baserange
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すべては人である。対話とケアから生まれる、ベースレンジの不完全な美学

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photography: josefine seifert
interview & text: manaha hosoda

Portraits/

まだまだ朝晩は、0度まで気温が落ち込む初春のコペンハーゲン。それでも、風が穏やかだからか、同じ気温の東京と比べると、不思議と寒くない。初めて訪れた街に胸をときめかせながら、道行く人々や建物、レストランやショップを観察する。テラスで太陽を浴びながら談笑する人たち。ひとたびコートを脱げば、鮮やかな色とりどりのセーターが顔を覗かせる。広告やネオン、騒がしい音楽は少なく、活発なスモールビジネス、アートとデザイン、クラフトへの愛が息づく街。ゆっくりと流れていく穏やかな時間。ここにアトリエを構えているという Baserange (ベースレンジ) の哲学が、確かに街中に息づいていることを感じる。

Baserange は、2012年に Marie-Louise Mogensen (マリー=ルイーズ・モーゲンセン) と Blandine Legait (ブランディーヌ・ルゲ) のふたりによって始まった。ノンワイヤーのストレスフリーなつけ心地、ミニマルなデザインとニュアンスのある色づかいのアンダーウェアで着実にファンを増やし、今ではアンダーウェアだけでなく、頭のてっぺんからつま先までウェアやアクセサリーが揃う。2024年にはメンズコレクションがローンチ。日本には東京と京都に2店舗を持ち、決して遠くない存在であるにも関わらず、国籍不詳であまり多くを語らないミステリアスなブランドである。

すべては人である。対話とケアから生まれる、ベースレンジの不完全な美学

今回ブランドのコアに迫るべく、コペンハーゲンにある Baserange のアトリエを訪れ、Marie-Louise に話を聞いた。大皿いっぱいのパンと一緒に出迎えてくれた彼女は、思慮深く、慈愛に満ちた眼差しと少女のような笑顔の持ち主。それでいて、資本主義的な経済や政治に話が及ぶと、アナーキーな一面を覗かせる。インタビューの中で、繰り返し登場したのは「人(relationship, community)」、「対話」、「ケア」という3つの言葉。血の通った彼女の言葉を通して、完璧ではない不完全なものを愛する Baserange の持つ”真の豊かさ”に触れる。

—まず最初に、ブランド設立までの道のりについて聞かせてください。おふたりはどうやって出会ったのでしょうか?

共通の友人を通じて出会いました。当時、Blandine は別のブランドで働いていて、私はキッズブランドを手がけていました。それと同時に、私は個人的なプロジェクトとして女性のイメージを扱うアンダーウェアを作り始めていたんです。私たちはそこで意気投合し、お互いの子どもを連れて一緒にバカンスへ行くほど仲良くなりました。その後、タイミングが重なり、私が関わっていたブランドを離れる際にアンダーウェアのラインを引き継ぎ、Blandine はパリからトゥールーズへ移りました。お互いの人生に新しいことを始める余白が生まれ、そこから一緒に仕事をすることを考え始めたのです。

—彼女もデンマーク出身ですか?

いいえ、彼女はフランス人で、当時はパリに住んでいました。最初に12型ほどのアイテムを作りましたが、実は当初、あくまでも「写真のプロジェクト」として完結させるつもりだったんです。私にとって制作の核にあったのは、プロダクトそのものよりも「イメージ」でした。女性のあり方、心地よさ、そして女性たちの体と親密に向き合うこと。当時の業界は、女性がどう見えるべきかについて、あまりにも男性主導だと感じていたからです。それが、このプロジェクトを始めた1番の理由でした。

—設立当初から確固たるビジョンはあったのでしょうか?

服ではなく、着る人が主役だということです。ひとつの「正解」を押し付けるのではなく、女性の数だけある多様なあり方に焦点を当てること。私はファッションの学校ではなく、広告代理店を目指して勉強していました。昔のベネトンの広告を覚えていますか? 初めて見た時、それが私の夢だと思ったんです。でも実際にその業界を覗いてみると、ビジュアルを支配しているのは男性ばかりでした。だから、女性が自分自身を表現する多様な方法を取り戻すことが私にとっての最優先事項だったんです。最初にトルコで、バンブー素材を使ったプロダクトを制作しました。ハイウエストのデザインで、それは誰かに媚びるためではなく、ただ自分自身の心地よさを追求した結果だった。世間一般の美しさとは違ったかもしれませんが、私にとってはそれこそが美しかったんです。「どう見えるか」ではなく「どう感じるか」。それが何より大切でした。

—Baserange がユニークなのは、その拠点がミステリアスなところにもありますよね。本社はフランスのトゥールーズ、ディレクションはデンマークのコペンハーゲン。こうした環境がブランドのアイデンティティに影響を与えていると思いますか?

