Yasutomo ebisu
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「残るのは、ものではなく時間だった」写真家・戎康友、カルフォルニアを辿った30年の記録

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photography: Lukas Dong

interview & text: Saki Shibata

Portraits/

30年。この時間を長いと感じるか、短いと感じるか。それは人によって異なるだろう。だが、筆者にとっては、自身の年齢とほぼ同じであることもあり、やはり長いと感じる。

「若い世代の人にこそ、当時の時代の空気をフレッシュに見てほしい」

そう語ったのは、写真家・戎康友だ。

5月28日発売の写真集『A Whole California Anthology 1993–2025』は、30年間にわたる取材の中で切り取られてきた、カリフォルニアの断片の数々をまとめた一冊である。そこには、『Whole Earth Catalog (ホール・アース・カタログ)』の編集を務めた Lloyd Kahn (ロイド・カーン)や、孤高のレジェンドと評されるシンガー、Neil Young (ニール・ヤング) をはじめ、Ricky Swallow (リッキー・スワロー)、Richard Brautigan (リチャード・ブローティガン) など、彼が憧れた1970年代の空気を色濃く残す人物と、その周囲に流れる時間や空気が収められている。

取材のためにアトリエを訪れると、彼は写真への向き合い方だけでなく、カリフォルニアの変化、建築、教育、身体と意識の使い方、環境のあり方まで、さまざまな話をしてくれた。この一冊に収められた写真には、完成された“もの”としての美しさだけでなく、そこに至るまでの時間や、人が何かに没頭している過程そのものが写し出されている。彼が惹かれてきたのは、結果ではなくその手前にあるプロセスであり、そこに流れる濃密な時間だったのかもしれない。

今や、デジタルデバイスと向き合うことが日常だが、ふと周囲を見渡すと家や家具、道路、街並みのすべてが人の手によってつくられていることに気づく。けれど私たちはあたかも最初からそこにあったかのように、その過程をいつのまにか見落としてしまいがちだ。人はもっと近くにいて、触れられる距離にあり、温もりを持って存在している。

30年にわたりカリフォルニアを見つめ続けてきた彼の視線は、何を見つけて、何を残そうとしてきたのか。

「残るのは、ものではなく時間だった」写真家・戎康友、カルフォルニアを辿った30年の記録

—どれも素敵な写真ですね。この一冊に収められている人々は、自然と調和して生き抜く精神力を強く感じました。

昔の時代は音楽もカルチャーも同時代性のあるもの以外は掘らないと見つけられないものだったから、掘ること自体がその人たちの素養を作っていたんだよね。例えば、家具職人のSam Maloof (サム・マルーフ)。工房へ行くと完成したものだけでなく、その過程を見せてくれるんです。ソファの肘掛けをどうやって削っているのか、とかね。もちろん、最終的には出来上がったものが評価されないと世の中には出ていけない。でも実際にはプロセスの方がずっと面白いと思うんですよ。それを得た情報で、その人たちがいる風景を撮影することがとても写真的だと僕は思っています。

—お話を聞いていると戎さんご自身も、どこか彼らと近い感覚をお持ちのように感じます。

そういうことが好きなんだよね。僕も子どもの頃からプラモデルを作る時間がすごく好きだった。完成したものを飾るというより、作っている最中にものすごく集中していて、気づいたら終わって、「もう一回作りたい」と思っていた子どもだった気がします。そう考えると、集中がどこに向かっているかが大切なんだよね。ものはなくなったり壊れたりするけれど、ものが大切なのは壊れるからであって、実は壊れないのはのめり込んでいる自分の集中力と時間。僕は割とマイペースな性格なんだけど、ファインダーを覗くと一気に集中できる。その集中力の作り方は、昔から変わっていないのかもしれないです。

―撮影でいろいろなフォトグラファーを見ていると、撮影が始まった途端にとても汗を掻いているなと思うことがあって。すごい集中力だなといつも思っています。

それはテンパってる可能性もあるよね(笑)。若い頃はまだ言葉の使い方や指示の仕方が下手で、モデルにうまく伝わらなくて、身体が崩れて違う方向へ行ってしまうことがあった。そうなると見たかったものが見えなくなって、戻すまでに時間がかかってしまう。でもそれって、結局は自分が相手を受け入れられていないという証拠なんですよ。細かく指示するより「立ってみて」とそのまま撮影して、その中で「撮れた」と思う瞬間があると、今度はまたその次の瞬間が欲しくなる。相手を受け入れながらいい瞬間にシャッターが押せるのがベストですね。

―相手を受け入れられると、1カットの重みが変わってくるということですね。

そう。僕は若い時から4×5で撮っていたこともあって、あまりシャッターを切りたくないんです。写真の分母が増えると、あとで分子の大切さがなくなるの。だから分母は小さい方がいいと思っています。うまくいったかどうかに関係なく、その時の記憶や作業の密度みたいなものが、後から自分にとって大切な写真に変換されると思うから。

—今回、30年という節目で一冊にまとめようと思われたのはなぜですか?

最初は、30代後半から40歳過ぎくらいにカリフォルニアで撮っていたヌード作品だけでまとめようと思っていたんです。でもなぜ自分がヌードを撮ることに惹かれていたのかを考えた時に、70年代の幼少期に、祖父と父が営んでいた写真館の本棚で見た写真集に、どこか既視感があったからだと思う。そこから音楽や映画、文学を通して、1950〜70年代のカルチャーへの憧れが強くなっていった。20代からカルフォルニアで撮影を続ける中で、Lloyd Kahn や70年代にカリフォルニアへ移住してきた人たちを取材していくうちに、自分が惹かれていたものが、すべて70’sの空気と繋がっていた感覚があったんです。2000年代までは、まだそういう空気が残っていたんだよね。だからヌードだけでなく、カルフォルニアで撮影してきた人たちや風景も含めて、一冊としてまとめた方が面白いかもしれないと思ったんです。

—表紙の写真もその頃ですか?

