想像こそが、偉大な冒険。ヴィム・ヴェンダースの歩む道
wim wenders
photography: chikashi suzuki
text: sogo hiraiwa
旧西ドイツ出身で『パリ、テキサス』『ベルリン・天使の詩』などの作品で知られる Wim Wenders (ヴィム・ヴェンダース)。「ロード(道)は私たちの人生のメタファー」だと語るこの巨匠監督は風景や土地の声に耳を傾け、ロードムービーの秀作を次々と生み出してきた。彼はまた山本耀司や小津安二郎についてのドキュメンタリーを撮るなど、日本人クリエイターやその背景にある土着文化にも長年関心を寄せている。彼はどこから来て、どこに向かっているのか。第33回世界文化賞の演劇・映像部門を受賞したヴェンダースに訊いた。
想像こそが、偉大な冒険。ヴィム・ヴェンダースの歩む道
Portraits
ニュージャーマン・シネマを代表する映画作家として知られるヴィム・ヴェンダース。彼は初期三部作の『都会のアリス』『まわり道』『さすらい』から、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した代表作『パリ、テキサス』まで、55年間にわたる監督業のなかでくりかえしロードムービーを撮ってきた。彼にとって“ロードムービー”はどんな意味をもつのだろうか。「初期にロードムービーという手法を見つけられたのは幸運でした」とヴェンダースは当時を振り返る。
「『都市の夏』など最初の3作を撮ったとき、実はあまりうまくいっている気がしなかったんです。というのも、ヒッチコックなどの先行作品をモデルにしていたからです。アイデア中心ではだめだと思いました。打開策を考えていて、ふとロードムービーであれば時系列で撮影できると気づいたんです。俳優もスタッフも一緒に旅をするわけですからね。実際に撮影してみて、自分の得意なものはこれだと確信できました」
「ロード(道)は私たちの人生を象徴するメタファーのようなもの。人生そのものがひとつの道なんです。ロードムービーとは別の場所に移動する過程ではなく、私たちの心のありようも示すものだと考えています。道そのものが主体であるのも魅力ですね。ドライブや旅行が好きな理由もそこにある。つまり、どこに連れていかれるかわからないのがいいんです」
もっとも好きな自作として挙げる『夢の涯てまでも』は、世界9カ国をまたにかけて撮影された究極のロードムービーだが、旅先や異国の地が創作欲を刺激することも少なくないようだ。
「ロケ地からはよくインスピレーションを受けますね。ある場所に行くと、カメラを置く位置やそこで撮れる絵のイメージが湧いてくる。『パリ、テキサス』や『ベルリン・天使の詩』もそうでした」
土地だけではない。建築も大きな着想源になっている。その特徴的な構造を表現するために3Dを採用した短編ドキュメンタリー『もし建築が話せたら…』では、妹島和世と西沢立衛による建築家ユニット SANAA が2010年に手がけた〈ロレックス・ラーニングセンター〉を撮影した。
「〈ロレックス・ラーニングセンター〉は世界でも類を見ない建築です。一層の建物にもかかわらず、中に入ると丘のような構造になっていて、エレベーターもなしに上がり下がりができる。この三次元の体験をどう映像で伝えられるかを考えた末、妹島さんと西沢さんにセグウェイに乗って館内を案内してもらうというアイデアに至りました」
ちなみに現在も建築家 Peter Zumthor (ピーター・ズントー) を追うドキュメンタリーを撮影しているそうだ。
ヴェンダースのフィルモグラフィーには、キューバの古老ミュージシャンたちのレコーディング風景やツアーの様子を記録した『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』や、山本耀司の服づくりに密着した『都市とモードのビデオノート』など、ドキュメンタリーも少なくない。孤高の舞踏家ピナ・バウシュと彼女のダンスカンパニーを扱った『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』もそのうちの一本だ。彼はなぜ芸術家たちの姿を記録し続けるのだろうか。
「観客にクリエイターと同じものを感じてもらうことが重要なんです。『Pina』もそうした発想から始まりました。振り付けやコスチュームのデザインをどのように考えているかを感じること。自分でない人のアプローチを想像すること。それは偉大な冒険です。自分とは異なる芸術分野の人がなにをどのように創造していくのかを体験してほしいんです」
ドキュメンタリーといえば、『東京画』(1985)もある。敬愛する映画監督の小津安二郎にオマージュを捧げた作品だ。
「『東京物語』を初めて観たときは、4回連続で観ました。これ以上はありえない楽園だと感じたんです。今でもその印象は変わりません。見返すたびにその美しさ、人間への敬意、精神性に魅了される。家族を描く小津映画には、なにか普遍的なものがあるように感じますね」
「日本は第二の故郷」と語るヴェンダースは『東京画』以降、たびたび日本で映画を撮っている。現在撮影中の最新作も舞台は東京。しかも今回は“公共トイレ”がテーマだ。この企画は、日本財団が主導する「THE TOKYO TOILET」プロジェクトの一環で依頼されたものだが、最初は監督自身「意味がわからなかった」という。
「ですが、改めて考えてみると、トイレというのは建築の傑作のひとつであり、美でもあるわけです。私たちはトイレを誤解していると思います。長い時間を過ごすことを考えれば、トイレは文化の核ともいえる。だからこそドキュメンタリーではなく、ストーリーのある劇映画にしようと決めました。これはある種の冒険です。でも本当に、トイレは過小評価されていると思いますよ。私はドイツに戻ったら、家のトイレを全部日本製に変えるつもりです(笑)」
パブリックスペース(公共空間)は、都市計画や建築の領域でも近年盛んにディスカッションされている重要なテーマのひとつだ。日本でも、公園の商業施設化やホームレスの人々を寄せ付けないためのデザイン(“排除アート”)が問題となっている。次作ではそうした社会的な側面も描かれるのだろうか。
「どんな創作も社会的な現実から切り離せるものではありません。それに“ドキュメンタリーのようなフィクション”や“フィクションのようなドキュメンタリー”を多く撮っていることからもわかるように、私は社会的な現実はいつも映像のなかにあるべきだとも考えています。私にとって、リアルであることはとても重要です。というのも、常に“今日の人生”というものを見せたいと考えているからです。現代社会の温度感や問題、欲望、希望、そして恐れ。そうしたものをみて理解することで、観た人の人生がより良いものになればと期待しています」