Linder Sterling
Linder Sterling

いきいきと、自由に、そして刺激的に。リンダー・スターリングが精神を羽ばたかせるとき

Linder Sterling

photography: Kanto Kurosawa

interview & text: Runa Anzai

Portraits/

リンダー・スターリングは、さまざまなメディアから採集された画像を組み合わせ、そこに新たな意味やメッセージを授ける、いわば創造者だ。そんなスターリングの日本初の個展「 Linder: Goddess of the Mind 」が6月25日からシャネル・ネクサス・ホールにて開催中だ。スターリングは、1954年生まれ。イギリス北部の港町リバプールに生まれた。戦後の産業都市として目まぐるしく変貌を遂げていくその街で、家族のほとんどが港湾労働者という環境で育った。港町ならではの物流や人の往来のなかで、家族は日常的に物々交換を行い、さまざまな品物を家へ持ち帰ってきたという。ものだけでなく、国内外からさまざまな価値観やアイディアが行き交い、ビートルズをはじめとする音楽、サッカー、アートなど、多彩な文化に触れる機会にも恵まれていた。そうした環境がいかに特別であったかを実感したのは、大人になり、リバプールを離れてからだったという。1977年に友人のパンクバンド Buzzcocks の楽曲『Orgasm Addict』のアートワークを手がけたことをきっかけに、本格的にアーティストとして活動をはじめる。彼女の作品を語る上で、リバプールで育ったという背景は切っても切り離せないが、筆者からの紹介はこのくらいに。クレバーでエネルギーに満ち溢れた彼女自身の言葉で、生い立ちや作品の制作について語ってもらおう。

いきいきと、自由に、そして刺激的に。リンダー・スターリングが精神を羽ばたかせるとき

―本展は、5月に行われた KYOTOGRAPHIE の巡回展となっていますが、新作も加わっていると聞きました。

そうなんです。せっかく別の会場で展示をするこの機会に、何か新しいものをお見せしたいという気持ちがありました。そこで、KYOTOGRAPHIE が終わった後、イギリスのスタジオに戻り数週間ほどの短い期間で『Against Nature』という作品を作りました。

新作『Aainst Nature』(2026年) © CHANEL

 

―代表作『Blossoming』や『Pretty Girls』とはスタイルが異なり、とても新鮮な気持ちで拝見しました。

このシリーズは、『Le Théâtre』というベルエポック期のパリで刊行された演劇雑誌の表紙に、1903年出版の医学資料集『Portfolio of Dermochromes』に掲載された水疱や炎症などの皮膚疾患の画像をモンタージュしています。まず、『Le Théâtre』ですが、表紙の舞台女優の写真が撮影されたのは、偶然にもココ・シャネルがファッションデザイナーになる前、歌手やエンターテイナーとして劇場で活動していた時期とほぼ重なります。彼女が「ココ」と呼ばれるようになったのもこの時期ですね。同時に、もうひとつの“theater”にも興味が生まれました。それが“Operating Theater(手術室)”です。その名前の由来には、特に18世紀から19世紀にかけて、手術室が演劇の舞台のような場所だったという理由があります。人々は、手術を見物するために、 “手術劇場”へ足を運んでいました。こうした言葉遊びのような側面もあるんですよ。

―豪華な舞台衣装に身を包んだ女優の顔に、皮膚疾患の画像を重ねたのはなぜでしょう。

『Portfolio of Dermochromes』を手にした時、淋病や梅毒などについて調べる機会がありました。そうした病気は現在ではなくなっているのではないかと考えましたが、残念ながら、特に紛争地域では非常に多く見られることが分かりました。とりわけ性的暴行を受けた女性たちの間では深刻な問題となっています。調べれば調べるほど、そのイメージの背後にある歴史や物語が次々と見えてきます。そして、その「背景にある物語」を作品の中で扱うことができるようになるんです。ただ、このシリーズを制作していたときは、とても悲しい気持ちにもなりました。というのも、そこに写っている人々は皆、とても深刻な病気を抱えていて、当時は治療法もほとんどなかったからです。ココ・シャネルと劇場の接点を見つけることはできましたが、その上にさまざまな要素が複雑に重なり合っています。

―「背景にある物語」はあなたの作品の中でも特に大切な要素だと感じます。フォトモンタージュは、比較的、感覚で作っているそうですが、それ以前のリサーチの過程はどのように進めているのでしょうか。

