「カルチャーが違っていても耳を傾けることを大切にして欲しい」ケレラから、世界に贈るレター
kelela
photography: saki yagi
interview & text: mami chino
2018年のサマーソニック出演以降、5年ぶりの来日となった KELELA (ケレラ)。デビューを飾った1st EP『Hallucinogen』(2015) に収録された「Rewind」は『New York Times (ニューヨーク・タイムズ)』紙の“これからの音楽の方向性を感じさせる25 曲”に選出。Bjork (ビョーク) がその才能に惚れ込んだのは有名な話だが、23秋冬の FERRAGAMO (フェラガモ) や COS (コス) のキャンペーンに起用されるなどファッションの世界でも心を鷲掴みにされる人が後を絶たない。まさに新世代のアイコニックな女性アーティストともいうべき彼女は、ワシントン DC に生まれ、現在は LA を拠点とする 39歳。コロナ禍で巻き起こった ブラック・ライヴズ・マター (BLM) をきっかけに、しばしの休養を取りながら、彼女はひたすら自身のルーツと向き合っていたという。そうして発表されたアルバム『Raven』からひしひしと伝わってくるのは、あるひとつのメッセージ。実に正直で誠実な彼女が、今回のインタビューで最後には涙ながらに語った想いとは。
「カルチャーが違っていても耳を傾けることを大切にして欲しい」ケレラから、世界に贈るレター
Portraits
—単独公演としては初来日で東京のファンを肌で感じたいとおっしゃっていましたね。実際に公演を終えて、どうでしたか?
もう最高の一言。普段過ごしている場所から遠く離れた日本でも、繋がりを感じて言葉には言い表せないほど幸せな気持ちになった。ホテルで目が覚めたとき、これが私の人生なんだとふと思って……なんだか信じられなかったわ。ありのままの私を全て見せられたし、私のカルチャーを真っ直ぐファンに届けられたと実感できたの。
—登場シーンから一貫して神秘的なムードでしたが、特に衣装が印象に残っています。ドレスの中央に付いた大きなミラーが舞台のライトを反射して、まるでビームのように観客を照らしていましたね。
みんなのことを撃ち抜いちゃっていたよね(笑)。あのドレスは Courrèges (クレージュ) のもので、クリエイティブ・ディレクターの Nicolas Di Felice (ニコラス・デ・フェリーチェ) は友人でもあり、私の音楽のファンでもあったの。彼が言うには、今季のコレクションを制作している間ずっと『Raven』を聴いてくれていたみたいで、アルバムから影響を受けて日常のありふれたことを拾ってコレクションに落とし込むことにしたんだって。実際にそのランウェイを観たんだけど、すごかったよ! あなたたちも観た?
—ファーストルックのモデルが歩きスマホをしていたコレクションですよね?
そう、リアルライフのシーンを切り取ったような。実際にストリートにいるような音も周りから聞こえてきたし、とにかく斬新だった。それで最後にミラーのドレスを着たモデルが登場したんだけど、フロントロウにいた私はまさに直で反射を受けて(笑)。もう冗談抜きでネクストレベルだと思ったわ。だってそれ自体はテクノロジーでも手の込んだ仕掛けでもなんでもなくて、ただシンプルな反射という現象そのものじゃん。だからバックステージでニコラにハグをしてすぐに「このドレスを私のショーのために貸して」って頼んだの。ミラーがちょうどハートの位置にあるのも気に入った理由のひとつよ。オーディエンスに私の気持ちを映すことができると思ってね。
—クレージュのランウェイでの追体験をさせてくれてありがとう。
そうね。それがまさにやりたかったことなの。
—ライブで着用していたウィッグもキュートでした。「Happy Ending」のMVでも着用していたものですが、前髪に姫カットもあったので……もしかして東京を意識して持ってきてくれました?
