「感覚」から「言葉」へ。そして、再び「感覚」へ。 奥山由之が作品づくりのなかで、いま考えていること
yoshiyuki okuyama
photography: yoko kusano
interview & text: hiroaki nagahata
奥山由之の新作『photographs』は、『flowers』『windows』と続いた三部作の到達点である。儚さや夢のような光景を直感的に受け取ってきた人にとって、『windows』以降に強く立ち上がった意味や都市や社会への視線、そして家族アルバムを選び、人物を光のように解放する本作は、どのように映るのか。言葉や手法を介して写真に向き合ってきた近年の歩みを、初期からその写真を見つめてきた視点からたどる。変化のきっかけと、その中でも変わらず残る奥山由之の感性を探るインタビュー。
「感覚」から「言葉」へ。そして、再び「感覚」へ。 奥山由之が作品づくりのなかで、いま考えていること
Photography
—新作『photographs』の出版おめでとうございます。これで、『flowers』『windows』『photographs』と三部作が完結しました。それぞれの作品にはステートメントやコンセプトテキストがありますが、こういう取材の場で写真について話すことに、今はどんなテンションで向き合っているんですか。
おっしゃる通り、ステートメントや技法の説明で、ある程度の補助線はすでに引いているつもりなので、そこからさらに具体的な言葉で、自分の感情的な部分まで積極的に話したい、という心持ちはあまりないかもしれません。『photographs』に関してはトークイベントや対談もありますけど、あくまで作品の“周辺”にあるものとして話している感覚です。
—三部作を通して見た時、奥山さん自身の主体性が、“撮る”という行為から少しずつ距離を取っていくように感じました。たとえば『flowers』は、花のセレクトには奥山さん自身が関わっていない。さらに、カメラの位置は、お祖母さまの当時の体調や、腰の曲がり方まで想像しながら決められています。次の『windows』では、窓を撮る際の画角が厳密に統一されている。そして今回の『photographs』。そもそも奥山さんが撮った写真ではない家族写真をベースに作品化されています。奥山さんの中に、「撮る」ことから遠ざかっていく気持ちはありましたか。
その視点はすごく面白いです。ただ、自分では意外とそこまで「撮るものを自分で決めず、流れに任せている」という感覚はないんですよね。たとえば『flowers』。確かに、送られてきた花を撮っているので、花の種類をこちらで選んでいるわけではありません。でも、花をどこで撮るかは自分で決めています。それは、たとえば『BACON ICE CREAM』(2016)の頃に、生活の中でたまたま出会ったものを撮っていたことと、そこまで大きく違わない。偶然の具合と、自分が意識的にコントロールしている部分の割合は、あまり変わっていないというか。
『windows』も、コンセプトがあって、それに対してとにかく数を撮り集めていく作品でした。誰かの家の窓を撮ろうと具体的に決めていたわけではないけれど、歩く中で出会った窓を撮っていく。以前は、世界にあるすべてのものに対して琴線に触れるものはすべて撮るという感覚だったので、そういう意味では、むしろ以前より自分で視点を絞り込んでいた気がします。だから、撮るものを何かに委ねているというより、自分でフォーカスを絞ることで何が描けるか、という方向にシフトしていった感覚の方が近いです。
—つまり、「撮ることから離れている」というより、写真に対してどこまで自分の主体性を介入させるか、その置き方が変わってきたということなんですね。
うん、そうだと思います。
—かつての奥山さんといえば、「そこらへんに転がっている日常の景色をどう切り取るか」というところに、作家性が強く表れていたように思います。
おっしゃる通り、「この空間だったら、こうではなくてこうだな」という感じで、主体的に選んでいました。でも近作は、それをほとんど機能させていない。もう、ここからしかありえないでしょ、という場所から撮っている。だから、僕がシャッターを押すことの意義が薄れているという意味では、大きな変化があるのかもしれません。
