floating points
floating points

私があなたを自分の世界に連れて行く。Floating Points が作り出す音楽空間

floating points

photography: asuka ito
interview & text: saki yamada

Portraits/

Floating Points (フローティング・ポインツ) こと Sam Shepherd (サム・シェパード) が9月13日にリリースする最新アルバム『Cascade』は、彼のダンスミュージックへの回帰を象徴する作品となった。前作『Crush』以降、Sam はクラシックやジャズなど、さまざまなジャンルでのプロジェクトに取り組んできたが、今回のアルバムでは再びダンスフロアに焦点を当て、その情熱を再燃させている。Caribou (カリブー) の Dan Snaith (ダン・スナイス) や Warpaint (ウォーペイント) のドラマーである Stella Mozgawa (ステラ・モズガワ)、さらには宇多田ヒカルといった音楽仲間たちとのセッションもまた、Floating Points の音楽を別次元へとアップデートさせている大切な要素だ。

フジロック出演の前日、Sam とのインタビューは渋谷のカフェで行われた。テーブルで簡単な挨拶を終えると、「日本語で話した方がいいかな?実は大学で日本語を勉強していたんだ。試験には落ちたんだけど」と彼らしいジョークを交えながら意気揚々と話してくれた。大学では脳神経学を学び、ピアニスト/プロデューサーとして数々の名曲を書き上げ、芸術を愛する音楽界の天才サイエンティストに制作の裏話、ロンドンでの生活、彼の音楽が特別な理由について話を聞いた。

私があなたを自分の世界に連れて行く。Floating Points が作り出す音楽空間

—最新アルバム『Cascade』は、アナログ機材を巧みに駆使して制作された、まさに電子音による魔法のような作品だと感じました。今回のアルバム制作で、メインとなっている機材は何でしょうか?

僕はピアニストなので、制作の中心となる楽器はやはりピアノだね。ピアノはシンセサイザーと同じで、鍵盤があれば何でもできる。なので、それを電子モジュールのシンセサイザーやコンピュータと繋いで使っている。「Max/MSP」というソフトウェアを使って、ちょっとしたコードを書くこともあるね。複雑なソフトウェアなので、あまり深入りはしないようにしているんだけど……触るのは好きだな。

—今回、使用したシンセサイザーの中で、特に思い入れのある機材はありますか?

「PPG Wave 2.3」という、1980年製の青いシンセサイザーだね。去年購入したんだけど、これを使って音を作ったんだ。普段から使い慣れた機材もたくさん使っているけど、自分の好きな音や、自分がいつも辿り着く特定のテクスチャーがあるんだ。その中でも、PPG は僕にとって新しい感覚をもたらしてくれたシンセサイザーだったね。

—本作の制作はいつ頃スタートしましたか?前作『Crush』からは4年経っていますね。

『Crush』は1ヶ月ほどで完成したアルバムだった。それからは Pharoah Sanders (ファラオ・サンダース) とレコードを作ったり、交響楽団のために作曲をして、クラシック音楽に近い創作活動に打ち込んでいた。そうした経緯もあり、ダンスフロアに戻りたい、クラブミュージックを作りたいと心の底から思うようになったんだ。今年の3月頃にカリフォルニアのジョシュア・ツリーに滞在することになったので、そこで3週間くらい孤独な制作期間を過ごしたよ。そして、今回のアルバムを書き上げたんだ。

東京を拠点に活動するアーティスト、中山晃子が手掛けたミュージックビデオ

—たった3週間で制作したとは驚きです。なぜジョシュア・ツリーに行ったんですか?