こっちだとチェルシーカットって言うのよ(笑)。たしかに東京と合っているけどね。でも意識はしてなかったかな(笑)。いまはその日の気分に従って髪色や髪型をマッチさせることにハマっているの。素の私はバズカットで、その髪型もしっくりきてるんだけど、「Let It Go」の赤いウィッグとか、「Washed Away」のレザーでできたドレッドのウィッグとか、別のキャラクターになりきることが楽しい。逆にそれを脱いだ時の自分の姿にも驚けるというか。
—東京にいる女の子も、そのときの気分で髪色をピンクから青にガラッと変えることはよくある光景で、少し繋がりを感じました(笑)。
いまはこのルックで来月はまた別の色に変えて……みたいなことだよね。わかる。
—その髪色に対して「なんでその色にしたの? 」と理由を聞かれることもあるんですが、そこに大して理由もないんですよね……。
遊んでるだけだもんね! これをしないと気分が上がらないみたいなことって本当にあるからね。私が住んでいるアメリカの西側では、黒人女性は髪をストレートにしなさいとか、ウィッグを被りなさいとかネガティブなルールがあるのよ。それは朝起きたときの素の自分が美しくないって小さい時からずっとすり込まれていることだったりするの。そんなルーツがあるからこそ、色んなウィッグを被る日もあれば、何も被らなかった日もあるっていうのを気分で選んでいて、そのチョイス自体が実は私にとってのポリティカルな意味も込められていたりするの。ウィッグを被った姿が私にとっての完全体じゃないし、その姿に執着してるわけじゃない。そこは勘違いされたくなくて。
—KELELAというひとりのアーティストが、その時々で違ったパーソナリティの人になりきっているみたいな。
まさに! アーティストになりたての頃、ひとつのジャンルや表現を突き詰めることをみんなから求められている気がして、それが苦しかったの。ちょっとでもイメージと違った表現をするとファンが怒っちゃうとかよく聞くよね。でも私はもっといろんなことをしたかったし、カメレオンのように表現の幅を無限に広げていきたかった。むしろ最近では、予測できないものをファンに提供することが私のデフォルトになってきているくらいで、みんなも喜んでくれているわ。その関係性が私にとっても健康的だと思っていて、だからこそありのままの私を音楽のなかに詰め込むことができるの。
—会場にいたファンからも質問を預かったので聞いてもいいですか? 「Ravenの収録曲につけたタイトルの意味について」。
いいね。曲名は大体インストでもらったものをそのまんま使っているわ。例えば、LSDXOXO (LSD エックスオーエックスオー) がプロデュースした曲は聴いたときの音の印象とタイトルがマッチしてるから何も変えてないの。たぶん彼は音に合わせてタイトルをつけているんだけど、私もメロディから歌詞が浮かんでくるタイプだから、聴くと同じフレーズが呼び起こされるの。でもなかにはタイトルを変えないといけない曲もあって……。ベルリンを拠点にアンビエントを作っている OCA ってデュオは『Raven』のなかで8曲分を手がけてくれたんだけど、その曲を作った時に使用したシンセの名前と数字しかタイトルに入ってなくて、まるで暗号なの(笑)。
—それは変えないといけない(笑)。
でしょう? 「Divorce」がそうだったんだけど、デモを聴いたときのイメージをそのまんまタイトルにした。「Sorbet」も、聴いた時に女の子との柔らかく優しい時間について考えていたから、そうしてみたり。
—『Raven』をリリースする前はしばらく休養していましたよね。Twitter (ツイッター)ではあなたを探す人たちが騒ぎ立てていたけど、久々にアップされた「Washed Away」のMVはそんなツイートに対するアンサーのような内容でした。お話できる範囲でそのお休み中にどんなことをしていたのかを教えてください。
騒ぎになっていたけど、気も遣ってくれていたような?(笑)。お休み中は本当にベーシックなことしかしていないの。もっとミステリアスなことをやっていたかったけど……(笑)。単純にアルバムの制作期間が延びちゃっただけというか。でも、2020年にアメリカで起こった BLM をきっかけに作ったものだからそれだけ丁寧に作りたかったんだよね。あの時期の5、6ヶ月間は本当に全てをストップさせて休んだ。その間に私の音楽に携わる関係者のみんなに向けてレターも書いて。それは私がこれから表現しようとしていることに、みんなにも寄り添って欲しかったから。黒人である私が置かれている状況と、そしてアメリカで実際に起こってしまったことについて真摯に学んで欲しかった。
—なるほど。スタッフが KELELA の表現を歪んで理解することがないようにステートメントを表明したんですね。そのお陰で、日本まで丁寧に想いが届いていると感じました。
日本とはカルチャーが違うけど、女性という点では私たちとの境遇と繋がっていると思うの。女性やクィアはどの国でも苦労しているし、自覚のない男性たちはとにかく本を読めって思っているわ。男性を怒らせちゃいけないとか、男性が落ち着く環境を作ってあげないといけないとか、チャンスを与えてくれるのはいつだって男性だとか、まだ多くの人が世の中を回しているのは男性だってマインドセットで育ってきているから、女性はそこで無意識に働かされているの。そういう常識に疑問を持っているし、いま男性が優位なのは生物的なものじゃなく、社会的なものだと思っている。まさにレターを出したのは、ブラックフェミニズムについて正しい理解を求めるため。私のアートが好きでも、アートだけが好きということは許されないの。だってそれがどんな背景からできたものかを理解してもらえないと一緒にものづくりをすることはできないよね。
—『Raven』はそのブラックフェミニズムに対する想いが込められた作品ですが、同時に misogynoir (ミソジノワール) 〈*黒人女性に対する女性蔑視を指す用語で、黒人トランスジェンダーおよびシスジェンダー女性に対する女性蔑視に対処するために、2010 年に黒人フェミニスト作家 Moya Bailey (モヤ ベイリー)によって造られた言葉。〉も含まれていたので、人種は違えど私たち女性にとっても共感できる部分がたくさんありました。
それがいちばん大きな意味があるの。アメリカで活動しているブラックフェミニズムはそういう理解を広めるための土台としての役割もあって、黒人だけじゃなくてフェミニズム全体にも使えるものなの。なぜなら、それらは事実に基づくことが語られているから。私もいろんな国のフェミニズムをチェックするようにしていて、そこから感化されることもある。だからカルチャーが違っていても耳を傾けようとすることを大切にして欲しい。あと最後にもう一度伝えたいんだけど、大変なときこそ、弱いところも含めたありのままの姿を見せるべき。私はそうやって自分のカルチャーを作ってきたの。同じ気持ちを持つ人がたくさん集まってきてくれたから。