nana komatsu
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「何が起こるかわからない世界で、大切にしたいもの」映画俳優・小松菜奈が語る、25歳の現在地

シャツ ¥151,800、中に着たニット ¥97,900、スカート ¥151,800、タイツ ¥27,500/すべて NINA RICCI (ニナ リッチ)

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photography: chikashi suzuki
styling: chie ninomiya
hair & make up: aya murakami
interview & text: mayu sakazaki
edit: manaha hosoda

Portraits/

18歳で長編映画デビューを果たして以来、スクリーンを中心に活動する俳優として、今年25歳を迎えた小松菜奈。「自分にしかないものを映画に注ぎこみたい」という言葉通り、その映画的な存在感は観る人を強烈に惹きつけてきた。そして、これまで多くの難役を演じるなかで見せてきた役の解釈とその独特の感情の入れ方は、ただそこに居るということをとうに超えて、“小松菜奈”にしかない、代えがきかないものになっている。「今の自分にある幸せってなんだろう、自分の人生ってなんだろう?」。作品や日々の出来事を通して、自身の死生観についても考えることが増えたと話す彼女は、これまで以上に「何かを伝えたい」という気持ちが強くなっている。主演をつとめた映画『ムーンライト・シャドウ』のこと、そして2021年の日々に思うことを、自分の言葉で語ってくれた。

「何が起こるかわからない世界で、大切にしたいもの」映画俳優・小松菜奈が語る、25歳の現在地

小松菜奈は、9月10日公開の映画『ムーンライト・シャドウ』で主人公・さつきを演じている。さつきの恋人である等(宮沢氷魚)と、彼の弟である柊(佐藤緋美)、そして柊の恋人ゆみこ(中原ナナ)の4人で過ごす何気ない日々。それは、等とゆみこの事故死という突然の別れによって、一瞬にして終わってしまう。残されたさつきと柊の2人は、幻のように現れる不思議な女性・うらら(臼田あさ美)によって、「月影現象」と呼ばれる出来事に導かれながら、それぞれの悲しみと向き合っていく。初の単独主演となるこの作品で彼女はどんなことを感じ、考えたのか。また、25歳という節目に思うことなど、小松菜奈の「今」の声を訊いた。

─吉本ばななさんによる原作『ムーンライト・シャドウ』は、『キッチン』に収録された短編のひとつ。30年以上前の作品ですが、世代をこえて世界中で読み継がれている小説です。小松さんは『ムーンライト・シャドウ』からどんなことを感じ取りましたか。

私はばななさんの「言葉」がすごく好きで、ひとつひとつの文章にとてもエネルギーを感じるんです。この本を書いたとき、ばななさんは24歳だったとお聞きしたんですが、私自身も撮影のときは同じ年齢でした。24歳でこんなに魅力的な言葉たちを本にできるなんて、人生何周してるんだろう?っていうくらい(笑)、とてもメッセージの強い文章なんですよね。たとえば「刻々と足を進める」とか、そういうちょっとした表現もすごく魅力的で……。改めて原作を読ませていただきながら、この世界観をどう映画化するんだろうとずっと考えていました。

─監督をつとめたマレーシア出身のエドモンド・ヨウさんも、原作のファンだったそうですね。

エドモンド監督は少年のような方で、「大好きな作品を監督できる」という喜びが撮影現場にも満ちていました。映像を見ていても、原作への愛にあふれているというか、ばななさんへのリスペクトをすごく感じるんです。監督のこれまでの作品も、どこか現実離れしている浮遊感みたいなものがあって、それはばななさんの世界観ともマッチする部分。「きっと新たな、素敵な映画ができあがる!」と、どんどん想像が膨らんでいきました。

─小松さんが演じた「さつき」というキャラクターは、愛する人を突然失うという経験に直面している女性です。その複雑な感情を、どんなふうに模索していきましたか?

監督が描く「さつき」とはまた違っていたのですが、私は本当にシンプルに「突然失ってしまった人の、その悲しみを乗り越えていく」という姿を、普通の女の子として描きたいなと思いました。やっぱり周りにいる人物の色がすごく濃くて、「うらら」という不思議な世界観を持ったキャラクターも登場します。だからこそ中心にいるさつきは、起きたことに対して人間らしい感情で反応していく、ということを大事にしたいなと思ったんです。

