「組織化されたカオス」消費社会をより奇妙にするアートコレクティブ MSCHF のユーモア
MSCHF
photography: tatsumi okaguchi
interview & text: chikei hara
ニューヨーク・ブルックリンを拠点とするアートコレクティブ、MSCHF (ミスチーフ)。
NANZUKA UNDERGROUND (ナンヅカ アンダーグラウンド) で開催されている新作個展「Material Values」では、雨が降り続けるオフィスの一室、材料の価値の変動と共に自壊する彫刻、モーフィングによって2つの肖像が恣意的に結び付けられる絵画などを展示。これらの作品はシニカルかつユーモラスなアプローチで人々の悲哀や資本主義への風刺を表現している。
MSCHF は、2週間に一度のペースでウェブサイト上にプロジェクトを発表することで知られ、資本主義のパロディやアイロニー、ユーモアを含む多様な作風が特徴的である。鉄腕アトムが作中で着用するブーツを彷彿とさせる「Big Red Boots」や、一台のテスラの鍵を5,000個配布し所有者に略奪型のカーシェアを行わせるゲーム「Key4All」、Andy Warhol (アンディ・ウォーホル) の本物のドローイングから1,000枚の複製を作りカードゲームのように販売する作品などは、時に企業や法的問題と衝突しながらも展開。多岐にわたる MSCHF の活動は一見すると捉えどころが難しいものの、人類が築き上げてきたシステムの不合理性や滑稽さを暴き、より奇妙な形で介入する視覚表現を追求している。今回の展示に合わせて来日した MSCHF の Lukas Bentel (ルーカス・ベンテル) と Kevin Wiesner (ケヴィン・ワイスナー) に対面で話を聞いた。
「組織化されたカオス」消費社会をより奇妙にするアートコレクティブ MSCHF のユーモア
Art
—日本で大規模な展示を行う初めての機会だと思います。率直にどんな心境ですか?
とてもワクワクしています。実はアメリカ以外で新作をギャラリーで展示する機会は私たちにとって初めてのことなんです。特に MSCHF の活動の多くはオンライン上で行われているので、こうしたフィジカルな展示を行うときは実際にどれだけの人が足を運んでくれるのか全く分からなくて、それもまたすごくエキサイティングですよね。
—MSCHFは消費文化を解体し大衆を攪乱する活動を続けていますが、異なる領域を意識的に結びつけている印象も受けています。これらのアイデアは普段どのように生まれてくるのでしょうか。
「アイデアをどう生み出しているのか?」これはいつも非常に難しい問題です。MSCHF は多くの人々からなるコレクティブであり、内部にいる誰もが自由にアイデアを思いつき実行することができます。何千、何万ものアイデアをできる限り整理しておき、数ヶ月あるいは数年経ってもなお素晴らしいと思えるアイデアがあれば、それをどう実現する方法を見つけ出します。アイデアを出すことは非常に個人的なプロセスであると同時に、MSCHF の内部ではある種組織化されたカオスのようなものでもあります。
—オンラインで行われるドロップ形式での発表とは異なり、アート作品として発表することに特別な思いはある?
多くのアートは実際には巨大なビジネスであり、ビッグアーティストによる多くのアート作品は実際には大企業のような営利をもたらしています。私たちは、自分たちが批評したり対象となる空間に実際に介入し価値に根付く作品を作りたいと思っています。何かを機能させたいなら、その環境の中で有機的に生きられるものを作る方がはるかに優れていると考えているからです。MSCHF の活動の大半はこうしたギャラリーのような空間ではなく、ビジネスの形をとっていますが、私たちにとってはアートだと捉えています。ビジネスやスタートアップ、ウェブサイトのように見えて、アートのコンテクストに明確に当てはまるものではないかもしれませんが、アーティストがそうした枠組みを越え世界に向けて手を伸ばすことはとても良いことだと思います。それと同時に、私たちの精神はアートから来ているので、今回の展示のように作品を作って発表することにとても満足しています。実際こうした展示の機会を得る前からアート作品を作ろうとは思っていても、NANZUKA のようにそれを発表できる場を提供してくれる人を知りませんでした。だからこそこうした展示の機会は私たちにとって重要な意味を持ち、これまでに手がけてきたプロジェクトとはまた異なる制作のあり方であると感じています。

—今回の展示のタイトルについて聞かせてください。
『Material Values』というタイトルは今回発表している一連の作品から取られたものです。彫刻作品の原材料であるインジウムというレアメタルは、素材の市場価値の変動が激しくて作品の価格よりインジウムの価値自体が上昇した瞬間、温度が上がって物体のように溶け出すプログラムを仕組んでいます。これはコレクター自身がプレイする一種のシングルプレイヤーゲームで、たまごっちみたいにコレクターは作品を管理し、生かし続けなければならないものなんです。MSCHF の表現の多くは、経済や市場、消費者行動が奇妙になるポイントを見つけ出し、それをより奇妙にすることにあります。多くの場合マテリアルバリュー(物質的価値)は、価値という概念と消費者が商品を欲しがる欲望が交差する点にあって、このレバーを引っ張るように私たちはアートや他のオンライン上のプロジェクトを試みています。
