etsu egami
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生命の瑞々しい交差を描く、 現代美術家・江上越の鮮やかな線

etsu egami

photography: asuka ito
interview & text: akiko ichikawa

Portraits/

日本に生まれ、中国やドイツ、アメリカなど海外各地を越境しながら精力的な制作を続ける現代美術家・江上越。書にも通じる伸びやかな線と虹のように鮮やかな色彩で描かれるポートレートは人間の生命力や存在の本質を浮き彫りにし、国内外で展覧会を多数開催してきた。2021年には「Forbes Asia:世界を変える30歳未満の30人」に史上最年少のアーティストとして選出され、今もっとも注目される若手作家のひとりとして高い評価を得ている。このたび PARCO (パルコ) 出版から作品集が刊行されるのにあわせ、PARCO MUSEUM TOKYO (パルコミュージアムトーキョー) にて個展「交差線」を開催。展覧会では各界の著名人のポートレートを含む23点の新作が披露された。

生命の瑞々しい交差を描く、 現代美術家・江上越の鮮やかな線

—まず展覧会のタイトル「交差線」の意味について教えていただけますか?

PARCO で個展を開催させていただくにあたり、まず浮かんだのが渋谷のスクランブル交差点で、自分の作品は、いろんな線によって描いていくという作風ですので「交差線」というタイトルを思いつきました。PARCO の皆さんとの初めての打ち合わせでも、偶然同じスクランブル交差点というキーワードが出てきて、迷わず決定したタイトルです。

—展示作品は著名人の方のポートレートが中心となっていますが、今回の展覧会のために制作されたのでしょうか?

ほとんどそうですね。個展のお話は2023年ごろにいただいたのですが、これまで私がお仕事などで“交差”してきた方々と、PARCO が“交差”してこられたクリエーターの方々を描きました。

 

—ポートレートを制作される際にはどんなプロセスで描かれるのでしょうか? 江上さんが選出された方々は俳優のイ・ビョンホンさんや建築家の隈研吾さん、アリババグループの創始者ジャック・マーさんまで超セレブリティばかりですね。全員にお会いになられたのでしょうか?

これまでお仕事などでご一緒させていただいた方々の中から、顔として特徴的であり、自分で描いてみたいと思った方々にお願いしました。描くにあたってはその方とお話しして、リズム感とか色のイメージを膨らませていきます。PARCO の人選は、一緒に相談しながら決めていきました。直接お会いできなかった方は、オンラインなどで取材させていただきました。

初対面の方には座右の銘をうかがったり、“誤聴ゲーム”をしていただいたりします。このゲームは以前、千葉市美術館で展覧会をした際もやったことがあるのですが、その方の母国語ではない言葉を聞いていただき、どんな言葉に聞こえるか?というのを教えてもらい、絵にしてもらうものです。

例えば「吃了吗」。千葉に住んでいる方だと「津田沼」と聞こえる方、あとは「ツアーマン」と聞こえた方もいらっしゃいます。ちなみに答えは北京語で「ご飯を食べた」という意味の文章でしたが、絵を描いていただくと、その方の潜在意識が可視化され、バックグラウンドとか潜在意識みたいなものがあぶり出されてくるようにも思います。自分はずっと言葉の起源や伝達といった事象についてずっと探求していまして、それが作品制作の原点にもなっています。

—どこか心理学的なアプローチともいえそうですね。色についてはどのように決めていかれるのですか?

対面で感じたその方のリズム感や温度感を色に置き換えていきます。一見クールで近づき難いけれど、一歩近づいてみると実は内側に燃えるものを感じる、ということもありますね。

色については何度もテストしながら最終決定するのですが、最近は AI も取り入れていまして、対話の中から出てきたキーワードを読み込ませたり、自分が描いたものを読み込ませたりすると、意外性のある答えが出てきたりするので、面白いですね。AI と何度かキャッチボールしながらその方の色だったり、顔の角度だったりを決めていくようなこともしています。

 

—今回、美術館やギャラリーというアートに特化した施設でなく、PARCO という商業空間で個展を開催するということについてはどのように意識されましたか?

PARCO は独自のアイデンティティを持ち、長年、広告表現やデザインなど日本のクリエーティビティに大きな影響を与えてこられたと思います。特に広告のキャッチコピーなど言葉とイメージがひとつになって発信されているところは子供のころから魅力を感じてきました。そんな背景から、今回は展示の中でも書家の JY (ジェーワイ) さんにお願いして、ピカソや芥川龍之介、川端康成など物故作家のポートレートにはその人の言葉を書にしていただき、組み合わせてひとつの作品としました。

また、展覧会をするにあたっては、アートとカルチャーを交差させてこられた PARCO の歴史を改めて色々と教えていただくことができました。過去に PARCO と共にお仕事されてきたグラフィックデザイナーさんや劇作家さんといったジャンルの方とは、これまで自分はあまり接点がなかったので今回、お会いすることができてとても嬉しかったですね。

—会場構成は建築家のクマタイチさんが担当されました。どのようなコンセプトになっているのでしょうか?

通常はホワイトキューブ的なシンプルな空間で見せることが多いのですが、今回は“交差”というのがテーマですので、絵と空間も一体化したような、インスタレーション的な見せ方ができないか?という試行錯誤を重ねました。また自分が描く“線”も、直線というよりは有機的でダイナミックな曲線が多くなってきているので、それを空間としても表現してほしい、とタイチさんにはお願いしました。

タイチさんのお父様でいらっしゃる隈研吾さんとは、これまで何度かお仕事でご一緒させていただいたことがあり、以前、シンガポールや台湾の個展で会場構成をしていただきました。その時はもっとミニマルな表現で、隈さんの特徴的な直線的な木材を多用したデザインでしたね。

 

—ここ数年、海外でのご活躍も多いですが、制作の拠点はどちらにあるのですか?

