peko watanabe
peko watanabe

『1122』『恋じゃねえから』漫画家・渡辺ペコが語る映像化への思い

peko watanabe

photography: saki yagi
interview & text: tomoko ogawa

Portraits/

現在 Prime Video (プライム・ビデオ) にて、世界独占配信中のドラマ『1122 いいふうふ』。累計販売部数146万部超の同名人気コミックを原作に、高畑充希と岡田将生がダブル主演し、今泉かおりが脚本を、今泉力哉が監督を務めドラマ化。2016年から2020年まで『月刊モーニングtwo』(講談社)で『1122』を連載し、完結から1年と4ヶ月を経て、恋や創作のおける加害性をめぐる『恋じゃねえから』(22年〜)を連載中の漫画家・渡辺ペコが、ドラマ化に対する思いや、彼女自身の変化について語ってくれた。

『1122』『恋じゃねえから』漫画家・渡辺ペコが語る映像化への思い

ー漫画『1122』には個人的にとても思い入れがある作品だったのですが、ドラマを観たときに、原作をとても大事にした作品だなと感じました。きっとこれまでも映像化のオファーはあったのではないかと想像するのですが、原作者として決め手になる何かはあったのでしょうか。

自分としては、オファーをいただいたらイメージがかけ離れているなというもの以外は進めていただくというのが基本的な姿勢でしたが、途中で消失する企画が多くて、自分から申し込みんでいないのに、断られるということが続いて、何か自分の作品にちょっと足りないとこがあるのではみたいな気分になっていたんです。それで、もう映像化の話は一切気にしないでいようと思っていたときに、プロデューサーの佐藤順子さんからお話をいただきました。企画書にあるメッセージも、お会いしたときも、映像化したいという強い意志と原作の大事なところを掴んでくださっているのが伝わってきて、期待しないと思いながらも、佐藤さんの企画で決まるといいなとは強く思っていました。そうしたら、本当に一番嬉しいキャストとスタッフで実現してくださいました。ドラマの制作チームだけでなく、担当編集、ライツのみなさんも丁寧に、原作を大事にしてくださったので「全部お任せします!」という感じで、完成まで一切不安はなく楽しみしかなかったです。

ー脚本を担当した今泉かおりさんや、監督の今泉力哉さんとやりとりすることもあったのでしょうか?

脚本の段階から原作を尊重してくださったので、読ませていただいたときに、ここをこうしてほしいというリクエストはほとんどなかったのですが、2つだけお願いをしました。一つは、(柏木)美月が二也を剣山で刺すときに、泣かせないでくださいと。ト書きで書かれていたわけではありませんでしたが、ちゃんと逃げるのではなく、目を見据えてほしいと。感情的ではなく、二也を見ながら行動してほしいと思ったんですよね。

ー俳優の Anya Taylor-Joy (アニャ・テイラー=ジョイ) も、怒っている女性は泣かないのだ、と男性監督に訴えてきたという話がありましたね。もう一つのお願いとは?

もう一つは私が原作の中では描けなかったのですが、一子ちゃんが最初と後の方で、片桐はいりさんが演じてくださった整体院の院長と二回話すシーンがあるんですよね。それで、後半、「子どものこともね」みたいな話を院長から振られたときに、「私たちに子どもは必要ないんです」と一子ちゃんに言ってほしいと思っていて、それはお願いしました。

ーじゃあ、渡辺さんが漫画でこうしたかったと考えていたことも、ドラマに反映されているんですね。観終わってみて、いかがでしたか?

