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波に揺られ、音で揺らす。Jamie xx の頭の中

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photography: yota hoshi
interview & text: riku ogawa

Portraits/

9年待った甲斐があった。Jamie xx (ジェイミー・エックス・エックス) の新作アルバム『In Waves』を聴いて、こう思った人は多いだろう。ロンドン出身の音楽プロデューサーで DJ の彼は、インディーバンド The xx (ザ・エックス・エックス) のメンバーとして活動する最中、2015年に 1st アルバム『In Colour』をリリースすると、ジャンルレスで叙情的な世界観が凝縮された作品は、批評家やリスナーから大絶賛。その後、大抵のアーティスト同様に数年以内には 2nd アルバムをリリースすると思いきや、待てど暮らせどアルバムはおろかシングルの存在すら明らかにされず、待望の 2nd アルバム『In Waves』は『In Colour』から9年を空けてのものとなった。

「映画のシリーズ作品は、1作目が最も評判が良い」とよく言われるが、音楽シーンも同様に1stアルバムで高い評価を得るも、2nd アルバムで波に乗り切れないケースは多く、この障壁を恐れて 2nd アルバムのリリースが遅れるアーティストは多い。だが、Jamie xx はというと「単純に取り掛かることができなかった」と、多忙を極めていただけだったと振り返る。幸か不幸か2020年のパンデミックによって制作時間を確保できたことで、『In Waves』の制作に着手。個性を散りばめながら流行の音をキャッチアップし、引用元へのリスペクトと愛に溢れるサンプリングの妙で、古き良きダンスミュージックが好きな人には懐かしい感覚を思い起こさせ、最先端のサウンドを追いかけている人には新鮮に聴こえる楽曲を揃え、近い将来、クラシックと評されてもおかしくない傑作に仕上げた。

そんな新盤を引っ提げて、Jamie xx が昨年11月に来日。アルバムの話を中心に、ゲリラ的に開催される少人数パーティー「The Floor」や UK ダンスシーンの現状など、貴重な話を聞いた。

波に揺られ、音で揺らす。Jamie xx の頭の中

ー今日はよろしくお願いします。明日、久しぶりの日本での公演を控えていますが、来日自体はいつぶりですか?

1年、いや、2年ぶりだね。

ー2年前というと、音楽フェス「Tonal Tokyo」への出演のためですかね?

そうだよ。その時は1週間ほど滞在したんだけど、誕生日 (10月28日) を日本で過ごして、別の音楽フェス「Rainbow Disco Club (RDC)」にも行ったんだ。

ーRDCの出演者には名前が無かった記憶ですが…?

(同日開催の)「Tonal Tokyo」での出番終わりに、プライベートで行ったんだよ。1人の客として、ひたすら踊っていたね (笑)。

ーそうだったんですね! もうひとつ、あなたの来日公演で思い出されるのが、2020年3月12日に渋谷のクラブ Contact(*2022年9月に閉店)で行われたサプライズギグです。聞くところによれば、パンデミック前最後のギグだったそうで、当時の心境などを振り返っていただけますか?

あの時は、ホリデーで家族と一緒に日本を訪れていたから、会場には両親も遊びに来ていたんだ。ギグ自体は本当に楽しかったんだけど、当時は今ほどコロナについて理解が及んでいなかったとはいえ、高齢の両親があの空間にいたのは相当危ないことだったと反省しているね。それもあって、翌日の3月13日にライブのためオーストラリアへ移動する予定だったところを、急遽イギリスの自宅へ戻ることにしたんだよ (*豪州は3月20日から非居住者の入国を原則禁止し、英国は3月23日からロックダウン開始)。その頃から新しいアルバムに取り掛かろうと思っていたから、結果としてクリエイティブな時間を過ごす完璧なタイミングではあったね。

ー新作『In Waves』は、9年ぶりのアルバムとしてリリースを迎えましたが、前作から期間が空いた中で取り掛かろうと思ったのは、何か糸口があったのでしょうか?