台本のト書きにも「ここで泣く」というような指示はなかったので、自分が模索してきた「さつき」の感情の流れを自然に出すことができて、私はすごく作りやすかった。監督のなかでは、ちょっと変わった女の子という人物像があったのかなと思うんですが、私の想像とはまた違って、そのすり合わせを現場で一緒にしていきました。「菜奈はこの状況だったらどう思う?」と、演じる本人に委ねるような感覚を大事にしてくださって。だからこそ私も言いたいことや、やりたいことをちゃんと伝えられました。

─さつきが自分の思いを声に出して語りながら、涙を流すシーンはとても印象的でした。台本には「泣く」とは書かれていなかったんですね。

そう、全然なかったんです。監督のなかでも、あそこまで感情は出さずに、もっと淡々としたイメージだったと思います。でも「うらら」という存在が急に現れて、さつきの状況や感情を知らない人だからこそ、本当の気持ちを伝えられる架け橋のように感じたのかなって。台本にもそのときの感情を細かく書き込んだんですよ。半信半疑な気持ち、後ろめたさ、戸惑い、でもどこか嬉しかったり……そういうことを全部書き出して、ワンシーンに詰め込んでいって。

─確かに、原作だとどこか淡々とした描写や台詞が積み重なっていて、だからこそ登場人物たちの悲しみがじわじわと伝わってきます。でも映画ではそこがより立体的に、ぐっと感情が出てくるような描写になっている。それは、小松さんが演じたからこそというのもありますよね。

そうですね。多分私じゃない誰かが演じていたらさつきの描き方はまったく違うと思いますし、それが撮影をしていて面白いなと感じるところなんです。自分じゃなかったらどんなふうに演じたのかなってすごく気になりますし、自分だったらこうしたい、と思うこともある。だから、「自分にしかないものをこの映画に注ぎこめたらいいな」といつも考えながら演じています。

─同じくらい印象的だったのは、象徴的に登場する食事のシーンです。個人的には、ほかの映画作品でも小松さんの「食べる」シーンが記憶に残っています。

「喪失感で食べられなくなる」というのは、この映画のなかですごく共感する部分なんです。今の私たちの状況もそうですが、何かしらの出来事によって色々なものを失ったり、奪われたりして、喉が通らなくなる感覚。それが私にもよくわかりますし、人間にとって食べることは生きること、生きることは食べることで、それはこの映画の伝えたいことでもあるんだなって。

本編ではカットされていますが、台本には「食べれるようになって、ちょっとさみしい」っていう台詞があって。私はその気持ちがよくわかるなと思って、すごく好きな台詞だったんです。自分がちょっと前に進んで、止まっていたものが動き出してしまうっていうさみしさ。時間が経つにつれて、大切な時間を少しずつ忘れていってしまうような感覚。言葉や表現の深さみたいなものを感じましたし、友達とリモートでそういう話をしていたら、涙が止まらなくなってしまったこともありました。

やっぱり「食べる」っていう行動は、人の感情や心に本当につながっているんだなって、リアルに感じられたんです。そういう大切なことが描かれている作品だと思います。

─『ムーンライト・シャドウ』には、宮沢氷魚さん、佐藤緋美さん、中原ナナさんと、映画的な個性を持った共演者が揃っています。どんな影響を受けましたか。

佐藤緋美くんが演じた「柊」とのシーンが、今回すごく多かったんです。私から見ると、柊はなかなか自分の感情を出せずにいる人で、どこでそれが出てくるんだろうって思っていて。台本を読んだときも、淡々として一見悲しくないようにも見えるけれど、心のなかはものすごく傷ついている人だと感じたんです。でも、緋美くんがあるシーンで「これが本当の柊なんだ」と思えるような、感情が伝わってくるお芝居をしていて、私も自然と涙が出てしまって。

緋美くん自身もどこか動物的というか、その場で感じたことを直感的に表現するお芝居の仕方をする人で、それが自分とも似ている感じがしました。柊は一人称が「私」だったり、セーラー服を着るシーンもあるんですが、それも緋美くんだと違和感がなくて説得力があるんです。失った人を背負っているような感じが伝わってくる。きっと色々な思いがあったとは思うんですが、まっすぐに柊を演じている姿が印象的でした。

©2021映画「ムーンライト・シャドウ」製作委員会

─完成した作品を客観的に観て、改めて感じたことはありますか?

