Jim Lambie
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ジム・ランビーが語るグラスゴーのアートシーンと UK カルチャーの黄金時代

Jim Lambie

photography: Nils Junji Edström

interview & text: Yutaka Tsukada

Portraits/

1990年代にロンドンを中心に旋風を巻き起こした「YBA (ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)」。その熱狂の傍ら、スコットランドのグラスゴーで活動し、90年代後半から国際的に活躍する Jim Lambie (ジム・ランビー)。ビニールテープを床一面に貼り、サイケデリックなインスタレーションへと変容させる代表作《ゾボップ》は青森県の十和田市現代美術館に常設展示されており、日本の現代美術ファンにも親しまれている。もともとミュージシャンを志していた彼は音楽シーンとの関わりも深く、PRIMAL SCREAM (プライマル・スクリーム) のアートワークも手掛けている。現在開催中の「テート美術館展 ― YBA&BEYOND」のオープニングのタイミングで来日していた彼は、先日 HYSTERIC GLAMOUR (ヒステリックグラマー) とのコラボレーションTシャツも発売し話題を呼んでいる。

音楽とアート、アンダーグラウンドとポップが混然一体となったUKカルチャーの黄金時代に、Jim は仲間たちとDIYな独自のアートを展開していた。《ゾボップ》に宿る「空間を埋め、同時に空っぽにする」というコンセプチュアルな美学から、既製品という共通言語を通じたコミュニケーションの在り方まで。来日した本人に、日常をアートに変える魔法の正体に迫った。

ジム・ランビーが語るグラスゴーのアートシーンと UK カルチャーの黄金時代

—今回の展覧会は「YBA (ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)」を含む1980年代後半から2000年代初頭にかけて制作された英国美術にフォーカスしたものです。YBA のことをあなたはどのようにご覧になっていましたか。

僕はバンドをやっていたので、26歳でスコットランドのグラスゴー美術学校に入りました。それがちょうど1990年で、その時期に YBA のことを知りました。すごく革命的で、UK のアート全体に大きな影響力を持っていました。

—どのような点が革命的だったのでしょうか?

それまでの UK におけるアートは、ヨーロッパ的だったり、アメリカからの影響が強かったんです。でも YBA はアンダーグラウンドからのムーブメントでもあったので、それが大衆に受け入れられたという点にインパクトを感じていました。

—あなたはスコットランドの出身です。当時 YBA とは地理的な意味でも距離があったと思います。

そうですね。だからロンドンの中心で起きてることっていう感じでした。ロンドンと違って当時のグラスゴーはもっと DIY な環境で、商業的なギャラリーもありませんでした。だからみんなアートと向き合う姿勢、展覧会を行う動機に独特のものがあったと思います。

ただカルチャー全体に目を向けると、その時期の UK はとても波に乗っていたように感じます。アートに限らず音楽もすごい活気があったし、クラブにも熱気があった。ポップチャートを見ても Oasis (オアシス) と Blur (ブラー) がチャートの1位を争い、質のいい音楽が人気を得ていました。アンダーグラウンドでもアシッドハウスやテクノのムーブメントがあったし、マンチェスターにはハシエンダ、グラスゴーにはサブクラブといろんなクラブでそういった音楽が盛り上がっていたのが印象的です。

当時はとにかくいろんなジャンルが交じり合っていて、すごく美味しいスープが出来上がっていく様子を目の当たりにしていたような感じです。全ての人たちが、何かしらの場所でそういった動向に関わっていた。みんなが互いを支え合って、ジャンルを超えて、アートにしろ音楽にしろ、何かを作ろうという気運に溢れていた時代だったと思います。

—1990年代前半の英国は、長く続いたサッチャー政権の新自由主義的政策の歪みが表面化してきた時代です。貧富の格差や失業など、そういった社会問題が表現にエナジーを与えた側面はあるのでしょうか?

見方にもよりますが、当時の自分たちはそういうネガティブな環境に対して、それを乗り越えたいと思っていました。そのチャレンジにわくわくしていたし、生きがいも感じていた。UK には南北の分断が少なからずあります。イングランド、つまり南部は文化的にも経済的にも豊かですが、それに対してスコットランドのある北部は忘れられがちなんです。

繰り返しになりますが当時のグラスゴーには商業的なギャラリーがほとんどありませんでしたし、わざわざそこにギャラリーを開く人もいなかった。アートを売るというシーンそのものがなかったんです。

—そうした状況のなか、グラスゴーのアーティストたちはどのような活動を展開していたのでしょうか?

