bar italia
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言語化できない感覚の一致が生む音楽。気鋭バンド bar Italia の現在地

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photography: tatsumi okaguchi
interview & text: riku ogawa

Portraits/

2020年に音楽販売・配信サービス Bandcamp (バンドキャンプ) へアップされた楽曲を機に、早耳たちの間ですぐにシェアされた bar italia (バー イタリア)。活動初期の彼らは全貌が謎に包まれており、検索窓に文字を打ち込むだけで大抵の答えが得られる今の時代でも、ぼんやりと浮かび上がるのは、映像監督 Hype Williams (ハイプ・ウィリアムス) の名でも知られるロンドンの鬼才 Dean Blunt (ディーン・ブラント) と近い関係にあることだけ。Blunt のレーベル「World Music (ワールド ミュージック)」から2枚のアルバムをリリースしてもなお、Blunt のプロジェクトの一環なのか、はたまた全く別のプロジェクトなのか、ソロなのか、何人組なのか。ファンですら輪郭を探る日々が2年ほど過ぎたころ、正体が徐々に明るみに出る。

bar italia は、アーティストとしても活動していたイタリア人の Nina Cristante (ニーナ・クリスタンテ) をヴォーカルに据え、Vegyn (ヴィーガン) のレーベル「PLZ Make It Ruins (プリーズ・メイク・イット・ルインズ)」に所属していた2人組バンド Double Virgo (ダヴル・ヴァーゴ) の Jezmi Tarik Fehmi (ジェズミ・タリック・フェフミ) と Sam Fenton (サム・フェントン) が脇を固めるスリーピースバンドで、Blunt との関係性を睨んでいた人々からすれば肩透かしを食らった感があっただろう。そして、好奇心を生む謎こそが彼らの魅力の一つだったことは確かだが、風貌を公開してもなお人気の加速は衰えず、2023年にアメリカを代表するインディー・レーベル Matador Records (マタドール レコード) へと移籍して1年で2枚のアルバムをリリースするなど活動スピードを上げると、“今、ロンドンで最もエキサイティングなバンド” とまで称されるようになったのだ。

去る5月末、前日に初の来日公演を終えたばかりの彼らにインタビューを敢行。当日まで日本のメディアによるインタビュー記事がほとんど無かったことから、特徴的なバンド名の由来や結成の理由など、イントロデュースの要素が強い質問に答えてもらったところ、謎めいた雰囲気とは裏腹な無邪気な人柄を見せてくれた。

言語化できない感覚の一致が生む音楽。気鋭バンド bar Italia の現在地

手前から Nina Cristante (ニーナ・クリスタンテ)、Jezmi Tarik Fehmi (ジェズミ・タリック・フェフミ)、 Sam Fenton (サム・フェントン)

ー昨夜の初来日公演お疲れ様でした。十数時間前に終わったばかりですが、いかがでしたか?

Sam Fenton (以下 Sam): 人生の中でもトップ3に入るくらい最高でしたよ!

Nina Cristante (以下 Nina): 他の国や地域で行うライブと比べて、オーディエンスの皆さんが身体を動かしていたというわけではないですが、最初から最後まで集中して観てくださったおかげで、より良いパフォーマンスを見せることができたと思います。それに、どこか心で繋がっているような感覚やリスペクトも強く感じましたね。

 

ー感情を全面に出す日本人は、ライブに限らずあまり多くないんですよ。

Nina: 全然気にしなかったので大丈夫ですよ!

Jezmi Tarik Fehmi (以下 Jezmi): 来日する前からリアクションが少ないとは聞いていましたから (笑)。でも、僕の目の前にはヘッドバンギングしてくれている方がいましたよ。

Sam: 彼には僕も目を奪われちゃった (笑)。

 

ーライブでは終始、照明の演出に一切の変化がなくシンプルな照らし方をされていましたが、どのような意図があったのでしょうか?

Sam: 衣装をはっきりと見せたいからです。せっかく色味などを考えてスタイリングしているのに、照明の具合によって衣装が想像と違う映り方をしてしまうこともありますから。逆に、照明に合わせて衣装を選んだほうが良いと思うこともありますよ。

Nina: 個人的にも、照明が忙しなく動いているより固定している方が好きなんです。

 

ー衣装はいつも私服ですか?それとも、スタイリストにお願いしていますか?

