isabelle huppert
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異文化への敬愛を持って演技を続ける。 イザベル・ユペールの旅路

isabelle huppert

photography: tomi umemiya
interview & text: tomoko ogawa

Portraits/

喪失を抱えるフランス人作家シドニが、自身のデビュー小説の再販のため出版社に招かれて初めて訪れた日本各地を旅するなか、自らを見失っていた自分を発見していく。『ベルヴィル・トーキョー』(11)、『静かなふたり』(17)の Elise Girard (エリーズ・ジラール) が監督を務める『不思議の国のシドニ』に主演したのは、Isabelle Huppert (イザベル・ユペール) だ。これまで何度も来日している彼女が、優しく、デリケートに文化の違いを照らす Elise 監督作品を通じて発見した、日本について語ってくれた。

異文化への敬愛を持って演技を続ける。 イザベル・ユペールの旅路

—チャーミングでちょっとファニーで静かな感動が込み上げる作品で、自分が日本人であることを忘れて日本という異国を旅をしているような気持ちにもなりました。あなたの娘である Lolita Chammah (ロリータ・シャマー) も Elise Girard の監督作『静かなふたり』に主演していますが、Elise のストーリーテリングの魅力をどのように捉えていますか?

今おっしゃったように、親しみを感じてくださったら嬉しいです。『静かなふたり』は、娘の Lolita がとてもいい演技をしていましたし、映画のなかで文学を扱っている作品だと思うんですね。それがうまくいっている映画ってなかなかないので。『不思議の国のシドニ』の脚本を読んだときも、Elise の文章が素晴らしくて、この映画を絶対つくってほしい、私はこれをやるべきだと思いました。ちなみに今日は、芝居の公演をやっていたソウルから東京に飛んで来て3時間も経っていないんですね。今こうしてインタビューを受けていることが、『不思議の国のシドニ』のシーンが続いていると錯覚するくらい、まだ Elise の映画にいるような気持ちです。

—本作には、海外から眺めるとちょっと驚いてしまう日本人の文化コードのようなものがリスペクトを持って、愛らしく描かれています。来るたびに感じている日本の不思議について聞いてもいいですか?

私が日本に来て経験したなかで、何かに驚いたり、嫌な体験をしたことは一つもありません。もちろん言語は違いますが、それは日本に限ったことではなく、どこの国でも言語は違うと感じます。日本に来ると、いつも「なんて日本の人たちは親切で優しいんだろう!とても感じがいいし、フランス人とは全く違うわ」と思いますね(笑)。フランス人の評判って、良くないじゃないですか。いつも文句ばっかり言っていて、ちょっと攻撃的だったりして。だからこそ、日本に来ると、みなさんがあまりにも礼儀正しくて親切なので、いい意味での驚きがあります。

—そう言っていただけると嬉しいです。本作は、インタビューが翻訳されることの面白さについても触れています。まさに今通訳をしてくれている人見有羽子さんが、物語のなかでも通訳をしていて、あなたが演じるシドニが淡々と単調に話すフランス語に、少し感情をプラスして日本語にしていくようなシーンが印象的でした。

私が淡々と話していると感じました?だとしたら、よく気づきましたね。シドニは初めての経験として来日しているので、そういう話し方をしているんだと思います。確かに、私自身が通訳に入ってもらって話すときを振り返っても、私はちょっとしか言ってないのにすごく長く訳されたり、あるいはたくさん話したのに極端に短く訳されたりすることはありますね。でも、Elise は、それを嘲笑したり揶揄うのではなく、優しさを持って、とてもデリケートに文化の違いを照らし出していて、そこに何かしらのおかしみのようなものも出ているなと。

