Daniel Shea
Daniel Shea

実践を続けた先に広がる、まだ見ぬ景色に向かって。写真家ダニエル・シェア

Daniel Shea

photography: Natsuko Kito
interview & text: Runa Anzai

Portraits/

4月中旬、よく晴れた日の黄昏時に新宿中央公園で写真家の Daniel Shea(ダニエル・シェア)と待ち合わせをした。ニューヨークを拠点とする Daniel は、昨年ロンドンの出版社MACKから刊行された写真集『Distribution』に関連したトークショーやファッションエディトリアルの撮影、そしてプライベートの旅行も兼ねて来日中。これまでに仕事で何度も日本を訪れたことがあるというが、撮影後はとんぼ返りすることがほとんどだったそう。「今回は久しぶりに、大好きな日本でゆっくり過ごせるのが嬉しい。福井や京都、大阪にも行く予定があるんだ」とこれからの旅程を楽しそうに話してくれた。そんなダニエルとのインタビューは、公園を散歩しながらの雑談からはじまり、国内外で高い評価を得る写真集の制作プロセス、ドキュメンタリー、ランドスケープ、ファッションまでをも縦横無尽に行き来する多才な写真表現について、さらには、アートブック愛溢れる自宅の図書館についてまで多岐に渡り、気づけば日が暮れるまで語り合っていた。

実践を続けた先に広がる、まだ見ぬ景色に向かって。写真家ダニエル・シェア

―明日は撮影だそうですが、朝は早いですか?

6時入りですが、早起きは得意なんです。ルーティンが好きなので、朝はきちんと起きるようにしています。恵まれたことに、撮影やそれに伴う移動なども含めて、仕事がルーティン化することはないので、私生活ではルーティンのような制限があることで、そこに選択的な自由が生まれると思っています。制限がないことやその種の混沌はアンヘルシーで、誘惑も多いので規律がある方が性に合っているんです。

―例えば、どんなルーティーンがあるのでしょうか?

一日をもっとも規則正しい状態ではじめて、最も自由な状態で終わらせるようにしています。早起きをして、運動をし、本を読み、その日の予定を立てる。実用的なことや事務的なタスクと創造的な時間は完全に分けて、しっかりと自由を満喫できる時間を確保するようにしています。私は、アーティストが自分の活動を「実践 (practice)」と呼ぶのが好きなんです。まさにこの活動の本質を表現する完璧な言葉だと思っています。一貫性を持って実践し続けることがとにかく大切。そして、実践する場所としての自分のスタジオは、創造的な自由を中心に人生を構築する「建築」のようだと考えています。

―スタジオでは、どのように過ごしているのでしょうか?

メールを書いたり、プロジェクトの計画を立てたり、次の撮影の構想を練ったり…。自宅兼スタジオなのですが、大きな壁で区切られていて、それぞれが独立した空間になっています。また、スタジオにある図書館からは、たくさんの活力をもらっています。子供の頃から本が大好きですが、単にその内容だけでなく、存在そのものが好きなんです。何年か前にレジデンシーに参加した時、新しい場所で制作をすることがとても不安だったんです。それは慣れないスタジオだからではなく、自分の本が周りにないからでした。いつもページをめくっているわけではないですが、ただそばにあるというだけで、とても落ち着くんです。

―本棚ではなく、図書館?

そうですね。深く考えたことはなかったですが、図書館と呼んでいます。スタジオへ続く廊下からはじまり、スタジオ内にもたくさんの本棚と図書館にあるようなカートがいくつもあります。ドローイング関連の本を集めたカート、次作のヒントになりそうな本をまとめたカート、撮影のアイディアに関する本をまとめたカート、というように、配置と内容は常に変わり続けています。まるで自分だけの図書館にいるような気持ちになれるんです。

―昔からずっと本が好きなのですね。高校生の時には、すでに Zine を作っていたと、当時の友人がインタビュアーを務めるポッドキャストで聞きました。

『Pariah』(「社会ののけ物」の意)という政治にまつわる Zine を創刊し、夢中になって作っていました。昔から何かをまとめるための仕組みのようなものに惹かれていました。主に文章を中心としたZineでしたが、写真やイラストも載せて、寄稿者もいたんです。やはり、昔からメディアが好きだったんだと思います。

―政治的な話題は高校生にとっても身近なものだったのでしょうか?