恋をして、その人を失って、その悲しみを乗り越えていくっていう物語のなかに、生命力みたいなものを感じました。人の内面にある喜怒哀楽の美しさというか、言葉で表せない感覚をエドモンド監督が表現してくれて、それが映像にちゃんと残っていて。誰にとっても自分と重なる部分があったり、一度止まって何かを考えさせてくれるような映画になっていると思います。ばななさんの世界観や、ひとつひとつの言葉を大事にしているということも、きっと映画から伝わってくるはず。ばななさんの作品を読んできた人がどう感じるのか、若い人がこれを観たときにどう思うのか、すごく楽しみです。きっとそれぞれに見え方が違って、違うからこそいいっていう作品なので、観る人に「何か」が届いてくれたらいいなと思います。

─「大切な人を突然失う」というのは、コロナ禍において、あまりにもストレートに響いてしまうテーマでもあります。小松さんは「喪失」や「死」についてどんなことを考えましたか。

今までの作品のなかで、「生と死」っていうのはあまり考えたことがなかったんです。でも、最近はそういうことについて考える作品が続いていて、役を通して体感することによってすごく気持ちがのめり込んでしまって……。私自身がそれを引きずってしまったり、同じものを与えられているような感覚があって、やっぱり「役」ってすごく不思議だなと感じました。演じている時期はそれに没頭しているのに、やっぱり離れないといけないし、背負いこんじゃいけない。だからインプット、アウトプットってすごく大事なんだなと改めて思います。

歳を重ねていくこともそうだし、コロナ禍もそうだし、生と死がより身近になっていくというのは、この2年ですごく感じました。日々のニュースを見ていて思うのは、何が起こるのかわからない世界にいるっていうことです。だからこそ、今の自分にある幸せってなんだろう、自分の人生ってなんだろう?って考える時間が増えました。

これまでは実家に帰ることに関しても、いつでも会えるからいいやって思うときもあったんですが、今は会いたくても会えない状況がもどかしくて。家族と一緒にいる時間や、自分の周りにいる人を、もっと大事にしたい。映画を一緒に作ってきたスタッフさんたちと、打ち上げでコミュニケーションを取ることができなくなったのも、すごく悲しいです。そういう大切なものを日々失っていくなかで、自分に何ができるのか考えて、「少しでもみんなが楽しいと思える時間を作りたい、何気ない瞬間を大事にしたい」と思うようになりました。

ドレス *参考商品、ブーツ *参考商品/ともに Paco Rabanne (パコ ラバンヌ)

─『ムーンライト・シャドウ』で、さつきは自分をたて直すために「走る」ことを始めます。小松さん自身は、落ちこんだときにどんなことに助けられますか?

私はひとりで舞台を観に行くのが好きで、共演した方が出ている作品や、気になる題材のものはよく行くんです。私自身はスクリーンの映像を通して表現していますが、舞台では生のエネルギーがダイレクトに肌に伝わってくる。稽古を積み重ねた先にある、その日のステージで生まれる緊張感みたいなものが舞台にはあって、その生々しさが大好きで。そういう表現の仕方や強さがかっこいいなと思うし、自分の原動力にもなるんです。

コロナ禍でエンターテイメントの大事さをものすごく感じました。もしそれがなかったら何かを作る気力もなくなるし、もっと暗い世界になっていたんじゃないかなって。やっぱり映画は、今がどんな時代だったかっていうことを残せる存在。自分たちは何かしらのメッセージを伝えられる場所にいるんだなっていうことを、改めて感じています。自分がそこにいれることの嬉しさを忘れずに、丁寧に作品を描いて、伝えて、繋いでいけたらいいなと思いました。

─小松さんは、今年で25歳。映画デビューからは7年ほどが経ちましたが、俳優として、女性として、自分自身の変化みたいなものは感じていますか。

やっぱり日々、感情もやりたいことも違いますし、自分がどんどん変わっていくっていうのは実感しています。映画に出ること、主演するということの重みも年々大きくなって、焦ったり臆病になる自分もいて。こういうインタビューで伝えるひとつひとつの言葉や、発信するっていうことに対しても、今の時代は慎重になってしまいますよね。だからこそ、言葉で伝えることの大切さもあれば、作品を通して見せるという大切さもあると思いますし、色々なことを考えます。

─以前はインタビューで話すことがあまり得意じゃないと言っていたと思うんですが、「言葉」への感覚もすごく変化しているように感じます。

「自分の言葉でいいんだ」って思えてからは、前より話せるようになったかもしれないです。現場で作品を作っていくうえでも、自分の考えをしっかり伝えるとか、挨拶をしっかりするとか、そういう基本的なことがいちばん大事だなって思うことも多いんです。そういうことが信頼につながるんだ、といつも自分に言い聞かせています(笑)。仕事はもちろん、プライベートでも、感謝の気持ちを表すっていうことを怠らずに、ちゃんと伝えていきたいですね。

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