そう思います。会社はフランスで設立しましたが、私はデザインとビジュアルディレクションを担当するためにデンマークに残りました。それがブランドにとって重要なことでした。ニューヨークに住む友人のジョバンナは私と一緒にコレクションの制作・開発を行っており、私たちは住む国が違くとも、常に Skype や Teams でコミュニケーションを取っています。また、グラフィックアイデンティティ全体を構築したマイケルはパリに住んでいて、これまでの対話は私たちの仕事においてとても重要なものでした。フォトグラファーのダンも同様にニューヨークを拠点としており、ブランド初期から共に仕事をし、イメージ作りを一緒に形作ってきました。

—実際の役割分担は、どうなっているんですか?

初期は Blandine が販売、流通、倉庫業務を担当し、ビジネスを成長させてくれました。私は写真を撮り、服を作り、ビジュアルディレクション、つまりブランドの人格を構築していました。業務は完全に分かれていましたが、互いに補完し合える関係だったと思います。それぞれのチームが整った今も、共通しているのは長期的なパートナーシップを大切にすること。ニューヨークのジョバンナ、フォトグラファーのダン、メルボルンの旧友カリーナ、日本のサチコ……同じ人と長く付き合い、関係を深めていく。たとえ困難なことがあっても、長期的にコミットし続けることが私たちには重要なんです。

—コペンハーゲンに留まった理由を教えてください。

家族がいますし、単純にこの街が大好きだからです。実は2016年から4年間ロサンゼルスに住んでいたこともあり、そこでは会話やコミュニティの感覚をとても大切にしていましたが、やはり家族やルーツのある場所に戻ることが重要でした。それはそうと、私はデンマークの社会のあり方が好きなんです。Baserange のジェンダーへのアプローチは、とてもデンマーク的だと思います。まだ構造的には保守的な部分もありますが、育児休暇制度は整っており、男性が休暇を取り子どもをケアすることが当たり前になっています。Baserange にとっても、男女問わず誰もが「フェミニニティ(女性性)」と「マスキュリニティ(男性性)」の両方を持つということは常に重要です。だから初期のプロダクトでは、あえてヒップのラインを作りませんでした。ショップの人たちには「パンツにはヒップの曲線が必要だ」と言われましたが、可能な限り「正しい形」を押し付けないために、完全にストレートなシルエットを貫きました。

—ブランド戦略についても教えてください。ヨーロッパではなく日本や韓国に実店舗を構えているのはどうしてですか?

実は、その理由は戦略というよりも、「人」にあるんです。私たちが一緒に働きたいと思って、親しくなった人たちが、そこにいたというだけ。最初のメルボルンのショップも、古い友人が自分なりのやり方で店を作り上げ、そこにコミュニティが生まれていきました。その様子を見て、土地に根ざしたショップのあり方をとても気に入ったんです。日本については、Blandine が一緒に働いていたサチコと縁があり、ショップをオープンすることに決めました。最初は「Baserange は世界中のどこにあっても、同じ見え方をするべきだ」と思っていましたが、今は友人たちがそれぞれの土地で物語を広げてくれることが大切だと考えています。

—東京のショップがオープンしてから、何か発見はありましたか?

マクドナルドのように、どこへ行っても同じ体験を提供すべきという教えは、もう信じていません。東京のショップを見て、ブランドが独自の人生を歩んでいる風に感じました。すべてをコントロールするのではなく、対話を通じて新たに形作られていく。私にとってそれは、コントロールを手放し、耳を傾けることを学ぶプロセスでした。自分たちの世界に閉じこもるのではなく、カスタマーが何を感じ、何を求めているかという対話が重要なんです。

—東京の街についてはどう思いましたか?

思っていたよりも静かで、魂や豊かさを感じました。壊れたものを修理して使い続けるような美しい手仕事があったり。すべてがとても丁寧(ケアフル)ですよね。最初は、みんなが「可愛い」や「素敵」でいなければいけないプレッシャーがあるんではないかと思いましたが(笑)。街ゆく人々をみても一人ひとり個性があって、それは素晴らしいことだと感じました。

—コペンハーゲンと東京の共通点はありますか?

