被写体はボブ・マーリーから街ゆく人まで。デニス・モリスが写す情感のポートレート
Dennis Morris
photography: taka mayumi
interview & text: mami chino
Patti Smith (パティ・スミス) や Sex Pistols (セックス・ピストルズ)、Oasis (オアシス) などを撮影してきた写真家の Dennis Morris (デニス・モリス)。名だたるミュージシャンと対峙してきた彼だが、後にそのキャリアへと繋がっていくきっかけとなった出来事は、やはり Bob Marley (ボブ・マーリー) との出会いになるだろう。ただ、デニス自身は彼の写真にとって音楽が欠かせないほど蜜月なものであると捉えているわけではなさそうだった。彼曰く、人も音楽も、ルポルタージュしていると。
agnès b. (アニエスベー) の京都BAL店 (2026年1月15日まで開催中) と渋谷店で同時開催された展覧会『Music + Life』で、来日を果たしたデニスと対面でのインタビューが実現した。会場の写真を見渡すと、先述した顔ぶれのポートレートが並ぶ他、作品集には彼が生まれ育ったイーストロンドンの黒人コミュニティーのスナップ写真が数多く収録されていた。その作品を改めて眺めていると、デニスがタイトルの通り、「音楽」と「人生」と向き合い、目の前に広がる光景をありありと追体験させてくれる作品として形にしたことがよく伝わる。ルポルタージュすること、その視点の在り方と真意について話を訊いた。
被写体はボブ・マーリーから街ゆく人まで。デニス・モリスが写す情感のポートレート
Portraits
—『KYOTOGRAPHIE 2023』そして同年にアニエスベー ギャラリー ブティック (東京・南青山) で開催された個展以来の来日かと思いますが、今回の展覧会でお披露目となった作品集『Music + Life』にはどんな写真が収録されているのでしょうか?
今年の初めにパリのヨーロッパ写真美術館とロンドンのフォトグラファーズ・ギャラリーで発表した同名写真展の作品をアーカイブしていて、写真を始めた70年代後半からこれまでの写真人生そのものを振り返っているんだ。まず最初に、なぜ写真を撮り始めたのかがわかるようなセクションを設けている。なぜって、社会の情勢をドキュメントしたかったんだ。タイトル「Growing up Black」の文字通り、私が生まれ育ったコミュニティを見せたかった。
—イーストロンドンの方ですね。
両親の世代はそこで“カラード”と呼ばれてきてね。次第にその呼び名が“ブラック”へと変わっていったわけさ。そんな当時、9歳で初めてカメラを手にした私は自宅の一角をスタジオに見立てて、そこに人を招いてスナップを撮り溜めていくことから始めたんだ。家具をどかして、白いシーツを壁に貼って。文字通り、私の最初のスタジオってことさ。ドイツ人がイギリスに移住していた時期で、自分だけの家をもって暮らすことが困難だったあの頃、狭いワンルームで他の家族とカーテンで仕切るだけのフラットシェアをしないといけなかった。みんなそんな環境下でも、見た目には気を遣っていたし、常にクールであろうとしていた。どんなコンディションでも、関係なくみんながハッピーだったし、うまくやってたんだ。
—このコミュニティを撮影していた同時期に、ボブ・マーリーと出会っているんですよね?
そうだね、74年に。ファーストシャッターは、車の助手席に乗ったボブが後ろを振り向いているところ。彼が初めてイギリスでツアーをした時、出会ってすぐの出来事だった。高校生だった当時、この日だけはギグに行くために学校をサボるって決めてたんだ。居ても立ってもいられず、午前10時からヴェニューに向かっちゃったんだ。まさか、サウンドチェックというものが朝から行われるものだとは知らずにね。そのままいわゆる出待ちをし続けて夕方になった頃、彼が出てきた時に写真を撮っていいか声をかけたんだ。そしたら「来いよ」って。彼からしたら、驚いたんだと思うよ。イギリスで自分の音楽や自分自身のことを熱心に興味を持ってくれる10代の、黒人の男の子がいるとはって。だからすぐに気に入られたんだ。偶然、ジャマイカルーツってところまで一緒で。ステージ上の楽器のことや裏側まで一通り紹介してくれた後、「このままツアーに付いて来いよ」って言われたんだ。もちろん一つ返事でイエス。次の日に急いで荷物をバッグに詰め込んで、彼らのホテルへと向かった。車に乗ったら彼が「You ready to dance?」って振り向きながら言うんだ。まさにそのシーンだよファーストシャッターは。ここから彼が亡くなるまでの期間、私はずっと彼と帯同することになるんだ。

—出会いが、映画のような。
シンプルにファンだったんだよ。被写体として撮りたくて仕方がなかった。
—そして、この出会いを皮切りに、パティ・スミス、ザ・ストーン・ローゼズなど数多くのミュージシャンを撮影するようになりました。
ただ、音楽に特化した写真を撮ることより、目指していたのは戦場ジャーナリストになることだったんだ。ルポルタージュしていくことを音楽シーンの中でも活かしていく。全てが繊細で、二度と起こらない瞬間を捉えているんだ。ポーズを取ってもらったことは一度もないよ。ミュージシャンと私の中での信頼関係があってこそ出合えた尊い瞬間なのさ。ちなみに、ルポルタージュを得意とする写真家の Henri Cartier-Bresson (アンリ・カルティエ=ブレッソン)、Robert Capa (ロバート・キャパ)、Gordon Parks (ゴードン・パークス) が私のスタイルに影響を与えてくれた巨匠たちなんだ。
—そのルポルタージュしていく視点を、撮影で初めて会う人にはどう取り入れていくのでしょうか?