パンクカルチャーに強い影響を受けていたので、政治に対する感覚もカウンターカルチャー的でした。アメリカでは、政治的な思想という文化はあると思います。しかし、その欠点のひとつは、あくまで文化の域を出ないこと。つまり、アイディアを交換するだけで、それを実行に移すことにはあまり重点が置かれない。けれども、「政治文化」と「政治的行動」には大きな違いがあります。当時(2000年代初頭)は、ジョージ・W・ブッシュが大統領で、私たちはアメリカをある種の帝国主義的な兵器のように見ていました。世界で起きている大きな出来事に、Zineを作ることで抵抗していたのだと思います。

―最新作『Distribution』についても話を聞かせてください。本作は「木を見て森を見ず」ということわざが主要なテーマとなっており、森をはじめとする風景写真が多くを占める構成です。また、森などの自然と都市部の建築、建築現場で働く人々の写真が対照的な存在として描かれています。このプロジェクトはどのようにしてスタートしたのでしょうか?

まず、風景への関心は、大学卒業後、助成金でウェストバージニア州に行き、炭鉱の撮影をしていた頃まで遡ります。当時は、自分の写真が絵画の歴史と関連するものになると考えていました。しかし、現地に着いてみると、結局は地域社会や人々に焦点を当てることになり、社会的なドキュメンタリープロジェクトへと変化していきました。それがきっかけで、産業的な風景や歴史のようなものに興味を持つようになり、産業の影響を受けた風景という概念をイリノイ州の架空の街として描いた写真集『Blisner, IL』を制作しました。その後、ニューヨークに引っ越してからは、ジェントリフィケーションの影響を受ける近所の様子や、その周辺の変化を写真に収めはじめました。その頃には、興味が建築に深く傾倒していました。つまり、風景から産業、そして都市の建築へと移り変わっていったわけです。『Distribution』では、都市とは正反対の場所からはじめたいと思い、まずは森を撮ることにしました。今振り返ってみると、それは直線的な進展というよりは、むしろ円のようなもので、結局、スタート地点に戻ってきたような感じでしょうか。

―今までに、Loose Joints (ルースジョインツ) や Kodoji Press (コドジプレス)、In Other Words (イン・アザー・ワーズ) など個性の異なる出版社と写真集を制作されています。今回、はじめて MACK (マック) と写真集を制作をしてみていかがでしたか?

MACK は、写真集やアートブックの出版界において、あまりにも偉大な存在で、MACK から本を出版することは、多くの写真家にとって夢のような経験です。主宰の Michael Mack (マイケル・マック) がはじめて私のスタジオを訪れた際、アーティストとの関係については長期的な視点で考えるのが好きだと話してくれました。必ずしもこの一冊だけでなく、アーティストの出版活動の全体像を見据えてくれているのです。また、Michael と会ったのは、ちょうど頭の中でこの本をどのようなものにするか、構想を固めようとしていた頃でした。その時点で分厚い本にしたいということや、グリッドの章を入れたいということは明確になっていました。

―作品や写真集の構成に関して、Michael からもらったフィードバックやコメントで印象に残っているものはありますか?

驚くことに、Michael から編集的な指示やフィードバックはほとんどありませんでした。完全に信頼し、任せてくれたんです。デザイン面も MACK チームのサポートはありましたが、ほとんど自分で行いました。今までデザインを任せたこともありますし、そうした方法がフィットするプロジェクトもありますが、今回は自分でやらなくてはいけないと思いました。

―400ページを越えるデザインを一人でされたのですか?

クレイジーだよ。だから完成までに6年もかかってしまったんだ。

―写真集の中盤には、1992年にホイットニー美術館で開催された『Walker Evans and Dan Graham』展の図録から写真家・批評家の Allan Sekula (アラン・セクーラ) が随筆した『Walker Evans and the Police』という文章がコラージュで掲載されています。あなたの写真を見ていると、写真に対するアプローチや姿勢が、Walker Evans のそれと近いものを感じます。

彼は、写真家としての私にもっとも影響を与えた人物です。彼の作品には、世界を記録したいという欲求がある一方で、写真が世界そのものを内包する「容器」であることも示唆しています。Walker Evans (ウォーカー・エヴァンス) がカメラの代わりに大きなスキャナーを持って歩き回り、建物の表面をスキャンしていたらどんな作品になっていただろう、と考えることがあります。たまたま、当時の技術で革新的なツールがカメラだったというだけで、もし時代が違っていたら、彼はそういうタイプのアーティストになっていたと思うんです。当時、ほとんどの写真家は写真を通じて感性を表現しようとしていました。カメラの持ち方、動き方、被写体に対する自分の立ち位置こそがもっとも重要だったのです。しかし、彼は、世界がすでに独自の緊張感を持って現れているという視点を持っていました。しかし、彼は世界がすでに独自の緊張感を持って現れているという「視点」を大切にしていました。とはいえ、創造的な感性も重要で、私は常にその両方を追求しようとしています。私の中には、写真という表現手段を存分に楽しむという点で、実はマキシマリストな一面があるんです。でも同時に、Walker Evans のような写真に対するシンプルな理解にも惹かれます。

―写真に対するアプローチに関して言えば、あなたはファッション写真も多作で、世界中のさまざまな雑誌やブランドと仕事をしていますよね。ファッション写真を撮りはじめたのはいつ頃ですか?