似ていると思います。赤信号で渡らないような、ルールを守る生真面目さとか(笑)。政府や制度を信頼し、従うという点も非常に近いですね。建築やデザインのライン、ミニマリズムの美意識にも共通点があります。ただ、日本の方が、プロポーションに関してはより実験的で、自由に着こなしを楽しんでいる印象を受けました。

—Baserange が発信する多様な女性たちの姿は、多くの共感や信頼を集めていると思います。

ビジュアルの中に、自分自身を見つけられること。今のままでは十分じゃない、と感じさせるのではなく、自分のありのままが認められていると感じられること。それが最も大切です。私たちの生産背景には多くの女性コミュニティがあり、彼女たちが工場を切り盛りしています。私は、一方的な男性的価値観ではなく、お金よりも互いにケアすることを優先したい。正直に言えば、私は服を作ることそのものに強い執着があるわけではありません。私の原動力は、きちんと生計を立て、仲間のクリエイティブな仕事をサポートし、適切な報酬を支払える構造を作ることにあるんです。クリエイティビティには、ある種の「繊細さ」が伴います。社会では排除されがちなその繊細さこそが、不可欠だと感じるんです。

—そうした哲学は、Baserange の「Repair project (リペアプロジェクト)」からも感じます。このプロジェクトについても詳しく教えてください。

これは、コペンハーゲンにショップをオープンしたことをきっかけに、スティナとジュリーが Baserange Repair のリサーチと方向性を形作り始めたことからスタートしました。コロナ後、手を使うことで再び人とつながれたらと思ったんです。実は、リペアしているアイテムの多くは、日本からの返品で、小さな不具合が理由で戻ってきたものです。日本のリテーラーの厳格な基準は素晴らしいものですが、私たちは不完全さを受け入れたいと考えています。廃棄するのではなく、どう再利用できるかを探り、端切れを小さなプロダクトへと変えていく。生産の中でどれほどの廃棄が生まれているのかを知ってほしいのです。また、同じくコペンハーゲンのチームにいるジェニーは、服をどうケアし、どう洗うべきかを Baserange のプラットフォームを通じて発信しています。新しいものを買うのではなく、今あるものを大切に、手間をかけて”ケア”すること。日本の使い込まれたものへの美学に感銘を受けましたが、シミや穴さえもその物語の一部として受け入れていきたいと考えています。

—リペアにはどれくらいの時間と労力がかかるのですか?

以前作っていた大きなパッチワーク作品は、1点につき1日から4日ほどかかりました。今、売っている商品に関しては、だいたい2時間から5時間の間で収まるようにしています。これは私たちが思考錯誤を重ねて行き着いた結果です。

—かなりのコストと投資がつきものですよね。効率について考える場面もあったんでしょうか?

ええ、もちろん。ビジネスとしてどうなのかという疑問は常にあります。でも私は、このプロジェクトがいつか、何か新しい可能性を生み出してくれると信じているんです。そして、何より重要なのは、これがチーム全員の取り組みだということです。こうしたインタビューやポートレートをこれまで撮られることも避けてきました。それは、他のメンバーの仕事を自分の手柄にしたくないからです。サステナビリティに関しては、常に自分たちが持つリソースやプロセスに正直でありながら改善を目指してきました。認証制度やグリーンウォッシングが溢れる中で、単にサステナブルな消費だけで世界が救えるとは思っていません。私たちは生産量そのものや「成長」の定義を見直す必要があります。経済的な成長だけではなく、良い素材を使い、人をケアしながら作られたものは長く使い続けることができるのです。

—素材への深い敬意は、ウェブサイトからも伝わってきます。特にオーガニックコットンは象徴的ですよね。

大切な素材ですが、最近はリサイクルコットンへとシフトしたいと考えています。既存の生地を再利用する方が、より本質的だからです。ただし、リサイクル素材の活用には膨大なプロセスと投資、そして時間が必要です。通常のコットンは注文すればすぐに手に入りますが、リサイクル素材はそうはいかない。バンブー素材についても同様で、化学薬品を抑えたリヨセル製法を採用していますが、これも時間がかかり、繊維自体が市場に出回っていないことさえあります。”スピード感のある効率的な生産”を取るか、それとも”リスクがあってもより良い素材”を取るか……。

—それはまさにジレンマですね。

そうなんです。この問題を解消するには、消費者もショップも、もっと柔軟(フレキシブル)になる必要があります。今の業界は「注文したらこの時期に納品」というルールが絶対で、遅れは許されません。でも、私たちは時に試練に直面します。以前、新しいプロセスに挑戦していたリサイクルデニムの工場が突然倒産してしまったことがありました。私たちはすでにその生地を使ったプロダクトを販売してしまっていたので、必死に代替案を探しました。こうしたモノ作りは、常にリスクを伴います。なぜなら、私たちはある種、「不確実なもの」に対して投資をしているわけですから。

—最後に、Baserangeの「次の挑戦」を教えてください。

次のステップは、異なるやり方をどうサポートし、ブランドとして成長させていくかです。メガ・グロース(巨大な成長)を目指すのではなく、今あるリソースを大切にしながら、財務的に健全で安定した状態を保つこと。私個人としては、また小さなプロジェクトをやりたいという思いもあります。