そうですね。映像と漫画は全く表現が違うのに、脚本の今泉かおりさんや監督の今泉力哉さんはじめとするスタッフのみなさん、キャストの高畑充希さんと岡田将生さんはじめ演者のみなさんが、原作を大事にしながら、映像向きにマイルドにしてくださったり、キャラクターをふくらませてくださっているなと思いました。

ードラマと漫画の大きな違いは、一子の本心であり、自分にツッコミを入れる小さな「インナーいちこ」の存在がないところかなと。そこを実写化するとファンタジーになってしまいますが、原作の大事なコメディ要素でもありますよね。

インナーいちこは、読者もおいおい、と言いそうなことろで一子に「ちょっとそれはないよ」と戒める役割もありましたね。それがない分、セリフが辛辣に聞こえかねないんだけれど、高畑さんと岡田さんお二人の緩急のつけ方や余白を少しずつ残す演じ方、ちょっとした言葉選び、間合いみたいなもの、醸し出す雰囲気が、インナーいちこ的なマイルド感さを醸し出してくださっているなと。

ー漫画のセリフを生身の人間が発すると、重みが出るものですもんね。その分、傷つき方の深さも強くなるというか。

特に一子のセリフは、一歩間違えると、かなり強めの女性という印象になってしまいますよね。先ほど、高畑さんと岡田さんと少しお話しする機会があったのですが、高畑さんもそこをよくわかってくださっていて、ちょっとコミカルにしたり、和らげたりしてくださっていて。言葉は強く響くんだけれど、高畑さんが発した次の瞬間、ものすごくキュートで、許さざるを得ない、魅力が増したと感じました。そういう調整をしながら、ちゃんとかたちにしてくださったんだなと。

ー岡田さんが演じる二也も、「婚外恋愛許可制(公認不倫)」をしているのに、全く不誠実に見えないですよね。

そうなんです。岡田さんも、「一子ちゃんが二也をすごく好きなのがよくわかるから」とおっしゃっていて、どちらかというと一子に感情移入していたという話を聞いて、原作や監督の意図からキャラクターの気持ちや関係性を感じて、いろいろわかった上で演じてくださっているから、優しいだけでなく、より受け止める二也になっていましたよね。

ー今泉力哉監督作品に対しては、どんな印象を持っていました?

言葉や話し方、テンション、テンポをすごく大事にされる方だなと思っていて、そこがすごく好きだったので、嬉しかったですね。今泉さんが今まで作られてきた登場人物のテンポやテンションとは違うかもしれないけど、この作品で一子と二也のやりとりをつくり上げてくださって、本当にありがたかったですし、なるほど! と思いました。

ーもともとは自分が描いた物語であっても、ドラマ版で驚いたこととか、発見した部分もありました?

撮影を見に行かせていただいたときに、カフェで好青年の礼くんが一子ちゃんの手を握って、おとやんがそれを偶然見てしまって漫画的にハッとする、フィクションによくある場面を撮っていたんです。ハッとなった瞬間、一子と二也の目が合うんだけれど、何も言わずにそのままカフェから二也が出てくるのを見て、「えっ!?出て行くの? いいの?」と思って。自分でそう描いたのに忘れていたんです(笑)。それで、自分だったらどうだろう? 声かけれるかなと考えてみたんですね。例えば、テーブルに行って、「一子ちゃん、この人誰?」と聞くとしたら、それはもう三人の問題になってしまう。だから、それを避けるために声をかけずにパーソナルスペースに戻るだろうなというところで、やっぱりこれでよかったなと。

ードラマだからこそ、より伝わってくる部分もありましたよね。

生身の人間同士だと、二人がガチンコでぶつかるところとか辛く見える部分もあるけれど、高畑さんと岡田さんが演じる一子ちゃんと二也を見ていると、その奥にある、お互いを求める気持ちとか、離れない理由みたいなものが私には伝わってきて、漫画より物語として伝わりやすいんじゃないかなと思いました。それと、別れること自体は全然悪いことだと私は思っていないけれど、ここまでこう色々言い合ってしまったら、二人はもう戻れないんじゃないかなと描いている途中で考えたりもしたんですよね。決してハッピーエンドを求めたわけではないけれど、やっぱり二人がもうひとがんばりして、一緒に生きていくという終わり方にしてすごく良かったなとドラマを観て強く思えました。

ー渡辺さんは、原作者としてドラマ化を体験してみていかがでしたか?