10年くらい前です。当時はファッション写真が何かということはきちんとわかっておらず、まずはファッション写真が独自のメディアで、独自の目的があるということを理解しなくてはなりませんでした。それから徐々に仕事が増えていき、スタイリストの Brian Molloy (ブライアン・モロイ) と仕事をはじめたことがきっかけで、写真を通してファッションをどのように捉えるべきかということがわかってきました。やはり、最初はエディトリアルを撮ることがファションにおけるキャリアと写真言語を築くのに役立ちました。ファッション写真は、案件によってカメレオンのように多種多様な写真家になれるところが好きなんです。異なるツールを使ったりしながら毎回違うタイプのエディトリアルを撮りたいと常々思っています。もちろん、ファッション以外の写真でも、表現の多様性を心がけています。

―『Distribution』も含め、あなたの作品からは資本主義や社会の構造に対する問題定義を感じます。ファッション写真の根本的な目的は、人々に洋服などの商品を買ってもらうことです。ただ、私もこの業界で働くひとりとして、クリエイティブを通して顧客の購買意欲を煽り続けることにジレンマを感じることがあります。

同感です。夜寝る前に、生計を立てるために自分がしていることについて、絶望的な気分になることもあります。ファッションの現場では、みんなとても良く働きますし、チームの一員としてベストを尽くそうとしていて、それは資本主義の美しい一面でもあると思います。働く喜びや、やりがいがある。しかし、同時にそれは恐ろしいことでもあります。だから私は、仕事をとても真剣に受け止めるようにしています。ドイツ人とアイルランド人の血筋だからかもしれないですが、働くことは自分にとって唯一「得意だ」と言えることなんです。

ファッション写真には、ふたつの相反する価値があると感じます。ひとつは、商業的な側面で、大量の広告を生み出し、視覚的な雑音を増やし続けているということ。ビルボードや広告にはみんな飽き飽きしているのではいでしょうか。ファッション写真はライフスタイルや憧れという概念を通じて服を売るものなので、この業界で働く私たちも、この状況に加担しているわけです。もうひとつは、クリエイティブな側面。クリエイターとして必要とされ、他の人たちと協力して何かを作り出すのは本当に素晴らしいということです。つまり、クリエイティブを仕事にするということと、ビジネスはまったく別物だということです。加えて、クリエイティブな仕事をしながら、生計を立てる機会が少なく、たくさんの人がファッション業界で働くことを目指します。ファッションの現場で働くことは前向きなことなのに、完成した作品に対しては、多くの人がどこか距離を置いた関係にあると思うこともあります。作品が現場を離れた後に独自の命を帯びていく過程は、むしろ不安にさえ感じるのではないでしょうか。このふたつをどう折り合いをつければいいのか。私には、社会は資本主義を軸にせず、別の形で組織化できるはずだ、と提案することくらいしかできません。それでもなお、人々にとって創造的で制作意欲に満ちた環境を生み出すことは可能だと心から信じています。

―最後にもう一度、写真集の話をしても良いですか? あなたの図書館の中から、お気に入りの写真集を3冊教えてください。

実はこの後ディナーの予定があってもう出なくてはならないんだ。明日いっぱい考えて、あとからメールで回答を送っても良いかな?

 

―二日後、Daniel からメールでお気に入りの写真集のリストが届く―

リストを作るのにとても苦戦しました。「お気に入りの写真集」と「もっとも影響を受けた写真集」を区別するのが難しくて。下記より、現時点でのお気に入り写真集のリストを送ります。

•Michael Schmidt (ミヒャエル・シュミット) 『Frauen & U-NI-TY』
•Isa Genzken (イザ・ゲンツケン) 『I Love New York, Crazy City』
•Jorg Sasse (ヨルグ・ザッセ) 『Vierzig Fotografien 1984 – 1991』
•古屋誠一 『1995 Mémoires』
•Roni Horn (ロニ・ホーン) 『You Are The Weather』
•Walker Evans (ウォーカー・エヴァンス) 『American Photographs』
•Gerhard Richter (ゲルハルト・リヒター) 『Atlas & Overpainted Photographs』
•Christopher Williams (クリストファー・ウィリアムス) 『The Production Line of Happiness』
•Bernd & Hilla Becher (ベルント&ヒラ・ベッヒャー) 『Anonyme Skulpturen: A Typology of Technical Constructions』

結局3冊に絞りきれず、リストが長くなってしまいましたが、記事に収まるでしょうか。ニューヨークに戻ったら、本棚の写真も送りますね。