リサーチも本能的にはじまります。理屈では説明できない感覚ですが、例えば、小さな書店を見つけてそこに居座ってみたり、古書店に行ってみたり…。そして、出会った素材を机に並べ、数時間おきに眺めてみたりしながら、自分の精神に働きかけてくるものがあるか、考えを巡らせます。そして、同じくらいのタイミングでより深くリサーチをはじめることが多いです。写真を前にすると「これは何年のものだろう?」、「この年にはどんな出来事があったのだろう?」、「この時、女性には、どんな役割が求められていたのだろう?」そんなことを考えてしまうからです。モンタージュは「組み立てる」という意味ですが、私はそれを組み立て作業のようには感じません。偶然見つけた画像が、ただ何かを加えただけで新しい物語を語り始めるんですよ。例えば、1977年に制作した Orgasm Addict のアートワークは、胸に二つの赤い唇、頭部にアイロンという3つの要素から成り立つ、とてもミニマルな作品です。私がはじめて手がけた作品のひとつですが、その経験を通して、無理に何かを詰め込む必要はない、ということを学びました。大きなキャンバスやパレットはいらない。必要なのは、雑誌や本、ハサミ、ノリだけ。アトリエもいらない、台所のテーブルで誰でもできる。フォトモンタージュはとても民主的なアートなんです。

It’s The Buzz, Cock!, 2015 Courtesy of the artist and Modern Art © Linder

―作品制作には、手術用のメスを使うこともあるそうですね。

もともとは、アートスクールに通っていた時に、キャンバスにマウンティングした絵を剥がすためにメスを使っていたんです。私が子供だった1960年代には、昼間はテレビの放送がなく、見られるのは夜のほんの少しだけの時間。だから、とにかく時間がありました。気を紛らわせるものなんて何もない、退屈だったんです。でも、退屈ってとても大切だと思いませんか。みんなもっと退屈になるべきですし、そうすることで、精神が自由に羽ばたける気がするんです。だから、そうした退屈な時間に、とにかく絵を描いていました。その結果、私はアートスクールに進学し、3年間みっちり絵画を勉強しました。しかし、子供の頃からとにかくずっと絵を描き続けていたので、急にすべてを一掃したいという気持ちが芽生えました。そんな時、手元にメスといくつかの写真があり、これを組み合わせてみようと思ったんです。その頃、私はダダイズムやシュルレアリスムについても学んでいて、自分と通じるものがあると感じていました。フォトモンタージュを政治的な抗議の手段として使えるという点にも惹かれましたし、それは今でも私を惹きつけています。そして、何年も絵を描き続けたあと、フォトモンタージュのある種すっきりとした感じが、刺激的にも感じられたのです。

「Pretty Girls」シリーズ(1977-2007年)Courtesy Tamares Real Estate Holdings Inc. in collaboration with Zabludowicz Collection © CHANEL

―フォトモンタージュの制作は、ご自身の感性とマテリアルが対話するような、比較的プライベートな作業だと思います。一方で、展示はより多くの人と協業しながら、パブリックに向けて作品を立体的に見せていく場です。このふたつは、非常に対照的なプロセスだと感じますが、展示をする上で楽しみにしていること、期待していることはありますか?

私の場合、制作はとても孤独なものです。ご存じのとおり、古い雑誌とスティックのり、ハサミやメスを片手に、ひとりきり。ですから、このように招待していただき、展示をするということは幸運ですし、とてもワクワクします。自分の作品を愛していても、それをどこかで世に送り出さなくてはなりません。もちろん、常に良い評価というわけではないでしょう。ただ、良い反応であれ悪い反応であれ、孤独の中で制作を続けてきたからこそ、自分の作品に対する反応が知りたいのです。

―作品に対して印象に残っているリアクションはありますか?

『Pretty Girls』という1977年に制作したシリーズがあります。閉塞感のある空間でヌードでポーズをとる女性の顔に、洗濯機やコンロの画像を組み合わせた作品です。当時は、家庭にいる女性が家事の道具として抑圧されていることへの対抗がテーマでした。しかし、今年ロンドンのヘイワード・ギャラリーでこの作品を展示したとき、ある10代の少女たちが「まるでサイボーグのようだ」と話しているのが聞こえてきました。私はすかさず「もっと話を聞かせて!」といって近づいていったんです。そうすると「洗濯機やコンロからエネルギーを取り込み、自分たちに超能力を与えているように見える」というんです。その解釈を聞いて、私はとても嬉しかった。彼女たちは、写真に映る女性を英雄として見ていたんです。それ以降、私は『Pretty Girls』をまったく異なる視点で見るようになりました。被写体の女性たちは裸かもしれないけれど、そんなことは気にしていない。だって、超能力があるんですから。

―フェミニズムの考え方も時代を経て変化していると感じます。あなたがフェミニズムについて考えるようになったのは16歳の頃だそうですが、周りには同じようにフェミニズムについて考えている友人はいましたか?