初めてのことで予想できなかったのですが、私の場合は漫画『1122』を完結してから時間が経っていたので、必ずしも同じように再現することを第一にしなくていいとは考えていました。漫画と映像は全く違いますし、私が同じであることを求め出すとすごく大変になってしまう。そこを諦められないのであれば、メディア化は難しいでしょうし、お願いするのであれば、ある程度原作を手放す気持ちは必要なのかなと思っていました。でも、もし連載中だったり、完結してから間もないタイミングだったりしたら、距離感はまた違ったのかなと。

ー『1122』は、2016年から2020年まで連載されていて、現在は、恋や創作のおける加害性をめぐる『恋じゃねえから』を連載中ですね。振り返ってみると、この二つの作品の間で、社会とご自身の問いやモヤモヤ、やるせなさとの戦い方は変わったと思いますか? それともあまり変わってないでしょうか?

自分の関心がどこに向いているかは、その時々で、社会の中で生きている自分と社会の心理的距離感や、どの部分に自分がコミットしているかによって変わってきてはいます。ただ、私の場合は、どの作品でも、「何なんだろう?」というところから描き始めるんですよね。『1122』も、「結婚って何なんだろう?」と思いながら描きましたし、『恋じゃねえから』はもう少し、社会に対してダイレクトに「何なんだろう?」という気持ちが強かったかもしれません。今、『恋じゃねえから』が終わりに近づいていて、自分なりにそのとき持っていた強い問いを、完全に理解できるとか治まるということではないのですが、一区切りつきそうなんですよね。だから、今は連載を始めた当時とは、また違う感覚があります。

ーそうなんですね。渡辺さんはSNSをやめられましたが、そのことはどう影響していますか?

2年くらい前に撤退したのですが、やっぱり健やかになりましたね。最初は寂しい感覚もありました。人のエネルギーの総量はそれぞれ違って、いろんな物理的、精神的な活動を循環させながら生きているのだと思うのですが、私は以前は、SNSに依存してしまってうまく処理できなくなって、トラブルも増えて疲弊して、もう潮時だと感じました。情報を調べるうえで不便なところもあるけれど、自分の場合は本当にそこからは離れてよかったなと思います。

ー以前、SNSに向けていたエネルギーは今はどこに向かっているんですか?

半年ぐらい前から、トレイルランニングを初めて、山に登ったり、海も好きでよく行くようになって、メンタルは明らかに良くなったんです。家族からも好評で、「落ち着いたね」と言われて(笑)。たぶんそれまでは、頭ばかりが疲れていたんですよね。それで、体を疲れさせる方にシフトしたら結構バランスが取れてきた気がします。今47歳ですが、やっと噛み合わなさに気づけたのが、45歳くらいのときでしたね。

ー身体を動かして創作して、という流れは確かにすごく健やかな循環という気がしますね。

仕事に集中して、すべてのエネルギーを注ぎ込む方もいると思うのですが、私は創作だけをやっているとおかしくなってしまうようなので、自分のバランスの取り方を一生かけて探りたいんですよね。自分の場合、今のところ体を動かすのが一番合っている気はしていますが、以前は走るようになるなんて想像もしていなかったです。例えば人とのコミュニケーションで循環させるタイプもいるでしょうし、本当にバランスの取り方は人それぞれなんだろうなと思います。最近は月に200キロは走っていますが、そのエネルギーをSNSや、食べること、お酒に費やしていたんだなと。それはそれで楽しかったけれど、発散しきれない何かがずっとあったんですよね。運動もいつかそうなるかもしれないですが、アイドルを追いかけてツアーをする代わりに、今は全国のトレラン大会に参加したり、自分のソロツアーみたいでめっちゃ楽しいです(笑)。