Tadanobu Asano
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「何もしないのを徹底的にやる」 俳優・浅野忠信が覚醒させた、深瀬昌久というミステリー

Tadanobu Asano

photography: Mayumi Hosokura
interview & text: Miwa Goroku

Portraits/

第82回ゴールデングローブ賞の助演男優賞受賞で、唯一無二の個性を世界に焼き付けている浅野忠信。その熱まだ冷めやらぬうちに、2025年公開の出演映画としては早くも3本目となる『レイブンズ』が間もなく全国映画館で上映スタートする。
1990年の映画デビュー当時からインディーズ、メジャーの垣根なく、もはや出演作のカウントが追いつかないほどに多くの映画、映像に出演し続けてきた、その姿勢は今現在も変わらない。『レイブンズ』では、謎多き写真家・深瀬昌久を演じた。「本当に僕はもう好き放題やりました」と言い切る、その一言だけで、だったら面白いに違いないと観る側の期待をあおる特異な才能と実力の持ち主。俳優として36年のキャリアを積んだ今、改めて演技に対する考えと実践を聞いた。

「何もしないのを徹底的にやる」 俳優・浅野忠信が覚醒させた、深瀬昌久というミステリー

—『レイブンズ』 出演の決め手として 「深瀬昌久さんの写真と顔にも惹かれた」 ことがひとつあったと聞きました。実際に浅野さんが演じる深瀬昌久を試写版で拝見すると、やっぱり顔がめちゃくちゃいい。謎に包まれた深瀬さんをリアルに感じたと同時に、そのミステリアスな顔立ちと言動から、ますます深瀬さんへの興味が深まりました。俳優にとって、顔は一番重要だと思いますか?

ありがとうございます。自分でいうのもあれだけど、良かったこの顔で、って思いますね。何考えてるかわからないですよね。若い時からよくいわれるんだけど、何考えてるかわかんない人の顔って、一番役者に向いてるなと。自分でも鏡を見て勉強することがあって、この顔をしていたら結構わけわかんないなーとか。っていうのは生かすようにしています。
図々しいですけど、(北野) 武さんも結構そういう時がある。映画の中で武さんが黙っていると、え!? これは何を考えているんだろう? って、こっちが勝手に考え始めることがいっぱいあって、すごく意味があるように見える。

 

© Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films

— 浅野さんは毎日絵を描いていて、音楽活動も続けています。表現者として、写真はどうですか? 圧倒的に撮られる側と思いますが、撮ることもありますか?

全然撮らないですね。ほんとに向いてないなといつも思う。どうやって撮ればいいかわからない。見るのは好きですけど。

 

— 写真を見るのは好き。深瀬昌久さんの写真を、どう思いますか?

今回、深瀬さんの写真を回顧展(『深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ』2023年 東京都写真美術館)で見て、めちゃくちゃ感動したんです。僕みたいな素人でもこんなに感じるということは、プロが見たらすごいんだろうなと思ったし。逆になんで僕を含めて、日本人は深瀬さんを知らないんだろうというのが不思議でならない。

 

— 知る人ぞ知る写真家になっているのは、『レイブンズ』 でも描かれていますが、58歳の時の転落事故で作家活動が途絶えてしまったことが大きいですよね。あと、現役時代の写真家としてのスタンスもユニークだったようで、それが彼をますます伝説にしているのかもしれません。深瀬さんは写真を撮るということにものすごく執着する一方、それを現像して作品にして、人に見せるという部分が、森山大道さんにいわせると「スコーンと、ヌケて」いたらしいです、うまい具合に。つまり、深瀬さんは自分の写真をあまり反省しなかった。

面白い。深瀬さんは本当に自分に向き合って写真を撮っている人だと思うから、そこにはものすごい意味があるのでしょう。

 

— 浅野さんは、役づくりをしない、あるいは演技をしないというような定評が、デビュー当初からあります。演技することに対する姿勢は、ずっと変わらない?