いつだってアルバムを作りたい気持ちはあったよ。ただ、考え込みすぎていたし、働きすぎてもいたから、単純に取り掛かることができなかったんだ。その状態が長く続いていた中で、一度強制的にでも立ち止まってリラックスできたのは大きかったね。

ーなるほど。『In Waves』の制作期間の大半は、コロナのパンデミックと被るかと思いますが、作品にはどのような影響があったと考えますか?

パンデミックの最中、全く何もしない時間を作れたことが大きかったよ。しばらく音楽を作らない時間があったからこそ、また音楽を作りたい気持ちが湧いてきたーーこれがとても良い気付きだった。というのも、17歳の頃からノンストップで音楽を作り続け、勢いも意欲も常にあったから、”音楽を作らない” という選択肢が頭の中になかったんだ。おかげで、自分が音楽を愛していることが再認識できたよ。それに、先のことばかり考えるのではなくて、改めて現状に集中して音楽を作るプロセスを楽しむ考え方になったね。

ーそれでは、アルバム制作におけるブレイクスルーがあれば教えてください。

パンデミック初期に完成した「Dafodil」と「Breather」の2曲から、似たような要素があると感じてね。どちらもスポークン・ワードを用いていて、「Dafodil」は客演の Kelsey Lu (ケルシー・ルー) と出会った初めての夜についての楽曲なんだけど、自分にとって意味がある内容が歌われていて、それは他人にとっても同じだと感じたんだ。そこからアルバム全体を結び付ける、ひとつの繋がりのようなテーマが視えたね。

ー全体を通して、ベッドルームで独りでも、ダンスフロアで汗をかきながらでも聴くのにも適した二面性を感じました。これはパンデミック中の自宅隔離と、パンデミック明けの心の開放を意識したのでしょうか?

まさしくその通りで、意図的なものだよ。『In Waves』より以前の作品は、全て内省的な作品だったけれど、今作は完成前に数曲を観客の前でプレイできたこともあって、オーディエンスの反応を見て大勢の人がいる状況でも、自宅でヘッドホンでも聴きたくなるような両極端の作品に仕上げることができたんだ。これに関しては、これまでのどの作品よりも良い制作プロセスだったと思うね。

ーまた、これまでのカラフルなアートワークから一転、モノクロのサイケデリックな波模様となっていますが、この意図を教えていただけますか?

引き続きグラフィックをメインにしつつテイストを変えることで、過去のアルバムと並べた時に、統一感がありながらも目立つようにモノクロにしたんだ。あと、みんなの目をおかしくさせたくて (笑)。僕はクラブでトリップするのが好きだから、アートワークで朝6時まで踊り狂うトリッピーな気持ちを表現して、アルバムの後半も同様の気分を味わえる展開にしているんだ。

2nd アルバム『In Waves』のジャケット

ー模様でもありアルバム名にもなっている“波”は、趣味のサーフィンに着想を得たそうですね。

10年ほど前に日本を訪れた時、次の移動先だったカナダに行く前に数日だけハワイで過ごすことになって、時間があったからサーフィンにチャレンジしたんだけど、波に乗るという体験に心の底から感動したんだ。波に乗ることで、全く新しい視点で自然を感じることができるようになったし、人生に落ち着きや喜びがもたらされたよ。音楽と全く関係ないものにハマることができたのも、僕にとってはヘルシーなことだね。

ーちなみに、アルバムのアートワークで共通している長方形のカットアウトは一体?前々から気になっていて…。

あぁ! あの長方形は、バンドの “x” の片足を表しているんだよ。

ー長年の疑問が解決しました、ありがとうございます!少し話が逸れるのですが、2024年5月にロンドンで200人限定のイベント「The Floor」を10日間連続でゲリラ的に開かれていましたね。その後、NYやLAも巡回していましたが、『In Waves』のリスニングパーティー的な立ち位置だったのでしょうか?

