れている。
──たとえば。
君たちの政治家はよくない。潜在能力があるのに、それを潰してしまった国はいくつかあるけど、そのなかで日本はうまくやっていた方だと思う。これまで何度も言ってきたけど、20年前だったら僕は未来を見ようとして日本に来てた。今は過去を見に来てる。そんな場所は他にない。とても変だ。自分たちの可能性を潰しているから。
─可能性というと……
ソニーやパナソニック、日産……みんなキングオブキングだったけど、自分たちで台無しにしてしまった。日本は本当だったらスイスのような中立国になれた。スイスは、ヨーロッパ唯一の中立国で、経済はここ60年間、危機に瀕したことがない。でも、君たちはアメリカを選んだ。成長していく国じゃなくて、沈んでいく国を選んだのは驚きだよ。日本は優しいふりをしているけど、そうじゃなくてアホだ。自分たちがしてきたひどいことを謝って、前に進むべき。これが僕にとって理解できないこと。日本は賢い国のはずなのに。アメリカの機嫌をとってばかりだ。もし僕が日本で投票権を持っていたら、端から端まで倒しにいくね。まだチャンスはあるはずだけど、若者が投票に行かなければ実現しないだろう。
──この雑誌はソーシャルネットワーク時代に捧ぐ、とありましたが、ソーシャルメディアについてはどう考えていますか。
それはジョークなんだ。ソーシャルメディアは信用していない。バカげてるよ。今、ソーシャルメディアが力を持ちすぎていると思うんだ。僕は有名人が話していることに興味がない。デザインの視点からみても、全然よくない。みんなが同じ画像を見て、同じようなものが再生産されていく。中毒性があるから、前はよく使っていたけど、今はあまり見てない。ソーシャルメディアにかける時間のせいで、人は面白くなくなるから。20分間使うと自動的に閉じるようにしているんだけど、そうすると使うのをやめる。人は見せたいものだけ投稿するから、(ソーシャルメディアで)見られるものはフェイクかもしれない。
──ソーシャルメディアと雑誌なら、雑誌を選びますか?
(雑誌は)物だからね。僕は物質が好きなんだ。所有することができるし、トイレやリビングで広げて読めるし、一緒に旅に出られる。ソーシャルメディアは、見たいと思ってくれる人たちに、作品を見せるために使ってる。その部分では、一番有効な手段だと思うよ。
──世界最古のチューイングガムを復活させたりと、消えゆくものに惹かれるところがありますね。
そうしたものにどうして心を奪われるかというと、この世界はなんでも消え失せていくから。そういう複雑さが好きなんだ。アメリカナイゼーションは嫌いだね。日本は複雑さが残っているから好きだよ。近頃は単純なものが好まれるし、みんなあまり好奇心を抱かなくなった。でも僕は違う。多分残りの人生もずっとそうだと思う。最高の旅の仕方というのは、予定を立てないこと。面白い人に出会えれば、すごく面白い経験ができる。僕はそういう時、変わった質問をたくさんするんだけど、毎回最後には新しいものを発見することができる。特に高齢の人の話を聞くのは大好き。若い人にはあまり興味が湧かなくて……30〜50歳くらいの人はあんまり面白くない。だからと言って、60〜70歳も面白いわけじゃない。お金を稼いで、家を建てて、家庭を築く。それでさらに歳をとると、またパンクになるんだ。
──それでは今一番興味のあることはなんですか?
政治かな。あとは、新しい雑誌を作ろうと思ってる。「WAM」は限定で作ったエディションだから、取っておいて!いろいろな構想はあるけど、フォビアって名前の雑誌を作りたいと思ってる。僕たちが嫌いなものについての雑誌。これまで作ってきた雑誌は、全部自分の好きなものについてだったから、次回は嫌いなものについての初めて雑誌になる。
──それはクレイジーなアイディアですね。
「あなたの嫌いなものはなんですか?」って聞いていくつもりだよ。ヘイターのためのオフィシャルな雑誌だ。僕はこの新しい世界が嫌いなんだ。みんな全てのものを好きなふりをしなきゃいけないけど、それは現実じゃない。僕もなんでも好きじゃない。「好き」と言うのはやめて、時には「嫌い」って言ったっていいんだ。