自分たちの作品を展示するスペース自体がないので、工夫をしなければなりません。だから自分たちの家の家具をどかして、壁を塗って作品発表をしていました。何人か仲間が集まれば、パーティもできる。そういうアートを通じた草の根的なコミュニケーションを、年に一度や二度ではなくて、定期的に行っていました。Jonathan Monk (ジョナサン・モンク) や、David Shrigley (デイヴィッド・シュリグリー) と一緒に展示をしたこともありました。

よく覚えているのは、その2人がシェアしているアパートのトイレで展示をしたことです。僕も含む12人くらいの作家を呼んで「My Little Toilet」というタイトルをつけてね。トイレの壁に作品を設置したりしたのですが、面白かったのは Douglas Gordon (ダグラス・ゴードン) の作品です。彼はバスルームのチェーンを短いものに取り替えたんですね。あまりにさりげなくて気付かないかもしれないけど、その発想はとてもコンセプチュアルで、価値のあるものでした。

他のアーティストたちもユーモアを込めたものだったり、それこそ哲学的なものだったり、いろんな作品を作っていました。そういうふうにして工夫して制作、発表をしていました。

—あなたを含むスコットランド出身のアーティストが続々とターナー賞にノミネートされ、グラスゴーのアートは2000年を前後するころから徐々に注目を集めるようになります。当時のことを教えてください。

まず前提としてなんですが、僕たちはローカルでやってきたので、アートは作品を入口としたコミュニケーションであることを重視してきました。ただそんな中で、グラスゴーのシーンに人々の関心が注がれるようになってきたことは事実です。そのきっかけになったのは、Douglas Gordon が96年にターナー賞を受賞したことです。人々は「グラスゴーで何か起きているな」と感じ取って、その背景も含め関心が集まりました。世界的に著名なキュレーターの Hans Ulrich Obrist (ハンス・ウルリッヒ・オブリスト) が言った「グラスゴー・ミラクル」という言葉も影響してか、確かに世の中の注目が自分たちに集まってきてきているのを実感しました。

その頃からギャラリストがグラスゴーの展示を訪れるようになって、国内外からオファーが来るようになったんです。ロンドンはもちろん、デンマークやフランスなど様々な国から「展示をしないか」と声がかかるようになった。ただこれらのことは決して自分たちが戦略的に仕掛けたことではありません。スタンスを崩さずに継続した結果、外からも注目されるようになったのです。

—そのように注目されるようになったのは、グラスゴーのアートシーンが整備されてきた側面もあったのでしょうか?

そうですね。グラスゴーにはトランスミッション・ギャラリーというすごくいいギャラリーがあります。そこでは常にフレッシュな作品が展示されていて、アートスクールを出た後の発表場所になっています。90年代から00年代にかけて、こういった地元のギャラリーがしっかりしてきて、活動しやすい環境になっていたことも外部からの注目に繋がっていると思います。

Jim Lambie《スカは死んでいない》2001年 テート美術館蔵

—先ほど Douglas Gordon の作品についてお話いただきましたが、Jim さんの作品にも既製品をある種別のモノとして提示している部分があります。

僕はコンセプトがあって、それと作品に使用する素材の間で遊ぶというアプローチをしてきました。そこには無限の可能性があります。そしてそれと同時に、空間が作品のきっかけになることも多いです。

例えば床一面を使ったインスタレーション《ゾボップ》がそれです。僕は99年に、先ほどもお話したトランスミッション・ギャラリーで初めての個展を行いました。話をもらったときに、その時に空間をどう埋めようかとても考えました。ものをたくさん置くか、それともミニマルな形で、介入を最小限にしようかいろいろ悩んだのですが、空間を埋めたいけれども、同時に空っぽにもしたいと思いました。つまり作品がないと感じるけれども、作品でいっぱいだとも感じる。その両立を目指したんです。なのでそれを表現するために、床を使えばいいんじゃないかとひらめいたのです。

そしてこのコンセプトをもとに、どういった素材を使おうか考えました。そこで思いついたのが、ビニールテープを床に貼ったら面白いんじゃないかなと。もともと僕は日用品や、ジャンクショップにあるような捨てられてしまったものを使ってオブジェを作るのが好きでした。そこでビニールテープに目をつけて、床一面をテープで埋めつくすことで、空間を埋めると同時に、空間を空っぽにすることができたんです。

―《ゾボップ》はカラフルな色彩も特徴的です。

そうですね。インスタレーションとしてさらにコンセプトを追求するために、ビニールテープの色に変化をつけることにしました。まず一色のテープで、空間を外の縁から一周させる。そしたら今度は違う色で一周する。そうやってどんどん中心に向かうに従って色を変えていきました。それが自分にとって、コンセプトと素材の間の一番良いスポットだったんです。

―日常的なものを作品の素材に使うことになにか理由があるのでしょうか?

やっぱりみんなが知っているものであることがすごく魅力的だと感じます。ありきたりのビニールテープは誰しもが知っている。ただそのことが、作品を見た人がコミュニケーションをするきっかけになるので、そうなってくれるのが自分にとってのやりがいなのです。日用品は多くの人にとっての共通言語です。でもそういったものが使い方によっては、全く別の表現言語にもなり得るということが重要なんです。