「The Floor」の前に『In Waves』は完成していたので、どちらかと言えば祝賀会だね。僕は長年、自分のクラブを作る夢を持ち続けていたから、その夢を何らかの形で実現しようとしたのが「The Floor」なんだ。若い頃から好きだったのに会うことすら叶わなかった人と共演を果たせたり、尊敬している方々や多くの友人にも出演してもらって、彼らと一緒にアルバムを通しで初めて聴けた時は、人生や夢とは何かを再確認したというか。とにかく、本当に特別な瞬間だったよ。(*Daphni、Axel Boman、2manydjs、Doc Scott、George daniel、Two Shell らがシークレットで連日出演。Romy や Charli XCX も駆け付けた)

 

 

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ークラブを作る夢は、今のあなたであれば叶えられるのでは…?

実は、数年かけてロンドンの物件を探して、購入直前まで話が進んだこともあったんだけど、相談した知り合い全員から反対されてね (笑)。今になって思えば、クラブを作らずとも「The Floor」を開催することができたから、購入しなくてよかったと思うよ。2025年6月にロンドンのビクトリアパークで巨大な「The Floor」を開くんだけど、もっと他の国でも開催したいんだよね。もちろん、日本でも。

ーぜひお願いします!ロンドンのクラブといえば、都市開発などの影響で閉店が相次ぐ一方で、UK ダンスシーンは盛り上がっている印象を受けます。

今の UK ダンスシーンは、間違いなく若手のプロデューサーたちが作り上げていて、普段ロンドンにいない僕が入り込むような隙はないかな。街が日に日に発展するように、UK ダンスシーンは常に進化し続けるもので、Four Tet (フォー・テット) も Floating Points (フローティング・ポインツ) も僕も、長いことシーンに身を置いてるけど、もう自分たちの居場所では無いと思っているよ。新しいムーブメントを生み出すのは、いつだってキッズたちだから。それだけは昔から変わらないこと。クラブは、閉店したと思えば新しい場所にオープンするから、あまり気にすることではないかもしれないね。

ー若い頃のあなたを育てたようなクラブはまだありますか?

音楽を好きになるきっかけを与えてくれて、毎週のように通っていたクラブの多くは残念ながら閉店してしまったけれど、サウスロンドンにある「Corsica Studios」はまだあるよ。あと、新しいお店だと「brilliant corners」が好きだね。日本のレコードバーがコンセプトのレストランなんだけど、たまに店内のテーブルや椅子を全て片付けてパーティーを開いているよ。

ーここで質問がガラッと変わるのですが、我々はファッションメディアなのでビジュアルについて伺いたく、世界的人気と比例してメディアへの露出が増えたことによる、自身の見え方や見せ方について意識することはありますか?

私生活にも言えることだけど、できるだけシンプルで、自分への興味を削がれるような服装を意識しているね。ショーの最中は、ステージ上にいる僕を見るのではなく、自分と向き合ったり、周りの人たちと踊ったり、音楽に集中して楽しんでもらいたいから、いつも黒いTシャツに黒いパンツなんだ。何千人もいるようなステージでは難しいと分かってるけどね (笑)。

ーもうひとつファッション関連の質問をさせていただくと、「It’s So Good」は CHANEL (シャネル) のキャンペーンフィルム「CHANEL COCO CRUSH」のサウンドトラックとして書き下ろされましたが、制作にまつわるエピソードを教えていただけますか?

これまでのブランドとの協業では経験したことがない、とても自由な仕事で楽しかったね。はじめに CHANEL から絵コンテやアイデアを出してもらい、それから内容や出演者も説明してもらったんだけど、ずっと頭にあったけど完成できずにいた楽曲とマッチして、おかげで発表することができたんだ。CHANEL のような素晴らしいブランドの支援のもとで、プレッシャーを感じることなく自由に音楽が制作できたのは良い経験だったよ。

ー最後に、今回の来日では何を楽しみましたか?

ずっとレコード屋を訪ねて回ってるんだけど、日本のソウルやファンク、ジャズ、シティポップとか知らないものばかりで、もっとディグりたいと思ったね。特に1970〜1980年代の作品にとても良い刺激を受けたよ。どこの国に行っても新しい音楽と遭遇できるラッキーな人間だから、できるだけ多くのことを吸収して帰りたいね。

 

 

 

『In Waves』

作品名 In Waves
リリース 2024年9月18日
レーベル Young
HP www.beatink.com/InWaves