—『flowers』の写真に関しては、儚さや光の入り方、花が少し抽象化されて絵のように見えるところなど、いわゆる初期の奥山由之らしさを感じる部分があります。そこに対して『windows』で、ひとつ区切りができたように感じました。見る人も「あ、奥山さんは今こっちなんだ」と受け止めたのではないかと思います。でも今の話を聞くと、奥山さんの中ではそこまで大きく旋回した自意識はなかったんですね。
そうですね。ただ、いまのお話を聞いていると、『windows』は、作り方そのものが見え方に大きな影響を与えていたのかもしれないなと思いました。要は、言葉が先に来ているのか、感覚が先に来ているのか、ということ。『flowers』までは、言葉では捉えきれない何かと、言葉で定着する部分が、作っていくなかで相互に影響し合いながら形を成していく感覚がありました。でも『windows』は、明確に言葉が先にあった。論文を書くように仮説を立て、その仮説に対する考察として写真を扱っていく。そういう流れは、自分にとって大きな転換点だったと思います。
—言葉から写真作品を作っていく転換の背景には、何があったのでしょうか。
大きかったのは、やっぱりコロナ禍です。外をあてもなく歩いて、「何を撮ろうかな〜」みたいなことができなくなった。毎日同じような空間、家やアトリエの中にいる。身体的な行動範囲が制限される中で、思考することでどこかに行くしかない状態になったんです。『windows』の場合も、行動範囲が限られていたからこそ、東京には不透明なガラスが多いという特性に気付けた。それに、写真を15、6年やってきて、それまでの作り方に自分の中で慣れや手癖のようなものが出てきたのも正直なところで。もう少し新鮮なものに触れたい気持ちは、普通にありました。意識的に作り方の順番を逆にしようと思ったわけではないけれど、コロナ禍だったからそうなったのかな、と。
—『photographs』は、『windows』ほど言葉を優先している作品ではない。感覚としては、『windows』と『flowers』でやっていたことの中間に『photographs』がありそうです。
そうですよね。僕もそう思います。本の形式も、3作それぞれ違います。そもそも写真と文章の扱い方が違っているんです。『windows』は、まず僕のステートメントがあり、建築の視点からの五十嵐太郎さんの文章、文学的な視点からの堀江敏幸さんの文章がある。さらに、三者の視点が本の中に製本された状態で入っているので、今後参照される時にも、批評や論考と写真を切り離せない状態になっています。『flowers』も僕が書いた文章が一緒に綴じられていますが、文章自体が余白のあるものになっています。一方で『photographs』では、文章は別紙として投げ込みにしています。仮に切り離されてバラバラになったとしても、それはそれでいい。余白の作り方の違いが、本の形にも出ていると思います。
—ここで、『photographs』の写真をどのように選ばれたのかについても伺いたいです。今回は家族写真であり、すでに撮られていたものの中から選ばれている。自分が撮った写真と、他人が撮った写真とでは、セレクトの仕方も異なるのではないかと思ったのですが。技術的な条件も含めて、どのように絞り込んでいったのでしょうか。
『photographs』には、実務的なセレクトの条件がありました。アルバムが100冊くらいあって、写真の枚数にすると膨大なんです。そこから何を複写するかを選ぶ。作り方としては、まず選んだ写真をスキャンしてデータにし、それをプリントアウトする。そのプリントから人物の部分だけをカッターで切り抜いて、裏にトレーシングペーパーを貼る。さらにカメラのレンズ側にグリセリンを塗って、後ろから光を当てて撮っています。
これをやる時に、写真の中で人物が占める面積が50%を超えると、発光する面積が広すぎて、ほとんど光だけの印象になってしまうんです。そうすると、それがどういう場所で撮られた写真なのか、わからなくなってしまう。元の写真の固有性が失われすぎると意味がないので、人物の占める面積が50%以下くらいのものを選ばなければいけない。そこで大半が振り落とされます。さらに、フィルムで複写しているので、光がどう映るかを確認できない。最初はデジタルでも試したのですが、光がフィルムの乳剤に反応していることによって生まれる物質的な揺らぎがなく、切り抜いた人物のアウトラインが明確に出てしまう。もう少し曖昧さがありたいと思うと、フィルムで撮るしかない。すると、どう写っているかは現像してみないとわからないんです。適当な位置にグリセリンを塗って、レンズとの位置を動かしながら、とにかくシャッターを押し続ける。それで仕上がったものの中から、さらに絞り込んでいきました。
