yuriyan retriever
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受け継がれるヒール。ゆりやんレトリィバァの迸る才気

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photography: Kazuki Iwabuchi
styling: Mika Ito
hair & make up: kanako hoshino
interview & text:  Mami Chino

 

Portraits/

1980年代、容赦ない女性たちの闘いが繰り広げられ日本中を席巻した女子プロレスのムーブメント。国民的アイドルとして注目を集めるレスラーがいる一方で、そんな彼女たちと同期でありながら、全日女子プロレスの落ちこぼれとなってしまった松本香は、なぜ悪役に転身したのか。最盛期に突然現れた極悪非道の嫌われ者、ダンプ松本が誕生するまでの知られざる物語を描く Netflix シリーズ「極悪女王」。世界配信される本作で、堂々たる初主演を飾ったお笑い芸人のゆりやんレトリィバァは、作品とどう向き合ったのだろうか。髪を掴み、凶器で流血させるまで攻撃する彼女の中に、ダンプ松本の魂を見た。

受け継がれるヒール。ゆりやんレトリィバァの迸る才気

—怪我もされながらの本格的なプロレスシーンだったことが見受けられましたが、現場の熱気のありようを教えてください。

まず怪我したことについては結構ネットニュースで過激に掲載されてしまった部分があって、本当は普通に生活できるレベルではあったんです。長与千種さん率いる女子プロレス団体「Marvelous(マーベラス)」さんがプロレスのシーンを監修されていたので、安全に配慮された環境下で特訓をして撮影に臨んでいました。なので、怪我をしたのはただ受け身をミスっただけというか……(笑)。決してそうではないのに、人の命や怪我を軽く扱う現場だと思われるのが悔しくて。プロレスとは本気で向き合っていて、安全な現場だったというのは改めてお伝えしたいです。

—なるほど。

みんなで毎日バスに乗って船橋の駅から道場まで通っていたんです。それで、あれができない、これができないって苦戦して涙を流しながら本当に部活みたいに取り組んでいました。たしか、オーディションを受けたのが2020年秋で、撮影が終わったのが2022年の7月。丸三年間もプロレスと向き合うことになっちゃいましたね……。監督やスタッフは準備を含めるともっと長期になっているはずで、白石監督も「こんなに長くなるとは思わなかった」って仰っていました。

ジャケット¥100,100/alexanderwang(アレキサンダーワン)、ピアス¥176,000、ネックレス¥374,000/ともにUNDER THE ROSE(アンダー ザ ローズ)、その他/スタイリスト私物

—プロレスのシーンをあのクオリティまで高めるために、実際にどんな練習や体づくりをされましたか?

私って太りやすい体質なので増量は簡単かなって思ってたんですが、これが結構大変だったんです。筋量を増やすこともそうなんですが、当時のダンプさんの体型に近づけないといけなかったのでただ大きくするというわけにはいかず。ダンプさんって前の太ももがすごくて、肩も背中もすごい大きな筋肉があるんですよ。そこを重点的に鍛えつつ、食べるだけ食べたけど……。なんか食べるほど自分が痩せていく気がして結構きつかったですね。

—もっとも印象的なシーンを教えてください。

ダンプ松本と長与千種の敗者髪切りデスマッチのシーンです。あの最後の試合は、お客さん役のエキストラの方々も何百人と集まってくれて、本物の試合みたいな環境で撮影してくださったんです。この作品は全日程を通してそういう空気感含めて完成度の高い撮影が行われていたんですが、あの日は特別! まさにいまダンプさんたちの試合を観てるような感覚になって「こんな空気感はいままで味わったことがないです」ってベテランの俳優さんたちも仰ってたんですよ。それぞれが役になりきってとかそういう話じゃなくて、言い方が変だけど全員がその場所にいながら魂だけタイムスリップして、当時の試合をリアルタイムで観ていたみたいな。その会場の一体感が信じられなくて、撮り終わってからもしばらくは唖然としちゃう感じでしたね。香のお母さん役の仙道さんは、休憩中に思い出して号泣していましたし。ダンプさんと長与さんも来てくれて「あのときのまんまだ」って。

 

—ゆりやんレトリィバァさん演じる香は、ドラマ中で泣くシーンが多々あります。台詞だけでなく、この香が泣くシーンに入り込めました。主演を務めることとなった本作で、演技について心掛けていたことはありますか?