スタジオは日本では千葉と東京、あとはサンフランシスコとスイス、北京にもあります。展覧会のスケジュールにもよるのですが、基本的にはいつも旅をしている感じですね。子供のころから両親の仕事の関係や、親戚が海外に住んでいたりするのでいろんな国に行く機会が多く、移動することで得られる矛盾というか違和感のような、カルチャーショックとミスコミュニケーションから自分の制作のインスピレーションを得てきました。常に移動しているという今の環境は自分には合っているな、とは思います。

—アートを学ばれるのにさまざまな選択肢があったと思いますが、北京の中国美術学院へ進学された理由について教えてください。

高校の時に北京オリンピックがあり、日本でも中国の現代アートシーンが報道されるようになりました。自分はもともと日本で洋画と言われるジャンルの作家――岸田劉生とか安井曽太郎、梅原龍三郎たちの作品が好きだったのですが、中国の現代美術家の作品に、彼ら洋画の先人たちとの共通点を感じたんです。それで中国でそのルーツを探ってみたい、と思ったのがきっかけでした。

日本では戦前と戦後で画壇が断絶してしまっているのですが、その断絶の続きがアジアの美術にも繋がっているような気がして。本来なら洋画家と言われる彼らの作品はもっともっと現代でも評価されるべきだと思うんです。

絵画とは何だろう? と考えたとき、二次元的な表現が全て絵画と言えるのかどうか? とか、戦後は美術のジャンルが絵画のみならず、インスタレーションやパフォーマンスなど、どんどん広がる中、なぜ私は絵画にこだわり続けるのか? といった疑問も生まれてきて。

 

—中国での美術教育はそうした美術論的なことをしっかり教えてくれるのでしょうか?

そうですね。東洋的な絵画とは?という思考を巡らす中で、今の自分のスタイルが出来てくるのですが、中国ではまず本当に基礎を大事にしますね。一つひとつマスターしないと進級もできません。

そして抽象的な言い方になりますが、人を描くときは、その人の骨を触っているイメージなんですよ。なので、解剖学も勉強して、骨の位置も全部覚えて。そしてもっと抽象的な意味でいうと、最終的にはその人の魂に触れる、そんな風にポートレートが描けたら、とは思っています。

—なるほど。そういう観点でいうと、江上さんの絵はそれぞれの方のスカルでもあり、またオーラを描かれているようにもみえてきますね。その後、ドイツへも留学されていらっしゃいますが、ドイツではどんなことを学ばれましたか?

ドイツはアートセラピーが普遍的に行われているのですが、授業でターミナルケアセンターへ赴き、薬では治せない末期患者の方々と交流したことが一番印象深かったですね。病棟には絵がたくさん展示してあり、アートを通じてどうやって最期まで生きることと向き合っていくか、というのをお手伝いしました。患者は年配の方だけでなく、若い人もいて、もう手も動かせなくなってしまわれた方の代わりに、私がその方の手となり、絵を描いて差し上げたところ、何も言わずに涙を流された、ということもありました。アートの力で何ができるんだろう?というのを深く考えさせられる、とても良い機会でした。

—少し話が巻き戻るのですが、アートへのご関心は子供の頃からあったのでしょうか?

生まれ育った千葉で通っていた幼稚園の隣にギャラリーがあったのですが、ある日、人物画の展示をしていて、アーティストの方がパフォーマンス的にポートレートを描かれていたんです。当時私は 3〜4歳だったはずなんですが、自分も描きたいと言い出しまして。画廊の方が紙とペンを貸してくださっていろんな方の顔を描いていたら「君はその人の苦労までも描いているね」と皆さんに褒めていただいて。たぶんシワとかをたくさん描いていたのかもしれないのですが、とにかく楽しくポートレートを描いていた記憶があります。

—今、江上さんが取り組まれていることの原点がそこにありそうですね。ポートレートを通じて、いろんな方とコミュニケーションされて。

確かにそうですね。やはりいつも人というテーマに魅了されますね。ポートレートは絵画の中で最もオーソドックスで、テーマ的には新しくもないんですが、そんな中でも私は新しい表現を模索し、自分らしい線や色を見つけたい。単なるポートレートではなく、認識のようなものを描けたら、とはいつも思っていることです。

—認識を追求した結果、線を主体にしたポートレートになっていったのでしょうか?

最初はもっとクラシックなポートレートを描いていましたが、次第にタッチが際立っていった感じですね。幼い頃から書道を学んでいたので、書道との類似点を指摘されることもよくあります。線を描くときの身体的なプロセスや動作が好きで、初めは平行線だったのがだんだん曲線になり、リズム感も表現されるようになっていきました。

今回、ポートレート以外にもダンサーを描いた「虹色の舞」という作品がいくつかあるのですが、そこでは線に対する認識もより深化し、線が持つ呼吸や動き、脈動といった生命線の中に、時間の概念も入ってくるようになりました。線には始まりがあって、終わりがある、というか。

人間はみなそれぞれ独自の“線”があり、広い世界の中、たとえ違う方向性で生きていたとしても人生のある時点では“交差”する瞬間もある。今回の展示で表現したかったのはそういうことで、この PARCO MUSEUM TOKYO 自体も皆さんが“交差”する場所になれたとしたら、とても嬉しいですね。