—切り抜いた端が明確に写っていた方が、「人物を切り取っている」という行為そのものは伝わりやすいようにも思えるのですが。
アウトラインが明確だと、たとえば身長が高い、低いとか、身幅や髪型がどうだったのかという情報が残ります。アウトラインが残るということは、この作品においてはまだ人物の具体性が強すぎる。もう少し、見た人自身がそこにいたかのように投影できるものにしたかったんです。つまり、もともとはものすごく固有の家族アルバムだったものが、誰かのアルバムになりえる。すごく個人的なものを、普遍的に開いていく。そのバランスを考えた時、人物がはっきり見えすぎると、見る人が自身を投影することは難しくなると思いました。だから、もっと言えば「人物なのかな?」くらいの感覚の方が、バランスとしてはいい。とはいえ、仕上がりの中には人物が比較的見えるものもあります。今回もギャラリーで展示した28点のうち、数点は切り取った跡が少し見えるようにしました。それによって、作品全体を俯瞰することで「もしかしたら人物かも」となるバランスを取っています。
—奥山さんの写真って、どちらかというと直感的に受け取る人も多いと思うんです。言葉ではなく、自分の感情と結びつけて、「こういう景色、いいよな」「こういう気持ちになったことがあるな」と受け取る人が多い。一方で、奥山さんの中では、きちんと言葉やコンセプトを準備している。受け取られ方と、自分の打ち出し方のバランスについて、今の状態をどう見ていますか。
今はちょうどいいバランスなのかな、と思っています。『windows』の時は、一見してコンセプチュアルに見えたので、「作品の方向性自体が変わったのかな」と受け取られた部分があったと思います。その背景にあるナラティブにまで踏み込んでもらいにくいところもあった。ただ見て、「きれいだ」と受け取りたかった人にとっては、少し距離ができたのかもしれません。『photographs』は、まだ展示が始まって数日ですが、お客さんの反応や本をめくる様子を見ていると、背景にあるものも知った上で見たいという人が増えてきている印象があります。ただ、そういう人たちだけになってしまうと、それはそれで表現としての余白が狭くなる。受け取る人によって、それぞれ違うことを感じ取るのでも全然いい。だから、今くらいにとどめておきたいです。これ以上、言葉が先行して考察されてしまうと、もはや写真表現でなくてもいいのでは、という気持ちに自分でもなってしまうので。
—『windows』も、今見返すとまた違った魅力が見えてくる作品だと思っていまして。すりガラスの奥にある洗濯物や生活の断片の“質感”が強く迫ってくるんですよね。つまり、これはテクスチャーに着目すべき作品でもあったのかなと。奥山さんの中に、その意識はありましたか。
あります。ただ、それよりも、東京に住む人々が多種多様であることを、あれだけの質と量で見せたかったんです。編集し直せば、全く違う作品にもできると思います。たとえば50点に絞って、もっと別の形で発表すれば、全く異なる文脈を立ち上がらせることもできる。テクスチャーや美的感覚に絞って選ぶこともできなくはない。
—ということは、質感という観点でセレクトが絞り込まれていたわけでもなかったと。
そうです。そういえば以前、「Print House Session」という、4つの印刷所と4人のアートディレクターが組んで、『windows』を再編集する企画がありました。その時に、同じ作品を起点にしても、これだけ違うアウトプットになるんだと気づいたんです。それだけ『windows』は、混沌とした集合体だと思います。デビューしたての自分だったら、テクスチャーの良いものを優先して絞り込んでいたかもしれません。でも、コンセプトとして考えると、一面だけを見せてはいけない。東京の人々のポートレートを描くと言いながら、恣意的に一面だけを切り取って見せるのは違うと思ったんです。
—初期の自分だったらテクスチャーを優先していたかもしれない、という話をもう少し。『ハニカム』や『GINZA』などの媒体でファッション写真を撮られていた頃、最終的に自分が選ぶものの優先順位は、どこにあったと思いますか。
