Sergei Polunin
Sergei Polunin

“バレエ界の反逆者”が演技の道へ。セルゲイ・ポルーニンの新たな挑戦

Photo by Morgan Norman

Sergei Polunin

interview: yumi nagao
text: erina ishida

Portraits/

“バレエ界の反逆者”と呼ばれたダンサー Sergei Polunin (セルゲイ・ポルーニン)。ロイヤル・バレエ団の最高位であるプリンシパルに史上最年少の19歳という若さで昇格した2年後、人気絶頂のタイミングで退団を決意。電撃的な発表は、当時のダンス界にとてつもない衝撃を与えた。彼の半生を追ったドキュメンタリー映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一の優雅な野獣 (以下、ダンサー)』(2016) ではその波乱万丈なストーリーが赤裸々に描かれ、写真家 David LaChapelle (デビット・ラシャペル) がマウイ島で撮影した圧巻のダンスに心揺さぶられた人も少なくないだろう。

“バレエ界の反逆者”が演技の道へ。セルゲイ・ポルーニンの新たな挑戦

7月2日に日本公開を控えるフランスのベストセラー恋愛小説を基にした映画『シンプルな情熱』では、実力派女優のひとり Laetitia Dosch (レティシア・ドッシュ) 演じるエレーヌの恋人、アレクサンドル役を儚くも情熱的に演じきった。今回は、UPLINK (アップリンク) とタッグを組み、様々な映画作品とのコラボレーションを展開し、過去には『ダンサー』の限定コレクションも発表した渋谷・松濤のセレクトブティック Sister (シスター) のディレクター長尾悠美氏がインタビュアーを務める。今後ますます俳優としての活躍が期待される彼に、これまで携わってきた作品や今作についての思いを聞いた。

©Magali Bragard

― 俳優としてのキャリアをスタートさせた『ダンサー』では、幼少期から続く激動のダンサー人生、家族にまつわることまでが切実に描かれ、心を強く打たれた観客も多かったかと思います。先日、ご自身のYouTubeチャンネルで配信された、写真家のAnton Corbjin(アントン・コービン)が監督を務める『In Your Room』のミュージックビデオも拝見し、パフォーマンスから心揺さぶるエネルギーをひしひしと感じました。同時に前作の続編となる『ダンサーⅡ』についての発表もありましたが、表現者として『ダンサー』以降からこれまでに心境の変化はありましたか?

自分にとって興味があることやアートのビジョンに繋がることであれば、限界を設けることなく挑戦していきたいと思っています。もちろん失敗もしますし、社会というものにはある程度、規範もありますが、自分自身には決して境界線をつくらないようにしているんです。何もやらないよりは挑戦して失敗する方が好きなので、何事もまずはやってみようじゃないかというのが私の考えです。

― SIA (シーア) の楽曲『MUSIC』のミュージックビデオでは、ディレクター兼プロデューサーを務められ、新たな才能を発揮されていましたね。アラスカでのシーンはロケーションを含め非常に美しく、印象に残っています。どうしてあの場所で撮影することになったのでしょう?

初めから氷上で撮影をしたいという思いはあったのですが、予算や日程の関係で2日間しか時間がなかったので、いちかばちか氷を求めて皆でアラスカに飛んだんです。片道9時間かけて到着し、やっと氷を見つけたときは本当に自然に感謝しました。アラスカは−20℃前後の極寒で今にも氷が割れそうな状態でしたが、逆にそのおかげで素晴らしいシーンが撮れたと思っています。実は、自分のことを監督と思ったことは一度もありません。「一緒に撮らない?」とエレーナ(プライベートではパートナーであり、ビデオではダンスを披露したフィギュアスケート選手の Elena Ilinykh) に誘われて、参加したという認識のほうが強いかもしれません。

― 『シンプルな情熱』では、理屈抜きに愛し合う男女を熱演され、内容も刺激的で切なく、女性ファンからは悲鳴が聞こえてきそうなシーンが多々ありました。これまでのキャリアからしても異色の役だと感じましたが、この作品を受けようと思った心境を教えてください。

この映画のオファーを受けようと思った一番のきっかけは、実際に監督の Danielle Arbid (ダニエル・アービット)と会ったことでしょうか。彼女はこの映画に”I Love”(愛する)というビジョンをしっかりと持っていました。そして、そのビジョンに私も賛同できました。実は、ダンサー絡みの役しか自分にはオファーが来ないと勝手に思い込んでいたので……。ダンサーとしてではなく、純粋に役者として仕事がもらえたことも嬉しかったです。

― Danielle Arbid 監督と実際に仕事をしてみて、いかがでしたか。

彼女は非常にあたたかく、素敵な人です。演技の世界には足を踏み入れたばかりなので、自分のやっていることになかなか自信が持てなかった時、優しい言葉をかけてくれたり、心づかいをしてくれて、いつも支えてくれていると感じていました。俳優人生の大切な一歩となる映画で彼女と一緒に仕事をできたのは、とても大きかったと思います。

©Julien Roche

― 主人公エレーヌとあなたが演じた恋人アレクサンドルの関係ですが、作中では男性側が支配的な恋愛をしているように感じました。そのような男女のパワーバランスについてはどう思われますか。

男女関係というのはあらゆるパターンがあり得ると思います。女性の方が強いペアもいれば男性の方が強いペアもいる。それはそれぞれの好みの問題で、求めているものが異なっているだけだと思います。最終的に大事なのは、互いに愛し合っているかどうか。結局そこに落ち着くのではないでしょうか。とはいっても、この映画に出てくるアレクサンドルは典型的なロシアの男性で、彼女に自分のルールをすべて押し付けたり、女性に対して支配的でなくてはならないと考える節はありますが。

― なるほど。古典バレエの世界では男女の役割が区別されていて、男性は男性らしく、女性は女性らしくあるべきだという考えがあり、以前あなたもそうした発言をされていました。性別という枠に縛られたそういう考え方は、性別的役割に押し込められているようで、苦しくなってしまう人もいるはずです。昨今、ジェンダーについての議論が活発になっていますが、考え方に変化はありましたか?

古典バレエは基本的に上流社会の人たちに向けて作られた作品で、王様と王女様が出てくるような、歴史上の序列や行動規範に則った世界が描かれていますよね。でも、今の時代で何が一番大事かといえば、皆が心地よくいられること。人はそれぞれユニークな側面を持っていて、そういったものをしっかり活かせることが大事ではないでしょうか。それはもちろん男女という区分ではなく個々の人間として考えるべきで、自分らしくあることには年齢も関係ありません。たとえば4歳の男の子が、女の子の洋服を着たいと言ったら、着せてあげればいいんです。私も1歳半の息子がいますが、彼は自分のやりたいことや意思がはっきりしていて、入り込む余地がないくらいです。そうした意見を尊重した結果がハッピーかどうかは人それぞれですが、まずはオープンに支えてあげることが大事。どんな選択にせよ、人生には困難が付きまとうものですから、同じ困難であるならば自分らしく生きた方がいいのではないでしょうか。

― これから映画をご覧になる皆さんにメッセージをください。

今作は、質の高い素晴らしい役者が揃っているだけでなく、アーティスティックで美しい映像も魅力のひとつです。そうした面もぜひ楽しんでいただければと思います。