グレン・マーティンスによってディーゼルはどう進化したのか
Glenn Martens
interview & text: hiroaki nagahata
1978年にイタリアで生まれた DIESEL (ディーゼル) は、その当時新たなエネルギーとして注目を浴びていたディーゼル燃料のように世間を活気づけたいというブランドの由来を持つ。その名に恥じることなく、新たな才能をいち早く発掘・招聘し、業界の盛り上がりに一役を買ってきた DIESEL の新たなクリエイティブ・ディレクターに、ミレニアル世代のデザイナー Glenn Martens (グレン・マーティンス) が就任する。そんなフレッシュなニュースに心躍らせた人も少なくないだろう。
Jean-Paul Gaultier (ジャン=ポール・ゴルチエ) で経験を積んだのち(今年1月にはグレン・マーティンスをゲストデザイナーに迎えたオートクチュールコレクションが発表されたことも記憶に新しい)、Y/Project (ワイプロジェクト) のクリエイティブ・ディレクターに就任。新たな世代を牽引するデザイナーの一人として、確固たる地位を築いた。そんな彼が手がけるファーストコレクションが、2022年春夏シーズンにお披露目されるやいなや、ジーンズとブーツが一体化したブーツデニムが、Y2K世代のハートを見事ロックオン。新生 DIESEL の大成功を受けて、2シーズン目となる2022年秋冬コレクションに期待が募る中、気鋭ブランドへの造詣も深い雑誌『STUDY』主宰の編集者・長畑宏明氏にメールインタビューを依頼。多忙なスケジュールの合間を縫って、編集部にたどり着いた回答を、長畑氏の考察とともにお届けする。
グレン・マーティンスによってディーゼルはどう進化したのか
Portraits
数ヶ月前、私は高円寺の古着店で90年代の DIESEL のカバーオールを購入した。タグには、古着でもあまり見かけない「Diesel Bowling」の文字。航空機や車の整備工が身につけていたジャケッ トを連想させるディテールのひとつひとつに手がかかっており、そこらの大量生産品にはない威光を放っている。お店のスタッフに訊くところによると、近年 DIESEL をはじめとするヨーロッパブラ ンドの市場価値が急上昇しているという。長くヴィンテージ業界のトップに君臨していた「Made in USA」の次に、アメリカンカジュアルを引用して別のイメージに昇華させたヨーロッパ古着、それも比較的カジュアルなものが求められ始めた、ということなのだろう。
さて、ミレニアル世代ど真ん中である筆者からすると、DIESEL といえば『マニフェストのブランド』 だった。広告ビジュアルの中では、女性が監視カメラに向かって裸の上半身を見せつけたり、巨大なぬいぐるみを盗んだ男が警察に追い回されていたりしていた。『BeStupid』と名付けられた一連のキャンペーンは、一部がイギリスで屋外での掲示禁止になるなど物議を醸したが、皮肉にもその状況自体がコピーの説得力を増す結果となった。
当時、赤いボックスに白文字のロゴにこめられていたのは、『今をとにかく楽しもう』というオプティミズム。デニムという比較的オーセンティックな素材を使いながら、世の中の規範に対して疑問を投げかけ続けていたのだ。
「初めてゲイカップルがイチャイチャしているのを見たのは、DIESEL の広告キャンペーンでした。90年代、このブランドは早くからゲイの権利や反人種差別といった問題を提唱していましたが、それらは当時ほとんど話題になっていなかったテーマでした。すべて同じエネルギーとして、楽しくて、 セクシーで、同時に社会的責任も果たしている。今の若い人たちもまた、パーティーをして、人生を極限まで追求しながら、自分の信念やコミュニティのために立ち上がっています。」
2020年に DIESEL のクリエイティブディレクターに就任した Glenn Martens は、それまで創始者の Yohan Serfaty (ヨハン・セルファティ) によるダークでアヴァンギャルドな作風で知られていた Y/PROJECT を、 Rihanna (リアーナ) などセレブリティからも愛されるポップな存在に生まれ変わらせた実績をもつ。厳密に計算されたシルエットは Yohan Serfaty から継承しつつ、スタイリングやキャンペーンを含めた総合芸術としての『ファッション』に昇華させたのだ。