言語化できない、自分の中の抽象的な何かに接続される写真を選んでいたように思います。言葉にできる時点で、それは具体的なものじゃないですか。その具体にできない抽象に接続される写真。「この写真集はこういうものです」「この写真はこうだから選びました」と説明できる次元を超えていきたい気持ちがありました。
で、それに10年くらい取り組んでいたから、今度は逆に、もう少し物事の筋道を立てて考えた方がいいのではないかと思うようになったんです。自分の言葉にしないまま、「ここにある“何か”が自分の作家性です」と投げると、予想もしていない言葉で回収されてしまう。たとえば「エモい」とか、表層的な言葉でくくられてしまう。そこまで自分は想像できていなかったんです。僕としては、写真を見続けた先にある、抽象的な何かに到達してほしいと思っていました。でも、見る人はむしろ背景にある情報に向かってしまうことも多い。この作家はこういう性質の人間で、こういう状況で、こういう機材で撮っている、というようなナラティブに目がいって、そこで満足してしまう。
—奥山さんが、写真を「これでいいんだ」と決めるとき、その判断の拠り所になっていたものは何だったのでしょうか。
答えから逃げているように聞こえるかもしれないけれど、わからないんです。わかったら、それはすなわちロジカルなものになってしまう。「こういう文脈の中にある作品にしたいから、こういう表現にしよう」ということではなく、本当に、自分がこれだなと思う「何か」。その「何か」をものすごく信じている。ただ、その当時の僕は写真史や美術史の勉強をほとんどしていなかったので、その「何か」を「ただの何か」として出してしまっていた。見る人も、そのままでは受け取れないから、とりあえず「エモい」といった言葉の引き出しに入れてしまう。ガチガチに補助線を引かなくてもいいけれど、「これはこういう範囲の中にあるものなんです」と伝える必要があったのかもしれない。本当は、最初からちゃんと勉強して、その上で「やっぱり言語ではない感覚を信じよう」という順番であれば、ここまで迷いはなかったのかもしれませんね……。感覚でそのまま受け取ってくれた人たちもいましたが、作り手としてそのスタイルを全うすることは、わりと危険でもあると感じるようになりました。
—なぜ危険だと思ったんですか。
続けていく中で、「これでは伝わらないな」というところにぶつかったからです。ちゃんとそこにあるものを見てもらい、言葉にはできない抽象的なことを考えてもらい、最終的に言葉としてアウトプットしてもらう。そういう批評的な視点が介在できない作品になりかねないと思ったんです。批評してもらうことがなければ、100年、200年経った時に参照されることが難しい。そこに誰かが付与した言葉がないと、それをどのように見ればいいかが宙ぶらりんのままに後世に受け渡されてしまいます。さらに先の時代の人が何か言葉を与える可能性もあるとは思いますが、まずは自分がもう少し考えなければいけない、という感覚がありました。
—その転換は、何がきっかけだったのでしょうか。
自分が写真を始めた頃に、感覚的に「いいな」と受け取っていたものが、本などを読んで掘り下げていくうちに、きちんとした背景を持っているものだったのだと知ったことですね。見て直感的に「いいな」と思えるものと、その背景を知った上で「いいな」と思えるもの。その二重構造というか、レイヤーがあった方が、単純に見る側も楽しめる気がします。
—奥山さんが最初に、特に背景を知らなくても「いいな」と思えた作家や作品を教えてもらえますか。
やっぱり、Wolfgang Tillmans (ヴォルフガング・ティルマンス)。中でも、『Abstract Pictures』(2011)や『View from Above』(2001)は大きかったですね。『View from Above』は、飛行機の上から見た地上の写真と、それとは直接関係のないような人物の写真などが混ざっている。最初は、上から見ることがそれぞれにどう連関しているのだろうと思ったんです。でも、そもそも写真をプリントする行為自体に、上から下へ俯瞰して世界を捉える行為が内在している。プリントするという行為と、飛行機の上から景色を見る行為がアナロジーとして結びついている。あと、ホンマ (タカシ)さんの作品にも、背景を知ることで見え方が変わるものが多くありました。
—奥山さんは、Instagram などで写真が広く拡散されたことで、写真に詳しい人だけでなく、より一般の人たちにも名前が届いていった作家だと思います。そうした経験も含めて、今ご自身は SNS との距離感をどのように捉えていますか?