いいえ、誰もいませんでした。私がフェミニズムを知ったきっかけは、Germaine Greer(ジャーメイン・グリア)という素晴らしいフェミニストの作家に出会ったからです。14、5歳くらいの頃、毎週水曜日のニュース番組の後に放送されていた風刺コメディ番組に彼女が出演していました。そこで彼女がとても機知に富み、面白く、鋭い人物だと知りました。それから数週間後、書店で『The Female Eunuch』という印象的な表紙の本を見つけました。そこに「Germaine Greer」という名前を見て、風刺コメディに出ている人物だと気がついたのです。本の内容は非常に強烈で、当時の私はおそらく10%くらいしか理解できていなかったでしょう。しかし、その10%だけで十分でした。私にとってそれはスリリングな体験で、すべてが理にかなっているように感じられたのです。残念なことにメディアはフェミニズムを嫌っていました。あらゆる手段を尽くし、フェミニストたちを嘲笑しようとしていました。男性を惹きつけることなど到底できないような女性たちとして描かれていたんです。故に、60年代や70年代のフェミニズム運動はかなり激しいものでしたが、それが私をさらにフェミニズムに夢中にさせました。イギリスでは今でも「フェミニズム」や「フェミニスト」という言葉は、ある種、タブー視されていると知っています。けれども、『Pretty Girls』を見た少女たちは「ええ、もちろん私たちはフェミニストよ」って感じで、その壁を乗り越えていくような自信で溢れていました。

―アーティストとして50年以上の非常に長いキャリアをお持ちです。その中で、女性像がどのように表現され、どのように消費されるかという点については、多くの変化があったと思います。何が変わり、何が変わらず、そして将来どのような変化を望みますか。

まず、「消費(consumption)」という言葉を耳にすると、多くの人は「Netflixを一気見した」というような行動に結びつけるかもしれません。しかし、私は両方の祖父を結核(*古くは英語でConsumptionという病名だった)で亡くしているので、「消費」という言葉は恐ろしいものだという考えを持って育ちました。そして、何かを「消費する」という言い方には違和感を覚えるんです。このような言葉が使われるようになったのはここ最近のことではないでしょうか。今は情報があまりにも溢れているので「過剰消費」や「ビンジウォッチ(一気見)」なんて言葉が生まれたんだと思います。さらに、女性のイメージひとつをとっても、その幅はものすごく広く、とても追い切れない。私たちは、自分ではきちんと状況を把握し、すべてを監視しているような気になっていますが、実際にはポピュラーカルチャーは驚くほどのスピードで変化していきます。それに、私たちは一日中ガラスの長方形、つまりスマートフォンや画面を見続けていますよね。もううんざりです。何もかもをガラスの四角い画面越しに受け取るのではなく「外に咲いている小さな花でも見に行きたい」と思うことがあります。道端にひっそり咲いているような、小さな花を。

―そうした状況で私たちができることはなんだと思いますか。

「一歩引いてみる」ということかもしれません。私たちはいつも前へ前へと進み、遅れを取らないようについていくことばかり考えています。しかし、実際には一歩引いてみることのほうが大切です。スマートフォンを置いて、その場を離れてみる。でも、その先に「何をすればいいのか」を人にすすめるのは本当に難しいですよね。私が最近よく言っているのは、「とにかくその場に行ってみて!(just turn up!)」ということです。最近は打ち合わせでも「オンラインで参加していいですか?」という人が多いです。もちろん、オンライン通話にはたくさんの利点があります。でも、ときにはその場へ足を運ぶことが必要だと感じます。「ただそこにいること」そのものに意味があるのだと思います。信じられないかもしれませんが、私たちは今でも動物で、哺乳類であるということは変わりません。哺乳類は、ほかの哺乳類がそばにいることで安心感を得る生き物なんですよ。パンデミックは、誰にとっても本当に大きなダメージを残したと思っています。多くの人が突然ひとりきりになり、今でも文化的な活動や社会の場に参加することに難しさを感じている人が少なくありません。だからこそより「ただそこにいること」が大切なんです。友人のためでも、デモや抗議活動でも、あるいはどんな場面でもいい。ただそこに足を運び、その場にいること。それ自体がとても重要なのです。