役への理解を深めるために、情報をたくさんいただけたんです。ダンプさんの本を読んだり、みんなで当時の試合の映像や資料を目にしたり、ダンプさんや長与さんから実際にお話を聞いた上で、自分自身と擦り合わせていきました。今までのコントで見せてきた誰かっぽいものとは別物で、私がどうこうするもんじゃないんだって気付かされたんです。セットや環境、監督の演出、一緒に出てくださる方々との目と目の感情のぶつけ合い、人生で初めて体験するような怒りや悲しみとか。「あ、ここは怒るとこだから怒った顔しとこ」じゃなくて、自分の中から湧き出てくるものとして体が勝手に動くみたいなことの連続でした。私にとってそれが初めての体験だったんです。ダンプさんとか香を演じるんじゃなく、そう生きているという感覚でした。

—ご自身との擦り合わせの中で、どのような部分が香のストーリーと重なりましたか?

ダンプさんは1960年11月11日生まれで、私は1990年の11月1日生まれなんです。なんかめっちゃ似てません(笑)? 星座も一緒だし、たしか血液型も一緒だった気が。で、ダンプさんの子供の時の写真を見たら自分の幼少期と似ていたり、いろんなシンクロがあったんです。先輩から仲間外れにされている微妙な人間関係とか、自分でもよくあるなって思ったり。常にみんなから慕われているタイプの人じゃないというところも重ねちゃいましたね。この話のダンプさんって、同期の中でひとりだけ落ちこぼれだったのが、どんどん輝いて、最後はみんながダンプさんに熱狂している。でも私の場合は、同期の中ではいちばんテレビに出させてもらうのが早かったんです。表面的に見たら真逆なんですけど、養成所から出てすぐにテレビに出る私を同期はどんな風に思っていたんだろう、どんな気持ちになったんだろうということを考えたんです。監督もリングの外で戸惑っている私を見て「先に売れていくゆりやんを見ている同期が思い抱いていたことと似ているのかもね」って声をかけてくださったこともきっかけになりました。

—「香」から「ダンプ松本」になる瞬間に声が明らかに変わりましたよね。ひとりの人間がある時から別人になる様を演じる上で意識したことはありますか?

そもそも最初に「極悪女王」の情報が解禁された時、「ゆりやんがダンプ松本をするなんて、声とか迫力が全然違うだろ」ってコメントを目にしたんです。いやいや、こう見えて私も結構ブチ切れますからね(笑)。だからそのシーンを楽しみにしていたんです。ただ、いざ撮影する時に、流石に人前で怒鳴ったり、竹刀を振り回すなんてことはしてこなかったわけなので、思いっきりやってるつもりでも遠慮ぎみだったんですよね。それを見たダンプさんに「もっと“怖く”だよ。遠慮なんかしちゃダメだからね」と言われて。千種役のえりかも急に怒るようになるし、そこでスイッチが全員入っていく感じもあって、暴れることが気持ちよくなっていきました。リハーサル通りの動きじゃなくて、言われてもないのに机をひっくり返してみたり。「ダンプさんって最高やん、こんなにお客さんから帰れ帰れ言われているのに、黙れ! ってベロ出して、竹刀を振り回して、人のこと蹴り倒して」って、それまでの自分の殻を破ることができました。

—最後に、作品を通してゆりやんレトリィバァさんが感じた女子プロの世界とは?

とにかくいろんな、人間と人間、人生がぶつかりあっている。ただの表面的なパフォーマンスではなく、いろんなドラマがぶつかり合って、いろんな悔しい想いとか。作品を通して見ると、自分が演じてない部分で「こんなことになっていたんだ、この人こういう気持ちでここに挑んでたんだ」って気付かされたんです。最強のエンターテイメントであり、最強の青春ですよね。お笑いの舞台だと前からしか見れないけど、リングは四方から見れるわけで、どの角度にいてもエンターテイメントがあるように、「極悪女王」もどの角度から見てもドラマがあるような物語になっています。これは配信されたらとんでもないことになるってみんなで言っています(笑)。