コーチェラの出演が決まっていて、その直前から LA に行くことにしたんだ。ジョシュア・ツリーは車で3時間くらいのところにあって、Warpaint のドラマーでもある親友の Stella Mozgawa がそこにスタジオを持っているんだ。彼女は当時、Courtney Barnett (コートニー・バーネット) とツアー中だったため、スタジオを貸してもらえることになったんだ。他人の制作環境にいると刺激になって、いつもと違うものを作れると思うね。ロンドンにある僕のスタジオで作られている音楽のほとんどは、他のミュージシャンが作ったもの。僕のスタジオは最高なので、みんな、興奮して制作に励んでいくよ。正直、そういった友人の姿を見ていると、羨ましくなるね(笑)。

—では、新しいアルバムはジョシュア・ツリーにインスパイアされていると。

あの場所にはいつも刺激を受けている。すでに何度も訪れていて、ジョシュア・ツリーをテーマにした作品もリリースした。『Reflections』というタイトルのアルバム。もちろん、ジョシュア・ツリーで制作したよ。ぜひ、行ってみてほしい。美しくて、光が違う。世界で最も素晴らしい場所のひとつだと思う。岩、風景、自然……全てが唯一無二で、まるで別の惑星にいるみたいだね。あそこの雰囲気はとても落ち着くんだ、ものすごく暑いけどね。

—東京の猛暑も大変ですよね……。ただ、フジロックは渋谷よりも涼しいと思います。

そうであってほしいね。フジロックが終わった後、どこに行くか考えないと。1週間、日本に滞在するんだ。友人と7人くらいで車を手配して、香川県の南までドライブして、フェリーで大分まで行って、福岡までドライブしようかと思っているよ。福岡はすでに3回行っていて、食べ物が最高だね。東京の Kabi (カビ) というレストランに友人がいて、彼におすすめの場所を教えてもらったことがあるんだけど、どのレストランも本当に美味しかったね。もう、まるでパレス(宮殿)にいるかのような気分だったよ。

—パレス……(笑)。最新アルバムにも「Afflecks Palace」という曲がありますよね。あの曲が大好きなんです。強烈で、エモーショナルで。

ありがとう。あの曲はワンテイクで録っていて、エンディングの辺りでは少し酔っていたね。レコーディングの間はジョシュア・ツリーに1人だったので。レコーディングが終わった後は、近くにあるランチョ・デ・ラ・ルナに Stella やパートナーと遊びに行っていたんだ。Queens of the Stone Age (クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ) の Dave Catching (デイヴ・キャッチング) のスタジオさ。家の中にあって、とても不思議で素晴らしい場所だね。Dave は本当に最高だよ。

—それは素敵な思い出ですね。

「Afflecks Palace」の収録を終えたある日、僕は Stella にドラムのレコーディングをやってみたいと相談したんだ。僕が自分のトラックを「Pro Tools」に読み込ませていると、彼女が尋ねてきたんだ。「OK、どうしたらいい?」、と。僕は口でドラムのリズムを鳴らして説明し、それから「ヘッドホンの音量は大丈夫?」と機材の調整をしていたんだけど、彼女は僕を無視して、ただ演奏していたんだよ。そして彼女は笑いながら「終わった」と言ってスティックを置いたんだ。彼女は曲の終わりの大きなドラム・フィルをたったワンテイクで演奏してしまったんだ。念の為、「もう1回やる?次はちゃんとした環境で叩けるよ」と提案したんだけどね(笑)。彼女は本当に素晴らしいドラマーだよ。

—そんな話が聞けて嬉しいです。今回のアルバムでは宇多田ヒカルや Dan Snaith (Caribou/Daphni) も参加しているとのことですが、どのようにして実現しましたか?

Dan はスタジオにドラムキットを置いていて、彼がドラムを叩いている時に iPhone で録音したんだ。その音を作品内で使った。ロンドンで友人になったハープ奏者の Miriam Adefris (ミリアム・アデフリス) は、よりコラボレーションに近い形で参加してくれたね。彼女はウィーンからロンドンに移って、実験音楽の仕事をしたり自分の作品を作っている。実は、昔からハープを習いたいと思っていて、彼女にいろんなことを教えてもらったんだ。だから僕が書いたバレエには、ハープのソロがたくさんあるんだよ。それから、彼女と一緒に曲を書くようになったんだ。「Ocotillo」の半分は彼女のソロなんだ。