Nina: 毎回自分たちで選んだ私服ですね。

Jezmi: どこでライブをするかによって、どんな私服を着るか決めています。

Sam: いや、僕だけは専属のスタイリストがいるんですよ。

Nina: 冗談はやめて (笑)。

Jezmi: Samのスタイリストはお母さんじゃないか (笑)。

Sam: そうだった (笑)。

ー衣装というと、ライブ後にNinaの佇まいを讃えるポストがX(旧Twitter)で散見されました。

Nina: トラウザーは all is a gentle spring というブランドのものですが、トップスは私の母親がデザインしてくれた世界に一着しかないもので、ブーツもミュージカルの『Moulin Rouge (ムーラン・ルージュ)』を着想源にハンドメイドしてくれました。これまで母親が作ってくれた衣装について言及できる機会がなかったので、こうして世の中に伝えることができて嬉しいです。

 

ー衣装を仕入れるというか、私服をよく購入する店舗などはありますか?

Sam: ロンドンにある「RETRO Woman (レトロ ウーマン)」という古着屋によく行きますね。

Jezmi: おそらく、3人ともそこで古着を購入したことがあります (笑)。

Nina: そうね。

Jezmi: 着ているものはデザイナーズブランドが多いとはいえ、ほとんどは古着です。

 

ー皆さんはこの後、原宿の「BIG LOVE RECORDS」でサイン会を控えていますが、近くには多くの古着屋がありますよ。

Sam: 見て回りたいですが、今回の滞在は空き時間が全然無いんですよね。サインは……ファンのみんなに古着屋巡りに付いてきてもらいながら書くしかないかな (笑)。

 

 

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ーそういえば、初来日公演でしたが過去に来日の経験はありますか?

Jezmi: 僕と Sam は初めてですね。

Nina: 私は昔一度だけあります。

 

ーミュージシャンやデザイナーの多くは、初めて訪れる国や久々に訪れる地域がクリエイションに影響を与えると口にします。今後の作品に繋がる体験や活かせる発見はありましたか?

Jezmi: もちろん!日本人のファッションの着こなし方から建物のデザインまで、あらゆるものがヨーロッパと別物すぎて刺激を受け、いちいち驚かないように頑張って過ごしています (笑)。

Nina: フロント部分が真っ平らな車(*ハイエース)も新鮮ですし、どの駐車場を見てもラインに沿って綺麗に駐められているのに感心します。

Sam: “子どもの頃から好きだったものが、実は日本がルーツだった”といった気付きが何回かありましたね。

Nina: ライブでいえば、スタッフの方々によるライブ会場の管理の徹底ぶりに感動しました。ライブは観客の存在も重要ですが、大前提としてスタッフが必要不可欠です。昨夜を大成功で終えられたのは、彼らのおかげに他なりません。音響の方が細部に気を配りながら仕事をしていたり、全ての行動に私たちへのリスペクトが強く感じられ、彼らの仕事への姿勢をバンドの制作にも取り入れたいですね。

ーありがとうございます。ここからは、バンドの基本的な情報を改めて深掘りさせてください。そもそも、なぜこの3人で bar italia として活動することになったのか教えていただけますか?

Nina: 正直なところ、私たち自身もよく分かっていないんですよね。目に見えない力が働いたというか、本能に抗わず従った3人が引き寄せあった結果ですかね。

 

ー言語化できない背景があるんですね。

Nina: だから、3人で音楽を作っているんです。

Jezmi: あとは、音楽の趣味や意見、リスペクトなど、あらゆる感覚が3人で一致しているからだと思いますね。

 

ー特徴的なバンド名は、ロンドン・ソーホーに実在するカフェ「bar italia」が由来ですが、なぜ引用したのでしょうか?

Sam: 遅い時間まで営業している飲食店が少ないロンドンでも、中心部のソーハーは深夜も賑わっていて、特に「bar italia」は1949年のオープン時から朝まで営業していることもあり、ロンドンのあらゆるシーンにとって大切な場所なんです。それに、ロンドンは昔からイタリアに憧れている節があり、多くのカフェがイタリア風のオーセンティックなデザインを採用している中で、「bar italia」はオリジナリティに溢れているんですよ。2020年代に Y2K が流行っているように、1970年代は1950年代に憧れを抱いていて、各年代で過去に思いを馳せた結果、内装が年代の層が積み重なったようになっているのが特に面白いですね。

Nina: 斜向かいには、ロンドンを代表する老舗ジャズクラブ『Ronnie Scott’s(ロニー スコッツ)』もあるから歴史的にミュージシャンが集まるナイトスポットなんですよ。

Sam: かといって、音楽系の業界人だけが集まるわけではなくて、フォトグラファーからデザイナーまで誰もが気軽に訪れる場所という感じですね。

Nina: 他にもソーホーには、フレンチカフェ「Boheme (ボエーム)」やパブ「The French House (ザ フレンチ ハウス)」、フレンチ・パティスリー「Maison Bertaux (メゾン バトゥー)」など、画家の Francis Bacon (フランシス・ベーコン) らアーティストやミュージシャンが通った老舗は数多くあるのですが、私がイタリアにルーツがあるので「bar italia」にしたんです (笑)。