そうですね。これは1993年に雑誌の撮影でロングビーチへ行った時の写真です。この子たちが服を脱いでビーチに寝転がっている姿がとても可愛かった。撮影が終わった後に走っていって、そのまま撮影したんだよね。それから寝転んでいる二人を立たせて2、3枚撮ったうちの1枚。

—その当時と現在では、カルフォルニアもずいぶん変わりましたよね。

ものすごく変わりましたね。なぜ2025年までにしようと思ったかというと、去年行った時に無人タクシーやロボット Uber が走っていたり、翌日の朝6時くらいにコーヒーを買いに歩いていたら、ヤシの木が並ぶ風景の中にテスラがずらっと停まっていて。あの見ていたアメリカの風景と、すごく変わったなと思ったんです。だから変わる前の時代までを残したかった。そういうものは排除した方が、この本としてはまとまりがいいと思った。今回の本は、iPhone の写真以外は全部フィルムなんです。

—iPhone で撮影したものを入れようと思ったのはなぜですか?

1962年に出た OLYMPUS PEN という、一本のフィルムで通常の倍の枚数が撮れるハーフカメラを持っていってた時に、もちろん当時の人がどう思って使っていたかは分からないけれど、僕はあれって“メモ”だったんじゃないかなと思ったんです。60年代は今みたいに気軽に記録できるものがなかったから、写真としてメモるために72枚撮れるものが出たんだと。それって、今の iPhone とすごく近いと思っていて、写真としてのクオリティは別として「残しておきたい」と思って記録する、その純粋な行為自体は同じなんじゃないかなと。

—戎さんにとって、写真を撮るという行為は「残すこと」なのか、それとも「見つけること」なのでしょうか。

記憶したいものや、記録しておかなければいけないものって、消えてしまうかもしれないじゃないですか。自分の頭の中から消えてしまうかもしれないし、目の前からなくなってしまうかもしれない。だから僕の中では、「見つける」と「残す」という作業は分裂していないと思うんだよね。「あっ」と思ったものを、人ってまず頭の中に記憶しようとするでしょ。でも僕はカメラマンだから、それを写真としてどう残した方がいいかを考えている。だから消えてしまうかもしれないものや、変わってしまうかもしれないカルフォルニアを、自分の中でちゃんと見ておきたい。それが、この本の自分にとっての役目なのかもしれないですね。そしてそれを一冊に編集することで、今度は誰かがそこに何かを見つけてくれるのかもしれないと思っています。

—ファッション撮影においても同じですか?

ファッションは逆だよね。「今でしかないもの」(消えてしまう)を「見つけて記録する」という行為だと思っています。消えることを望んでいないものを撮っているような気がする。

—本書を通して、70’sの空気を感じる人たちを見ていると、もっと自由でいいんだなという気持ちを思い起こさせてくれる瞬間がありました。人間の温度感というか、そういうものにもっと触れていたい感覚というか。ここに出てくる編集者の Lloyd Kahn さんもあるインタビュー記事で「若い人はもっと自然のものに触れた方がいい」と話されていましたが、戎さんは彼らと会話して一枚を記録していく中で、どんな影響を受けましたか?

Lloyd Kahn にはとても影響を受けました。僕は昔から年上の人たちを見て育ってきたこともあって、「どう生きていくか」みたいな話をすごく聞いてしまうんですよね。彼は元々60’sの頃にドーム建築をやっていた人なんだけど、実際に会って話を聞くと、ただ自由を求めている人ではなかった。シュタイナー教育やシェイカー建築に通じるような、ちゃんと思想やルールを持ちながら生きている人だったんです。そして彼らに共通しているのは、とても頭脳的であるのと同時にすごく肉体的なんだよ。頭を使うのと同じくらい身体を動かしている。ヒッピーって、外から見るとドラッグやパーティーのイメージが強いけれど、本当はもっとプリミティブで、「何が一番正しいか」を考えながら生きることで、自由でいられることに気づいた時代だった気がする。

—今の時代だからこそ、改めて70’s的な価値観に惹かれる人も増えている気がします。

70’sって、繋がることが重要な時代ではなかった気がするんだよね。もっと自分自身を見つめるというか、繋がることよりも“孤立すること”の方が大切だった気がする。でも今って、繋がろうとすることで逆に孤立している感じがあると思う。繋がっているように見えて、実は何も繋がってないっていうか。そこは少し残念だなと思うんです。でも昔のものが今とちゃんと繋がっている感じは嬉しいよね。ベルボトムを履いている若い子とか見ると、面白いなって思うし。

—今回の写真集を、今の若い世代にはどのように受け取ってほしいと思いますか?

今20代になった自分の子どもたちを見ていると、僕たちの世代とは考え方も環境も全然違う。僕は写真館で育って手触りや風合い、そういうものに囲まれていたからずっと“実在するもの”を見てきた。今のデジタルを否定したいわけじゃなくて、今だからこそそういう時間や感触を残したかった。だから若い人たちにも、70年代の空気をフレッシュに感じてもらえたら嬉しいです。