—「Ocotillo」の音色、よく覚えています。ハープの音だったんですね。ヒカルの声がどの曲で使われているか考えているんですが……。

彼女のボイスサンプルは最後の2曲で使っている。とてもさりげなく。特に最後の曲には、質感があり、とても静かな雰囲気が漂っている。そして注意深く聴くと、彼女の存在を感じ取れるはずだよ。ヒカルの声が音楽の中に潜んでいて、時折、ふっと現れる。その現れ方はまさにイースターエッグのようで、隠された宝石のような存在だね。ヒカルの声がその要素をもたらしてくれたんだ。このエンドトラックには、元々人間的な要素が欠けていたんだけど、彼女の声がアンビエントな雰囲気に人間味を加えてくれたことで、素晴らし仕上がりになった。

—昨夜は武道館にヒカルのショーを観に行っていましたね。

彼女のライブは本当に素晴らしかった。友人と何人かで会場に向かったんだけど、僕たちが最初に案内された部屋は、壁もカーテンもない不思議な空間だった。スタッフが去った後、僕たちはその場に取り残され、まるで迷子になったかのような感覚に陥いったよ。「ここは一体どこなのだろう?」と思いながら誰かが迎えに来るのを待っていたんだけど、ショーが始まるまで時間もなく、戸惑っていたんだ。すると、ショーが始まる直前にカーテンが開かれ、自分たちが舞台裏にいると気が付いたんだ。そのVIPエリアは特別な位置にあって、友人たちと一緒にその光景に感動したね。カーテンの向こうで何が起こるか全く予想していなかったので、本当に面白い体験だったよ。ステージでは音楽家の大森日向子もヒカルのショーをサポートしていてね。僕たちはみんなロンドンで近所に住んでいる友人なんだ。

—ロンドンの音楽シーンには、まだ興奮を感じていますか?

そうだね。マンチェスターを出たのは18歳の時で、ロンドンが人生で最も長く住んでいる場所になったよ。今もロンドンから多くの刺激を受けていて、とても良い場所だと感じている。ただ、物価は高いね。特に若いうちは生活が大変だと思う。新しいクラブもいくつかあるけど、質の高いものを作るのは難しいと感じている。木製のダンスフロアや、適切な音響処理が必要だけど、それを実現するにはお金がかかるからね。そんな状況にも関わらず、今はサウンドシステムを作ろうとしているんだけどね。

—どこでサウンドシステムを作っているんですか?どうして、急に?

友人と数名で巨大なサウンドシステムを工房で作っているんだけど、正直なところ、なぜ作っているのか自分でも分からない (笑)。サブウーファーは「Levan Horn」のもので、とても大きなベース音が出るんだ。幅4メートル、高さ4メートルほどのサイズ。すでに作り上げたけど、今はお蔵入り状態。今はアンプを集めているところなんだ。来週、ロンドンに戻ったらサウンドチェックをする予定だ。考えるとワクワクするね。友人たちと一緒に取り組んでいるプロジェクトで、遊びのようなものなんだけど、すごく真剣に取り組んでいるよ。ドライブスピーカーは日本製で、Pioneer (パイオニア) が出している「TAD」というブランド。とても珍しいスピーカーで、現在でも製造していますが、多くは作られていなくて。ものすごく高いんですが、クオリティもとても素晴らしいんだ。ツイーターも TAD 製の「ET703」というモデルを探しているんだ。すでに4個持っていて、あと6個必要なんだ。どこで手に入るのか知りたい!

—分かりました、見つけたら連絡しますね!それで、あと5分しかインタビュー時間がないので、Floating Points の音楽についてもっと聞きたいんです。

もちろん。ファッション誌のインタビューなのに、オタクな会話になったね。サウンドシステムに関する知識を広げるいいチャンスだった (笑)。

—あなたの興味は本当に色々なものに向けられていますが、音楽制作中はどのようなことを考えていますか?