 

ー余談ですが、「bar italia」の目の前にはイタリアンコーヒーのチェーン店「CAFFE NERO (カフェ ネロ)」がありますよね。

Sam: よく知っていますね!僕はあそこの雰囲気が大好きで、実際「bar italia」よりも通っていました (笑)。

ロンドン・ソーホーにあるカフェ「bar italia」-Photo by Riku Ogawa

ー活動初期から2022年頃までの数年間は、素性を公にせずインタビューにも応じないミステリアスなバンドという存在でしたが、これは意図したブランディングだったのでしょうか?

Jezmi: 無意識的にミステリアスなブランディングにしていたかもしれませんが、そもそも僕らは Bandcamp (バンドキャンプ) に楽曲をアップロードしたことで、「このバンドって何?」と突然口コミで広がったことが始まりですからね。

Nina: 活動初期の bar italia は、Dean Blunt (ディーン・ブラント) が主催するレーベル World Music (ワールド ミュージック) から楽曲をリリースしていましたが、このレーベルに所属するのは正体不明の無名アーティスト、もしくは Blunt のゴーストプロジェクトの場合が多いです。だから、bar italia も活動初期は彼のプロジェクトの1つなのではないかと疑われていたこともあって、ミステリアスな雰囲気が漂っていたんだと思います。それに、想像を超えるスピードでバンドの名前が広がったので、自分たちをどうプロデュースするか、どのようにブランディングするか、アイデアもプランもなく流れに身を任せてしまっていました。あとは単純に、ライブを行っていなかったのも原因でしょうね。

 

ーでは、意図していなかったと。

Nina: Sam はどう思う?

Sam: ミステリアスな存在であることが、どういうことか分かっていなかったかもしれません。バンドとして活動する以上、成功して多くの人に音楽を聴いてほしいことは当然です。ただ、ビジュアルを全面に押し出し、大々的なプロモーションを行うことは不本意でしたし、ほんの些細なことですら常に投稿しなければいけない SNS の風潮にもネガティブなイメージがありました。それでも、ファンの方々が音楽以上のことを理解したい気持ちに抗うのは誠実ではないと思い始め、塩梅を探っている途中です。

Jezmi: “ミステリアスな存在でいること”に疲れたのも原因かもしれないです。

Nina: 活動初期の MV でも、特に顔を隠していたわけではないんですけどね。

 

ー昨年、その World Music から Matador Records (マタドール レコード) へと移籍しただけでなく、2枚のアルバムもリリースするなど、激動の1年だったと思います。振り返っていかがですか?

Nina: 本当に、とにかく、信じられないくらい忙しかったです (笑)。

Sam: 間違いない。本当にその通りだと思うよ。

Nina: もうすぐ2024年の折り返し地点だけど、まだ2023年が終わった感じがしないというか。

Jezmi: まだ4thアルバム『The Twits』(*2023年11月リリース) のプロモーションの真っ只中だから、この多忙すぎる日々は夏までは続くだろうね。

Nina: (iPhone で Google カレンダーを見せながら) 今後数カ月は、休みが1日もないんですよ。

ー「Matador Records」下になったことで、音楽性や楽曲制作、ライブ活動に影響はありましたか?

Jezmi: 最も大きな変化は、金銭面ですね。以前はアルバイトや別の仕事をこなしながら活動していましたが、フルタイムで音楽に専念できるようになり、精神的な安定にも繋がりました。

Nina: 機材が整っているうえに、ミックスやマスタリングをよりプロフェッショナルな方々にお願いできるようになったことで、楽曲制作を巨視的に捉えられるようになったことは大きいです。以前までは、たとえ素晴らしいアイデアを考え付いたとしても、状況を鑑みて妥協した決断を下さざるを得なかったこともありましたね。

 

ーでは、最後に次回作で探究しているサウンドや今後の展望を教えてください。

Jezmi: とにかく楽曲を作りたいと思っています。

Sam: ロボットをテーマにしたアルバムを作ろうよ!

Nina: なに言ってるの?

Jezmi: Sam、Nina がすごい顔してるよ (笑)。

Nina: イメージは?

Sam: People are dead ♪

Nina: アイデアは面白いけど、実現はしたくないわ (笑)。

Sam: いずれにせよ、新しい bar italia を引き出したいね。

Jezmi: また1つアルバムを完成させたら、ツアーで世界を回りたいし、日本に戻ってきたいです。今日はありがとう、また会う日まで!