いつも写真を撮るときに心がけていることがあって、それは被写体とリンクすることなんだ。もし私が俳優だったとするならきっとひどい俳優なんだよ。毎回その作品の世界観に浸りすぎてしまうからね。そういう感覚で、被写体のパーソナリティに自分自身がなるべく寄り添って、彼らが何を考えて感じるのかを理解できるようにするんだ。ボブ・マーリーからセックス・ピストルズまでそれこそ音楽ジャンルとしてはかけ離れているように思えるかもしれないけど、どんな人にも同じ向き合い方だから私の表現がブレることはないんだよ。マリアンヌ・フェイスフルは酒飲みで、緊張を解すために一緒になって飲んで酔っ払ったことが何度もある。ボブはとにかくハッパ。わかるだろ?
—ひとりひとりの素顔を引き出す方法を熟知されているような。
どうやって素を引き出すかは正直才能としかいいようがないかもね。その代わり、他言語を理解することが本当に苦手なんだ。世界中を旅していても、何を話しているのか一度も理解できたことがない。でも、コミュニケーションが図れないというわけではないんだ。どういうわけか、初めましての人でも同じ部屋に2、3時間も一緒に過ごせばすっかり仲良くなれちゃうんだ。ハートさえあれば言語なんかいらないって本当に思うよ。今の世の中は、愛やグッドハートを持つことを忘れてしまっている気がするよ。言葉はただの言葉で、知ったところで何の意味にもならないってはっきり言えるね。いくら「I LOVE YOU」と言われても、その言葉を信じるべきかは自分のハートに聞くべきなんだ。
—音楽と写真が持つ力は近いものがあると思いますか?
まさにボブが日本でライブをした時にそう思ったね。来場者はきっと彼の言葉を正確に理解していたわけではなかったと思うけど、彼らはボブの音楽とパフォーマンスがパワフルなものだったと感じられたと思う。言葉がわからなくても愛することができると言う意味では、音楽は言語の宇宙とも言えるよね。写真はよりパワフルなアートフォーム。
—今の時点で、どんな瞬間に一番写真を撮りたくなるか教えてください。
いつだって人に魅了されているんだ。最近はアジアに興味がある。もう西洋文化は終息に向かっていると言ってもいいよ。今はアジアの文化にエネルギーを感じている。文化としての盛り上がりを感じるんだ。私の肌感覚だと、最近西洋から日本に遊びに来る人たちは困惑している人が多いよ。なぜかって、それはここに暮らしている人たちの表情がみんな明るいからさ。もちろんそうじゃない人もいるんだろうけど。アメリカと対照的で日本人の方が、自分がどう素敵に感じられるかということにフォーカスしてお金を使っているイメージ。このハッピーバイブは、私が幼少期に過ごしたコミュニティのそれと似ているんだ。
—どんな人でも被写体になり得るということでしょうか?
そうだね、有名人だから必ず撮りたいってわけではない。私の目の前に現れて、撮りたくなった人が被写体になるだけさ。第三の目と言えばいいのかな、説明不可能なフィーリングだけど、そこには必ず物事の真実があるんだ。人間関係についても同じことが言える。あなたが誰かを美しいと思ったとして、他人から共感を得られなかったとしても、あなた自身が見出したことは真実なんだよ。そういう美はいつも表面に浮かんでいるものじゃないからね。
—先ほど仰っていたギフトとは、まさにその第三の目ですね。
目の前にいる人に「写真撮ってもいいよ」って思わせられる力ってこと。人間は崇高な動物なんだよ。赤ちゃんがいい例さ。知らない人に抱っこされている時は大泣きする癖に、お母さんの腕の中に戻った瞬間に泣き止むんだ。それは無自覚ながら安全だと感じられているからに違いない。大人になるにつれて、そういう潜在的に備わった感覚が失われつつある。便利な世の中になるにつれて、その感覚は奪われやすいんだ。
—では、最後に今一番撮影したい人はいますか?
特定の一人ではなく、たくさんの人。誰か一人挙げるなら俳優であり、映画監督の Denzel Washington (デンゼル・ワシントン) かな。彼はその潜在的な感覚を今も持っているような雰囲気がある。会ってみたいよ。正直、ミュージシャンで撮りたいと思える人が今はいないね。あまりにもシーン自体が金を稼ぐことばかりに目を向けているようで、きな臭い。ボブのように世の中へメッセージを伝えてくれたり、ピストルズのように人々の心を突き動かしてムーブメントを作ってくれる役割の人が現れてくれることを願うよ。
















