Jacques Audiard
Jacques Audiard

「世の中で起こっている現実を残す」音楽と言葉に込めたジャック・オーディアール監督の信念

Jacques Audiard

photography: utsumi
interview & text: saki shibata

Portraits/

Jacques Audiard (ジャック・オーディアール) が監督を務める映画『エミリア・ペレス』(3月28日公開)は、ミュージカルというジャンルの枠を超えた唯一無二の作品である。ファンタジー要素の強いミュージカル作品とは正反対に、今世の中に起こっている社会問題や現代に生きる私たちの声を力強い歌詞と音楽、ダンスで描いた。そのメッセージは世界中に届き、第97回アカデミー賞では最多13ノミネートされ、Zoë Saldaña (ゾーイ・サルダナ) は助演女優賞、主題歌「El Mal」は歌曲賞を受賞した。また、本作は Saint Laurent Productions (サンローラン プロダクション) が手がけており、登場人物たちが纏う衣装は、ストーリーに溶け込みながらキャラクターを引き立たせる。

私たちは「自分らしさ」について自問自答したとき、新しい道が開くこともあれば、自身に苦しめられるときもある。そんな人間の喜びや葛藤を、Karla Sofía Gascón (カルラ・ソフィア・ガスコン) 演じる Emilia Pérez (エミリア・ペレス) と周りにいる個性豊かな女性たちが強く自由に飛び越えていく。今回来日した Jacques Audiard 監督は“いかに変化を恐れずに生きられるか—”という言葉を私たちに投げかけた。その答えは作品の中に込められている。このインタビューではアカデミー賞を受賞した率直な感想から作品の制作秘話について話を聞いた。

「世の中で起こっている現実を残す」音楽と言葉に込めたジャック・オーディアール監督の信念

—アカデミー賞受賞おめでとうございます!率直なご感想からお願いします。

ありがとう。この作品が世界中で受け入れられたことを嬉しく思います。中でも最も嬉しかったのは Zoë Saldaña が受賞したことです。彼女のキャリアの中でもとても重要な意味を持ったのだと思います。私自身の自信にも繋がりました。

—キャスティングをする際の監督のポイントは?

実は今回、最初のシナリオを書いた登場人物の年齢設定は25〜30歳くらいの比較的若い人を想定していました。その年齢層でキャスティングを行なっていたのですが、なかなか合う人が見つからなかったんです。それから Zoë Saldaña をはじめ、Karla Sofía Gascón、Selena Gomez (セレーナ・ゴメス) たちと出会い、適役だと思ったのでシナリオの方を変更して40代くらいの設定にしようと再度調整しました。

—今回はミュージカル劇を取り入れた作品でした。世の中で起こっている社会問題や、現代女性たちが抱えている悩みなど核心をついたメッセージを音楽やダンスに乗せて表現していたのが印象的でした。セリフを話すのみよりも伝わりやすいのかもしれないという新しい発見もありました。今回ミュージカル作品で構成しようと決めた理由について教えてください。

まず現在世界で起きている社会問題について、目を向けてほしいという思いから始まりました。私が特に気になったのはメキシコで起きている事件、年間16万人くらいの人が行方不明になったり、家庭内暴力が3000件、2014年には農業学生が約40人拉致され行方不明になったというニュースです。フランスの新聞や番組でも報道されましたが、1〜2日経つと忘れ去られてしまう悲しさを感じ、今の現状を伝えたいと思いました。ドキュメンタリーやフィクションを作ろうと思えばできたのですが、ミュージカル的な要素を入れた方が印象に残りますし、後々にも見てくれる人が多いと思い取り入れてみたんです。

—主題歌「El Mal」の歌詞も強いメッセージが込められており、現代の人々を鼓舞してくれるような気持ちになりました。どんな思いで作られたのでしょうか。音楽を担当した Clément Ducol (クレモン・デュコル) と Camille (カミーユ)とはどのような話をしましたか?

音楽に関しては Clément Ducol と Camille が手がけていて、私はそこに参加したという形です。Camille たちが作詞をするにあたって、冒頭やサビ部分にはどんなことを使いたいか、キーワードになることを教えてほしいとリクエストがあり、いくつか伝えました。ただ彼らが歌詞を書きやすいよう、歌を書くようにリズムを意識して言葉を伝えたかな。私が歌曲賞をもらいましたが、彼らのおかげなので自分が受賞したとは思ってないですね(笑)。

—そうだったのですね。また劇中の衣装はとても重要な要素の一つです。今回 Anthony Vaccarello (アンソニー・ヴァカレロ) がクリエイティブ・ディレクターを務める Saint Laurent (サンローラン) の映画制作会社、Saint Laurent Productions と共同プロデュースされています。どのように彼らと話し合いイメージを広げていったのでしょうか。

Saint Laurent Productions と話を重ねたのは、私ではなく衣装担当の Virginie Montel (ヴィルジニー・モンテル) と共に対話を重ねて行きました。Saint Laurent のアーカイブを取り入れながら、この作品に合わせて新しくデザインしてくれた洋服もあります。衣装以上の意味もあり、登場する女性たちが作品を通して変化していく部分が見どころです。その変化に合わせて衣装を変える部分にはこだわりました。メキシコにいるリタと4年後にロンドンにいるリタのスタイルの違い、エミリアは鮮やかで目立つ存在だがどこか控えめで上品なスタイルが映し出されるように考えています。Selena Gomez が演じたジェシーは、裕福そうでありながらDavid Lynch (デイヴィッド・リンチ)監督の映画『ロストハイウェイ』のパトリシア・アークウェットをイメージして表現しました。

—彼女たちの強い人物像と反骨精神を感じる Saint Laurent の女性像が見事にマッチしていました。また本作ではただ強いだけでなく、女性になりたい人、社会的地位に悩む人、妻・母として生きる人などリアルな心情が描かれています。スリリングなシーンもありつつも、全ての女性を肯定してくれる優しさも感じられました。このようなキャラクターたちを作り上げた理由について教えてください。

この作品では4人の女性を描き、群像劇のようにしたかったんです。それぞれが特有の問題を抱えていながらも、共通していることは「自由に強く生きよう」としていること。そこには「愛」というテーマが存在しているということ。今回女性たちの間で、映画の中で描かれている愛、秘められている愛もある。女性たちが助け合いながら大きな愛を育む素晴らしさを表現したいと思いました。

–その「愛」には「自分らしく生きる」というメッセージも込められいるように思いました。Karla Sofía Gascón 演じる Emilia Pérez の自分らしさを貫く勇敢さを感じながらも、自分らしさを求めることで欲や葛藤、愛や憎しみが入り混じるリアルな心情に心を打たれました。Jacques Audiard 監督は「自分らしく生きる」ことについてどんなことを大切に自問自答して人生を歩んできましたか。

まず自分自身に関する部分はうまく言えないけれど、私は好奇心の塊なので、好奇心の赴くままに生きてきたと思います。Emilia Pérez という女性を通して伝えたいことは、変化を恐れず自由に生きていくが重要であること、何か変化によって立ち止まったりしない。代償が高かったとしてもそれは払ってでも貫くべきだという心をいつの時代の人にも持っていてほしいと思っています。