「本当に豊かなものは、声高に語らない」 アダム リペスが語る、日本文化とラグジュアリーの共通点
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Adam Lippes
Photography: Shiori Ota
Interview: Saki Shibata
言葉の意味は、時代とともに変化する。「ラグジュアリー」という言葉もそのひとつだろう。かつては富や贅沢の象徴として語られてきたが、モノが溢れる今、その意味合いは少しずつ変わりつつある。作られたものの背景にある歴史や文化、職人の手仕事に価値を見出すこと。そして何より、自分にとって本当に意味のあるものを選ぶこと。そんな新しい豊かさのあり方を、デザイナーの Adam Lippes (アダム・リペス) は長年提案してきた。
2004年に自身のブランド「ADAM」を立ち上げ、2014年から現行の「ADAM LIPPES」を手掛ける彼が一貫して向き合ってきたのは、良質な素材を扱うことへの探究心だ。そして縫製も、パターンも、構造も一切妥協しない。その探究の先で出会ったのが、日本の工芸やものづくりの精神である。彼は日本各地を巡り、伝統技術を受け継ぐ職人たちを訪ね、その出会った素材や美意識をコレクションへと落とし込んだ。そして今春、その想いを形にするように海外初となるブティックを大阪高島屋にオープンした。日本は、彼にとってどんな場所なのだろうか。
「本当に豊かなものは、声高に語らない」 アダム リペスが語る、日本文化とラグジュアリーの共通点
Portraits
- 大阪高島屋のブティックオープンおめでとうございます。これまで海外での本格的な展開がなかった中で、日本への進出は大きな節目だと思います。今回のコレクションでも日本からインスピレーションを得られていますが、そもそも日本文化に興味を持ったのはいつ頃からだったのでしょうか?
8歳の頃、母に連れられて初めて日本食レストランを訪れたのがきっかけです。1980年代初頭のことですが、当時はニューヨーク以外で日本食レストランを見つけるのはとても珍しかったんですよ。そこから日本への憧れを抱くようになりました。実は、日本を初めて訪れたのは昨年なんです。人生であまり後悔することはありませんが、「もっと早く来るべきだった」と思いましたね(笑)。
ですが、これまでも日本から着想を得たコレクションは数多く手がけてきました。杉本博司さんや隈研吾さんの作品には長年魅了されていましたし、日本的な要素をデザインに取り入れることもありました。でも実際に日本を訪れ、その文化や美意識に触れたことで、理解はまったく違う次元のものになりました。
- ちなみに、どんな場所を訪れたのですか?
昨年の旅では北日本を中心に各地を巡り、皇室ゆかりの庭園や邸宅を訪れ、漆器や磁器、陶芸などに触れました。今回の旅では、まず石川県加賀市を訪れました。その後、2度目となる京都へ向かいました。そこから和歌山県の高野山にも行って宿に滞在しながら、仏教建築や寺院をじっくり見て回る時間を過ごしました。その後は奈良、大阪へと旅を続け、最後に伊豆・修善寺にある旅館「あさば」に。本当に素晴らしい場所でしたね。旅館が大好きなので、次回以降の日本滞在では日本を代表する旅館を10軒巡ることを目標にしています。
― 2026年スプリングコレクションでは、ジョージ・ナカシマの作品からも着想を得たそうですね。彼のクラフトマンシップや哲学のどのような部分に惹かれたのでしょうか。
彼の作品には、自分が目指しているものとの共通点を強く感じています。私は“アメリカン・スポーツウェア”を最もラグジュアリーな形で表現したいと考えているのですが、それはテニスウェアやゴルフウェアのようなアスレチックウェアではなく、自由に組み合わせながら着られる服という意味です。私たちのブランドは最高品質の素材を使い、縫製や仕立て、仕上げに至るまで徹底的にこだわっています。ナカシマのものづくりも一見するととてもシンプルですが、その価値は素材の質や構造の美しさ、そして細部へのこだわりにあります。シンプルでありながら、驚くほどラグジュアリーであること。そのバランスに強く惹かれています。
- 香川県にジョージ・ナカシマ記念館がありますが、そちらには行かれました?