それまで Y/PROJECT のコレクションを通してデニムの上で実践してきたことを考慮すれば、彼が2018年に DIESEL のカプセルコレクション DIESEL RED TAG (ディーゼル レッドタグ) にゲストデザイナーとして参加した事実を挙げるまでもなく、Glenn Martens が新たな担い手として適任であることは疑いようがない。
「私はものごとを概念化し、コンセプトを発展させ、推し進めることがとても好きなんです。2022年秋冬コレクションでは、テクスチャーや素材の面で実験的な試みを行いました。例えば、デニムをフィルムで加工することでアイテムに構造と深みのある色合いを与えたり、デッドストックのジャージーをデニムに接着し、そのあとレーザーカットでジャージーが剥がれたように見せる『ピールオフ』という新しい手法を編み出したりしています。」
上記に加え、彼はブランドのデッドストックから作った新しい糸で編んだリサイクルデニムを『DIESEL Rehab Denim (ディーゼル リハブ デニム)』として発表している。これもまた、Y/PROJECT で実践したオーガニック素材とリサイクル素材だけを使用するサスティナブルライン『Evergreen (エバーグリーン)』の手法と共通する。なお、この分野では、自身のブランドで製造過程から利益率までありとあらゆることを透明化した Bruno Pieters (ブルーノ・ピータース) が彼にとって重要なメンターになったという。持続可能な方法でデザインすることは、彼にとって到達すべき目標ではなく、クリエイションのスタート地点だったのだ。
では、DIESEL と Y/PROJECT のアプローチはどのように棲み分けているのだろうか。
「DIESEL では、素材、色、加工、グラフィックの実験を行いながら、基本はできるだけシンプルな形を保ち、人々が簡単に身につけられるようなコレクションを目指します。DIESEL が持っているデニムのノウハウはとんでもないもので、だからこそもっともクレイジーなものを作ることができる。一方 Y/PROJECT では、よりシンプルな生地を使いながら、かなり実験的な方法で衣服を構成しています。」
DIESEL での初陣となった2022年春夏のコレクション (ショートフィルムでの発表) でも、彼のシグネチャである『デニムの上での実験』が存分に展開されている。これまでの DIESEL が、デニムを着用する機会を日常の中で増やしてきたとしたら、今度は『ノスタルジーの象徴としてのデニムを未来的なイメージに昇華させる』役割を Glenn Martens が担っているのかもしれない。
とすると、前回よりもさらに『デニム!!』な印象が強い2022年秋冬のコレクションは、Y2K というトレンドに対する包括的なアプローチと捉えられないだろうか。ただ華やかで楽しいわけではなく、 ディストピアの中に美を見出すような姿勢は、今後の DIESEL を特徴づけるテイストになるだろう。 ショーの序盤はデニムをメインに据えて色数を絞り、そのあとカラフルに振っていく流れも見事。 10年に渡ってタッグを組んできた Ursina Gysi (ウルシナ・ジーシ) によるスタイリングも非常に割り切りがよく、クリアに世界観を伝えている。
「このテイストは私のルーツも大いに関係しています。地元のブルージュは素晴らしい建築物に囲まれているのですが、同時にとても工業的で、イタリアや南フランスの街とは明らかに違う。ですから、『予想外のものの中に美しさを探す』必要があるんです。コレクションのテーマ的なことでいえば、DIESEL の DNA はもともとポップカルチャーやユーティリティウェアに組み込まれているので、そのブランドの価値を称えることにフォーカスしました。それに、DIESEL は『デニムという言語』を持っているので、今回のコレクションはすべてデニムに関するものにしたくて。 私たちがデニムを使って何をするか、どう作るか、それをどう着こなすか。具体的には、ジーンズのウエスト部分やジャケットのネックラインなど普段は触れないような場所にディストーションを施したり、超大型のデニムベルトでミニスカートを作ったり、あるいは、セカンドスキンやカチューシャにジャカードでデニムのトロンプルイユ (だまし絵) を描いたり。つまり私がここで実践しているのは、デニムに対する既存のイメージをどう覆すか、ということなんです。」
新しく生まれ変わった、いや、レガシーを活用して真っ当な形で進化した DIESEL には、『Glenn Martens がデニムの上でどんな実験を行っているのか』に目を凝らすという楽しみが加わった。そして、それは実際に日常の中で気軽に着用できる。私は、ファッションにおいて、これ以上求めるべきバランスはないと思う。