—本当に、その通りだと思います。

私は、韓国で Hong Sang-Soo (ホン・サンス) さんと一緒に映画をつくってもいますが、まさにアジアに来ると、ヨーロッパ文化とは違うということを、目の当たりにすることができます。その違いこそがすごく楽しく、いい経験だと思っています。違うとは言っても、私たちは人間だから交わるところもたくさんあります。そして、Elise の『不思議の国のシドニ』のなかで私がシドニとして体験したことを代弁すると、シドニは哀悼の時期にいるんですね。日本の文化では、哀悼の喪に服すという行為が、悲しいから目にしたくないという感覚ではなく、とても平和的に接しているように感じさせる。だから、哀悼も人生に起こる穏やかなものとして描かれていると私は感じました。しかも、編集者の溝口健三さんが、お墓やお寺、いろんな素敵なところにシドニを連れて行ってくれる。そうすることで、悲しみに暮れていたシドニが、今までの自分の日常から逸脱できたのだと思います。

—溝口を演じた伊原剛志さんとのシーンが多いですが、伊原さんについて何か印象に残っているエピソードはありますか?

彼はフランス語のセリフを完璧に覚えていて、素晴らしい、唯一無二な仕事だと感じました。もし、私が「日本語で全部セリフを覚えなさい」と言われたとしたら、おそらくできないと思います。そして、剛志と一緒に仕事をしていて感じたのは、沈黙の部分です。この静寂のなかに、相手に行間を読ませるような間を取る。そこに私はとても惹かれました。もちろん喋るシーンもありますが、その沈黙の間にこそ彼が心から言いたいことが表現されているなと。それがときにはユーモラスな味わいを生み出すこともある。もちろん、それは Elise が脚本のなかで意図したことではありますが、それを受け止める繊細さを剛志は持っていると感じました。本当に、彼にしかできない役だったと思います。

©2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM-IN-EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMÉLIA

—シドニは6日間で大阪、京都、奈良、直島、東京を旅します。Huppert さん自身は、どの場所を一番楽しみましたか?

Elise のおかげですが、直島を訪れられたことはとても幸運でした。映画を撮ること自体が大切な体験ですが、それに加えて、自分が住んでいる国を離れて異国で撮るということは、私にとってすごく意味のある特別な経験になりました。撮影自体が、感覚的に私自身が体験したことだと思えましたし、その感覚があったからこそ、日本というものを本当の意味で発見できた気がしています。と同時にミステリアスな部分もまだ残っているので、また日本に来たいと思わせられました。

—2022年に、新国立劇場で拝見した舞台『ガラスの動物園』が素晴らしく、記憶に鮮明に残っています。あなたは映像と舞台で活躍を続けていますが、カメラという言語を通して演じること、舞台の上で演じることは異なるものですか?それとも同じですか?

もちろん、やっぱり舞台で演じるのとカメラの前で演じることにおいて、自然さは変わってきますし、舞台上の緊張の度合いは違いますよね。でも、私が演者として表現することや表現方法は何も変わらない、全く同じものです。例えば、観ていただいた『ガラスの動物園』の劇作家 Tennessee Williams (テネシー・ウィリアムズ) は、映画に強い興味を持っていた人なんですね。若い頃から映画というものを自分のなかにインプットして、自分のキャリアを演劇の場で築いた人ですから。とてもポエティックなものが彼の作品には流れていて、私たちが一般的にシアトリカルであるとか、戯曲的と捉える部分はあまりないんですよ。

—最後に、演劇、映画の仕事で世界を飛び回ることを、あなた自身はどんなふうに感じていますか?

映画が各国を巡回することは、結構あることだとは思うのですが、やっぱり舞台が世界を巡回して公演されるということは特別ですね。言語が違っても、みなさんがそれを受け止めてくれるということは、おそらく言葉だけではない何かが、外国の観客にも伝わっているのではないかと感じています。『ガラスの動物園』は、日本でもすごく好評でしたし、フランスの演劇であっても、それを観たいと思って来てくださる多くの人たちが海外にいることは、素晴らしいことだなと。Robert Wilson (ロバート・ウィルソン) 演出「Mary Said What She Said」のソウル公演を終えたばかりですが、おそらく来年の秋にまた巡回できることを今からとても楽しみにしています。