—昨年東京の NANZUKA の寿司屋「3110NZ by LDH kitchen」で展示した『Wavy Sneakers』も消費文化の中で人々がモノを欲しがるあまり、愚かな行動をとってしまうような奇妙な領域に触れています。図像がモーフィングする絵画作品から形態や価値の変化によるアイロニーや、新しい消費を求める人々の欲望の表れも感じられました。
絵画や彫刻作品からは、私たちがこれまで作ってきた文化の中にあるイメージをサンプリングするような作品群にも通じるものがあります。例えば Damien Hirst (ダミアン・ハースト) の絵画の一部を切り取った作品や、Andy Warhol の作品を1,000回複製した作品などもその流れの中に自然に収まるものだと思います。これらの作品は、MSCHF のメンバーにアートについて教育しようとする過程から生まれました。MSCHF のメンバー全員がアートのバックグラウンドを持っているわけではなく、私たちは彼らに対して西洋美術史をざっと説明しようとしました。でもその過程で気づいたのは、アート史は基本的に「この作品からこの作品へ」「このアーティストからこのアーティストへ」「この時代からこの時代へ」「この美学からこの美学へ」といった具合に、まるでミステリーのように線でつながっているように教えられているということ。ところが現代に至るとその流れが突然爆発し、無数の方向に枝分かれしてしまいます。もはや単純で直線的な進歩を説明することが難しく、単に整理された形で説明されている訳ですが、それこそ実際の世界のあり方に近いのではないかと思います。今回の作品はまさにそうしたプロセスを反映しながら生まれました。

—雨が降り続ける大型のインスタレーション作品からも、SNSで流れてくるようなありふれた画像の中にだけある真実・美学に近い質感が感じられて印象的でした。現代的な価値の1つを表していると思いますか?
オフィスに雨を降らせ続けるインスタレーションは私たちがこれまで作った中で最も感情に訴えかける作品であり、エモーショナルな要素が強いものです。そして現実世界に明確に結びつく要素が少ないんです。例えば、通貨価値や空山基など現実の要素や絵画との結びつきがあるかははっきりとは分かりませんが、概念のまとまりとして実際に目にするのはとても刺激的なことです。今話してくれたように、まるでSNSや4chの深淵に流れる画像のような質感もあるよね。物理的に存在し人々が実際に体験して触れられるものを作ることで、単なるイメージを作ることの間にある緊張関係が生まれると思っていて、それは私たちが時間をかけて折り合いをつけてきたものでもあります。現代のインターネットはほぼ完全にイメージに最適化されていると感じます。私たちは小さなボックスの中の Instagram や TikTok などのプラットフォームで、多くのものを画像として消費しています。私たちが学生だった10〜15年前くらい前は画像を素早く生成し、アップロードできることを非常に強力なものだと感じていました。しかし私たちが成長するにつれて、そして世界全体が成熟するにつれて、単なるイメージでは失われるものがたくさんあるということ、そしてインターネット上のイメージの多くは時間とともに消え去ってしまうことに多くの人が気づき始めました。だからこそ象徴的なイメージとは何かという問いが私たちの中に強く残るのだと思います。すぐにシェアしたくなるような物質的なイメージはインセンティブと共感を呼ぶことで多くの人々の心に残ります。例えば、MSCHF の「Big Red Boots」はその代表的な例ですが、非現実的なものを物理的な形にすることで、強い価値があると認識するようになりました。私たちが制作する多くのプロジェクトは作品を世界に送り出し、その後多くの人々によって演じられる構図を用いますが、この手法とアプローチの領域の力が今後ますます大きくなることを実感しています。
—MSCHF の活動には沢山のレイヤーがあって一概に捉え難いけど、もしSNSでポストする時に特定のハッシュタグをつけるとしたら、どのようなタグをつけて説明する?
#MSCHF だね。
—MSCHFにとってユーモアとは?
ユーモアはすべてのプロジェクトを貫く最も明確な共通点の1つだと思います。MSCHF には特有のユーモアの感覚があって、作品の中に読み取れ、非常に強力なツールだと考えています。少しの軽妙さがあると人々は特定のトピックに異なる視点から関わることができ、懐疑的な態度を和らげ自分自身をオープンにすることができます。そういう意味でユーモアはアーティストにとって非常に有効な手段だと思います。
—MSCHF の将来のビジョンについて教えてください。コラボレーターやネットワークを増やしたのか、あるいは活動を持続するサステナブルな組織を形成することが目的ですか?
MSCHF の未来について考えると、私たちが関わらなくなったとしても MSCHF という存在自体が存続し続けることを願っています。これらの作品の作者は MSCHF そのものであり私たちはその一部に過ぎないからです。先ほどあなたがとても上手に表現してくれましたが、MSCHF は一つの会話のようなものだと思います。現在、私たちはその会話の中で作品を作っていますが、将来的に別の人々が MSCHF の枠組みの中で新たな会話をし、新しい作品が生まれていくことに何も問題はない。それどころか、むしろ非常に美しい考え方だと思います。