まず、みんながいうところの役づくりって何なんだろうって思うんだけど、それが僕の中では正しくないだけで。逆にいうと、僕が10代の頃からやってるやり方っていうのは変わらずある。その延長線上にはさらに得たものがあって、もうちょっと膨らんだ形で、それはずっとあります。

その役づくりでいうのだったら、僕はたぶん人一倍やっていると思う。僕の演技が自然っていうのは、みんなそれをどういうつもりで言っているのかわからないけれど、少なくともプロの人たちにちゃんと理解してもらわなきゃ困るなと思うのは、何もしないということではない。何にもしないのを、やるということ。それを徹底的にやってきたのは僕くらいだと思うから。

 

© Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films

—『レイブンズ』 の作中、助手役の池松壮亮さんは「浅野さんとの共演はとても瞬発的で感覚的で愉快なもの」だったと。最愛の妻であり被写体であった洋子を演じた瀧内公美さんは、あらかじめつくっていた洋子像を「削ぎ落としていく作業に変わって」いったとおっしゃっていました。

主役の人がやっていることに対して、空気を読んで、同じようなアプローチでやるっていうことは、多々あると思うんです。逆に僕が脇役で、主役の人が全然面白くない場合、僕はその人に絶対合わさないから。今回、瀧内さんの鋭い勘には感謝しています。

特に日本では、(主役の人は) 多分こうくるだろうなというのがある。で、その通りになったら、そのまま進んで…… ただそのことに必死になってきたりすると、あれ? この作品どこに向かっているの? と思っちゃうことが、やっぱりあるわけですよ。それは絶対に嫌だから。

だからこそ、僕は何度も台本を読んでいるんです。最初に読んだ時に考えるやり方は、僕もみんなが考えているのと同じようなアプローチだと思う。でも、これ絶対違うなと毎回思う。頭に最初に浮かんでくるものって、過去にどこかで植え付けられたクセだから。じゃあこの何がつまんないんだろう、どうやって読んだら面白いんだろうって、もう一回読み直す。いろんな読み方をバババババーってやって、一番面白いパターンを僕はつくっていっている。だから現場では予想外のことと思われたとしても、僕の中ではものすごく予想通りのことをやってるはずなんです。

 

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—『レイブンズ』 で一番好きなシーンは (北海道にある深瀬さんの) 実家から帰る時に、タクシーで弟と話しているシーン。とプレスリリースに寄せてありました。どんなシーンだったか気になって、もう1回観てしまいました。

あのシーンは僕が事前につくっていったアプローチではないし、最初からああやってやろうとしていたわけじゃないんですよ。現場で実際に弟との時間を過ごすとか、洋子と一緒に帰省してお父さんと過ごすとかっていう中からの流れで、「いいやもう、(タクシー) 出して出して! 」 みたいな。それが自然と出た時、ここめっちゃ面白い! これが深瀬さんなんだ! と。

 

— そう思うのは、完成した作品を客観的に観て? それともやってる時に?

やった時に思いますね。なぜならそこにずっと生きているから。なりきって、楽しんで、好き放題やりまくってるから。あの瞬間、自分を客観的に見て、よくこれ出せたなと思いました。そこに行き着くまでのプロセスですよね。瀧内さん(洋子) がいてくれなきゃダメだし、監督、弟、お父さん、全員がつくってくれた、ダメな深瀬昌久。全体を生かしている深瀬さんはここなんですよって、思うんですよ。

 

— 普段、映画は観ますか?

全然観ないです。映画から勉強するということは、僕はほとんどない。それでもたまに観る時によっぽど面白い俳優がいれば、そこから思うことはあります。ありがたいことにこの仕事をずっと続けていると、これは脚本がいいんだなとか、監督がいいんだなとか、いろんな現場やそれ以外のことが見える。そういうものを削ぎ落としていくと、その俳優の何がいいのかが見えてくる。何がいいのかというと、ちゃんと役としてピュアに生きていて、僕がイメージする以上の状態でいるからだ、と思うわけです。そこは真似しようと思います。で、そうすると演技するのにああでもない、こうでもないというのは意外と必要なくて、一番必要なのは、役になりきる。これに尽きるということがわかる。これがなかなかできない。

 