そうだな。シャワーを浴びているときや、タクシーが通り過ぎるときなど、ふとした瞬間にアイデアが浮かんでくる。本当に、どんな時でもいいんだ。機材を使ってラップトップで作業している時にアイデアを見つけることもある。インスピレーション源はたくさんあるね。それらを少しずつ調整していく感じかな。サンプリングはあまりしなくて、普段はデジタル・シンセサイザーやアナログ・シンセサイザーを使って、実験から制作が始まることが多いね。ただ一貫して言えるのは、いつも退屈している時に何かが生まれている。僕は基本的に退屈を感じているんだけど、今は退屈を感じるのが難しくなったよ。興味を引くことがたくさんあるのでね。サウンドシステムのプロジェクトも魅力的だしね。

—音楽制作に対して、疲れたりストレスを感じることはありますか?

本当に、まるでジェット機のように感じている。でも、ストレスは誰にでもあるから。音楽作りは心を空っぽにすることが、とても重要だと思う。それが何かを成長させるんだ。僕も普段の制作では、いつもできるか分からないことを試している。音楽を作るということは、何も取り入れないようにすることだ。例えば、ニュースも読まない、メールも読まない、携帯電話も見ない。退屈することに集中するんだ。それが難しいんだ。でも、誰にとっても同じことだと思うんだけど、何もないところから最高の創造性が生まれるんだ。心の中の自由から。なので、僕は5年に1枚アルバムを作るようにしている。

—「Fast Forward」というトラック名を見た時、あなたが音楽の未来について何を考えているのか不思議に思いました。

この曲名はそういう意味ではなくて、ただ、”Fast Forward (早送り)”のサウンドが好きなんだ。この曲にある音を使っていて、車の「ブーン」みたいな音なんだけど。まるで人工物のようなサウンドで、僕の機材から偶然鳴ったんだ。その音を左から右に動くように処理した時、「これはクールだ」と思ったね。

—なるほど。Floating Points はラフだけどなめらかで、美しい音楽が特徴だと思うんですが、そういったノイズの使い方には、まさにラフさを感じます。

よく言われるよ。だからこそ、そういうラフな音を取り入れたいんだ。今は Ableton (エイブルトン) などのソフトウェアを使って、ブロックのような音楽が簡単に作れる。僕は自分の音楽により流れを加えたいんだ。そして、また別の流れが生まれる。そうしたいくつもの流れが一緒になって音楽が完成する。それが僕の好きな音楽の作り方だね。僕はいつも建物を建てるのではなく、この道を進むというような感覚で音楽を作っている。まるで蛇のようにね。そうやって直感的に考えることが好きなんだ。

—それでは最後に……どうしてFloating Pointsの音楽はこんなにも特別なのでしょうか?純粋に、あなたの音楽は何か特別だと感じるんです。

ワオ(笑)。そうだね、音の質感によって音楽の聴こえ方は大きく変わる。僕は音楽を作る際、単に音楽を作るだけでなく、その音楽が存在する空間も同時に作り上げようとしている。これは僕にとってとても重要なことなんだ。つまり、音楽を聴くだけでなく、その音楽が存在する物理的な空間も聴いているということ。僕は音楽を通じて、誰もいない部屋に家具を配置するような感覚で空間を作り出している。電子音楽は物理的な空間を持たないため、その音楽が初めて物理的な空間を持つのは、スピーカーから出力されたときだ。例えば、チェロを録音する場合、部屋の中でマイクを使って録音する。チェロにはすでに物理的な空間が存在し、その空間を含めて録音を聴くことになる。しかし、電子音楽はチェロのように物理的な空間を持たないため、僕は音楽制作の過程でこの空間を構築しようと常に心がけているんだ。

—素晴らしい美学だと思います。

僕の音楽が特別だと言うつもりはない。僕が作るただの音楽です。でも、そこには確かに美学的な選択が存在していて、自分の音楽が存在するための世界を作り上げようとしている。それは、僕が望む世界であり、誰かが望む世界ではない。あなたが世界を創り出すのではなく、僕があなたを自分の世界に連れて行くんだ。それが、僕が一番クールだと思うこと。Apple (アップル) の3Dオーディオといった空間技術に対して僕が好感を持てない理由の一つは、リスナーに音の探求を作り出す権利を与えてしまうからです。それは僕の仕事であり、僕の芸術だ。彼らは僕の芸術を歪めていると感じている。空間的な要素は僕の音楽哲学の一部であり、とても重要なものなんだ。