今は、SNS という場所に適したものを作れていません。0.5秒で何かの刺激を与えられるものでないと、あの場所での発表には向いていない。SNS を軽視しているわけではありません。あの場所もひとつの発表の場です。でも、そこに適した写真を今の自分は撮っていない。個人的には、時間をかけてじっくり伝える表現が増えてきていると言えます。
—SNS 以降の写真が、どこかで“見られること”を前提にしているとすれば、『photographs』で扱われている家族アルバムは、その前提がまだなかった時代の写真でもありますよね。
まさに、そのことを考えていました。ここに収められている写真って、SNS やスマホ以降の人類には撮れないものになっていると思うんですよ。今、写真を撮るとなると、ほとんどがスマホですよね。スマホで撮るものは、LINE で送るとか、SNS にアップするとか、ある程度共有が前提になっている。でも、アルバムの写真にはそれがなかった。自分たちすら見返すかどうかわからない。とりあえず保存しておく。パッと見でいい写真を撮るスキルは、人類全体でかなり向上しています。スタイルを良く見せるためにスマホを下から構えるとか、そういうことは誰でも知っている。でも、アルバムの写真には、誰かに見てもらうために整えた画角の意識がほとんど感じられない。「こんなにブレていて、こんなに適当に撮った映像や写真は、もう撮れないな」と。今それをやろうとすると、全部に意識が働いてしまう。「あえてやる」になってしまう。皆さんも、家にある家族写真、まだフィルムの時期に撮られた写真を見返してみてほしいです。質感だけではなく、アルバムに対するレイアウトや並べ方にも、今ではなかなか再現できない様相があると思います。
—自分だけの工夫ですよね。
そうです。ただ台紙に貼ることを楽しむためだけの工夫があるんです。たとえば、別々の動物園で撮られた2枚の写真が見開きで並べられている。「動物園つながりで並べよう」ということなんでしょうね。Instagram に写真をアップする時は、どこかで「誰がどう思うか」を気にしてしまうので、どうしても一定の緊張感がある。でも、家族アルバムにはそれがない。もっと身内っぽいんです。写真集を編集している時にも、その難しさを感じました。アルバムでは、ほぼ同じ比率の写真が少しずれて貼られていたりする。でもそれは、適当に貼った上で出たズレなんです。それを再現しようとすると、意識的なズレになってしまう。イラストレーター上で目をつぶって配置してみるようなことをしても、結局は意識が介入してしまう。この適当さをレイアウトとして再現することは難しかったです。
—ステートメントからは、家族の系譜に対する敬意と、そこから少し自由になりたいという感覚の両方を感じました。奥山さんにとって、家族というものはどのように作品に関わっていたのでしょうか。
アルバムを見返す作業が大きかったです。かつて祖父母の家だった場所をいまアトリエとして少しずつ改装しているんですが、物を整理する中で、押し入れの中に家族アルバムをたくさん発見したんですよね。最初は単純に、自分が写っているものを見て懐かしいなと思ったり、自分が写っていないものを見て「こういう家族だったんだな」と想像を働かせたりしていました。そうして見続けるうちに、自分が生まれる前の時代があったということを感じざるをえなかった。父、母、祖父母だけではなく、そのさらに前の先代も含めて、本当に少しの選択の違いで自分が生まれていなかった可能性がある。そう考えると、自分はほとんど奇跡的な状態で生かされているんだなと。でも、それを感じすぎると、一種の重圧にもなる。自分のこれからの一挙手一投足が、これから先の系譜に関わっていくような緊張感が、家族というものの中で生まれてしまう。その重圧からは、少し解放されたい気持ちがありました。だから人物を光で放つという手法をとったんです。
—奥山さんの場合、お父さまが映画人で、ご兄弟の奥山大史さんも映画の世界に足を踏み入れている。周りから見ると、それは逃れられない運命のようにも見えると思うんです。
家族の中に作り手がいて、比較される経験や、背景として語られることが、僕の中で「継承」の問題と結びついているわけではないんです。それよりは、どちらかというと無意識に受け継いでしまっているものの話なんですよね。どんな人でも、やっぱり家族とは何かしら繋がっていかなければならない。その一般的な「家族」というものの話に近いのだと思います。ひとりの人間が完全に自由であるとか、完全に個として独立することは無理じゃないですか。僕の見た目や喋り方も、嫌でも受け継いでしまっているものがある。そこから自由になるということは、継承されているものを完全に拒否することでも、単純に受け入れることでもないのだと思います。自分が継承しなくてはいけないものについて、一度距離を置いて見て、取捨選択する。それが、僕にとって自由であるとか、独立している状態なのだと思います。だから、この作品を通して「僕を個として見てほしい」と強く思っているわけではありません。
—家系や歴史から逃れて自由になるんだ、みたいな話ではないと。
そういうことです。特に、祖父母や父が暮らしていた家をアトリエにしていると、その場所を大切に引き継いでいかなければという気持ちは当たり前に持っています。それを避けたいわけではありません。ただ、自分で選択させてほしい、という感覚。「そうしなければいけないんだ」という思いではいたくないんです。