— 役になりきる瞬発力を保つために、自分に課していることはありますか。スポーツにおける筋トレみたいな。

俳優って、やることないなと若い時に思ったんですよ。だからバンドやったり、絵描いたりしているんですけど、絵を描いているのは、もしかしたらそういうのもあるかもしれないです。ずっと絵を描いていれば、ある種の同じような勘が研ぎ澄まされていくというか。

もちろん現場も役に立ちますし、役を演じるのが一番いいんだろうけど、退屈だと感じる。自分はこのままでいいんだろうかという気持ちをちゃんと感じるとかっていう、それは若い時からずっと変わらないです。なぜなら、そういう役ばっかりですから。俺このままでいいのかって、深瀬さんも感じているわけで。ああ暇だなーと感じているダメな自分が存分に生かせるっていうのは、役者のいいところですね。

 

— 逆にいうと、浅野さんにオファーする監督たちは、突き詰めたところの浅野忠信そのものを求めていると思いますか?

そうだといいなと思います。

 

— そういえばかつてクリストファー・ドイル監督は、『孔雀 KUJAKU』(1999) で浅野さんに、ずばりそのまま 「アサノ」 という名の青年役を与えていましたね。

クリスは感覚的な人だから、お互いに共鳴し合える部分がとてもあったので。そういう意味で、僕の何かを見抜いてくれていたのかもしれないです。

— 浅野さんは今、51歳。40代は何をあんなに必死にやっていたんだろう、と『レイブンズ』のリリースの中で語っていらっしゃいました。何をあんなに、というのは具体的には?

もっと認めてほしいとか、わかりやすく賞がほしいとか、簡単にいえばそういうことだったと思うんです。そのために、がむしゃらに何かをやろうとしていた。でも、そんなものは別に何も必要ないわけで、誰かに認めてもらう必要もないし、受賞する必要もないなと。他の人とはちょっと違う形だけど、僕は僕の道をずっと進んできた。自分が面白い状態であればいい。もういいやと諦めたら、賞をもらえたんですけどね。

 

— ゴールデングローブ (『SHOGUN 将軍』 助演男優賞) ですね。年始早々、熱いニュースでした。おめでとうございます。

ありがとうございます。

 

— これまでも国内外で多くの受賞やノミネート歴がありますが、今回のゴールデングローブ賞はやはり大きかったですか?

でかいですね。アジアで獲ろうが、ロシアで獲ろうが誰も見向きもしないけど、アメリカの賞においてはやはり世界が注目しているから。でかいというのは、一番は自分自身ですよね。自分がやっていることが正しいのか、間違っているのかわからない中で突っ走ってきたので。あ、正しかったんだなと実感を得られました。世の中も良かったねといってくれた。それは初めてのことだから、本当に良かったなと思いました。

 

— 受賞で盛り上がっている間にも、『レイブンズ』 を含む出演作が続々公開を迎えていて、昨年末は、浅野さんが監督した短編コマ撮り映画『男と鳥』 も公開されました。今後、監督業への興味は?

映画をつくる理由が全くないんですけど、こないだ初めて映画をつくる理由があるなと思ったことがあって。

話が長くなるんですけど、去年の忘年会で、昔の友達と一緒に中華街で占いを受けたんですね。まだゴールデングローブをいただいてないし、エミー賞を逃してふてくされていた時で、占い師に聞いたんです、転職した方がいいですか? って。その占い師は僕のことを浅野忠信だと気づいてなくて、仕事はなんですか? とか聞かれて、俳優なんですっていったら、あーすごいですねー、ちょっとまってくださいねーって。で、いわれたのが「あなたは仕事と結婚しているような人だから、そういう余計なことは考えないように」って。えー! じゃあ僕、仕事辞められないけど、まあいっか、と思いつつ、でもこのまま続けるんだったら、僕は僕のやりたいことをやりたいから、監督をやったほうがいいんじゃないか、って初めて思ったんですよ。自分で監督やったりプロデュースできれば、演出を受けなくて良くなるし、余計なストレスがないかなと。初めてちゃんと映画を撮ってみたいと思いました。

 

— (笑)。観てみたいです、ますます自由な浅野忠信の世界。また次のフェーズでお話を聞かせてください。

ありがとうございます。また、お願いします。

 

© Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films