それがたまたま休館日で行けなかったんです。ただ、アメリカにはジョージ・ナカシマの作品が数多くありますし、これまでも彼の仕事に触れる機会はたくさんありました。彼は日系アメリカ人でもありますからね。
- 先ほどの話に戻りますが今回のコレクションビジュアルは、和室の空間で撮影されていたのが印象的でした。ニューヨークの「ザ・キタノホテル ニューヨーク」で撮影されたそうですね。畳や旅館など日本ならではの空間から受けたインスピレーションを、素材やシルエット、デザインにどのように落とし込んだのか詳しく教えてください。
ホテルの客室に畳の部屋を備えている場所は、ニューヨークでもとても珍しいんです。私は旅館が大好きですし、畳の空間にも強く惹かれています。例えば、このルックは日本の作業着から着想を得ています。一見するとワークウェアのようですが、実際にはとても薄く織り上げたダブルフェイスのカシミアを使っています。ただそのまま再現するのではなく、プリーツを重ねることでボリュームや立体感を加え、自分たちなりの解釈を加えました。またパンツに施したプリントは、ジョージ・ナカシマの木工作品から着想を得ています。木目の表情をモチーフにしていて、一見するとアニマル柄のようにも見えますが、実際には木材の質感や模様を表現したものです。他にも、今回採用した生地の中で、16種類もの糸を織り合わせて作られたものがあります。昔ながらの木製織機を使い、職人が手作業で織り上げた特別な素材です。またシルクを贅沢に用いながら軽やかで流れるようなシルエットを描く。そうした長く伸びやかなラインは、東京の街で見かける女性たちの装いからも影響を受けています。
― 作業着のパンツは、どこで見つけたのでしょうか。
街で見かけたんです。とてもかわいくて、思わず写真を撮りました。こういうものは普段からたくさん撮影しているんですよ。日本のワークウェアショップにも興味があります。新宿にあるお店の話を聞いたので、ぜひ行ってみたいですね。実際、日本ではいろいろなものを買いました。ローソンでも面白いアイテムを見つけましたよ。日本ならではの日用品や、気軽に手に取れるもののデザインにも魅力を感じています。そうした発見のひとつひとつがとても刺激的でした。
― これまで長くものづくりを続けてこられましたが、ADAM さんがデザインする上で絶対に譲れないことは何でしょうか。
生地は最高のものを使う。縫製も、パターンも、構造も妥協しない。細部まで丁寧に仕立て、他では見られない素材を選ぶ。その姿勢だけは絶対に譲りません。それが私のものづくりの哲学です。長い間、最高品質の服といえばヨーロッパのメゾンが語られてきましたが、私はそのイメージを変えたいと思ったんです。シーズンごとにデザインの好みは分かれるでしょうし、服のスタイルが好きではないという人もいるかもしれません。でも私はいつもこう思っています。「ADAM LIPPES の服が美しく作られていない、と言うことだけはできないはずだ」と。私たちの服は決して安くありません。それでも選んでいただけるのは、その品質を評価してくださっているからだと思います。だからこそ、私たちの強みは品質と着心地の良さにあると考えています。
― ADAM さんの妥協しない精神という部分は、日本の芸術品にも共通する部分があると思います。
まさにそうですね。加賀を訪れた際、漆芸作家さんにお会いしました。御年80歳を迎えた今も制作を続けていて、漆の箱ひとつを完成させるのに10年かけることもあるそうです。完璧なものを作るために、それだけの時間を費やす。その感覚は私にもよく理解できます。
今のファッション業界は、あまりにも速く、効率を優先して進んでいます。でも私たちはそうではありません。ADAM LIPPES のスカートを購入したとして、きっと簡単には手放さないでしょう。何年も大切に着続けてもらえるはずです。それはアート作品ではないかもしれません。でも本当に優れた品質を備えているからこそ価値が生まれる。私はそう考えています。
- ADAM LIPPES は、“クワイエット ラグジュアリー”という言葉が広く使われる以前から、控えめなエレガンスや本質的なラグジュアリーを提案されてきたブランドだと思います。大量消費やラグジュアリーの均質化が進む今、これから人々はどのような価値を求めていくと思われますか。
それは私の中にずっとあった価値観です。たまたま時代がその考え方に追いついてきただけで、私は流行に合わせて変わったわけではありません。ずっと同じ姿勢でものづくりを続けてきました。そしてその感覚こそが日本の美意識と共鳴している理由なのだと思います。実際に日本を訪れる前から、私のデザインには日本的な要素があると言われることがありました。もちろん意識的に取り入れていた部分もありますが、それ以上に、美しさに対する感覚そのものがどこか似ていたのだと思います。なぜそうなのか、自分でもうまく説明はできません。でも、どこか不思議な縁のようなものを感じています。
― そこまで品質にこだわるようになったきっかけは何だったのでしょうか。
私は昔から美しいものに強く惹かれてきましたし、細部へのこだわりも人一倍強かったと思います。キャリアは Ralph Lauren (ラルフ ローレン)から始まり、その後 Oscar de la Renta (オスカー・デ・ラ・レンタ) のもとで働きました。90年代当時のアメリカには、品質の高さで知られるブランドが数多く存在していました。Calvin Klein (カルバン・クライン)、Bill Blass (ビル・ブラス)、HELMUT LANG (ヘルムート・ラング)。ただその品質へのこだわりは、この20〜30年で少しずつ失われてしまったように感じています。だから私たちは、自分なりの方法でそれを取り戻したいと思っているんです。
― それほど優れた素材は、どのように見つけているのでしょうか。
世界最高峰の生地メーカーと仕事ができるようになるまでには、長い時間がかかりました。彼らが持っている素材を見せてもらうこともありますし、一緒にオリジナルの生地を開発することもあります。アーカイブを研究したり、旅先で出会った素材から新たな生地を生み出したりすることもあります。素材づくりはとても時間のかかるプロセスです。実際に見て、触れて、確かめながら少しずつ完成へと近づけていく。1年以上かかることも珍しくありません。私にとって、ものづくりはまずファブリックから始まります。今もネパールでカシミアづくりを行う職人たちと仕事をしています。彼らは自ら育てたヤギの毛を梳き、手で糸を紡ぎ、さらに手編みで仕上げる。そうした手仕事の積み重ねが、最終的な品質の違いを生み出しています。
― 最後に日常の中で「美しい」と感じた瞬間を教えてください。
今いるアマン東京のアトリウムを見上げるたびに美しいと感じます。それと伊豆・修善寺の「あさば」です。まるで映画のワンシーンのような景色で、本当に帰りたくなかったです(笑)。もしかしたら日本に移住するかもしれませんね。












